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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第三章:精霊の舞闘会
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第一話:戦争終結その弐

 ーー時は少しさかのぼり、再び法王の間へ。


 呆気に取られたクラウンの話。

 荒唐無稽ではあるが、三者三様に食い入るような視線がクラウンに突き刺さる。

 

 クラウンが紡いだ話を真実とするならば、臣民全員が精霊術を使えるようになるかもしれないということだ。

 どこにでも存在する最下級精霊であれば可能かもしれないが、下級精霊以上ともなると現実にそんなことが起こるとは思えない。

 何せこの国でも精霊術を扱えるのはたった五人しかいないのだから。

 しかしクラウンのどこから湧いてくるのか分からない自信に満ちた風体は、彼らが話を聞いてみたいという衝動に突き立てられる。

 


「玄武くんはそもそも、何故精霊が人前に滅多に姿を現さないか、その理由を知っているかい?」



 玄武の質問に答えることなく、クラウンは逆に質問で返す。

 すぐにでも答えを求めたい自分もいるが、玄武は大人しくそれをなだめて返答した。



「……知らぬ」


「そっか。ちなみにクリスや静香くんは知っているかい?」


「いいえ。残念ながら存じ上げませんわ」


「わ、私も知らないな」


「ふむ。まずそこからだね。ボクも世界中を旅して回って知ったんだけどね、遥か昔は悪魔召喚が人間にとって主流だったんだ」


「今では禁忌とされているものが……」


「そう。長くなりそうだから少し省くけど、暫くしてみんなが知るように悪魔召喚は禁忌とされ、歴史の闇に消えていく。じゃあ次に人間が争いの中で使おうとする力は一体何だと思う?」


「……成程。精霊術ですか」


「さすがは静香くん。察しが良いね」


「ありがとうございます」


「これも大分昔の話になるんだけど、今と違って精霊術を扱う人間は人口の半分以上もいたそうなんだ」


「そ、そんなに!?」



 今の世界では信じられないと言わんばかりにクリストファーは身を乗り出して驚いた。



「でも精霊の力を使って争うようになった人間は、やがて精霊に忌み嫌われるようになってね、人前に姿を現すことがなくなったんだ」


「それで精霊術の力を使える人間が減少してしまったということか。しかし白城よ、それでは尚更精霊と契約を交わすのは難しいのではないか? 私たちの目的は言ってしまえば戦力増強という、いわば争いに直結するようなことだぞ?」


「確かにね。でもそうなると玄武くんも静香くんも精霊と契約を交わしてないかい? つい先日もその力を使って戦っていたじゃないか」


「……確かに」


「ちなみにさ、≪土の上位精霊アテナ≫と≪氷の上位精霊フェンリル≫は契約時に何か言ってなかったかい?」



 クラウンは不意にそんなことを尋ねる。

 玄武と静香はその問いに、記憶の糸を辿って思い出す。

 自分にとって力を得た印象に残る日だ。思い出すことにそんなに苦労はしなかった。



「確かーー『貴方の強き信念を認めて、我が力を授けましょう。その力で民を護りなさい』……だったか」


わたくしの時はーー『お前の魔力は上質だ。その魔力を私のかてとして差し出すならば、私もそれに応じて力を貸そう』……だったと思いますわ」


「ありがと。ちなみにクリスの時はどうだったんだい?」


「へ? あ、私のときはーー『ぼくの力が欲しいかい? お前気弱そうだもんな。取り得がなきゃ可哀想だから恵んであげてもいいぜ?』……って言ってた気がするよ」


「そっかそっか」



 クラウンはうんうんと頷くと、三人に向き直る。



「ーーで、結局何が言いたいのだ?」


「うん。ズバリ、精霊にも色んな性格の奴がいるってことだよ」



 クラウンはそう答えると、続きを語りだす。



「ビヒーもさっき言ってたけど、人間や悪魔にも色んな性格のやつがいるように、精霊にも色んな性格のやつがいるってこと。勿論種族によって考え方に偏りはあるかもしれないけどね」


「そう言われると、わたくし達が精霊と契約出来たのも納得できますわね」


「でしょ? でも精霊の中で『人間は醜い生き物だ』という噂が残っていることに代わりはないよ。だから精霊の中では暗黙のルールとして、無闇やたらに人間と契約をしてはいけないっていうのが浸透しているらしいしね」


「……やけに詳しいな」



 玄武は訝しい眼でクラウンを見る。

 そんな詳細な部分まで何故知っているのか、と問い詰めるような視線を投げかけて。


 しかしクラウンはそう聞かれた時の返事をちゃんと用意していた。


「まあね。ボクと契約した精霊くんが鬱陶しいぐらいお喋りでね。その時に色々聞かせてもらったんだ」


「で、でもそんなルールがあるなら、やっぱり難しいんじゃないかい?」


「確かに。長年変わらなかったルールをボクたちが変えるなんてことは無理だろうね。そもそもそのルールは人間が作ったわけじゃないんだから」


「そ、そうなると、やっぱり無理なんじゃないの?」


「まあそう結論を急がないでよ、クリス。ならばそんなルールがある中で、何故精霊はキミたちと契約を交わしたんだい?」


「そ、それは……」



 クリストファーは視線を落として考える。


 

(…………あれ? 何でだろう?)



