第八話:第二予選その弐
五千にも及ぶ人が一度に移動を開始するとここまで混雑するものなのかと至極当たり前のことを目に感じながら、梓は壁際で突っ立っていた。
すぐ傍にいたはずの大吾は、一斉に移動する参加者を見て「こうしちゃいられねえ!」と意気揚々とその人垣の中へと消えていってしまった。好いた男の背を追うことが出来なかったのは、少しばかり後悔もあるがおそらくこれでよかったのだろう。
もし梓が大吾と共闘を申し出たのなら、間違いなく大吾は了承してくれたはずだ。しかし梓がいては思う存分に暴れられないのも事実。
愛がよく彼を体力馬鹿だの脳筋だの馬鹿にしていたが、その本質は正しい。何だかんだで優しい大吾は、きっと梓のことを心配しながら戦い続けてくれる。少し自惚れかもしれないが、梓はそう思っている。
であればこそ、大吾は好きなように気持ちよく暴れまわってくれた方が活躍することだろう。何せ彼は聖騎士学校一の強者なのだから。
そして梓が移動していない理由なのだが、単純にあの暑苦しそうな人混みと一緒に大演習場の出口を目指すのは嫌だというのもある。開始時刻は三十分後なのだ。出遅れても問題はない。
加えて第二予選は西部全域で行われる。ーーつまりはこの大演習場も当然範囲内となるのだ。何ならここで開始時刻を待ってもいいのだ。
実際に梓の他にも何人かこの場に残っている者もいる。梓も含めて二十人程度。
その内の一人が梓の姿に気づき、トコトコと小走りで彼女に近づく。
「慎二、あなたは行かなくていいの?」
正面からやってくる顔見知りの少年に、梓は先に声をかけた。
「ここで開始の合図待つ。梓は?」
「私も慎二と一緒。ここにいる人達なら何とかなりそうだし」
そう言って梓は周囲を観察しする。
大演習場に残っている人達は未だ移動する素振りをみせない。ほとんどの参加者は大演習場の外に出たというのにだ。
ということはおそらく梓と慎二同様に、この場で始まりの合図を待つ者達なのだろう。
もしもこの中に自分よりも格上である法王守護騎士やその隊長である権太、聖騎士学校で彼女のクラスを担当する司などが残っていれば速やかに梓も大演習場を後にする予定だった。
しかしそういった人物が見られない以上は、ここにいたほうが生存率が高いと踏んだのである。
「それにここなら出入り口は二つ。敵が接近してもすぐ気づけるから対処しやすいしね」
「…………梓、この第二予選、慎二と手を組んで」
梓の返答を聞いた少年は、少し何かに悩んだ表情を見せると、いつかのように何の脈絡もなく新たな話題を投下した。
「またいきなりね。共闘したいってこと?」
「そう」
梓の確認に慎二は肯定する。
ここで「イエス」と答えるのは簡単だ。初めて会った者の誘いであれば信用に足りないが、慎二とは第一予選を共に突破した間柄。しかも彼の発案によって見事勝利を収めることができたのだ。手を組む事自体は吝かではない。
しかしながら手を組む以上は自身にメリットがなければ安易に承諾すべきでないだろう。
大吾の背を見送ったのも、彼にとっては自分が彼のメリットになり得ないと思ってしまったからなのだから。
今回は自身にそれが起きている。慎二と手を組む上でメリットとデメリットを天秤で量る。だがそれを考えるより早く、慎二は自身を売り出した。
「慎二と手を組むメリット一。梓の視野の拡大。まずここ、大演習場の出入り口は二つ。中央壁側にいれば確かにそこから入って来た人を視認しやすい。でもその出入り口はあくまで参加者だけのもの。今回は西部全域が予選領域。つまりここの観客席も含まれる」
スラスラと先の梓の台詞に付け足すように、慎二が順を追って説明していく。
ここまで聞けば梓も気づく。
確かに大演習場の選手入場口は二つ。だが今回は必ずそこから行儀よく敵さんがお出ましになるとは限らないのだ。
西部全域ということはつまり、慎二も述べたように観客席も含まれる。よって高台からの不意打ちも考えられるのだ。ハッとした梓は背を預けていた壁へ振り向くと、観客席へと顔を上げる。
