プロローグ
戦争が起こった。それだけで人々の関心はそこへ向く。
今、【法王の大地】に住む人々が口々に紡ぐのがその話題だ。
『どこで戦争が行われたのか』
『どの国とどの国が戦争したのか』
『戦争の原因は何か』
『勝ったのはどっちか』
『戦後の国の状況はどうなのか』
今一番の話題に人々の興味は尽きない。
無論これは戦火が飛んでこなかったクルメア法王国とペッドヴァイト法王国のみの話。
話題の該当国であるローランド法王国とセスバイア法王国からすれば、そんな第三者視点で物事を考えることは当然難しかった。
この二国の戦争であるが、結論から述べると勝者はローランド法王国である。
そもそもの原因はセスバイア法王国の元法王であったプラムエル・ムーデ・セスバイアがいきなり宣戦布告してきたことにある。
ローランド法王国は【法王の大地】でも特に軍事力という点においては随一と言ってもいいだろう。対するセスバイア法王国は兵士一人ひとりの力量も大したことないので、この戦争の結果は誰もが予想出来たかもしれない。
ただしその過程や被害などは誰もが予想出来なかった。
まず開戦の原因について。
命のやり取りに卑怯や卑劣などという言葉は相応しくないのかもしれないが、それでも国と国との戦いには暗黙のルールというものがある。
いわば大義名分だ。勝てば官軍負ければ賊軍などという言葉もあるが、それで国は成り立たない。
仮に理由もない一方的な侵略と知られてしまえば、例え勝利を収めたとしても周囲の国々はその国を信用しない。孤立し、限られた資源、人員問題に悩み、いずれは荒廃するであろう。
だがセスバイア法王国は構わずそれをやってのけてしまった。
その責任はセスバイア法王国の元法王であるプラムエルにある。
聞くも信じられない話ではあるが、一応彼女が謳ったのは国民の恨みを晴らすことだという。
これは数十年前にも起きた両国での戦争によって出た被害ーーつまり戦死した兵士の遺族らの復讐心によるものだ。
だがこれはプラムエルの法王としての上辺の部分であり、本音とは違う。
彼女が望んだことは大勢の人間の死。敵も味方も関係なく、大勢の人間の死を望んでいたのだとか。
何故かと問われると彼女は即答するだろう。『信仰を捧げる女神・レーベン様の信託に従ったまで』だと。
これは直接彼女と対話した数名の人物から聞き出せた情報であり、真実であった。
正直なところ彼女は戦争の勝敗については関心が無かった。ただ大勢の人間の死という現象さえ多発すればそれだけで満足だったともいえる。
そういう意味ではローランド法王国は敗北したといっていいだろう。何せローランド法王国は想像以上の戦死者を出してしまったのだから。
個々の力量が上回るローランド法王国が苦戦を強いられた原因は四つある。
まず一つは開戦時刻の虚偽。
これは宣戦布告してきたセスバイア法王国からの書状に記載された開戦日時についてだ。実際に開戦となったのは書かれた日付の前日。
完全に油断してしまっていたローランド法王国は奇襲を許してしまい、急な準備を強いられてしまったのだ。
おかげで部隊も統率もバラバラな状態で、一応は指揮官が優秀だった為に何とか持ち直せたが、それでも百パーセントの状態ではなかったのが痛かった。
そして二点目はセスバイア法王国が使用していた武器の性能。
着弾と同時に炸裂する砲弾を放つ、臼砲といわれる長距離兵器。
目にも止まらぬ速さで鉛玉を撃ちだす、銃といわれる対人武器。
これらが実に厄介なものであった。
臼砲による攻撃はローランド法王国を護る外壁を破壊し、その音と振動で人々の心に恐怖を植え付けた。さらに爆発と同時に飛び散る破片が数多くの騎士の命を奪っていく。
