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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第一章:初めての父親
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第六話:悪口

 再び騎士生達は演習場の中央に小隊毎に整列し、圧巻の実力を見せた松蔭司の方に向き直っていた。

 そこには当然、喧嘩を買い敗北を味わった三人も意気消沈としながら加わっている。

 あれほど自信満々だった鼻をへし折られたのだから仕方があるまい。

 そんな三人の様子を眺めながら、司は話し始めた。



「さて諸君。お待たせした。それでは訓練の続きに移る。しかしその前に、私の先の発言を言い直そう」



 え? と一向は顔を上げる。

 そう語り始めた司の視線は梓に向けられていた。



「白城梓。お前は確かに未熟だ。先の戦闘で見せた剣技は未だ完成されたものではなく、実戦で使うにはまだまだ研鑽(けんさん)を積む必要があるだろう。

しかしながら、その発展途上の技術で松蔭家のこの私に精霊術を行使させたことは評価すべき点だ。間違いなくお前は白城の器だろう。今後も鍛錬に励め」



 決闘を惨敗に喫した自分に対して、唐突に贈られた称賛の言葉。

 ほんの数秒にも満たない間、梓は全く理解が追いつかなかったが、傍らにいた友のはにかむ笑顔にようやくハッとなった。



「はっ! ありがとうございます!」


「うむ。お前たち二人に対する言葉は訂正するつもりはない。今後の活躍に期待しよう」


「「はっ! ありがとうございます!」」



 梓同様、自分たちに向けられた評価に笑顔を取り戻し、敬礼した。

 つい先ほどまで偏見を言葉にしていた男の姿はない。実力ある者は認め、プライドの高い騎士が(かたく)なに拒むであろう自身の発言の撤回を容易くやってのけた。自分が勝利したにもかかわらずだ。

 むしろ本当は梓の実力を直接確かめるために、わざと挑発するような言葉を並べただけかもしれない。

 三人は勿論、一部始終を傍観していた同期生たちも司に対する見方が変わった瞬間であった。



「それでは訓練の続きを行う。ただし諸君らの身体も固まってしまったことだろう。プラス三周を全員に言い渡す。加えて教官に刃向かった罰として白城、新庄、鳳の小隊は訓練終了後、十周を義務付ける!」


「「「えぇーっ!?」」」



 当然のように全員からブーイングが発せられる。



「いい度胸だ。全員プラス五周だ! とっとと動け!」



 司からは、これ以上文句を言うようなら更に追加だ! と言わんばかりの態度が(にじ)み出る。全員がそれを察し、装備を整えすぐに訓練に戻った。

 司はそれを見送ると大きく溜め息をついた。



「戦争に出すにはまだまだ問題児ばかりだな」



 そして体感時間にして非常に長かった午前の訓練もようやく終了した。太陽が頭上に上がりきった頃だ。

 今は全員がチリチリと体力を奪わんとする太陽から木陰に身を隠し、息を整えるまで談笑をしていた。



「にしても鬼だな、ありゃ」



 この学校に入学して以来最も過酷な訓練を味わった大吾は、肩で何度も息を吐きながらそう呟いていた。愛に呼称されていた体力馬鹿もどうやら底を見せ始めている。

 この最上級生の中で最も体力のある大吾ですらこの有様だ。他の訓練生はというと、身体を大の字にして倒れこんでいる者や、体力がついて来ずに吐き出している者もいる始末。


 何とか全員が脱落することなく訓練に耐え切ったものの、その疲労感は一言で「疲れた」などと言い表せなかった。

 これで午前の訓練が終わっただけというのだから、正直午後の訓練からは逃げ出したい気持ちでいっぱいだろう。しかし一人でも逃げ出せば連帯責任として追加メニューを他の者に言い渡すと釘を差された為、個人の思いを優先して逃げたすことは皆出来なかった。


