第五話:新庄愛&鳳大吾 VS 松蔭司
周囲の連中は自分たちが息を切らしていたのも忘れ、唾を飲みながら不安そうにその様子を眺めていた。
たしかに白城梓の実力は認めている。最初の頃こそ馬鹿にはしていたが、大吾をはじめとして喧嘩を吹っかけた者は悉く敗北を味わい、この六年間の訓練を経て、座学も剣技も全て優秀であることを彼らは認めていた。
しかし唯一認めていなかったのが、一向に心を開こうとしない梓の態度だ。
この国の誰もが白城の名を知っている。その一人が自分たちの同期にいるのだから、実力を目の当たりにした者は誰もがお近づきになっておきたかった。
しかしながら誰に対してもその不遜な態度や言葉遣いに苛立ちを感じ、次第に接することを止めたのだ。ただし何の拍子かは知らないが今朝の一件で、少し白城梓に対する見方が改められようとしてきている。ただし、二人のように身を挺してまで彼女を庇おうとする者はまだいない。
指導員はその二つを眺めながら、満足そうに頷く。
「ふむ。それはつまり松蔭家の次期当主たる、この松蔭司との決闘を挑みたいということだね?」
「そうなるわね」
「ーーよろしい。受けて立とう。ただし一対一ではなく、教官に刃向かう度胸を讃えて一対三でだ。白城の娘が言ってたように諸君らはまだまだ未熟だ。学生と騎士団の実力の差というものを教えてやろう」
「っかっかっかっ! そいつはいくらなんでも俺たちを舐めすぎじゃないですかい?」
「体力馬鹿の言う通り。こう見えても愛さんたちは、この騎士生の中でも上位の成績を誇ってるんですよ」
暑苦しかった兜をすでに脱ぎ捨てている二人が、頬に汗を流しながら微笑む。
「知っているとも。私はお前たちの指導員、教官だ。ここにいる全員の成績は把握しているさ。鳳大吾、身長百八十二、体重七十二、その体格を活かした大剣を使い、基礎訓練課程における実技の成績ではこの聖騎士学校生一である。新庄愛、身長と体重は...まあいい。実技の成績は三位。座学の試験においては常に主席で、機転をきかした幅広い戦略に目を見張るものがある。そして白城梓。ローランド法王国が誇る三大騎士家の一つ、白城家の一人娘。実技・座学の成績は両方とも次席」
フッと嘲笑して再び紡ぎ出す。
「お前たち二人の方が優秀で、白城の娘は名門でありながら首位を独占出来ずにいる落ちこぼれという事もな」
ギィンッッッ!!
刹那、交差する剣閃。
金属音が広く、そして短く響き渡る。
司は抜刀し、瞬間的に接近してきた二人の振り下ろした剣を難なく受け止めていた。二人は渾身の一撃を止められたことに一瞬驚きの表情を見せるが、すぐさま怒りの表情へと戻る。
友を馬鹿にされたことで頭に血が上ってしまい、考えるより早く二人とも手が出てしまったのだ。
「それにお前たちこそ嘗めるな。ローランド法王国三大騎士家が一つ、松蔭家の者の実力を」
止められた剣を打ち上げられ重心を崩された二人の目の前から、突如司の姿が消失する。
チッと悪態を吐きながら先に気づいたのは大吾だった。
地を這うように身を屈めた司の剣が右後方より自分の足元を切り払おうとする影を大吾は捉える。しかし重心を崩された身体は思考以上の行動を起こすことができず、なすすべなく足元を払われ宙に浮いてしまう。
司は切り払った剣をそのまま身体ごと一回転させると、剣先を天高く突き上げたかと思うと、その手に握る柄を垂直に振り下ろそうとした。
そこでようやく司の存在を再度認識した愛が行動を起こした。
自分の右手で大吾に襲い掛かる攻撃。
それを止めるのに駆けつけようとしても、もはや間に合わない。ならば、と左手に持つ小太刀を司の胴体目掛けて投げ放つ。
放物線を描くことなく一直線に飛んでくる刃に、司は一瞬硬直するも左手でその柄を捕まえた。
その一瞬が大吾にとっては命綱となった。
大剣を手放し、迫りくる司の剣を何とか両手で受け止めることで、腹筋を守ることには成功した。
しかし空中で受け止めたことには変わらず、そのまま地面に勢いよく叩きつけられる。
「がっ!!」
その細身からは想像できない膂力と重力に背中を地面に打ち付けられ、逃げることのできない衝撃に、大吾は苦悶の表情を浮かばせる。
