第四話:第一予選一日目その弐
「ーー勝者、白組!」
「「「ウオオオオオオオオオオ!」」」
判定の言葉と共に勝者と観戦者からも喝采が巻き起こる。
勝負はあっという間であった。
まだまだ戦える人間は十二分に残っている。だというのにもう旗を奪われてしまった。
およそ一時間にも満たない試合の決着は、こうもあっけなく終了した。
「うまくいったわね」
梓は試合終了を実感すると、緊張を解いて慎二のもとに駆け寄った。
赤旗を手にした少年は、ほんの少しばかりの口角を上げてみせると、剣を握っている指を使ってVの字をつくってみせる。
あまり表情には出ないが、喜んでいるようだ。
「梓のおかげ」
そしてお世辞などではない素直な感想を述べる。
そう、この結末は慎二と梓が思い描いた通りのものだった。
梓が注意を引きつけ、隙を見て慎二が旗を奪取。
ここまで思い描いた通りになるとは、二人の気分もさぞ晴れ晴れとしたものとなっているだろう。
二人の表情を見るとそれが窺える。
しかし一方で、まだまだ勝負はこれからだと俯瞰して見ていた騎士の一人は、予想外甚だしい結末に抗議の声をあげた。
「ーーお、お待ちください!」
空に浮かぶーー実際は幻術だから浮かんでいるわけではないのだがーークラウンを見上げて声を放った。
「何だい?」
「これは卑怯ではないのでしょうか? この舞闘会の目的は個々の力を見せることにあって、コソコソとした動きは相応しくないはず。とするならば、彼の働きはこの大会の名を穢すものになると愚考します!」
その言葉には、まだ見せ場を作れていない赤組の連中が「そうだそうだ」と言わんばかりに頷いてみせる。
どうやら判定に納得がいってないらしい。
まあそれも仕方があるまい。
まだ両者ともこれだけの人数が残っていて、本当ならまだ試合は続いているはずだ。
中には旗を護るべく、ただ敵が来るのを待ち構えて一度も木剣を振るっていない者までいる。消化不良になるのも仕方がないだろう。
どうにかしてこの判定を覆したい。何せこのまま良いとこなく終わってしまえば、精霊の加護を得る可能性は極めて低い。
彼らの瞳を見ると、その気持ちでいっぱいであることが窺えた。
しかしクラウンの判定は覆らない。
「うん。それで?」
その抗議を聞いたクラウンは一言でそう返すだけ。
「ーーは?」
一瞬、何と返答されたか分からなかった。
相手は名誉ある三大騎士家の一員なのだ。まだ力の一端も見せていない自分たちの気持ちを察してくれるだろう、そう信じていたから。
「だから、それでキミはどうしたいと思っているの?」
しかしクラウンの言葉は、そんな彼を突き放すような冷たいものであった。
表情こそ笑ってはいるが、訴えた彼自身の主観からすると、膨れ上がっていた期待を裏切られたからか、極寒の吹雪が自分を打ち付けてくるような感覚に見舞われる。
孤立してしまったような気分に、男は先程よりも小さな声で呻く。
「いえ、ですからその……無効試合として再度試合を行っていただけないかと…………」
何故抗議したはずの自分が責められているような感覚になるのだろうか。
そんな心に渦巻く気持ちの悪い感覚に悩まされながらクラウンの言葉を待つ。
そんな彼ーーいや、彼らを見てクラウンは諭すようにして言い聞かせた。
「それは駄目。一つずつ説明していくけども、まずそもそもこの精霊の舞闘会の目的は、個々の力を精霊やボクらに見せることじゃない。最初に法王様が仰った通り『自国の増強』の為。確かにみんな一人ひとりからすれば、騎士団に入団したいとか精霊に認められたいとか、そういうのもあることは間違いじゃないから否定しないけど、それはあくまで個々の問題だよね?」
どう? 合ってるよね? とクラウンは確認するように彼らを見る。
彼らからの反論は当然なかった。
「じゃあ自国の増強の為とは何か。まずここにいる人達は騎士団に所属している人達もいれば、一般からの参加者もいるよね? 騎士団に所属しているならともかく、一般の人達は戦争の経験もなければ集団での訓練経験もない。だからこうした場を設けて、少しでも実戦に近いものを肌で感じてほしかったんだ。小さな喧嘩とはまた違ったでしょ?」