 そんな生徒の気持ちを先読みした発言や過酷なメニューにも辛うじて脱落者無しで抑えた事実も、実のところ司の狙い通りであった。

 騎士としての実力だけでなく、人を指揮する腕もまさに三大騎士家といえるだろう。

 しかしそんな事実に気付く生徒は、この疲労渦巻く人垣の中には一人もいなかった。



「全くよ。少し見直したと思ったのに愛さん失望。てか、あれだけやられてもまだぶっ倒れないアンタの事は少し尊敬するわ」



 こめかみに怒りを表しながら、大の字に寝そべる愛。その愚痴はまだまだ続いた。



「大体何だって私たちだけ訓練終了後にもう一度走らなきゃ駄目なのさ。みてよ! 梓なんてもう魂抜けかけてんだから!」



 そう言って指差す方には、膝を抱えて木に背を預ける梓の姿。

 心なしか、愛の言うとおり魂が抜けたかのような放心状態であった。



「まあそれは仕方ねえじゃねえか。騎士生だからまだどうにかなったものの、実際松蔭先生が言う通り騎士団で同じ事をやっちまったらもっと重い罰に課せられるんだからよ」


「体力馬鹿のアンタはともかく、こっちはか弱い愛さんと、庇護(ひご)されるべき私の可愛い梓なのよ?」


「お前らと違って体力馬鹿であることだけは百歩譲って認めてやるが、少なくとも松蔭先生との決闘で俺よりも善戦した女をか弱いとは言わねえよ」


「煩いわね! あんたそれでも愛さんたちの護衛なの?」


「いつからお前らの護衛になったよ!?」


「あー、駄目。吐きそう」


「頼むから仮にも女がそういう汚い言葉を使わないでくれ」


「『仮にも』って何よ? 愛さんは歴とした美少女でしょうが」


「顔面汗まみれで身体中から疲労を訴えている女も美少女とは言えねえだろ」



 大吾は呆れ半分、無駄口を叩ける体力があることに少しずつ認めていく。



(しかし問題なのが.....)



 チラリと放心している梓の方を見る。

 自分と同じ年の小さな身体であそこまでの技術を身につけ、自分ですら辛いと感じた過酷なメニューを投げ出さなかった少女を、やはり凄いと思わずにはいられない。


 今は完全に意識ここにあらずといった様子ではあるが。


 勿論それを言えば愛もなのだが、どちらかといえば(やかま)しい印象の方が強いのでその中には入れないでいた。



「おーい、白城! 大丈夫か?」


「えっ!? あ、大丈夫、よ?」



 好きな人に呼ばれ、純情な乙女が覚醒する。

 そして今更ではあるが、乱れ髪や汗まみれの顔を少しでも整えようとカシャカシャと動かした。



「むー。愛さんの声では起きなかったのに...。これは後でゆっくり話し合う必要がありますなぁ〜」



 ようやく身体を動かせるまでに復活した愛さんが、このこのっと肘で梓の甲冑を小突く。



(やっぱり愛にはばれちゃってる!?)



 と頬を赤らめる梓を余所(よそ)に、



「そっか。大丈夫そうなら何よりだ」



 と、大吾は安心して笑顔を見せるとグッと背を伸ばす。

 梓の想い全く気付く素振りもない。

 彼がその感情に気付くのはまだまだ先になりそうだった。



「しかし午前だけでこの訓練量となると、どうやら午後のメニューも覚悟しないといけねえな」


「少しはあの人のこと見直したつもりだけどね。全くとんだサディスト野郎だったわね、松蔭先生は」


「まあ確かに、それには概ね同感だな」


「きっと裏では『ひひっ。午後からはどんな鞭打ちでヒーヒー言わせてやろうか?』なーんてこと呟きながらほくそ笑んでるに違いないわ」


「いやいや。それだけに飽き足らず、きっと訓練をこなせなかった奴相手に対しての罰も考えているはずだぜ」


「もー、簡単に想像できちゃうのがまた嫌なところね」


「だな」


「そうね」



 ふぅ。

 ようやく息が整ったところで三人は集合する視線に気付く。



「ん? 何だってんだ皆してこっち見て?」



 数秒まで疲れで息を整えていた同級生たちであるが、今では唾をゴクリと飲んでどこか(あわ)れむような目で三人を見ていた。

 いや、正確には三人の背後に立つ話題の人物に。



「あれ? もしかしてだけど……」


「……後ろに?」


「……誰かいる?」


 

 そんな三人の予想は嫌な意味で的中してしまうこととなる。

 振り返るとそこには満面の笑みでーーただし目は笑わずに静かに三人を見下ろす司の姿があり、罰として三人には更なる追加メニューが用意されるわけだが、その話は割愛(かつあい)することにしよう。


 食事時、その三名の悲痛の叫びが校舎に響き渡ることとなった。

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