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性悪貴族?なにそれおいしいの?・短編版

作者: ぽて

 荒地に少年が一人。仰向けで大の字に寝転んでいた。黒髪黒目のいたって普通の日本人。ただし服は手術着のようなもので、何故かボロボロになっていた。露出している部分も服と同じように擦り傷やら切り傷やらで無傷な部分の方が少ない有様だ。


「……あー、なんかやっと終わった感じ」


 視界に広がる空は若干霞んで見えるものの雲一つない青空。月並みではあるが、まるで自分の心境を表しているようだと少年は思った。


「一番厄介な狸ジジイは始末したから、もうウチの親類縁者に手は出されない……はず」


 出されないといーなぁ、と少年は呟く。ここまでやったんだしという言葉は飲み込んだ。なんだかフラグっぽいので。


 それにしても眠い。と、少年は思った。ひと段落付いたからと言って、寝転んでしまったのが悪かったのだろうか? どうしても動く気になれない。そうこう考えている内に……


「………………おなかへったなぁ」


 それが少年の最期の言葉になった。






「−−い、−−−−ヒュー−−たら−−−−ぞ!!」


 『彼』は心地良い睡魔に身を任せていた所だったが、何やら切羽詰った声と激しい揺れにそれを中断せざるを得なかった。すると先程は全く聞き取れなかった言葉も鮮明に聞こえるようになってきた。


「おぉぉいぃぃーっ、ヒューーーイ! ここで寝たら死ぬぞぉぉ!!」


 ガンガンガンガン!


 ついでに何か後頭部の痛み的なものも鮮明に。どうやらユッサユッサと激しくシェイクされている頭が、岩のような硬いものにぶつかっているようである。これでは寝て死ぬ前に、声の主の攻撃で死にそうな予感がヒシヒシと。


 ……あれっ? これ、気遣うと見せかけて抹殺しようとしてませんか? あと、自分の名前はどうやらヒューイというらしい。と、どこか他人事のように考えつつ『彼』は目を開いた。


「おぉ、気が付いたかヒューイ!」


 そして『彼』の視界に映ったのは、少し貫禄があって頼り甲斐のありそうな青年のどアップ。どうやら洞窟の中らしかったが、明かりが灯され視界はそう悪くないようだ。


 更に後方には数人、青年と似たような制服−−というか軍服?のようなものを着て腰に剣や短剣などを下げた少年が4名ほどこちらを遠巻きにしているのが見えた。


「…………どちら様でしょーか?」


 ざわっ。


 口を開いた途端、何故かざわつく周囲。かなり困惑気味な空気も漂っている。青年は困惑というより、何だこれという物を見る目だったが。


「……あー。本当に俺が誰か分からんのか?」

「……ステキなナイスミドルさんですか?」

「違っげーよ!? 俺はまだ20代だ!! つかお前意味解ってねーだろ!?」

「なんかノリで……」

「ノリかよ! いや、そこはまぁいい。俺は教官兼班長のアルフレッドだ」

「キョーカン兼ハンチョー?」

「とりあえず今の所は班長とでも呼んどけ」


 青年−−アルフレッド班長はそう言うと、まさかこれは……と考え込み始めた。他の少年達も今の二人のやり取りに思う所があるようでハラハラとした空気を醸し出しつつも口は出してこない。


「あの……ハンチョー。話は変わるんですけど、ここどこなんでしょうか? あー、あと僕の名前はヒューイってコトで良いんですかね?」






「……つまり、お前は今までの記憶はおろか名前すらも覚えていない、と?」

「はいっ!」

「なんでそう無駄に元気なんだお前。つーか原型まるで残ってねーじゃねーか!」

「原型?」

「あー、いや、そっちは置いておこう。つーか忘れておけ。そしてお前はできれば一生今のままでいろ、割と本気で」

「……まぁ、可能な範囲で善処しまっす。記憶、戻っちゃったらどーなるか判りませんけど」

「そこは記憶が戻らねぇように努力しろ」

「りょーかいでありますっ、ハンチョー!」


 ビシィっと敬礼して答えるヒューイに、班長は逆に不安を隠せなかった。


 あまりにも素直すぎるヒューイに、え? コレ、ホントに本人か? という疑念が捨てきれない。


「……まさか影武者でした、なんてオチは無いよな? な、無いよな?」


 もし影武者だった場合、本物が観察している可能性が高い。その時は今までの会話や態度で不興を買って、ヒューイの実家から圧力が掛かりクビになるのは確実である。それ位の自覚は班長にもあった。


