第八話:第二予選その壱
精霊の舞闘会における第一予選の全てが終了した。
参加者約一万のうち、第二予選へと出場できるのはその半数のみ。
そして第二予選を通過することで本戦出場権を得ることが出来るのだが、この第二予選を通過出来るのはほんの一握りだけである。
というのも、本戦はトーナメント形式で一対一の個人戦となるからだ。
その本戦に出場できるのは十六名のみ。一日ごとに全員が一戦ずつ消化されて計四日間。つまり第二予選で九割以上の参加者が脱落となるのだ。
しかしそれを聞いても参加者の表情がぶれることはない。
もとより本戦に出場できる人間が何名なのか、予め皆が知っていたからである。
勿論勝者となり得る道幅は狭く険しいものだが、精霊の舞闘会では何も絶対に勝つことが必要となるわけではない。第一予選を通過出来ずとも、精霊に選ばれる可能性や騎士団に抜擢される可能性はゼロではないのだ。
むしろそうでなければここまで一般市民の参加者は得られなかっただろう。勝者でなくては栄光を得られぬ世界では、剣の腕に劣る一般市民が鍛錬を欠かさない騎士に敵うはずがないのだから。
ただ本戦に通過できる数を知っていても、予選の内容までは鮮明ではない。
第一予選で参加者の半数は脱落し、第二予選では九割を超える参加者が脱落となるのだ。一体どのような選考となるのだろうか。
参加者はまだかまだかと晴天の空を見上げながら待つ。司会進行を担当する白城家当主の姿を。
そして皆の期待に応えるかのように、クラウンは紙吹雪を散らして空中に突然出現した。
(……父上、わざわざこの時のためだけにあの紙を昨日から用意してたのね)
色鮮やかに風に靡く紙の切れ端を、梓は遠い眼で見つめる。
その双眸には昨夜のクラウンの姿。色紙を細かく切り続けるものだから、おそらく第二予選で使う物なのだろうと声をかけることなくスルーしていたのだが、まさか演出の為だけに用意していたとは思いもしなかった。
クラウンはこの精霊の舞闘会が成功する為に選ばれた司会進行役。天候にも左右されない十日間の大変なお仕事である。
白城家当主として、また梓の父親として失敗したくない気持ちから張り切るのも分かるが、わざわざあんなもの用意せずとも幻術で演出すればいいだろうに。
梓は静かにそんなことを思うが、クラウンはそれに気づくことは永遠にない。
さあ仕事の始まりだ、といつものように司会を務める。
「お待たせみんな。それでは精霊の舞闘会六日目、張り切っていきましょーう!」
「「「オオオオオオオオ!」」」
天気にも恵まれ、早くはじめろと言わんばかりに抑制していた気持ちが雄叫びとなって溢れ出る。
やる気は満々。準備も万全の様だ。
観客席にいた者たちも、それに呼応してまるで自分達も参加者だと主張するかのような盛り上がりを見せていた。
ビリビリと大演習場が音の振動によって響いている。総勢五千という人間が大演習場に密集している姿は爽快ーーいや、実に暑苦しい。
一人涼し気なクラウンはその様子に満足そうな笑みを見せ、いよいよ説明を開始した。
「それでは第二予選について説明するから、みんな傾聴するようにね」
その瞬間にざわつきはピタリと収まる。
こういうところも考査されていると考えると当然の反応ともいえるだろう。
「とはいっても第二予選の種目は誰もが一度は耳にしたことがあると思うよ。もしかしたら騎士でなくとも経験したことがある人も多いと思う」
おお、と一部の参加者から嬉しそうな声があがる。おそらく一般市民のものだろう。
第一予選は剣と盾を使った戦いであった為、どうしても騎士に分がある。見せ場も中々作れなかったが、クラウンの話を聞く限りでは活躍できる場もつくれそうだ。
それを意図して言ったつもりはないが、クラウンの言葉は安易に淡い希望を抱かせ、そして突き落とす。
「いつ襲われるかも分からない緊張感に心臓の鼓動を抑えながら、時には味方だったはずの人間に囮として敵に差し出され、味方も信じることのできない四面楚歌の孤独感。敵に狙われたときには四肢が千切れんばかりに酷使してでも逃げなければいけない厳しい戦いのことを……」
(((そんな過酷な経験したことねえよ!?)))