ほぼ同時に、梓の双眸に鉢巻をつけた男の影が屈んで身を潜める姿が映った。
(……危なかったわね)
梓は内心でホッとした。
慎二に指摘されなければ開始の合図までに気づけなかったかもしれない。最悪開始と同時に敗退するところであった。
少女の中で天秤が傾き始める。
「メリット二。慎二にとって西部は庭。土地勘がある分、隠れも敵探しも協力しやすい」
「なるほど。確かに私は北部住まいだからあまり土地勘はないわね。知っている場所ならともかく……。でも慎二からの申し出はありがたいけど、慎二にとってのメリットは何なの?」
「慎二の外見は子ども、弱そう。一人でいると高確率で襲われる。でも梓といればその可能性少し減る。ほとんどの参加者、梓が強いのを目にしてるから」
梓自身はあまり気づいていなかっただろうが、第一予選での梓の戦いぶりは皆が目にしていた。
子どもと思って侮ることなかれ。彼女は白城家当主の一人娘なのだから。皆がそう口々に噂している。
よく見ると周囲の参加者の視線は、見た目か細い少女に対して格好の獲物だと狙いを定めているものではない。まるで猛獣を見て警戒するーーそんな目であった。
だからかもしれない。先ほどまでにバラバラに突っ立っていたはずの男達は、いつのまにか身を寄せコソコソと何か企てている。もしかすると向こうも共闘する相談でもしているのであろうか。
(でもそうなると、ここにいて真っ先に狙われるの私たちじゃない?)
慎二にとってのメリットが早速破綻されそうになっていることに気づき、梓はどうしたものかと考える。
「……あれはたまたま。でもそれなら尚更慎二と共闘した方がこの場で生き残れる確率が上昇する。今から外に出ても四方八方どこからでも襲い掛かれる大路地までしかいけない。なら梓と慎二が協力した方が良いと思う」
「……確かにそうね。分かったわ、慎二。この第二予選、あなたと共闘するわ」
少女の中で天秤は共闘すべきと傾いた。
手を差し出し、互いに握手を交わす。契約成立だ。
おそらく反対方向に位置する連中も、どうやら協定が結ばれたようだ。いつの間にやら大演習場にいた合計二十人は、梓と慎二の二名とそれ以外の十八名でかたまっている。
(いくらなんでも子ども相手に卑怯じゃない?)
流石の梓もそう思わずにはいられない。だが規則上、残念ながら徒党を組んでの戦闘は可能なのだ。文句を言っても仕方がないだろう。
心の中で悪態をつきながら、慎二と手を組んだはいいがどうしたものかと頭を悩ませる。
すると慎二はそんな梓の考えを見越してか、第一予選の時のように作戦を口にした。
「大丈夫。大演習場は広い。逃げ回りながら鈍足な相手を一人ずつ確実に鉢巻を奪えばいいだけ。でも壁際にいるのは駄目。いざ全員に囲まれたら逃げ場なし。観客席からの奇襲も可能性あり」
「分かった、そうするわ。でも私はともかく、慎二は戦うことができるの? 今回も戦闘行為は禁じられていないのよ?」
「戦う必要ない。あくまでも第二予選は鉢巻の奪い合い。奪えればそれでおしまい」
「確かにそうだけど……」
確信をもって答える慎二の言葉はたしかに正しい。しかしながらと梓は言葉を詰まらせた。
梓が懸念したのはどうやって敵の鉢巻を奪うのか、その手段である。
クラウンは皆の手に鉢巻が渡った頃、追加でこんなことを口にしていた。「鉢巻は引っ張れば簡単にとれる蝶結びでお願いね」と。
ほとんどの者が奪われまいときつくかた結びしていたのだが、それでは駄目だと結び直しさせられていたのを思い出す。
つまり全員の鉢巻は取れやすいようにはなっているのだが、その結び目は後頭部にくる。
では鉢巻を奪うにはどうすればいいのか、当然その者の背後を取る必要があるのだ。だからこその戦闘行為可なのであろう。組んで倒せば容易に奪える。
だが戦わずして背後を取るのは簡単ではない。精霊術が使えるならばともかく、その手段が制限されている上に、ここはとても見晴らしが良い。そう易々と背後をとれるはずがないのだ。
しかし慎二は自信満々に大丈夫だと言い放つ。
(何か策でもあるのかしら?)