「きおくそーしつなのでわかりませーん。……とゆか、僕にそんなのいるんですか?」


 そんな疑問に班長は、ヒューイが伯爵家の三男坊「ヒューイ・フォン・ユストゥス」である事を伝えた。影武者に関しては、いるかもしれないレベルである。三男なので限りなく可能性は低いが。


 現在は騎士学校に所属しており、今回は学外で生徒5人+教官1人の6人一組での実地訓練で雪山へ行軍していたところである旨の説明もあった。基本的にはサバイバル実地体験+気休め程度の害獣駆除が目的らしい。


「ところでハンチョー。おなかがすきました!」

「荷物の中に携帯食が入ってるから、それでも食っとけ!」


 伯爵家の人間にする返答にしては投げやりな対応でしかなかったが、特に気にするでもなくヒューイは荷物を漁る事にした。






 食っとけ! とは言われたものの、取り出したブロック型の携帯食はとても味気なさそうな上に原料が全く想像できないシロモノだった。


「……うーん。このまま食べるって気にはなれないなぁ、コレ」


 どうしたものかと考え込むヒューイの視界に、ふと目に付いた物があった。鍋、そして何かが入った袋。気になる袋の中を覗くと、山菜やキノコが。教官が実地訓練云々と言っていたので、もしかすると道中で採取した食料の一部かもしれない。ならば使っても良いだろうと判断して漁り始めた。


 これはいい感じ、これは駄目な感じ、これは普通な感じ……と選り分けていく。選別基準は完全なる勘である。


 そうして材料の選別も終われば、いよいよ調理のターン。


 まずはなるべく上澄みのきれいな雪を鍋へ詰め込み火にかける。雪がとけて水になった所へ、干し肉を削ぎ切りで投入。次に先ほど選別したキノコやら山菜をドバッとぶち込んで煮立つまで少々待つ。後はカサ増しのため適当に、原料不明のブロック型携帯食もぶち込んで、これまた何故か荷物に入っていたチーズを少量削ぎ切りにして散らしたら……完成!


 料理名? そんなものはない! と言わんばかりの勘とフィーリングのコラボ料理である。最後にお椀に装えば、後はもう味わうのみ。


「はぐはぐ……予想外においしーかも……はぐはぐ」


 熱さに苦戦しつつ食べるヒューイの元に、大柄な少年がやって来た。


「隣、いいかの?」


 見た目の年齢からすると少々時代かかった口調であるが、落ち着いた雰囲気から違和感は無い。


「いいよー。えっと……」

「フェルディナントじゃ。フェルでいい」

「フェル、お隣どーぞ。あと、ご飯いる?」

「うむ。頂くとしよう」


 ヒューイから椀を受け取り、中身をひとくち口にしたフェルは目を細めた。


「これは……旨いな」

「うをっ、褒められた!?」


 大げさに反応するヒューイにフェルは苦笑いしつつ続ける。


「この資源が限られた中で作ったにしては……という但書きは付くがの。それにしても、意外な才能というのがあるもんじゃな」

「あはは……お粗末様です」

「−−!!」


 ヒューイの謙遜に、以前を知るフェルは今度こそ絶句したのだった。






「大変っす! 索敵陣に敵性反応が!!」


 食事を終わらせ僅かながらもまったりとした空気が流れていた中、不意に敵襲を告げる声が響いた。その声に散っていた者たちも集まって来て、さっそく作戦会議が始まる。


「陣の反応からすると、かなり大きな個体の可能性が高いっす!」


 と、まず斥候担当の少年−−ローレンツが緊張した面持ちで切り出す。想定していた反応から悪い意味で大きな反応に声が震えていた。


「……ん。視えた。……スカーレットグリズリーだ」


 魔術担当の少年−−テオドールが、発動していた遠見の魔術で敵の姿を確認。


「オイオイ、スカーレットグリズリーだと!? 脅威度Cの大物の魔物じゃねーか!!」

 班長が驚きの声を上げる。脅威度Cの魔物となると、今のメンバーでも倒せるかどうか−−この面子、実は学年の中ではトップレベルである。ヒューイを除いて−−……微妙なラインだ。


「大物だろうが何だろうが倒してしまえば何も問題は無い」


 一人冷静に意見したのは前衛担当の剣士であるエルンストだった。因みに残るフェルは盾役である。


 スカーレットグリズリーがこの場所へ向かって来ている可能性が高い以上、どちらにせよ迎撃は必要という結論になった。






 皆が忙しなく迎撃態勢を整える中、ヒューイだけはのほほんとしていた。まぁ、さしもの班長も記憶喪失者の助力など望んではいないだろう。むしろ余計な事をして場を乱す方が問題だろうと考えての事である。そもそも『魔物』とやらを相手に自分がどう行動すれば良いか分からなかったというのもある。


