第一話:戦争終結その壱
戦争終結からはや一か月。
ローランド法王国は徐々にその活気を取り戻しつつあった。
街頭に並ぶ露店。売買を楽しむ人々。
勿論何もかもが元通りというわけではない。
騎士として戦争に参加し、命を失った人間は多い。その遺族はどれほど悲しんだことだろうか。
大々的に行われた彼らの追悼式はまだ記憶に新しい。
だが人はそれも乗り越えて生きていかねばならない。哀しいことではあるが、人間とは忘れる生き物だ。
時間が心の傷を癒すことはないが、記憶の奥に追いやることはできる。
薄情かもしれないが、そうして人は生きていくのだ。
まあ今回人々がすぐに立ち直れたのは、被害が全くなかったという理由もあるだろう。
無論戦争の行われていた南門付近では、臼砲によって建物の被害こそあれど民衆の犠牲は出なかった。
結果として大勢の騎士の命が奪われることとなったが、それでも命を張って家族と国民を護ったのだ。
騎士の在り方を誇りはしても、悲しむというのは彼らにとっても無粋なのかもしれない。
建築物に関しても、当初と比べると随分と元の形に戻ってきているので、じきに気持ちも晴れてくるだろう。
そんな事よりも、今人々が関心を寄せているのは戦争の辛い話ではなかった。
賑わう街並みを歩きながら、三つの影もその話題で盛り上がっていた。
「どこもかしこも目前に迫ってきている舞闘会の張り紙でいっぱいだな」
その影の中で最も背の高い男が徐にそんな事を口にする。
男の背には自分の身長よりもやや小さい大剣が背負われており、甲冑姿を見るとこの男も騎士なのだろうと判断出来た。
しかしそれは正確ではない。胸の部分を見ると、そこには国を守護する甲冑騎士をモチーフとした紋様が描かれている。これは聖騎士学校に通う生徒のシンボルであった。
つまりはこの青年は、騎士ではなく騎士見習いというわけだ。
ただし彼ーー鳳大吾の通っている聖騎士学校は、戦争後の人手不足につき、一時閉鎖されている。
「そりゃそうでしょ。建国以来の大イベントだもん」
そんな大吾の同期生である新庄愛は、大吾の言葉を当たり前でしょ、と大きく頷いた。
少女のチャームポイントともいえる短髪の毛先は幾方向へも跳ね返っており、つりあがった細い眉が彼女の活発さをアピールしている。
そんな彼女もまた大吾同様に甲冑を着用し、胸元には同じく学校シンボルが掲げられていた。
「でも緊張するわね。時期ももう少しだし……。父上が言うには他国もこの行事を注目しているみたいだから」
この三人の中で最も小さい少女がそう口にした。
光沢ある山吹色の瞳は違うが、艶やかな赤い長髪は三大騎士家のある人物を連想させる。
それも当然そのはず。彼女の名は白城梓。あの白城家当主の一人娘なのだから。
だが厳密に言うと実の娘というわけではない。そもそもクラウンは悪魔なのだから。
生粋の人間である梓とは血のつながりがない。
では何故、クラウンの娘となっているのか。
それは梓が悪魔召喚の儀式でクラウンを召喚したからである。
経緯は様々だが、簡潔にまとめるなら白城家の復興の為。
そしてその為に悪魔と契約を交わしたのだ。
とはいってもおとぎ話にあるような恐ろしい取引はそこに存在しない。むしろ、絶対遵守しなければいけない契約を逆手に、クラウンにとって一方的となる契約を交わしていたのだ。
それによりクラウンは期限無制限の無休で無給の奉仕を強制させられている。
クラウンが悪魔でありながら白城家当主となっているのも、梓の父親を名乗っているのにもそんな事情があった。
しかし当の本人は意外とその立場が気に入っており、今では微笑みながら梓の成長を見守る『父上』と化していた。