だがまだまだ司の攻撃は止まらない。
大吾の顔面に狙いをさだめて踏みつける。
眼前に迫り来る抑圧に大吾は反射的に両手を十字に重ね、手甲でこれを防ごうとする。
しかしその衝撃は重い。
脚の力は腕の三倍と言われるが、二人の間にある体格の差は優に覆され、大吾の腕ーーだけでなく身体全身を痺れさせた。
止まることのない猛襲。
動くことの出来ない大吾の意識を断つべく、大きく手を振りかぶった。
「調子に乗るなッ!!」
ーーチームにトドメをさされるより早く、愛はもう片方の手に握られていた小太刀で司に振い掛かった。
「【小太刀一刀・爪痕】!」
真っすぐに振り下ろしたのは一太刀。
無論その程度の攻撃は司には通用しない。左手に握る愛の小太刀で司は易々と防いでみせる。
しかし愛の攻撃はこれだけではない。愛は恍惚として微笑む。
「受け止めちゃったね?」
司の周囲三百六十度。
その十度毎に司を囲むようにして突如として現れた空間に浮かぶ輝く線。
司はそこにいる誰よりもいち早くその正体に気づくと、すぐに大吾から飛び退いた。
身を引いた一瞬、それらは愛が放った一撃と全く同じの軌道を描きながら、それらの剣閃が司のいた位置を目掛けて襲い掛かったのだ。
「【戦技】か」
愛から距離を取り、そう小さく呟く。
「ちょっ! 新庄テメェ! 今の俺が立ち上がってたら俺ごと切り刻まれそうな技かましてんじゃねぇよッ!」
「うっさいわね! 愛さんがフォローしてるからあんたまだ白目向いてないのよ。それよりも何で足を捕まえとかないのよ! アンタが掴んでいればあの一撃で終わったのに!」
「あの一瞬で無茶言うなッつーの!」
文句を言い合いながら、二人は並び立つ。
そんなギャーギャーと叫ぶ二人を見据えながら、暫し司は考えた。
【戦技】
それは【精霊術】と【武術】が組み合わさった技術だ。
そもそも精霊術とは、精霊の力を借りて行使する力の総称であり、一般に悪魔などの人外の者が行使する【魔法】に似ている。
悪魔たちは自身の活動エネルギーともいえる魔力を利用し、具現化することでそれを体外に魔法として放つことができるが、人間に魔力はなく魔法を使うことができない。
故に神羅万象、実在する全てに宿るといわれている精霊の力を借りることで、それを可能にした。
とはいっても精霊と契約しないことにはその恩恵を得ることは叶わず、またその精霊と契約するにはその精霊の姿を捉えないことには始まらない。
その為、精霊術を扱える人材は非常に珍しいのだ。
愛は自分の小太刀に眠っていた精霊と契約していた。
理論上、自分の武器に眠る精霊を見つけて契約することができれば誰でも精霊術が行使できる。しかしそれが出来ない人間が多い以上、精霊術を戦技までへと昇華させた愛の実力は素晴らしいというしかないだろう。
実のところ大吾にも戦技は使えたのだが、使う機会も与えられることなく組み伏せられてしまったのだ。
「……確かに。連携さえ取れていれば私を戦闘不能に追い込むことはできずとも、あの一撃は私に入っていただろう」
唐突に発せられたの賞賛の言葉に二人は驚く。
「しかし尚更、先の言葉は取り消せんな。やはりお前たちは優秀であり、味方のフォローも入れようとしない白城の娘はやはり落ちこぼれとしか言いようがないようだ」
そう言って梓の姿を視界の端に入れる。
梓は黙ったままだ。
松蔭を前に立った場所から動いていない。
しかしその表情に曇りはなく、両の眼がジッと司の影を映していた。
「やれやれ。まだ気づいてねぇのか?」
「何?」
「梓はね。ずっと松蔭先生の動きを観察してたのよ。少しでも癖をつかむためにね。それにーー」
「俺たち二人で苦戦した先生相手に一人で勝っちまったら、もはや認めざるを得ないわな?」
そう挑発し終えた二人は、あとを梓に託した。
その眼差しを確かに受け止めて、梓はようやく一歩を踏み出す。
「そういうわけよ、先生。ここからは私が貴方のお相手をさせていただくわ」
「ふん。成程な。元より私は一対三のつもりだったんだがーーまあいい。そのお相手仕ろう」
司は左手に握っていた小太刀を愛に向かって放り返すと、自身の剣を構えて白城の娘と対峙した。