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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第三章:精霊の舞闘会
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第五話:第一予選二日目その壱

 第一予選二日目。

 大演習場は既に先日と変わらぬ大勢の人で溢れていた。

 間もなく予選が始まろうとしている。


 だが先日と変わっている点もいくつかある。

 まず始めに戦場の地形だ。昨日は草木が混じった人の隠れる余地のある地形であったが、今回はそうじゃない。

 両軍を隔てる中央部分は、大演習場を真っ二つにするように大きく窪んでおり、その中には大量の水で埋められていた。

 一体一日でどうやってこれほどの水を用意することが出来たのだろうか。考えられるとするならば静香が使う氷の精霊術が溶けたのか、あるいはこれも精霊の協力の下なのか。

 疑問は絶えないが、もう誰も深く考えることはしない。答えを知ったところでそこに意味はないのだから。


 勿論自然の川ではなくただ水が溜まっているだけなので、流れは存在しない。

 だがこの川の幅はおそろしく広く、そして深い。成人男性でようやく足がつく程だ。

 もしもこの水溜まりーー川の方がしっくりくるので川と呼ぶことにするがーーを越えようとするならばかなりの時間を要するだろう。

 仮に先日の慎二が見せた軽業師のような芸当が出来るのであれば、時間をかけずに渡ることもできるかもしれないが、今回ばかりは不可能だ。

 昨日の木のような、高さを得るものは何もないのだから。

 

 そもそも今回、そんな事をする必要はない。

 何故ならば各陣営に五隻、木舟が用意されているのだ。

 おそらくはこれを使って川を渡れということなのだろう。 

 

 しかし解せないのが千という数に対して五隻という木舟の少なさである。

 木舟自体格段大きいものでもないし、乗れても精々十数人程度。渡り切ったとしても川の向こうには千を超える大軍。その程度の人数では腕の立つ人物がいたとしても心細いだろう。

 だからこそ、今回の作戦会議は両軍ともに一致団結の姿勢を見せていた。


 無論、先日の反省あってのことだろう。

 もしも各々が好き勝手な行動を取ろうとしたら、最悪味方内で木舟の取り合いになっていたかもしれない。

 だがそんな馬鹿はもういない。

 


「でもよ、木舟なんざ使わずに全員で川泳いでしまえばいいんじゃねえの?」



 ーー肉体派の馬鹿はいるようだが。

 赤組の一員である大吾がそう言いだした。

 今回は千という大人数での話し合いを円滑にする為、代表である人物一名を決めていた。その代表者の司会に合わせて発言者は挙手し、当ててもらうという仕組みを設けたのだが、「誰が木舟を使うか」とう話題で皆が「馬鹿かコイツは」と大吾の方へと注目していた。

 今回代表者である男、法王守護騎士(シュプリンガー)の一人が、皆の心の内を代弁するように大吾に返答した。



「残念だがそれは最終手段でしかない」


「そりゃまた何でなんだ?」


「あの川は深い。泳いで渡ろうとすると、どうしても動きが鈍くなる。岸辺に近づいたところで狙いうちにされるのがオチだ」


「でもよ、今回飛び道具はないわけだし、何とかなるんじゃねえの?」


「だとしてもだ。地形の不利は否(いな)めん。それに今回の勝負の肝となるのはやはり木舟だ」



 そういって法王守護騎士(シュプリンガー)はこの戦いの仕組みについて語る。



「この人数の全てを渡りきろうとするならば、やはりこの五隻という数は少なすぎる。故に必然的に勝利への鍵となるのは合計四つ」



 男は皆の前に指を四本立てて説明を続ける。



「まずはじめに、舟に乗って向こう岸に渡るのは腕の立つ者であるということ。例え渡ったとしても、次の舟が到着するまでの足止めが出来なければ、数の不利は覆すことができない」



 そりゃそうだと皆が頷く。

 敵陣にそびえ立つ旗を入手することこそが勝利条件なのだから。

 皆の表情に困惑の色がないことを確認して、男は指を折る。



「次に、木舟の往復時間の短縮だ。何も木舟は使い捨てるわけじゃない。敵陣に残る味方を運び舟を戻す役目を担う人物が必要になる。最低でも一回に二人は欲しい。戻ってきたら運び手は回復の為に交代するのがいいだろう」



 つまり十数人程度乗れる舟に、敵陣で戦う勇者を十人。舟を自分達の陣営に戻す役目を持つ運び屋を二人というわけだ。

 これを繰り返せば五隻でも大勢の味方を送り込むことが出来る。

 ただし、これには先に届けた味方が簡単に破れないことが前提となる。頑張ってもらうしかない。

 そして男はまた指を折る。



「更に必要となるのが、相手側の舟を奪うことだ。馬鹿正直に自分たちに与えられた舟だけ使う必要はない。敵側の舟がこちらについたと同時に、全力で敵の舟を奪いにかかる。そうすれば送る味方の数も増えると同時に、送られてくる敵の数も減るから最大の防御になるだろう」



 なるほど! とこの辺から、そこまで行き着いていなかった者達から感嘆の声があがる。

 男がまた指を折ると、残された指は人差し指のみとなった。



「そして最後に、敵舟から降りてこようとする迎撃部隊だ。攻めるばかりが戦いではない。守りが薄ければ昨日のように足を掬(すく)われてしまうだろう。だからこそ、敵陣に向かう者の中にも、ここを死守する者の中にも、指揮官を作ろうと思う。誰か異論あるものはいないか?」



 男の説明は誰もが納得いくものであった。

 誰一人異を唱える者がいないと判断されたところで、まず騎士と一般人に分かれてグループをつくり、そこからどの役割を果たすか班を作っていく。

 最初に法王守護騎士(シュプリンガー)に選ばれた者がその小隊の指揮をとることとなった。

 大吾はというと、騎士団に所属する男の指揮の下で、特攻部隊班となった。

 全員がどの役割を担うのか分けられたところで、残された時間は数分程度。皆が開戦の合図を待つだけとなったとき、再び大吾が提案する。

 この場を指揮していた男は、「またお前か」と肩を落としたところで、



「……今度は何だ?」


「あのよ。あんたの丁寧な説明のおかげで、一つ作戦を思いついたんだがーー」



 作戦ーーもとい今回の戦いの戦法は決まったというのに、何故混乱させるようなことをと男は眉を顰めながらも、一応大吾の提案を聞いてみる。



「まあいいだろう。言ってみろ」


「こういうのはどうだ?」



 そして大吾は思いついた事を口にしてみる。

 最初は何を言ってこようがどうせ幼稚な思い付きだろう、と適当に却下するつもりだったのだが、大吾の提案は恐ろしいほど単純で納得のいってしまうものだった。

 その全てを聞き終えた男は、目から鱗(うろこ)が落ちたのを感じる。



「面白い。確かにそうだ。その提案採用しよう! よし、全員よく聞け! 若干の作戦変更だ! まずはーー」



 あと残された時間も僅かだというのに、赤組陣営はドタバタと騒がしかった。




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