少年のどこから来るともしれないその異様な自信に、梓はそう考える。
ならばこれ以上心配する必要もないだろう。なにせ彼の奇想天外な作戦は第一予選でも評価されたものなのだから。
それに共闘といっても、あくまで勝ち残りは個人戦。鉢巻は奪ったもの勝ちなのだ。仮に慎二が予想外れて相手の鉢巻を奪えずとも、梓にとってデメリットにはなりえない。
そう判断を下して、 それ以上の追及はしなかった。
「まあいいわ。ならお互い頑張りましょう。ひとまずはこの場にいる相手の鉢巻全部奪うところから」
「ん。そろそろ時間。一緒に頑張る」
そう言って二人は大演習場の中心へと歩き出す。
壁と離れ際に「チッ」と小さく舌打ちが聞こえたのは梓の気のせいではないのだろう。息を潜めて機を待っていたというのに獲物に逃げられたのだから仕方があるまい。
梓はその声を耳に拾って、改めて隣を歩く少年に感謝する。
そしてまだ二人が中心に行き着く前に、ピュルルルルルと高い音が響き渡る。
その音を耳にした全員が顔を上げて括目する。同時に理解した。これが合図なのだろうと。
そしてそれは正しかった。遥か上空まで達した音は重低音を奏で、一気に空中で弾け飛ぶ。青空に薄く光る花火であった。
散らした花弁を見届けることなく、西部各地で一斉に雄叫びが上がる。しっぽとりゲームの始まりだ。
その雄叫びはこの大演習場にも届くほどだ。ここにいた者らは、むしろそれが始まりの合図となったように見える。遅れて約二十の雄叫びが大演習場で奏でられる。
「「「オオオオオオオオオオオッ!」」」
彼らが真っ先に狙うのはすぐ隣にいる者ではなく、中心に立つ二人の子どもであった。
やはり梓の予想は正しかった。徒党を組んだ彼らは一丸となって梓と慎二に向かって走り出す。
だが梓も慎二も気圧されることはない。第一予選ではこの数十倍以上もの敵とのぶつかり合いだったのだ。物怖じするわけがない。
梓と慎二は冷静に、互いの武運を祈って行動を開始する。
作戦通りまずは逃げ回る。
といっても一緒に逃げるわけではない。二手に分かれて時計回り、反時計回りとなるよう大演習場を駆けだした。やや大回りではあるが、不意打ちの可能性が捨てきれない壁際には当然寄らずに。
狙うべき対象が二手に分かれたことで、彼らも約半分ずつに分かれた。いや、梓を狙う方が若干数が多い。それだけ警戒しているということなのだろう。
(警戒してくれているのなら、わざわざ危険を冒してまで狙ってくれなくてもいいのに)
後方の様子を窺いながら梓はそんなことを思う。
しかし思ったよりも厄介だ。剣と精霊術さえ使えれば一度に戦えないこともないが、今回は鉢巻の奪い合い。背後を取られてしまった際の危険性は無視できない。
であればこそ慎二の作戦通り、動きの鈍い者から狙って鉢巻を奪えれば理想なのだが、追ってくる連中同士の距離が開くことも無ければ、むしろ互いに差を埋めて走ってきているように見える。これでは隙がない。
この統率のとれた行動は第一予選から学びなせる技なのだろう。甲冑を装備した騎士や、国中どこにでもいるような庶民の格好をした男たちが一緒に行動する姿は奇妙ではあるが。
だがこうなってくると不味い。
「梓の弱点は?」と質問されると真っ先に出てくるのが「体力」である。第一予選も体力切れにより危うい場面もあったが、このままでは見せ場なしで敗北してしまう。
どうにかしなければと思う最中、もしかすると慎二も同じ目に遭っているのではと心に過った心配を、そのまま視線に移す。
しかしそんな彼女の心配に反して、全くの逆方向で行われている戦いは梓の双眸も予想外の展開に見返したほどであった。
たしかに自分の方が請け負っている敵の数は多いかもしれない。だが梓がされているように、慎二に対しても小集団の大人達が統率のとれた動きで少年に迫っている。苦戦は必須。
そのはずなのに慎二は第一予選で見せた軽業師のような身軽な動きで彼らを翻弄する。
最初は梓と同じく逃げてばかりだと思ったのだが、慎二は近づいてはいけないはずの壁へと向かって走り続ける。当然少年を追う彼らもそれに続く。その距離は手を伸ばせば届くのではないのかというほどにまで迫っていた。
間もなく行き止まり。このままでは壁に激突してしまうだろう。
(危ない!)