 しかし答えは導き出せなかった。

 諦めてクラウンを見る。



「答えは簡単。精霊が人間の持つ魔力を欲しているからさ。じゃあ次の問題に移ろうか。何で精霊は魔力を欲しているんだと思う?」


「それはやはり必要……だからではないのでしょうか?」


「正解! その通り。精霊は人間や悪魔と違って肉体という実態を持たない。代わりに魔力を使って自分たちの存在を構成しているんだ」


「確かに。もしそれが事実ならば、精霊が魔力を欲しているのも頷ける」


「だから当然といえば当然かもしれないけど、精霊術を使う時には魔力を消費ーーいや、精霊に提供する。そして精霊術となって効果を発動させる。ここまでは理解できる?」


「う、うん」


「じゃあ仮に三の魔力を消費して、それを三使ってしまうと精霊に利はない。だから実際にはそれよりも少ない魔力で精霊術を行使しているんだよ」



 商売も同じだ。

 元値を下回る値段で商品を売っても、その商人に利益はない。仮にそんな事を続けていれば破産は必至。

 実に納得いくクラウンの話に、三人とも頷いて示した。



「でも精霊術も日常のように使うわけじゃない。ああいった戦いの場がなければ中々魔力を補給することは出来ないだろうね」


「それではいずれ精霊が存在しなくなってしまうのでは?」


「実を言うとそういうわけでもないんだ。魔力を持つのは人間だけでなく、森羅万象様々なものにあるからね。消滅することはないと思うよ。でも、人間という割の良い補給源が途絶えると、確実に精霊は力を失っていくだろうね」


「だから今でも精霊は人間と契約を交わしているのですね」


「そういうこと」


「……それで、白城よ。貴様のたくらみをそろそろ聞かせてもらおうか?」



 機を待って、玄武はいよいよクラウンに問いかける。

 ようやく見えてきた精霊と人間との接点。

 黒い眼鏡を光らせて、クラウンはその自身の頭に描いた方法を口にした。



「そうだね。ボクが計画しているのは精霊を一度このローランド法王国に招いてみるということさ」


「……『精霊を招く』? そんな事が出来るのか?」



 結局はそこだ。

 人間との契約こそ絶やしてはいないが、精霊には無闇やたらと人間と契約してはならないというルールがあり、だからこそ人前に姿を晒すこともない。

 そんな精霊を招待するなど、一体どんな方法をとれば可能なのか。

 しかしクラウンは自信満々に結論を述べる。



「出来るよ。といっても、ビヒーやレヴィの力を借りてだけどね」


「……クラウン様。よろしければその方法をお伺いしても?」


「勿論。二人には精霊が多い【放牧ほうぼくの大地】へ行ってもらって、ボクたちがする人間の催しの噂を広げてもらおうと思っているんだ」


「催しとは?」


「名前は別に決めてないけど、いわゆる力試しみたいなものだよ。誰が一番強いのか、そんなトーナメント形式の大会」


「だがそんな事をしてどうするのだ?」


「そこで精霊たちに人間を観察してもらおうと思ってね。魔力量やその人間の生き様、信念。その他諸々もろもろを見てもらって、もし精霊が気に入る人間がいたら声を掛けてもらおうって魂胆」


「……ふむ。もしそれが実現すれば確かに面白いな」


「でしょ? それに今回のその大会は何も騎士だけでなく、ローランド法王国に住む全ての人達に参加権を与えてもいいんじゃないかなって思ってるんだ。そうすることで騎士団も隠れた人材の発掘にもなるし」


