第三話:舞闘会の開催その弐
あっという間に大演習場の中心は二千という参加者によって、半分に満たない程度ではあるがーー面積を消費させられる。
人数だけでいえばまだまだ空間に余裕はあるが、これから対戦を行う場所としてはこのぐらいの人数が妥当だともいえるだろう。
彼らを囲むようにして何層もの客席も、参加者の入場と合わせてどんどん人で埋まっていく。
その中には見事に席を確保した愛や大吾の姿もあった。だが客席に関していえば限られた数しかない。
中心から見るともの凄い人数の人に囲まれていて萎縮してしまいそうになるが、それでも外にいた人数よりは少ないのだろう。
入りきれなかった人達は外の映像を大人しく利用しているか、あるいは席など不要と通路に立って観戦を試みようとする人までいる。それだけ皆が注目している催しだといえるだろう。
そしてある一角、客層の中でも一番上の位置には、貴賓席と思われる場所も設けられていた。
当然その席に座るのは、この国を代表するクリストファー・バード・ディ・ローランドである。
その後ろに控えているのは三大騎士家である松蔭玄武、獏党静香。また、彼らの背を囲うようにしてライトブルーの甲冑を纏う法王守護騎士総勢がずらっと並んでいる。
もともとは計二十名の精鋭なのだが、先の戦争で隊長である陣内喇叭を失い、その数を減らしていた。
代わりに隊長の座についたのは副隊長であった櫻井権太。前隊長の喇叭とまではいかないが、それなりに歳をくっており、この貴賓席にいる者達の中では最年長である。
細やかにまとめられている口髭は彼の最大の特徴の一つと言ってもいいだろう。彼自身、手入れを欠かしたことはないほど気に入っているのだから。
そんな権太であるが、実は以前に悪魔を召喚して梓やクラウンの命を奪う画策をしていたのだが、その陰謀は見事に打破される。
本当ならば殺されていたのだが、幼い自分を支えてくれていたと恩を感じている梓の口添えもあり、その命を拾っている。今では逆に自分を救ってくれた梓や白城家に忠義を尽くす姿勢となっていた。
ちなみに戦後は白城家に代わってローランド法王国の北部を統治していたのだが、喇叭の死後は南部の統治を任されていた。
その為、以前まで白城家に顔をちょくちょくと出していたのだが、最近では南部の統治で忙しくその暇もなかった。
ちなみにそんな彼らも全員、精霊の舞闘会参加者である。
ここにいるのは単純に、全員が二日目以降の参戦となるからである。
いくら精霊と契約を交わす機会とはいえ、自身の責務を放棄するわけにはいかない。その為に約五人ずつということで一日ごとに法王守護騎士の任を離れて参加者となる事を許可された。
だから法王守護騎士だけはクラウンが番号を均等に振り分けられている。
大演習場の席が全て埋まったところで、再び皆の頭上に姿を現したクラウンが説明を再開した。
「よし。みんな位置についたね。では始める前に、この平坦な場所ではあっという間に決着が着く可能性があるので、少しだけ地殻変動をしたいと思います。みんな動かないでね。玄武くんと精霊くん。お願い出来るかな?」
そんなクラウンの突拍子もない説明に皆が動揺するのを無視して、玄武は精霊術を行使する。
するとゴゴゴゴゴゴゴと大きな地揺れと共に大地が隆起したり、陥没したりと、その上に立つ人間を無視して動き出す。
その場に立つ屈強に見える人達も平衡感覚を完全に失い、当然のように尻もちをついてしまう。
そして数秒後には地揺れは収まり、先程までの揺れが嘘のようにピタリと止まった。
大演習場の中心にいた参加者らは何が起きたのか分からないだろうが、観客席からはその異様な光景をはっきと目に留めることができた。
平坦だったはずの大地は、幾層も重なった大地の山が形成され、その最も高い位置は最も低い位置にある観客席と同じ程度にまで膨らんでいた。
緩やかな傾斜や、急な坂。ところどころに陥没したでこぼこした地面。先ほどまでの水平な大地は消滅してしまっていた。
しかもよく見るとその地形は中心を境に左右対称となっているようだ。全く造りが同じである。
ある程度平坦な場所は、山頂や中心には残っているが、先程までの面影は完全に無かった。
