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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第一章:初めての父親
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第四話:準備運動

 松蔭司の号令通りに、中央演習場へと集合を果たした騎士生たちは早速訓練に取り掛かっている。現在は基礎体力訓練として中央演習場を十周というメニューをこなしている最中だ。


 中央演習場の広さは校舎約十個分。また実践演習の場として使われるので、地面の整備は一切されておらず、凹凸おうとつある足場が広がっていて非常に走りにくい。更に、今彼らが走っている外周部には急な傾斜となっている小さな人工山に、軽量化の工夫がされているとはいえ甲冑を装備しているので、体に掛かる負担は相当なものだろう。

 コ~ッ、コ~ッ、と息苦しそうな喉音がいくつものかぶとの中から漏れていた。



「そこ! 足をゆるめるな!」



 そして当然そのメニューをほどこした指導員も彼らの中央に立っていた。



「っかっかっか! 流石は松蔭家の次期当主。一兵卒いっぺいそつに求める能力も高水準ってか」


「ハッ、ハッ、あんたなんでそんな余裕なわけ!? 愛さん七週目にてそろそろ限界近いんだけどッ!!」



 一方は声に余裕があり、もう一方は前者と比べると疲労の色を見せるが、無駄口を叩く余裕はあるようだ。



「まあこれぐらいは日々鍛錬をかかさねえからな、っと、あぶねえあぶねえ」



 へこんだ地面に足をくじかせそうにするが、すぐに体勢を元に戻す。



「ハッ、ハッ、こ、この体力馬鹿め」


「いやまあ、ここにいる全員よりも体力があることは自負してるけどよ、馬鹿はねえだろ。それに……」


 と首を後ろに向ける。

 それに合わせて愛もすぐ後ろを振り向く。



「………………………………………ッぁ…………………ッぁ………」



 そこには、ガシャッ。ガシャッ。ガシャッ、ガシャッ。と一定のリズムを刻みながら、歩を進めるうつむいた甲冑があった。

 時折兜の中から声が漏れている気もするが、甲冑が奏でる騒音によって掻き消されてしまっている。

 辛うじてまだ『走っている』ペースと見なされているが、他と比べるとやはり遅い。その甲冑の中は言わずもがな、梓である。



「小隊のペースに合わせているから、っていう理由もあるけどな」


「……成程なるほど



 指導員、松蔭司がこの『準備運動』に参加する騎士生に課したルールは二つ。

 一つ目が、兜、甲冑、武器を全て装備した上で走ること。

 二つ目が、小隊メンバーと十メートル以上の距離を取らないように互いに気を配りながら走ること。


 このルールがあったため、体力面で劣る女性陣に合わせて走る大吾にとっては比較的軽い運動へと化していた。ただし逆にいえば体力に劣る女性陣にとってフル装備の重量負荷は過酷なものであり、さらにペースをあわせてもらっているという気苦労までもが精神をむしばんでいく。特に梓にとっては好きな人の足を引っ張ってしまっているという精神的疲労は、愛よりも重たくし掛かっている

ことだろう。

 ただしそれも始め数周。

 もはや考える体力も無く、ただ無心に走っていた。



「頑張ろ梓! あと一周だよ!」


「おうよ! ラスト一周だ!」



 そんな二人のエールが兜の中で響いたのに気づいたのか、カクッと兜が頷く。


 そしてこの準備運動アップが始まって約一時間以上が経過した頃、ようやく最後尾となる梓らの小隊がゴールした。

 これまでの持久走という名目の準備運動は甲冑のみの装備で、距離も一周だけだった。

 その為自分以外の同期生と比較しても大きな差が出ることはない。

 ただし今回、誰よりも登下校の距離が長い梓でも純粋な持久力においては男性陣には敵わなかったと判明した瞬間となってしまった。



「これが白城の家の跡取あととりの姿か」



 力なく倒れ込んでいる梓の背に、司の憮然とした溜息が吐き捨てられる。



「同じ三大騎士家。民に尊敬される立場として同格に見られるのは不愉快だね。準備運動程度でそんな無様な姿をさらすぐらいなら今すぐ白城の名を捨てることだ」



 その言葉に振り返ることはなく、ギッと唇を噛み締めた。

 地面に倒れ込む自分の姿が悔しくて、言い返せないのが歯がゆくて。



「ちょっと松蔭先生~。今の言葉はさすがの愛さんも見過ごせないですよ」


「そうだな。体力面で女が男に劣るのは構造上仕方がねえことだ。それに白城はそれがあってもお釣りがくるほどの剣技がある。その名に誇りを持つことはあっても恥じることはねえ」


 しかしそんな梓を肯定する声が、梓の心に優しく響く。

 顔を上げると、つい数時間前に友だちとなったばかりの新庄愛と、想いを寄せる鳳大吾の二人がいた。少し前まで使っていた敬意の言葉遣いはそこにはなく、怒りが灯る二つの双眸が松蔭司を睨みつけていた。



「お前たち。上官に口ごたえするのは軍規に違反することだと知っているはずだが?」


「残念ながら俺たちはまだ聖騎士学校の旗を掲げる学生なんでね。それに引っかかる道理はねえですよ」


「それに先生が仰ったように、小隊は運命共同体。侮辱されている姿を簡単に見捨てることはできませんし」


「「何より、友だちが馬鹿にされて黙って見ていられるほど落ちぶれちゃいないんでね!!」」



 背中に背負う大剣を引き抜き、司に切っ先を向ける大吾。

 腰に帯刀する二本の小太刀こだちを構える愛。


 そんな自分を擁護ようごしようとする存在を間近に感じた梓は、トクンと胸打つ。今まで自分の身は自分で守ってきた。そう祖母に教えられ、そう実行してきた。しかし自分以外が自分を守ってくれる、こんな温かい気持ちは初めてだった。



(全く、私の友だちが私のイメージを壊そうとしてどうするのよ)



 頬を伝う涙を手甲でふき取り、立ち上がる。

 そして強い意志を持って、司の方へと振り返り、



「先生。確かに私はまだまだ未熟者ではありますが、白城の娘としての誇りは持っており、松蔭家の先の言葉にはいきどおりを覚えます。ですので、ここに白城家の者として先の言葉の撤回を要請します!」


 そう言い放って剣を抜くと、まるで二人に後押しされるかのように力強く松蔭次期当主の姿を見据えた。


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