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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第二章:セスバイア法王国の狂った巫女姫
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第十二話:折れた剣その陸

「アタシと契約を交わした精霊の内、一つは≪不死の精霊フェニックス≫! 魔力さえ残っていれば即死の傷でさえも復元できる最高の能力!」


「…………」

 


 ローランド法王国最高峰騎士である二人は絶句した。

 プラムエルの不遜ふそんな態度は精霊に依存するところが多い。

 不死鳥フェニックスの伝説は誰もが耳にしたことがある。死んでも燃え上がる炎と共に蘇ることで永遠の時を生きると言われる伝説上の鳥だ。

 そんな伝説の生き物がまさか現実に存在し、しかも≪不死の精霊フェニックス≫と呼ばれている事実など知らなかった。だが二人が驚きを隠せなかったのは、何もその事だけではない。

 一つ目に、彼女を攻略するために魔力が枯渇するまで殺し続ければよいという突破口が見えた事。わざわざそんな貴重な情報まで教えてくれるとは嬉しい誤算である。だがそれ以上に驚愕したのは彼女の放った言葉の中にある。

 それは少女が『アタシと契約を交わした精霊の内、一つはーー』という部分。

 もしその言葉が真実だとするならば、彼女は最低でも二体以上の精霊と契約を交わしていることとなる。万が一それが事実であるならば、確かに彼女は選ばれた存在とでも言うべきなのだろう。

 二人はそんな最悪を頭の中で描いてしまう。嘘であってほしいと願うが、プラムエルは空気を読む事なく、ずかずかとその願いを踏みにじる。



「ではでは、種明かしも済んだところでーー残るは……もしかしてもう五分過ぎちゃった?」



 シグマの方へと振り返る。



「……あと一分弱ってところだな」


「ーーらしいので、早くしないとゲームオーバーになっちゃうよ?」



 そう言ってプラムエルはわざとらしく二人を煽り始める。

 もうここまで来ると怒りも覚えない。確かに目の前の少女は自分たちを馬鹿にできるだけの味方と力を地位を兼ね備えている。

 だがだからといってこのまま黙って服従する気など毛頭ない。

 

 残り一分弱上等。

 玄武と静香は覚悟を決めて、己が全力を穿ち放つ。


 ≪大地の殴打プリューゲル・ボーデン≫≪氷柱アイス・ツァプフェン


 必要以上の攻撃を加えても無駄。要は彼女の魔力が尽きるまで致命傷を与え続ければいいのだ。

 ならば大技などではなく、少女一人を楽に葬れるだけの小技で何度も攻撃し続ければそれで済む。さっきと同じように伸び上がった大地で少女を殴り飛ばし、氷の棘で彼女を貫く。

 それを何度も何度も何度も何度も繰り返す。

 だが、それはあくまでも彼女が無抵抗であればという話。

 プラムエルは痛みに快感を覚えるような人間ではない。確かに戦闘においては素人の為、剣を振るうことも体捌たいさばきも下手の極み。だからといって、先ほどまで繰り出されていた精霊術を避けられなかったのかといわれると実はそうではないのだ。

 彼女のもつ精霊術を使えばどうにでもなった。しかしそうしなかったのは彼女が紡いだ通り『絶望した顔が見たい』『暇つぶし』『優越感を感じたい』ーーそういった感情の為である。