梓もそう思った。
だが少年はブレーキを踏むことなく、むしろ速度を上げて壁に突撃する。
後続する彼らは好機と思ったことだろう。壁に激突し、怯んだところで鉢巻奪取だ。そんな未来予想図をたて少年に手を伸ばす。しかしそう思い通りにはならない。
慎二はまるで無いはずの直線の道を走り続けるように壁を蹴りのぼる。タッタッタッ、三歩進んだところで今度は勢いよく壁を蹴りつける。クルクルと小さな身体が宙を転がり、迫って来た連中の頭を飛び越えた。
それもぶつかるかもしれないというほどギリギリの高さだった。
慎二は頭上を越えると同時に、その内一人の鉢巻を片手に掴み取って重力と遠心力とで引っ張り抜いた。そこまでの力は必要としないだろうが、見事に一人の男から勢いよく鉢巻が引っ張り取られてしまう。
まだまだそれだけでは終わらない。彼らの背後を取る形で着地した少年は、彼らが振り返るよりも早くすぐさまもう一人の男から鉢巻を奪い取ることに成功する。
そしてひとまずはこんなところだろうと、再び彼らを背にして走り出す。
鉢巻を取られてしまった二人は「いつの間に」と呆気に取られてしまったまま、残念そうに肩を落としている。
(……ずるい)
その様子だけ見た梓だが、その感想がこれだった。
(自分で壁際にいるのは駄目と言いながら、速攻壁際向かってるじゃない! 一瞬だけど……)
しかしこれで慎二を追う連中は残る五人だけとなる。梓を追う連中は十一人。
逃げ続ければ慎二の応援を期待できるかもしれないが、それでは鉢巻を獲得できない。折角序盤から鉢巻を大量奪取できるチャンスなのだ。
彼を頼り続けるのもよくないと、梓も覚悟を決める。
(逃げ回ってばかりじゃ体力がもたないしね)
梓は一気に身体を反転させて、追ってきた連中と向き合った。
連中は横一列に並んで走っており、その間をくぐって鉢巻を奪うーーということは難しいだろう。
暑苦しいまでに密着した陣形を崩すことなく梓を追ってきているのだから。
梓が右に旋回すれば、一番右にいる者を軸として一番左にいる者が大きく弧を描く様に素早く移動する。それに合わせて間にいる連中が直線をつくる。
一人の少女を捕捉するにしては大掛かりな動きではあるが、実に効果的だ。
いくら走っても鉢巻を奪取できるような機会は窺えない。全く同じ陣形を保たれ続けるというのは精神的にも苦しいものがある。
実際に梓も少なからずそれを感じ始めていた。
だから少しずつ打開策を考え、ようやく閃いたのだ。
「まずはその不愉快な陣形を崩すわ」
梓がそう宣言すると、今度は反撃だと言わんばかりに彼らに突撃した。
ずっと逃げ続けていたばかりの少女がいきなり攻勢に出てきた。一瞬戸惑いはしたが、彼らにとっては予想の範囲内。予めこういう時の対抗策は話し合っている。
最も愚策なのは相手の誘いにのって陣形を崩してしまうこと。陣形を変えれば、その間に出来た僅かな隙間を縫うようにして逃げられる可能性があるからだ。
故にこの横一列の陣形はまだ崩さない。
この横一列の陣形を崩すときは、彼女が誰かに攻撃を仕掛けた時だ。
決して一撃では終わらない。
いかに自分達よりも年下とはいえ、格上相手である彼女に対しそれは絶対とはいえないが、それでも防御に徹すれば数秒持ちこたえる自信はある。
その数秒で一気に彼女を囲い込み、喰らえばいいのだ。
彼らは油断も隙もなく、彼女を迎え撃つ為に一度足を止める。
「さあ来い!」
梓の真正面にいた男が拳を構えて叫ぶ。