確かにそうかもしれない、と赤白関係なく誰かが頷く。
「一方で、いわゆる経験者の騎士団に所属している人達は、そんな素人の人達を導かなければならなかったはず。普段は玄武くんや静香くんのような指揮をとってくれていた人間がいないのだから、誰かがその役を担わないといけない。だけどみんな個々の力を誇示するのを思うあまり、そういったことに失念していたでしょ?」
そんな咎めるようなクラウンの言葉は、勝者敗者共に関係なく騎士達の心に突き刺さる。
何一つ返す言葉もない。図星なのだから。
そんな泣きそうになる騎士らに追い打ちをかけるかのようにクラウンは続けた。
「玄武くんや静香くんも怒ってたよ~。そりゃもう……」
頭に何か重しでも乗ったかのようで、顔が上がらない。
クラウンの言葉を聞いて騎士団に所属する彼らは恐れるあまり、玄武や静香の顔を直視しまいと必死で抵抗しているかのようだ。
そこでようやくクラウンは、彼らを救い上げるようにようやく前向きな言葉を投げかけてやる。
「でも恥じることはないよ。キミたちの失敗も次につながる。いわゆる反面教師ってやつだね。多分キミがここでこんな抗議の声を上げてくれなかったら、多分二戦目も同じ作戦皆無の大乱闘。彼らに勉強する機会を与えたキミもまた、自国の増強に携わった立派な一人だ。落ち込むことないからね」
「……クラウン様」
自らの浅慮に恥じを芽生えはじめていた騎士は、そんなクラウンの言葉で救われる。
馬鹿だった自分の目を覚まさせたばかりか、慰め、果てには称えてまでくれたのだ。緩くなった涙腺が自然と少しずつ捻りはじめ、瞳に涙が運ばれてくる。
「ま、でも二人が起こってたのは事実だから騎士団のみなさんは後でこってり絞られてね」
だがそこは変わらない。
ドッと直接関係なかった周囲の人達が一斉に笑い声を上げた。
結局恥じは残ったが、最後のひと笑いで随分と気持ちが軽くなった。騎士達は心の中でクラウンに再度頭を下げた。
「……これでもう納得いってない人はいなくなったみたいだけど、折角だし一応みんなに伝えておくね」
そう言ってクラウンは次に、勝利を掴み取った少年に視線を移す。
少年のすぐ傍らには愛する娘がいたのだが、今以上に緩みそうになる表情を必死で抑えながらクラウンは話し始めた。
「自国の増強のためには個々の力は確かに必要不可欠。だけどそれは何も剣の腕前だけじゃないよね。今回勝利の旗を手にした彼だけど、彼はこの試合、実は一度も剣を振るっていない。じゃあどうやって敵陣に気づかれず乗り込み、旗を手にすることができたんだと思う?」
「梓が協力してくれたから」
そのクラウンの問いかけに答えたのは、話題の中心となっていた慎二だった。
「あ、キミが答えちゃうんだね」
慎二の予想外の返答に、クラウンは笑いながら続ける。
「確かにそれも間違いないね。味方の協力があってこその作戦なんだから。でもあとはキミ自身がこの地形を巧く利用したことにある。茂みに身を潜め、木に登り機を窺う。単純ではあるけど、勝つための方法を考え、実行する知恵を彼は見せてくれた」
それは素晴らしい事なのだとみんなに言い聞かせながら。
「それでオッケー! そこにある物を使う。便利なものがあっても利用しないのは訓練の時ぐらい。そういった現場での対応力、忍耐力、まあ色々あるけどそれら全部ひっくるめたものがこの国発展の為には大事なんだよ。だから皆も騎士だからとか一般市民だからとか、そんな隔たり無く、彼のように全身全霊を尽くしてこの精霊の舞闘会を盛り上げていきましょーう!」
「「「ウオオオオオオオオオオ!」」」
「それじゃあ予想以上に早く終わっちゃったけど、今日の試合はここまで! それじゃみんなまた明日も頑張っていこーう!」
そう笑って締めくくると、クラウンの姿はス~ッと空の中へと溶け込んでいった。どうやら姿を消す種類は豊富らしい。