 だからこそプラムエルはもうこれ以上攻撃を受けるつもりはない。

 迫りくる大地と氷柱を前に、少女は次の手を披露した。


 ≪雷の甲冑パンツァー・ドンナー


 青白い光の火花が少女の身体に出現する。バチッ、バチッと煌めく小さな稲光。彼女の身に起きた変化はただそれだけ。

 玄武らも当然のように警戒はするが、放った攻撃は元には戻らない。二人の精霊術が構うことなく少女を襲う。避ける動作も見られない。確実に直撃だ。

 ーーだがそうはならなかった。

 プラムエルに帯電した小さないかづちが、突如伸び広がったかと思うと、迫り来る大地の棍棒と氷柱を迎撃し、焼き尽くしたのだ。

 耳が痛くなるような音と共に砕け散る玄武の精霊術に、完全に焼失してしまった静香の精霊術。

 彼女には自らを防衛する手段も持ち得ていたのだ。いや、もしかすると防衛手段だけではない。そう二人が考えるよりも早く、プラムエルはまた一手先に加えていた。



「いっくよー。≪稲妻ブリッツ≫!」



 少女の手から雷が放たれる。

 雷の速度は光速にこそ及ばないものの、その約三分の一。

 真正面から放たれた雷は、玄武と静香の動体視力をもってしてもパッと青白い閃光がはしったようにしか見えなかった。

 気づいた時には、二人とも小さな雷によって身体を貫かれてしまっていた。


 身体の芯から焦げていくような熱さと痛みに、二人とも膝をついてしまう。



「ーーぐ……ッ」



 彼らを尊敬していた騎士達からすれば信じられないような光景。

 苦痛の声を漏らして、膝をつく姿。そんな二人を見ていた騎士らは気づかぬ内に涙を流し始めていた。



「あれれ? もう終わり? まだ数十秒は残ってるよ」


「勿論……まだ、でございます」



 細い剣を支えに、静香は震える足を叱るようにして立ち上がる。

 どう見てもフラフラ。強がり、虚勢を張っているというのは一目で分かった。



「うーん、挑発したアタシが言うのもなんだけど、流石にもう戦える状態じゃないんじゃない? めといたら? アタシにつくっていうなら命も助けてあげるし」


「ーーフン。お断りだ小娘。我らが忠誠を尽くすのはローランド法王国。そしてこの国を統べる法王、クリストファー・バード・ディ・ローランドただ一人。貴様如きに尽くす忠義など存在せぬわ」



 そんな少女の勧誘も豪胆な返事で叩きつけながら、玄武もまたよろめきながら立ち上がる。

 無論これ以上戦える状態ではない。誰よりも玄武自身が良く理解している。

 だからといって、騎士として、松蔭家の当主として、男としての誇りプライドが屈することを認めない。女性である静香もその気持ちは同じだった。



「玄武様の言う通り、そのお申し出はお断りさせていただきます。刺し違えてでも貴女を止めてみせます」



 満身創痍まんしんそうい。それが何だと剣を構える。

 傍から見れば無謀、蛮勇、命を無駄にする馬鹿とも捉えられるかもしれない。少なくとも切っ先を向けられたプラムエルはそう感じていた。

 しかしその雄々しい姿は騎士らの気持ちを大きく震わす。

 あれこそ騎士だ。あれこそ自分たちが尊敬する騎士の在り方なんだと感動したのだ。胸に焦がれる強い想い。

 そう思った瞬間には一人、また一人と恐怖に震えていたはずの一歩を踏み出していた。



「玄武様! 及ばずながら助太刀させてください!」


「私も微力ながら一緒に戦わせてください!」


「お二人は下がっていてください! 少しでも我々で時間を稼ぎます!」


「私もまだまだ戦えます!」



 勇気ある一歩。そんな彼らを突き動かしたのは間違いなく三大騎士家の誉れ高き姿から。

 気分に酔っての行動。そう捉えてしまってもいいだろう。それでも百を超える群である彼らは自らの意思で、自分たちの力では到底勝つことのできないであろう存在の前に出た。

 

 そんな彼らをシグマは称賛する。



「面白い! 面白い展開じゃないか。実に感動的な物語。こうでなくては、やはり人間はこうでなくてはな。お前たちを馬鹿にした非礼の数々、素直に詫びよう。お前たちは間違えなく勇者たりうる人間だ! 例えそれが一時の感情の昂りだったとしても、世界の誰が認めずとも、この俺様だけは認めよう!」



 そんな彼らを玄武と静香は叱咤する。



「いけません! すぐに退いてください!」


「馬鹿者ども! お前たちの護るべきものは私たちではない! 獏党の指示通り、早く中へと帰還しろ!」



 そんな彼らをプラムエルは冷めた目で見ながら煩わしそうにぼやいた。



「はいはい。じゃあ貴方たちもアタシに歯向かうってことで、さっさと殺しちゃうね」


「そうはさせませんわ! ≪凍結せよツー・フリーレン≫!」



 騎士達の想いは汲みたい。しかしながら彼らはまだまだこれからなのだ。

 戦争とはいえ、勝算もなければ勝つための糸口を探せるとも思えない無駄な戦いで命を落とさせるわけにはいかない。

 静香はそんな彼らを想い、精霊術を放つ。

 プラムエルを殺すことは現在の体力ではもはや不可能。しかし、動きを止めるだけならば可能かもしれない。

 冷気が地を這い、プラムエル目掛けて凍った大地が伸び広がる。

 だが物事はそううまくは運ばない。少女を護るようにして立ちはだかるシグマが大地を蹴りつける。地鳴りと共に勢いよく掘り起こされた地面が若い騎士たちを吹き飛ばしていく。

 それだけで氷の邁進は停止してしまった。



「ーーさて、真に遺憾ではあるが約束の時間は過ぎた。ここから先は俺様も参戦させてもらおう」



 ズイッと身を前に出す魁傑かいけつ

 これで勝算は完全に途絶えてしまった。

 さっきまで威勢よく身を乗り出したはずの騎士達の体は、再び恐怖を思い出して震え始める。とても民には見せられない無様な姿。

 だが二人はそんな騎士らを恥じることなど出来ない。どうにかして彼らだけでも逃がさなければ。彼らの上に立つ者として、それだけが彼らにしてやれる最後の仕事だと感じていた。

 しかしプラムエルがそれを許さない。

 再び≪稲妻ブリッツ≫を放って、二人の動きを止める。

 