耐える、耐えろ、耐えられる。男は自分に言い聞かせ、振りかぶる少女の拳を見つめる。
そして見事男は少女の拳を両の手で防ぐことに成功したーーとはならなかった。
殴りかかるように見せた梓は、すぐに拳を引いて真横に走り出したのだ。
彼らの眼前を駆け抜ける少女。手を伸ばせば鉢巻に届くやもしれない距離である。
咄嗟のことに頭がついていかなかった彼らは、一瞬どうすべきか躊躇してしまう。このような場合はどうすべきか話あっていない。
だがこのままでは包囲網を突破されてしまう。そう考えた彼らの中の一人が「走れ!」と咄嗟に叫んだ。その言葉によって彼らは九十度向きを変えて、梓と並行して全力で駆け足を開始する。
梓に先頭を走る者が抜かされてしまえばおしまいだ。手を伸ばせば届く距離に目標がいるというのに、彼らは手を伸ばすことすらも忘れて全力で足を動かす。
だがそれでもスタートを切るのが早かった梓の方が一歩前に出ている。「不味い。このままではーー」と皆が思った。
かと思えば梓は百八十度回転して今度は真逆に走り出す。
急な方向転換に彼らもブレーキをかけてぶつかり静止しあいながらも、何とか再び梓と並んで並走できた。徐々に速度も乗ってくる。
またその瞬間に少女は再び百八十度の方向転換。
それに合わせて彼らも慌てて「またか!?」と方向転換しながら駆けだそうとするーーが、少し駆けだしたところで梓は更に方向転換。
流石にこのタイミングにまた逆方向に向き直られるとは思ってもいなかったので、切り返しの足が出遅れてきた。足並みが揃わなくなった者達の作戦なぞ崩壊したも同然である。
再三に渡る急な方向転換と全力疾走により、彼らの中の何人かの足がもつれて転倒してしまう。それはもう、前後にいる味方を巻き込む形で盛大に。
梓は包囲網を突破するでもなく、これを狙っていたのだ。
転んでしまった者らを始めとし、ひゅっ、ひゅっ、ひゅっ、と鉢巻を奪取する。
一気に三名もの味方の鉢巻が奪われてしまったことで、もはや彼らの中に作戦を頼るものはいない。
もし仮にこれを指揮するのが権太であった場合、もう一度残った者らで同じ作戦を決行することだろう。戦闘不能となったのはたったの三名。
奇策は二度も通じない。大部隊の指揮経験のある権太はそれを理解しているのだから。
現実問題、もう一度同じ手で攻めてこられれば梓は少し困っただろう。体力という弱点がある上に、他の策を考えついてはいないのだから。
しかし幸いなことに、今回梓が相手をしている連中は指揮経験豊富な者ではない。
作戦は失敗してしまったのだがら、もはや特攻あるのみと個々で梓の鉢巻を奪おうと襲い掛かる。
「父上の言葉を借りるなら『減点一』ね。私は体術もそれなりよ。多対一ならともかく、一人ずつなら問題ないわ」
殴りかかる男の手を受け流し、攻めに出てきた足を払って転ばしてーーそれで終わり。
お手本ともいえる梓の体術になすすべなく倒れた男は、すぐさま鉢巻を彼女に奪われてしまう。
冷静な状態であれば、梓の実力を鑑みて再度一斉に襲い掛かるという方法も考えられただろうが、すっかり頭に血がのぼった彼らはその判断が出来ないでいた。
結果、梓に襲い掛かって来た計十一名の参加者の鉢巻は、全て梓の手へと渡った。
ちなみにその間に慎二の方も片が付いたようで、彼の手にも七名分の鉢巻が握られている。宣言通り奪っただけ。慎二を襲っていた者達は掠り傷一つなかった。
梓の獲得数十一。
慎二の獲得数七。