勿論そんな事を知らない友人二人は、完全に二人が親子であることを疑っていない。
梓の話を聞きながら、話を広げていく。
「え? もしかして他国の人も参加出来るの?」
「いえ、あくまでも今回は自国の発展の為の行事だから。成功するかも分からない行事に他国の人間を巻き込むことはできないわ」
「そりゃそうか。でもよ、自国の人間であれば騎士じゃなくても参加できるんだろう?」
「ええ、その通り。しかも今回は騎士の増員も視野に入れているから、優秀な成績を収めることができれば身分や学歴に関係なく、騎士団に入団できるかもしれないらしいわよ」
「オイオイ。そうなると俺たち、民間人に先越されちゃう可能性もあるってことか?」
「そうなるわね。ただ私達にも同様のチャンスがあるらしいわ。今回の目的は勝ち負けじゃないしね」
「なるほどな。お声がかかるよう頑張るしかねえか」
「ふ~ん。でも愛さんはもっと別の事にも興味あるな~」
「それって何?」
「ほら、この戦争の後新たに第四騎士団って設けられたじゃない? 実は愛さんそこを希望してるんだよね」
愛のいう第四騎士団とは、彼女の言う通り新しく結成された騎士団である。
もともとローランド法王国にあった騎士団は三つ。
松蔭玄武が率いる第一騎士団、獏党静香の率いる第二騎士団、白城クラウン率いる第三騎士団。
どれも指揮官が違うというだけで大きな差はないが、これらの騎士団は聖騎士学校卒業後、自分が希望する騎士団に入団することが出来る。
ちなみに入団者の数だけでいえば、戦前は第一騎士団が一番の数を誇っていたが、戦後は第二騎士団が逆転している。そして圧倒的な差をつけて最後に第三騎士団である。
そして今回新たに設けられた第四騎士団とは、法王直下の騎士団となる。
とはいっても法王守護騎士とはまた違い、第四騎士団の役目は密偵・伝令・調査などのいわば裏方、雑務的な仕事だ。
実際まだ設けられたばかりで、誰も入団していないと聞く。
「あ、愛もそうなんだ」
「『愛も』ってことはもしかして……?」
「ええ、私もそこを希望しているわ」
「……やったー! 梓と一緒に働けるって嬉しいー!」
まだ決まってもいないのに、愛は嬉しそうにはしゃぎはじめる。
「っかっかっか! 何だお前ら? そんな裏方の仕事がいいのかよ?」
「ふん。馬鹿なあんたには分からないでしょうが、そこなら任務の一環として世界中を飛び回れるかもしれないのよ!? そんな機会滅多にないじゃん!」
「あ~、なるほど。そういう考えもあるわけだ」
大吾は自分になかった新しい考え方に納得するように頷いた。
「でも、ま~俺には無理だな。そんなチマチマしたことは慣れそうにないわ」
「でしょうね。あんた脳筋だもん」
「……ほんと、お前とはいずれ決着つけねえといけねえようだな」
「へえ、面白いじゃん。何なら舞闘会前に叩きのめしてやってもいいのよ?」
ぱりぱりっ、と目に見える筈もない火花が二人の視線を交差して弾けだす。
梓は二人を宥めるように仲介に入って声をかける。もう手慣れたものだ。
「まあまあ。舞闘会も目前に控えてるんだし、その因縁とやらはこんな町中じゃなくてその時にしなさい」
「……命拾いしたわね、馬鹿男」
「恥かかずに済んだな、阿婆擦れ」
「「何だと!?」」
「はい、やめやめ!」
捨て台詞が再度点火のきっかけになるとは、梓は呆れながら二人を引き離す。
「でも本当に大きな祭りになりそうね」
「確かにな。なんせーー」
「ーー精霊と契約を交わせる機会が全員に与えられるなんて言うんだから」
そう言って三人の視線はまた、別の場所にでかでかと宣伝されていた一枚の張り紙に釘づけとなった。