弾けるように心の中で一同が突っ込む。騎士も一般市民も観客も隔たり無く奇跡のように全員の心が重なった。
「その名もーー【しっぽとりゲーム】!」
そしてクラウンは誰の突っ込みを待つわけでもなく、その種目を発表した。
えらく恐怖を煽るような説明をした後に知ったその種目は、あろうことか子どもの遊びであった為、皆の気の抜けようというと言うまでもないことだろう。張りつめていた緊張感は一瞬にして霧散していた。
「はーい。まだ喋らないの。ルールを説明するから聞く様に」
ガヤガヤと弛緩しはじめた空気を宥めるようにして、クラウンは説明を続ける。
「まずはこれから全員に『しっぽ』の代用品として鉢巻を配るから、一人一つ受け取ってくれるかな? 受け取った人から順番に額に巻いてってね」
クラウンの説明と並行して、参加者全員に白い鉢巻が支給される。
ちなみに配っているのは第一予選を通過できなかった人達。その中には愛の姿もあった。
密集された五千という大人数に配り終えるにはやや時間を要したが、予想の範囲内である。全員が鉢巻を装着できたであろうことを確認すると、説明が再開される。
「それじゃ今からみんなで鉢巻の争奪戦をしてもらうね。ルールは簡単。制限時間内にどれだけ鉢巻を獲得できたのかを競い合ってもらいます。終了時間により多くの鉢巻を持っていた人から本戦への出場権が獲得になります。つまり十六名だね。ここまでは大丈夫かな? 続いて細かいルールだけど、自分の鉢巻を取られた人は失格扱いになります。今まで奪った鉢巻も含めて全てその人に渡してあげてね。あ、奪った鉢巻は適当に腕とか肩にでもまわしといてくれればオッケー。ただし目に見える範囲で持っていてね。隠すのは駄目だよ」
つまり奪えば奪う程、敵に狙われる危険性も高くなるということだ。
だからといって制限時間ギリギリまで逃げ隠れしていても、相手から鉢巻を奪うことができなければおそらく本戦に出場することは叶うまい。
適度に攻防を繰り返す必要があるということになる。
「そして本戦に出場できる条件を聞いた通り、このゲームはあくまでも個人戦。だけど徒党を組んで協力して戦うのは許可します。ただし鉢巻の寄付行為は禁止ね。あくまでも鉢巻は奪った人のものになるから早いもの勝ちってことで。それから最後に戦闘行為の規則だけど、第一予選同様に精霊術の使用は禁止。無手による攻撃等は相手に骨折以上の負傷を負わさない程度であればオッケー。あくまでも自国強兵だからやりすぎないようにね。ここまでで何か質問はある?」
「すみません。制限時間とゲームの実施範囲の詳細をお願いします」
「制限時間は今から六時間。大体日没ぐらいだね。またお察しの通り、この人数がはしゃげるほどここは広くないから、しっぽとりゲームの有効範囲は西部全域ってことで」
「……西部…………全域?」
質問した女性は、口をパクパクとさせながら驚く。
ローランド法王国は広い。その一角の西部だけでもどれだけ広大な面積を占有しているというのか、それが分からぬ白城家当主ではあるまいとクラウンを見る。
だがクラウンの解答は変わらない。
西部であれば、その外周を一周するだけでも何時間もの時間がかかるだろう。
故に六時間という時間は本当に瞬く間だ。脱落者が増えれば争奪相手を見つけるのにもきっと苦労するはず。
しかしそれこそが狙いなのだとクラウンが微笑んでいるようにも見えて、それ以上の突っ込みはしなかった。
「白城様! 誰がどれだけの鉢巻を持っているのか、そのような情報は伝えられるのでしょうか?」
これだけ広範囲での争奪戦であれば、せめて一発逆転を狙えるようなシステムがほしい。
男は手を上げてクラウンに質問を投げかける。
「んー。それも一回考えたんだけど、映像機器の開発がまだまだ進んでなくてね。西部全域への設置は無理だったんだ。音声で伝える手もあるけどめんどくさいから今回は自力で探し出してくれる?」
クラウンは申し訳なさそうにそう言った。
一応男が言うことも考えたのだ。そうすれば盛り上がることも間違いないだろう、と。
しかし戦後すぐのこの状態では南部の復興が優先された為、余分な開発に時間をかけることは出来ず断念したのだ。
「あ、でも監視役として精霊のみなさんにも手伝ってもらう形になるので、終了時間と同時にこの全域に本戦出場者の発表はするからね」
と、遠回しに規則を破らないようにと注意を促す。
もちろん規則さえ守っていれば誰でも平等に精霊の加護を得られる機会ということだ。ここまできておいそれと規則を破る者はいないだろう。
参加者はそれを肯定的に捉えて、満足そうに頷いた。
これ以上の質問はない。
まだかまだかと皆が開始の合図を待つ。
だが当然、密集地帯に変貌した大演習場で開始の合図を放てるわけもなく、クラウンは開始までの猶予時間を設ける。
「それじゃ今から約三十分後、空に開始を伝える花火を打ち上げるから、それをもって第二予選開始の合図とします。ではでは、みんな頑張ってね~」
クラウンが宙より退出すると、五千の人だかりが雄叫びと共に一斉に動き出す。
いよいよ第二予選の始まりだ。
高みの見物をするはずだった観客席の人達も、此度はこの場で予選が見れるわけではないので、どうするべきかと隣席同士で顔を見合わせる。
西部全域で行われる予選なのだ。おそらく全ては観戦できない。しかしその一部であれば間近で見ることも可能。何故なら参加者は分かりやすいよう鉢巻をしているのだから。
参加者が移動を開始し始めて数分後、まだ参加者全員が外へ移動したわけではないが、観戦者も徐々に動き出す。一体どこが穴場なのだろうか。歓声が予想される盛り上がりそうな場所を探して。