 考えるのは、現在こちらに接近している脅威であるスカーレットグリズリーなる生物に関して。スカーレットと名がつくぐらいなのだから、たぶん赤いのだろう。そしてグリズリー=熊。つまり……


 スカーレットグリズリー=赤い熊。


 熊だけに雪山なので冬眠していそうなものだが、はぐれ個体か、『魔物』というくらいだから普通の熊とは違うところがあるのかもしれない。


(そういえば、熊の手って珍味だって何処かで聞いた気がする……!)


 珍味−−すなわち珍しい食材! 滅多に味わえないもの!!


 ヒューイは思わずじゅるり、とつばを飲み込んだ。


 今まさにこちらへ突撃せんと向かってくる熊をどうにか出来れば……命は助かり、今夜の食材(しかも珍味)をゲットだぜ! 今夜は熊鍋だよ!!


「くーまーなーべーっ!!」


 −−そして彼の暴走が始まった。





「−−って、ちょ、おまっ、ヒューイ!?」


 唐突に躍り出た人影に班長が驚きの声を上げる。


 そこからは、あっという間の出来事だった。


 まずヒューイは下げていた剣を抜き放ち、熊の頭目掛けて投擲。


「とりゃー!」


 力が篭ってるんだか篭っていないんだか判らない掛け声とともに放たれた剣は見事に熊の目に命中した。だが傷は浅い。


「ちぇすとー!」


 見越していたのか間を置かず飛び蹴りを放つヒューイ。その先は熊の目に刺さった剣。


「グアァァァァッ!!」


 より深くめり込んだ剣に、堪らず声を上げる熊。ヒューイは反動で吹き飛ばされたものの、空中で一回転して体勢を整え無事に後方へ着地した。


 熊はしばらくジタバタと暴れていたが、そのうち動かなくなった。


「熊、獲ったどー!! みんなー、今夜は熊鍋だよっ!!」


 呆然とする一同に、Vサインを決めるヒューイ。しかし−−仕留めた熊が淡く光りだしたかと思うと、何やら拳大の石を残して消えてしまった。ヒューイがアタフタし始めた時には既にその巨体は無くなっていた。


「あー、その、な。非常に言い難い事なんだが……」


 班長は憐れみの篭った視線をヒューイへと向けつつ続けた。


「動物と違って、魔物は倒されると魔石と特定部位の素材しか残らんのだ……」


 ちなみにスカーレットグリズリーのドロップは前者のみだ。とのお言葉に、ヒューイは泣き崩れたのだった。






 −−翌日。


 帰路に着いた一行。森を歩くその中でヒューイはふとした疑問をこぼした。


「そういえば、僕のきおくそーしつの件はどんな扱いになるんですか?」

「……そうさなぁ、スカーレットグリズリー遭遇のショックでってのが無難な所だろうな」

「えっ? 僕としてはハンチョーの頭シェイクが直接の原因だと−−」


「ヒューーーイ。オレハオマエニハナニモシテイナイ。イイナ?」

「リョッ、リョウカイデアリマス、ハンチョー」


「んで、お前にゃ悪いが、スカーレットグリズリーは俺らの班全員で仕留めた事にする。何せ脅威度Cだからな」


 以前のヒューイの成績からすれば、一人で仕留めたなどと言っても誰も信じないだろうとの事。それこそ現場で実際に目撃した人間でもなければ信じられない光景であった。

「……まぁ、僕は美味しいご飯さえ奢ってもらえれば、大抵のことは流せる自信ありますけど」

「記憶喪失の癖に何でそう食欲旺盛なんだお前は!?」

「ハンチョー、知ってます? 食欲は人間の持つ三大欲求の一つなんですよ」

「……記憶喪失でもそういう雑学は残ってるのな」

「あとは家族とかへの説明とか……あ、病院とか行かなきゃなんじゃ」


 でも医者にかかったら、ハンチョーの完全犯罪もバレちゃうかもしれないデスネ。何か後頭部が痛いし。と、ヒューイが舌を出して呟くと、途端に班長は青くなった。


「メディーック! 一行の中にメディックはいらっしゃいませんかぁぁぁ!?」


 森の中には何時までも班長の声が響き渡っていた。






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