ローランド法王国が誇る最高戦力、三大騎士家の一つである獏党家当主の手によって、何とかその兵器の沈黙させることに成功はしたが、それまでに出した被害は決して軽いものではなかった。
そして銃。
これが臼砲よりもかなり厄介な代物であったことは間違いないだろう。
白兵戦においては剣の扱いに長けたローランド法王国の騎士達に軍配が上がることは必至。しかし銃とは遠くから高速で鉛玉を射出する武器。
その威力は甲冑をも貫くほどで、目で捉えて避けることすらほぼ不可能である。
そんな武器を前に、実力で優る騎士達が次々と倒されてしまった。
付け加えると三点目として、その上数はセスバイア法王国が勝っていたのだ。
武器の性能も数もセスバイア法王国が上回っている。この時点で苦戦しない方がおかしいだろう。
そして最後に挙げる点は、予想外の強者が二人もセスバイア法王国に居たことだ。
まず一人目はシグマとよばれる巨漢の悪魔だ。
ローランド法王国の法王であるクリストファー・バード・ディ・ローランドを守護する直属の精鋭部隊・法王守護騎士。その隊長である陣内喇叭を討ち取ったのもこの悪魔だ。
加えて三大騎士家の一つ、松蔭家の嫡子である松蔭司もこの悪魔によって敗れてしまっている。
そして二人目はその悪魔を召喚し従えていたプラムエルである。
子どもの身の丈には合わない程の膨大な魔力を保有し、通常人間と出会うことはないとされる精霊ーーそれも上級精霊三体と契約を交わした異例の存在を前に、獏党家当主である静香や松蔭家当主である玄武も、その化け物染みた少女の前では手も足も出なかった。
ただ最終的には戦争には勝利したわけだが、この想像を超える苦戦により計四万いた騎士達は四分の一までその数を減らされてしまったのだ。
しかし国民に一切の被害はない。建物等の被害は出たが、この尊い犠牲により国民は見事に護られたのだ。
ローランド法王国の騎士達は勇敢である。この一戦後、国民からは勿論のこと、他国でもそんな騎士達を敬う声が高まったのは言うまでもない。
しかしだからといって国民の不安は拭えない。
騎士達に護ってもらったとはいえ、その数は戦前の四分の一。今また戦争が起きたらどうなってしまうのか、そう考えるだけで眠れなくなる。
だからこそそんな国民の安全を確保するために、ローランド法王国の中心にある法王の塔では、今日もまた会議が開かれていた。
といっても今回は政治上の会議ではなく、上層部ともいえる人間のみで開かれた極秘会議である。
「ーーさて、そろそろ聞かせてもらおうか」
法王の塔の最上階、謁見の間で大柄な男が期を待って言葉を紡ぐ。
その溢れんばかりの重圧感は何も彼の巨体のせいだけでもないだろう。黄土色の瞳から発せられる眼光は見る物全てを畏怖させるかのような鋭いものだった。
間違いなく強い。
誰もがそう感じるであろう雄々しさが、男の存在を強調していた。
この男の名を知らぬものはこの国内にはいないだろう。何故ならば彼こそローランド法王国が誇る三大騎士家ーー松蔭家の現当主である松蔭玄武なのだから。
そんな玄武の双眸が真っすぐ捉えているのは、今回の戦争で敵国の総大将を撤退させた人物である。
玄武の鋭く刺さるような視線にも物怖じせず、欠伸交じりに半眼を開く男もまた、玄武と肩を並べる三大騎士家の一つ、白城家の当主。
腰まで伸びた紅い長髪は真っすぐに梳られており、一見そこだけ見ると女性と感じるかもしれないが、背格好や顔つきは間違いなく男性のそれだ。
黒の肌着でピチッと上半身を包むその胸元がその証明といってもいいだろう。
だが法王との謁見の間において、そんな身軽な格好は些か不敬があるかもしれない。現に玄武も立場上の正装としてしっかりと甲冑を装備している。