しかしこれだけでは終わらない。
砂石しか無かった大地に、今度は芽が息吹く。
まるで時間を早送りして見ているようだ。突如現れた芽はみるみるうちに木々へと成長し、根元からは草花が生えそろう。
観客席さえなければ、ここはまるで大自然の一部分にしか見えないだろう。
その神秘的な光景に、人々は声にならない感動を覚える。
ーーこれが三大騎士家の力。これが精霊の力なのだ。民衆は畏怖と羨望の念が同時に心に渦巻くような感覚に見舞われた。
「じゃあ法王様。旗をお願いします」
「う、うん!」
そう言ってクリストファーは席を立つと、玄武と静香が両の手に乗せている白と赤の旗を見て、精霊術を行使する。
知る人間は少ないが、クリストファーも下級精霊である≪風の精霊≫と契約を交わしている数少ない人間である。
風の力を使って二人が捧げていた旗を浮かすと、それぞれ左右の山頂目掛けて突き刺した。
「……ふう」
久しぶりに使った精霊術がうまくいったと、クリストファーは胸を撫でおろしながら着席する。
クラウンは小さく「お疲れ、クリス」と労いの言葉をかけると、拡声器を口に宛がって下を見下ろした。
「はい。これで準備完了! 見て分かる通り法王様が設置してくれたあの旗が勝者を決める。番号が千までの人達は白組。番号が千一から二千までの人達は赤組。まずは中心を境に、それぞれ自分の旗色の陣地へ移動してもらえるかな?」
それを聞いて、各々は自分たちの旗が掲げられている敷地へと移動する。
梓は一桁番号なので、白組である。
十二歳以下の子どもは参加資格がない為、梓は参加者全員と比べると年少組ともいえるだろう。
勿論梓よりも幼い少年はいるが、その中でも梓は特別身体が小さい。
大人の中に甲冑を着ている子どもがいる。上から見下ろすとそんな変な違和感があった。
「よし。移動できたね。それじゃしっかり味方の顔を覚えておくようにね。今から三十分、各組で作戦会議の時間を設けるから、自由に戦略とかコミュニケーションとかとってくれていいよ。その後全員に木剣と木盾を支給するから、それが済み次第試合開始ね。それじゃ、三十分後に声かけるからその時に!」
そう言い残してクラウンは空中でその姿を消す。
今回は質問タイムはないようだ。
あまりにもさっぱりした説明に、皆ざわめくがすぐに隣同士の味方となった人達と喋りだす。
同じ国内とはいえ、会ったことのない人同士が多いから当然といえば当然かもしれない。中には知り合い同士固まることができたと嬉しそうにしている者もいた。
そんな中梓はというとーー、一人ポツンと寂しそうに突っ立っていた。
(……うう。話しかけづらい…………)
意気揚々と語りだす大人や騎士達。
すでに完成された輪の中に入るというのは困難だ。それも年齢層の違う人間となれば尚更。
(父上は『作戦会議』とも言ってたけど、千と千の複雑な地形での戦いーーこんな調子で大丈夫なのかな?)
梓はそんな事を気にしながら周囲を見渡す。
そう。梓が気づいた通りこの予選のキーは団結力にある。
千という見知らぬ人間を率いるカリスマ性を持つ人間。それを嫉妬することなく同調できる協調性のある人間。
そういう面も実のところ評価の対象となっているのだがーー白組も赤組も好き勝手に小さなグループを作って、そのグループ間での動きしか話し合っていない。
中には騎士団という民衆を率いる立場にある人間も大勢いるのだが、彼らも何ら変わりはなかった。
遠くで玄武と静香が「心身共に鍛え直す必要があるな」「……そうですわね」と小さな怒りを感じているともしらずに。
だがそれに気づいたところで行動を起こさない梓もまた、同じ穴の狢だろう。
完全な単独行動という意味ではそれ以上にもしかすると悪いかもしれないが。
だが梓自身それには気づき反省しているようで、どうしたものかと方法を模索し続ける。
「ーーお前、強い?」
「へ?」
そんな一人突っ立っている梓に、声がかかる。
気づくといつの間にか目の前には、同じぐらいの背の少年が真っすぐと梓のことを見つめているではないか。
「ごめん。何て言ったの?」
「お前、強い?」
黒髪の少年は、先と同様の質問を繰り返す。
自分が強いかどうか?