「う……ッ!」


「が……ッ!」



 力を振り絞って起き上がった肉体が再び崩れ落ちそうになる。

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。地面に剣を突き刺して、必死に自分の体を支える。



「ありゃりゃ、しぶといなー。さっさと倒れちゃえば楽なのに」


「いやいや、我が麗しのご主人様よ。ご主人様の攻撃をまともに食らって立っていることを称賛してやるべきだろう。流石は三大騎士家といわれる者達だ」


「まあ、そうかもね。でも三大騎士家がこの程度なら、わざわざ人質なんてとらなくても良かったかもね。そしたらもう少し楽しめたかもしれないのに」



 プラムエルは残念そうに溜息をつく。

 別にプラムエルは三大騎士家に恐れて人質をとったわけではない。彼女の目的はあくまでセスバイア法王国に住む臣民らの復讐の手助けをすること。ひいては彼女が信仰する【生命の女神・レーベン】の信託に従って大勢の人間を殺すこと。それだけなのだ。

 だからその障害となりうるものは一応掃いておこうと考えたわけだが、まさか世界に名を轟かせる三大騎士家の実力がこれほどまでに弱小であるとは思ってもいなかった。

 彼女の言う暇つぶしも兼ねていたので、今となっては少しばかり後悔している。

 そんな思いから吐いた溜息まじりの言葉だったのだが、それを聞いて静香は少し微笑んだ。



「……ふふ。それは残念でしたね。ですがーー貴女にクラウン様は倒せませんよ」


「アハハ! それって負け惜しみ?」


「さあ、どうでしょう? 少なくともクラウン様はわたくしよりは強いと思いますよ」



 女の勘ーーとでもいうのだろうか。互いに一度も剣を交えたことはない。静香が見たのは彼と喇叭らっぱとの決闘の一件のみ。

 だからどれほど強いのかは分からない、が少なくとも自分よりも強いというのは感じ取っていた。

 そしてそんな静香の言葉だが、玄武も不服ながら同じようなものを感じ取っていた。彼女の言葉を肯定するかのように黙ったまま傾聴する。

 そんな希望を捨てない二人を前に、プラムエルが初めて苛立つ。


 ≪雷の螺旋シュピラーレ・ドンナー


 少女に纏わりつく電気が一瞬にして膨れ上がったーーように見えた。

 実際には彼女を中心に半球を描いていかづちが放たれ、螺旋上にいた生物全てを攻撃したのだ。ちなみにその中にはシグマも含まれていた。ただし、彼は「いてえな、オイ……」と薄い反応を示すだけだったが、それ以外の人間は全員痺れて倒れてしまった。

 ドサドサドサッと倒れる騎士らを見て、朦朧もうろうとする意識の中で玄武と静香は驚愕する。

 死んではーーいない。だが完全に気を失ってしまっている。遠目から騎士らの無事を確認しながら安堵の息をつく。だが自分たちの体も流石に限界が近い。いや、もしかすると限界はとうに超えているのかもしれない。

 そんな死にかけているはずの二人が未だに立っている姿を見て、更に少女は頬を膨らます。



「……そんな状態でまだ絶望の色を浮かべない。思い通りにならなくてちょっといらってするな~」


「フン。強いとはいえ、精神の姿はやはり子ども。そんな様子では貴様に従う国民も可哀想に。同情する」


「……うっざ。もう立つのがやっとのくせに、アタシにそんな生意気な口きくなんてーーもういい。これで終わりにしてあげる!」



 バチバチバチッと少女の両手で火花が発生する。

 もう遊びはない。確実に息の根を止める。プラムエルは笑う。



「どんだけ強がっても所詮負け犬の遠吠え。貴方たちこそ、そんな偉そうな事言うんだったらアタシから国民を護ってみなよ!」



 耳が痛い。

 悔いはある。山のように。

 だが彼女の言う通り、もはや成す術がない。諦めはしない。無様に這いずり回って状況が変化するならばそうもしたい。

 しかしながら最早身動き一つままならない。まばたきをする体力さえ残されてはいないのだ。

 だが言いたいことは言った。粋がった少女を怒らせただけでも重畳ちょうじょうだろう。二人は満足そうな笑みを浮かべながら死を覚悟する。そして自分たちを穿うがいかづちを受け入れた。


 ≪稲妻ブリッツ


 最期に目に映ったのは青白い光。 

 二人は雷によって貫かれる。



 ーーはずだった。


 

 しかしそんな時はいつまでたってもやってこない。

 放たれたいかづちは男の手によって振り払われるようにして霧散する。

 玄武と静香の前に背を見せて現れた男。腰まで伸びた紅い髪。耳にかかった黒い眼鏡。戦場を侮辱しているかのような黒の肌着。

 こんな背格好をした人物は一人しかいない。

 静香はゆっくりとその男の名を口にした。



「ーークラウン様…………」 


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