しかし誰もクラウンのその格好を咎めるようなことはしない。いや、もうしなくなったといっていいだろう。
少し前までは注意する者もいたが、一応クラウンは三大騎士家の一人。立場上それを指摘できる人物は、この国の頂点である法王か、同じ立場にある三大騎士家しかいない。そしてそのどれもが彼の格好については諦めていた。
「う~ん。それじゃ何から話せばいいかな?」
耳にかけられた黒眼鏡の奥で、翡翠色の瞳が玄武を見据える。
「まずは貴様の力についてだ」
玄武はそう告げる。
「そうですわね。まずは、私たちでさえ手が出なかったプラムエル様の精霊術をどうやって防いだのか……。興味がありますわ」
そんな玄武の言葉に賛同するように、同じく甲冑を身に纏った女性がクラウンを見つめる。
クラウンと違って無造作に垂れ乱れた黒い長髪は毛先で様々な方向へと跳ねており、目の下にある隈がより一層彼女の淫靡な雰囲気を引き立てている。
それだけではない。甲冑越しからでも分かる豊満な胸に、ぷるんと煌めく妖艶な口もと。まるで娼婦だ。
しかし彼女はその恰好からも想像のつく通り、ローランド法王国の騎士である。それも女性の身にして、玄武、クラウン同様に三大騎士家の一つ、獏党家当主であった。
静香もまた玄武と同じく疑問をぶつける立場として、クラウンを見る。
「ああ。あれは防いだわけじゃないよ」
「……というと?」
「僕の精霊術は実をいうと玄武くんや静香くんのような強力なものではなくてね。相手に幻術を見せる類のものなんだよ」
クラウンはそう言ってその力の一旦を見せる。
先ほどまでそこに立っていたはずのクラウンが、足から順に透明になっていく。そしてあっという間に姿を消してしまった。
「え? え? どこいったのクラウン!?」
目の前で突然姿を消したクラウンを見て、同じくその場にいた一人の青年が狼狽して声をあげる。
玉座から身を乗り出すようにクラウンを探そうと首を回すこの青年こそ、このローランド法王国を統べる法王、クリストファー・バード・ディ・ローランドその人であった。
しかし肩書は立派なものであるが、その外見はお世辞にも見合っているものとは言い難い。
金糸で刺繍の入った朱色のマントは着ているというよりかは着られてしまっており、煌びやかな金髪は狼狽えた表情に流れる汗に驚愕で見開いた眼によって台無しだ。
床と一体化している白を基調とした大きな玉座も、その細身が座れば形無しである。
しかしそれでも間違いなく、彼こそがこの国の法王なのである。
そんないつもの調子を宥めるように、一足先にクラウンを見つけた静香が指をさす。
「あちらですわ」
その細く綺麗な指が示したのは壁に向かっている。
クリストファーは静香が指した方向へ視線を向けて、ようやくクラウンを見つけることができた。
「い、いつの間にあんなところに?」
クラウンは壁に寄りかかって腕を組んでいた。
クリストファーの疑問に答えるように、組んだ腕を戻し元いた位置へと戻りながら種明かしを始める。
「『いつの間に』かではなく、最初からあそこにいたんだよ、クリス」
コツコツとクラウンの歩く足音が静謐なこの場に響く。
君主に向かって愛称で呼ぶクラウンの言動ははっきり言って不敬に値するだろう。
しかしそれすらも、誰もがノータッチ。無論公の場であれば問題あるだろうが、限られた人物しかいないこの場においては誰もそれを指摘することはない。
そもそも愛称で呼ぶのを許可したのはクリストファー本人である。誰が咎めることなどできるだろうか。
この場にいる誰も、クラウンに対してそんな事を思っていないのか黙ったままクラウンの解答に静かに耳を傾ける。