そう問われると自信がない。確かに一般人と比べるなら戦闘技術や精霊術という切り札がある分腕は立つ方だとは思うが、最近は迷宮を彷徨う牛悪魔、自動人形という強敵を前にあまり良い姿は見せられなかったし、クラウンをはじめとする周囲にいる人達はほとんどが自分以上の実力者。
そう考えると強くはないのかもしれない。
開戦を前にしながら少し自信を消失させてしまった梓は、少年に向けて残念そうに返事する。
「悪いけどあまり強くないと思うわ」
「違う。お前、強い。慎二よりも強い」
「え?」
質問してきた相手に答えを否定された。
この少年は何が言いたいのだろうか。おそらく同じ白組の仲間なのだろうが、少年の意図が分からず首を傾げた。
「えっと、慎二っていうのはあなたの事かしら?」
「そう。慎二が慎二」
「じゃあ慎二。そうね、少なくとも貴方よりは強いかもしれないけど、ここにいるのは騎士団に所属する熟練の騎士もいるの。彼らと比べると私は弱いと思うわよ?」
おそらく自分と同じ位の歳であろうが、まるで年下に言い聞かすように梓は話す。
だが慎二は、そんな梓の答えをも真っ向から否定する。
「違う。お前、この予選の本質見抜いている。バラバラで戦っても勝機ない。これは小さな戦争。戦略がものをいう」
まるで確信しているかのように慎二は淡々と紡ぎだす。
「でもお前、仲間をまとめられない。違う?」
「……ええ、そうよ。おそらく私が出しゃばったところで、誰も相手にしてくれないと思うしね」
「それ本当だけど違う。出しゃばる自信、お前、ないはず」
痛いところをつかれてしまった。
何なのだろうか、この少年は。
梓はやけくそ気味に声を荒げながら肯定した。
「ええ、そうよ。その通り。だったら何なの? 貴方が代わりに出しゃばってくれるのかしら?」
「違う。慎二も無理」
「随分とあっさり認めるわね……」
少し苛立ちそうになるが、すぐに毒が抜かれてしまった。
「でも幸い、それは向こうも同じ。指揮する人間いない」
そう言って一瞬視線は赤組の方へ向く。
そこには同じように個々で作戦等を立てる大人の姿。
「だから今回の勝負の要は、個々の立てる作戦の差、個々の実力差が大事」
「なるほどね。全員で一致団結は諦めて、勝手に動いて勝利を掴み取ろうってこと?」
「肯定。だから慎二はお前に協力を求める」
慎二の双眸は真っすぐに梓の姿を捉えている。
喋り方もそうだが、何とも不思議な雰囲気を持つ少年である。
そんな少年独特の雰囲気に呑まれてしまったからか、はたまた孤独は耐えられなかったからかは分からないが、梓はその提案を受け入れることにした。
「……分かったわ。強力しましょう。でもその『お前』っていう呼び方はやめてくれるかしら? 私には白城梓って名があるのだから」
「……『白城』?」
そこで少年は初めて驚いたような表情を見せる。
とはいっても、先ほどよりも僅かに目が開かれた程度ではあるのだが、それでもハッキリと驚いているように感じ取れた。
「三大騎士家の白城?」
「そ。さっきまで空中で司会してたのは私の父よ」
「……なるほど。理解した。よろしく頼む、梓」
何を理解したのかは分からないが、『お前』と呼ばれることはもうなさそうだ。
慎二と梓は握手を交わして協力体制を結んだ。
「指揮官不在でも、ある程度は攻撃側と防衛側に分かれるはず。なら慎二達はどちらを担うのが正解か?」
これは殲滅戦ではない。旗を奪われてしまえばその時点で敗北が決定する。
ならば大事となるのは間違いなく防衛側だろう。
特にこう全体の指揮もとれていないとなればその守りも笊。そこに付け入られてしまえばおしまいだ。
ならばそれを理解している自分達がその穴を埋めるしかないだろう。
となるとーー。
「ーー防衛側ね」
「違う。攻撃側」
「……………………」
早速意見が真っ二つに分かれてしまった。
自信満々に放った結論だというのに、聖騎士学校で座学も頑張っているというのに。
そんな事は関係ないと言わんばかりに、慎二は正答を紡ぐ。
「梓は指揮がとれていなからこそ、自分達でその穴を埋めようと考えている。違うか?」
「まあ、そうだけど……」
「確かにそれは正しい。でもそれは無理。何故なら慎二達は二人。残り九百九十もの穴を全て防ぎきるのは物理的に不可能」
「ーーあ」
慎二の結論は反論しようもないまっとうなものであった。
もしも梓が百以上のグループと徒党を組んでいたのであれば話は別だろう。だが現実問題、自分たちは二人なのだ。
慎二の言う通り不可能だろう。
「だから攻撃側に回るしかない」
少年はそう結論付けた。
「分かったわ。でも逆にたった二人で旗を奪えると思っているの?」
そう言う梓の意見も最もだ。
結局は数がものをいう。守りが雑でも千を超える相手を前に、たった二人が徒党を組んだところでどれほどの脅威になるだろうか。
しかし慎二は自信を持って答えた。
「可能。梓はこの戦いの本質を理解していない」
「本質?」
「そう。この戦いは指揮官をつくり、その指揮の下で戦うのが一番理想的」
「それは理解できるわ」
「それが叶わない時の救済方法が正に、慎二と梓が取ろうとしている行動」
「…………つまり、どういうこと?」
「つまりこの戦いは、何も敵全員を倒す必要などないということ。敵を避け、戦わず、一気に旗を奪えば最期に何人生き残っていようが慎二たちの勝ち」
「…………!」
梓はそこまで聞いてようやく勝利のビジョンが瞼の裏に浮かぶ。
つまり自分達がすべき攻撃とはただの特攻ではなく、奇襲ということだ。
「勿論一気に突っ込むのは流石に無謀。一度でも足止めをくらうと旗を奪える可能性は低下。なるべく見つからないようにするのが前提」
「それは……中々難しくない?」
「可能。何のために地形を変えたのか。利用することを求めているから」
「つまり、この地形を利用すれば勝利につながる作戦があるってこと?」
「そう。だからこそ慎二より強い梓が必要」
「分かったわ。じゃあ慎二の作戦を教えてちょうだい」
梓は決心して、慎二の作戦に耳を傾けた。