「それはすごく素敵ですね。人材不足解消にもつながりますわ」


「で、でも、本当にそんな事で精霊はやってきてくれるのかい?」



 不安そうな表情で、クリストファーは全員の顔を窺う。

 しかし問題ないとクラウンは頷き、代わりにレヴィが説明する。



「安心なされよ、法王様。こう見えても我ら二人、精霊とは少なからずつながりがある。いや、むしろ我ら以上に精霊と知り合いの多い悪魔はいないじゃろうて」


「その通り。無論じゃからといって、どれだけの数の精霊がやってきてくれるかは分からぬが、お主らが思っている以上に精霊の数は多い。何とかなるじゃろう」


「せ、精霊の数が多いってどれぐらい?」


「まあ最下級精霊も合わせれば人間の数よりも多いかも知れぬよ」


「そ、そんなに!?」


「うむ。まあ今回の目的でもある、意思のある下級精霊以上の精霊で話すとなると……それでも千はくだらぬよ」



 想像していた以上の数に、クリストファーは目を丸くする。



「たとえば法王様よ。お主が契約しているという精霊は……何じゃったかいの?」


「あ、えっと、≪風の精霊シルフ≫だよ」


「そうじゃったそうじゃった。その≪風の精霊シルフ≫は下級精霊、これは相違ないかの?」


「う、うん」


「では≪風の精霊シルフ≫と呼ばれておる精霊が他にもおることは知っておるか?」


「え? そ、そうなの?」



 クリストファーはそう言って、確認するかのように静香と玄武を見る。



「申し訳ございません。わたくしも初耳ですわ」


「……同じく」


「じゃろうな。精霊術を扱う人間が少ない現状、そのような認識でも仕方があるまいて」


「さて、話は戻るが、玄武殿や静香殿が契約を交わした上級精霊や中級精霊であればともかく、同じ名を持つ下級精霊は数多くおるのじゃよ。簡単にいえば風を操る精霊はみな≪風の精霊シルフ≫と呼ばれているようにな」


「なるほど……」


「もちろん同じ名じゃからといって、その性格までもが皆同じというわけではない。じゃから我らが声を掛けたとしても全てが集まるわけではないじゃろう」


「うむ。しかしそれなりの数は集まるじゃろうよ。何せ無闇に契約を交わすのは禁止されているとはいえ、自分で見定めた相手であれば誰も文句はいわぬ。上質の魔力や、清い精神を気に入って契約を試みる精霊も出てくるじゃろう。それだけ大勢の人間を精霊が一度に集まって観察する機会などそうないじゃろうからな」


「そういうこと。もしかしたらあの元お姫様みたいに、複数の精霊に気に入られる人も出てくるかもしれないね」



 そんなクラウンの言葉で、静香と玄武は思い出す。

 自分たちを負かし、ローランド法王国の脅威となったセスバイア法王国の巫女姫のことを。

 彼女は上級精霊三体と契約を交わすという、過去に事例もないことを成していた。しかし、あのような存在が他に出現するとなると危険因子になりかねない。

 二人が懸念するとなればそこぐらいだろう。

 そんな二人の不安を見越していたのか、クラウンはさっと他の考え方を植え付ける。



「でもボクたちの目の前で、誰がどの精霊と契約を交わすかを確認できるようにすれば大丈夫だと思うよ」



 自分たちの監視下の下、誰がどのような精霊と契約を交わしたか熟知しておけば、確かにクラウンの言う通り危険は減るだろう。

 それに目的は戦力の増強。

 もし仮にあれほどの力を持つものが味方にいれば、それ以上に頼りになるものはいないだろう。

 あと一押し、というところでクラウンは最後に進言する。



「それに自国の人間しか参加出来ないとか、精霊と契約を交わした人間は国外に出る際に追加規制を設けるとかすれば、安全対策になるんじゃないかな」



 それでようやく芯は固まったようだ。

 クラウンの提案を賛同するように、三人が頷く。



「ならば私も白城の提案を支持しよう」


わたくしも同じく同意しますわ」


「そ、そうだね。それがローランド法王国の発展となるなら私も協力を惜しまない」


「ありがと。なら決まりだね。じゃあビヒーとレヴィ、すまないけど早速【放牧ほうぼくの大地】へ向かってくれるかな」


「やれやれ。人使いーーもとい悪魔使いの荒いあるじ様じゃ」


「ーーして、そのもよおしの日取りと名称はどうするのじゃ?」


「まあ日取りは大体一か月か二か月後ぐらいでいいんじゃないかな? 名前は……どうしよっか?」



 そう言って玄武に視線を移す。



「……私にそのような洒落た名をつける能力はない。それにこれは成功すればローランド法王国建国以来の偉業となるのだ。法王様が付けたほうが良いだろう」



 そう言って玄武の視線はクリストファーに向けられる。



「え、え、え? わ、私だって別に、皆が興味を惹かれるような名前をつける自信なんてないよ! そ、そうだ! 静香なら良い案があるんじゃないかな?」



 そう言ってクリストファーの視線は静香へと放られる。



「駄目ですわよ、法王様。こういうのは発案者が決めるものなのですから」



 そう言って静香の視線はクラウン目掛けて丸投げされる。

 ーー結局、一周回っただけで全員の視線がクラウンに戻ってきたところで、クラウンは溜め息をつきながら、適当に思いついた名を口にする。



「ーー分かったよ。じゃあ……【精霊の舞闘会・・・】ってのはどうかな?」



 こうして浮かんだ命名は何の反論もなく、すんなりと採用されてローランド法王国中に知れ渡ることとなる。

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