「現れた時からすでに偽物。つまり彼女が放っていた≪雷の上位精霊≫の雷撃は実際には防いだわけじゃなくて、遠目から眺めていただけなんだ」
「なるほど。どうりでプラムエル様の攻撃が通用しなかったのですね」
静香は納得し深く頷く。玄武も目を瞑ったまま黙って納得した。
そんなクラウンの言葉は確かに本当ではあるが、実のところ嘘も若干交じっていた。
プラムエルは確かにクラウンの幻術を見て攻撃した。それは間違いない。
だがその力は実際のところ精霊術ではないのだ。
クラウンが使った能力は厳密に言うと魔法。いわば人間が使うことの出来ない特別な力である。
では何故クラウンがそんな力を行使することが出来るのか。答えは簡単、彼が人間ではないからである。
そもそも精霊術とは、人間が自ら保有する魔力を操作出来る術を持たないので、その代行を頼める精霊に魔力を預け魔法へと変換してもらう技術を指す。
ただしその為には精霊と契約を交わす必要があること。精霊にどんな力を行使してほしいか具体的なイメージを伝えることなど、一筋縄ではいかない手順がある。
その為、人間全てが精霊術を使えるわけではないのだ。
しかしクラウンのような存在は違う。
クラウンの正体は人外の存在、通称悪魔だ。
悪魔は人間と違い、生まれつき自身が保有する魔力を自在に操作する術が備わっている。
それにより自ら精霊術と似た技を行使することを魔法と指すのだ。
他にも違いはいくつかある。
どちらの方が優れているかといえば、間違いなく悪魔である。その理由は、精霊は決まって自分の持つ特性の範囲内でしか事象を発生することが出来ないのだ。
例えば≪水の精霊≫であればその名の通り、水を操る能力しかないし、≪風の精霊≫であれば当然その名に由来する類の術しか行使できない。
しかし悪魔は自ら魔力を操作する為、やろうと思えば何でも出来るのだ。勿論、魔力の操作も簡単ではないので、練習しなければ自在に思った通りの魔法を使うことはできない。
付け加えるならば、悪魔によっても得意不得意があるので、ほとんどの悪魔は自身が得意とする魔法しか使わない。だがやはり根っこの分部では汎用性の高い悪魔の方が優れているというべきだろう。
またこれだけは外せない大きな相違点がある。
それはズバリ魔力の色である。人間の魔力は無色であるのに対し、悪魔、精霊、天使の魔力にはそれぞれ色がある。
これは人間が知らない事実なのだが、魔力の三竦みというもので、悪魔が放つ魔法は天使に絶大な威力を誇り、天使が放つ魔法は精霊に絶大な効果を示し、精霊が放つ魔法は悪魔に対して大打撃を与えるといったものだ。
つまりは種族間の相性というものが存在している。
しかし自身の正体を伏せてあるクラウンがそんな事を説明する必要はない。
「そういうこと」
静香に対してあっさり一言で返答した。
「では次の質問だがーー」
玄武はクラウンから視線を外すと、その場にいる立つ残りの二名に視線を向ける。
クラウンの両脇に控える小さな影。一見すると両者とも執事の正装ともいえる燕尾服に身を包んだ子どもである。
しかしその正体は実のところクラウン同様悪魔であり、二名ともクラウンに忠義を尽くす者達であった。
一方の名はビヒー。
中性的な顔立ちをしており、一瞥しただけでは男の子なのか女の子なのかは分からないのだが、この子の性別は雌である。
年齢で言うともう片方と並んでこの場にいる誰よりも年長者であるが、色濃く残った雪色の髪や大きく開かれた金色の瞳が、とてもじゃないがそうは思わせない。
小さく伸びた八重歯を合わせると、どう見ても活発そうな少女である。
もう一方の名はレヴィ。
ビヒーと比べると随分と大人しそうな印象で、片方の眼窩にはめ込まれた片眼鏡の奥で、眠そうな瞼が必至に抵抗を続けている。
淡い海の髪が左の眼を完全に覆い隠しているので、顔全体を見ることはできないが、こちらはおそらく少年だろうということが想像出来た。
「ビヒー殿にレヴィ殿は一体何者なのだ?」
玄武は単刀直入にそう尋ねた。
立場でいえば玄武の方が圧倒的に上ではあるが、この二人が年上であるということは知っている。
ただし知っているのはそれだけ。あくまでも発達障害ということで、身体が成長しない病気であると耳にしていた。
だが先日、ビヒーに関しては自身が苦戦を強いられたシグマを軽々と吹き飛ばしたのを目の当たりにしてしまった。明らかにただの執事では説明がつかない。
答えを求める玄武らを前に、どう答えたものかとビヒーは苦い笑みを浮かべた。
「ヌハハハハ! まあ約束じゃからな。教えてやるわい」
そう言ってビヒーは自らの正体を口にする。
「我は先日戦った仮面の男同様、悪魔と呼ばれる存在じゃ」
「…………やはり」
「ん? 気づいておったのか?」
「いや、であれば納得できると考えていただけだ。そうなると隣のーー」
「レヴィじゃ」
「失礼。レヴィ殿も悪魔ということか?」
「如何にも。こやつと同じく悪魔じゃよ」
レヴィも同様に自身の正体を認めた。
「ということは、御二方はクラウン様によって召喚されたということでしょうか?」
であれば大罪である。静香の一言でそんな気配が漂い始める。
悪魔召喚の儀式は一般には知られておらず、そもそも悪魔という存在すらこの国においてはおとぎ話でしか出てこないような存在だ。
だがここにいるような一部の人間は悪魔という存在を認識しており、それを召喚せし人間は罪であることを定めている。
何故ならば悪魔を召喚する者は、当然その悪魔の力を借りてよからぬ事を起こす。それを未然に防ぐという理由もあれば、悪魔と取引を交わす際に要求される代償を善としない精神から禁忌としていた。
そうなるとそれが戦争で活躍したクラウンーー白城家当主であってもその責は重く逃れられない。
三者の厳しい視線を受けてクラウンは乾いたように笑う。
だがそれを擁護するように、ビヒーが前に出て否定した。
「残念ながらそれは違うぞ、静香殿」
「うむ。我らは主様が召喚したから付き従っているわけではない。主様の事が気に入っているから勝手に忠誠を尽くしているのじゃよ」
ビヒーに続いてレヴィも口を開ける。
「そう……なのですか?」
「ふむ。ちなみに聞きたいのじゃが、玄武殿や静香殿、そして法王様は悪魔についてどれだけ知っておられる?」
その質問には誰も答えられない。
唯一必死に答えようとしたクリストファーも「ええと、うんと……?」と口籠っているだけで、答えは出なかった。
そんな様子を見てビヒーが満足そうに頷き、続ける。
「そうじゃろうな。知っているとしても悪魔は取引に応じてどんな願いでも叶える。そんなところぐらいじゃろうて」
それに誰も否定しない。
事実、その程度の認識しかないのだから。
「たしかに悪魔は人間に召喚されると、その取引に応じてその人間の願いを聞き届ける。じゃが人間にも色々な性格のものがいるように、悪魔にも色んな奴がおるのじゃよ」
「ビヒーの言う通りじゃ。例えば召喚されてもその人間や、その願いが気に入らなければとっとと帰る悪魔もいるし、人間が好きで人間社会に溶け込んで暮らしておる変な悪魔もおるのじゃよ」
「ああ、そんな奴もおるの。もしかしたらお主らが知らぬだけでこの国にも悪魔はいるかもしれんぞ?」
「であれば私達が気づかぬはずないと思うが……」
「玄武殿は我と初めて会った時、我が悪魔だと気づいたかの?」
「…………!」
気づかなかった。
玄武は記憶を辿り言葉を詰まらせる。
「つまりそういうことじゃよ。玄武殿のように悪魔の気配を感じ取れる不思議な人間もいれば、逆に気配を隠すことの出来る悪魔もいる。無論その逆もあるがの」
「人間にも色々おるじゃろ? 人殺しを楽しむ人間もいれば人を救いたいという変な悪魔もおる。結局は種族の隔たりなどではなく、個々の抱える問題なのじゃよ」
「なるほど。ビヒー様やレヴィ様のおかげで見識が広がりました。ありがとうございます」
そう言って静香は深々と頭を下げる。
『聖』の名を冠するローランド法王国の騎士が悪魔に頭を垂れるなど前代未聞だろう。しかしそんな彼女を誰も責めはしない。
つまりそれだけ悪魔に対する差別意識が薄まった証拠ともいえるだろう。ビヒーもレヴィも珍しいものが見れたと笑いながら頷いた。
「ところで、どうしてビヒー様やレヴィ様は、クラウン様に忠誠を尽くすようになったのですか?」
「それは語るに涙の話なのじゃがーー秘密にしておくかいの。ま、静香殿もこののらりくらりと生きる主様を見ていると、何となく気にならんか?」
「ふふ。そうですわね」
「うむ。そういうもんじゃよ」
「ーーではそろそろ本題に移るとしよう」
話がひと段落したところで、玄武は一拍置いて喋りだす。
「この一戦で分かったことではあるが、もし仮にまた奴らが攻めてきた場合、私達の力では太刀打ちできぬ可能性も出てきた」
「そ、そうだよね? 騎士の数も多く減らされちゃったし……」
「私達自身、力不足を痛感した一戦となりましたからね」
四万の騎士は一日でその数の四分の三を減らし、法王守護騎士隊長の戦死、三大騎士家の当主二名が敗走という、善戦とはとても言い難い勝利となった。
だがそれでも国民からの批判はない。
なにせ民間人の犠牲者はゼロ。しかも恥知らずな奇襲を受けて尚、勝利を収めたという事実があるのだから。
しかし上に立つ人間として自身に誇れる成果を上げることの出来なかった玄武と静香は、やや暗い表情を見せる。
そんなあまり見たくない彼らの弱気な顔に、クラウンは明るく言葉をかける。
「まあまあ。終わったことは仕方がないんだから、これからの事を考えようよ。ところで静香くんが思う今回の反省って何なんだい?」
「えっと、それはやはり自らの力を過信しすぎていたことでしょうか? 上には上がいるのでやはり鍛錬を続けなければいけません」
「うん。じゃあそれでいいんじゃない? もし必要ならレヴィやビヒーにも手伝わせるし。玄武くんは他にはどんなところを反省すべきだと思ってるんだい?」
「……やはり自分達だけでなく、騎士一人ひとりの力量も上げていかねばなるまい。もし仮に全員が精霊術を使えれば、もっと被害を抑えられたやもしれぬ」
「オッケー。なら全員に精霊と契約を交わさせてみるってのは?」
「……………………は?」
玄武が珍しく気の抜けた疑問符を口にする。
「そ、そのような方法があるのですか?」
「あ~、う~ん。厳密にいうと精霊と契約を交わす機会を与えるってだけなんだけどね」
「そこはいい。白城よ、そんな方法が存在するのか?」
玄武は食い気味にクラウンの言葉に興味を示す。
精霊と契約を交わすには精霊とまず出会う必要がある。しかし精霊は滅多にその姿を人前に表さない上、現れたとしてもその精霊が気に入る魔力や器がなければ契約はしてもらえない。
だからこそ、今人間の中で精霊術を使える人間は数える程しかいない。
だというのにクラウンは全員にその機会を与える等という嘘みたいな甘言を溢したのだ。玄武の言葉にも頷いてそれに答えた。
そんなクラウンの言葉に全員が耳を傾けて、クラウンの一言一句逃すまいと耳元へ拾う準備を整える。
そしてクラウンはずばりその方法を口にする。
ーーそれがローランド法王国の歴史を大きく変えるとも知らずに。




