第十話:憧れと恨みとその壱
堰を切ったように鳴り響く音。先手を取ったのはセスバイア法王国の兵士であった。
ローランド法王国の騎士達が次々と落馬し地面に転がっていく。すぐに激突するかと思われた突撃も、未だ衝突まで及んでいなかった。
その原因はセスバイア法王国が構え放っている武器。少し変形的な筒状のそれは手を伸ばした程度の長さがあり、刃がどこにも見当たらないので一見しただけでは武器と判断することが出来ない。代わりに筒の先端には小さな穴があり、そこから破裂音と共に何かが射出されていた。
彼らが使っている武器の名称は銃。セスバイア法王国が開発した新世代の武器である。
兵士たちが指にかけている引き金と呼ばれている金具を引くと、銃の中に装填されている鉛が勢いよく発射され、その弾丸で敵を撃ち殺すという。
ローランド法王国の騎士たちは、刃もないそんな武器を聞いたことも見たこともなかったが、次々と倒れていく味方を見て、すぐに脅威だと感じ取った。
だがそれでも騎馬の脚を止めない。それでころか尚更勢いをつけて敵陣に食い込もうと自棄になっている。
数も武器の性能もセスバイア法王国の方が上なのだろう。しかし近接戦に持ち込めれば有利になると踏んでーーだがそんな時は一切として訪れる気配もない。
遠距離から強力な攻撃できる高性能な武器を見渡す限りの敵兵全てが手にしているのだ。鳴りやまない発砲音。冷静になれば分かることだが、その距離が縮まることなど起こり得るはずもない。
丈夫そうな甲冑を装備している、剣の腕前は他国が追随するのを許さない、そんな事など関係ない。目にも映らぬ小さな弾丸は強固な甲冑を貫通し、剣を振るう機会さえ与えずに、一秒毎に多くの騎士達の命を奪っていった。
その事態にようやく第一騎士団の指揮官が眉を顰めて、信頼置ける人物に指示を出す。
「ーー喇叭よ」
「はっ!」
「前線に出て騎士たちの指揮を取れ。副官には司をつけよう」
「了解です。しかし……よろしいので?」
「何がだ?」
「司殿はまだ若い。実務経験はあれども戦争の経験はなく、万が一という場合も考えられます。松蔭家の跡継ぎが死んでしまう可能性を考慮するなら、後方支援に回られた方が良いのでは?」
喇叭はそう言って、まだ若き人材を惜しむようにして言葉を残した。
しかし玄武はきっぱりとその気遣いを払いのけるようにして答える。
「構わん。死ねばそれだけの男だったというまでだ。ーーそれに国の存亡を賭けた戦いの時だ。倅の命が大事で戦力を出し惜しみしていては三大騎士家の名も廃るというものよ」
「そういうことです。余計な気遣いなど不要。国民を護るための騎士なのですから、我が身可愛さで後方に回るのは今もなお前線で戦い続ける仲間たちに失礼というもの。構わず私にも指示を出してください、喇叭殿」
そう言って司も父の言葉を肯定する。
「……これは失礼致しました。歳をとるというのはやはり嫌なものですな」
爺の戯言だったと聞き逃してくださいと言わんばかりに、喇叭は二人へ謝罪した。
「いえ。それよりも早く行きましょう」
「うむ。そうですな」
それだけ言うと喇叭と司は外壁上部を降り、前線へと急いだ。
そんな上部の様子を眺めていたセスバイア法王国も動きだす。プラムエルは楽しそうにその様子を口にした。
「あれれ? 向こうの主戦力っぽい人が二人こっちに来るみたいだよ?」
「ーー確か……法王守護騎士の隊長さんと、松蔭玄武の一人息子だったか?」
ついさっき椎次郎から聞いた情報を確かめるようにして、仮面の男はポツリと紡ぐ。
「面白い。この戦力の差、どう覆してみせるかお手並み拝見といこうか」
本来であれば敵が活躍するなど思い描きたくもないはずだろうが、その場にいた二人は違う。その口調から、期待という二文字が滲み感じられていた。
そんな楽しそうに喋る二人に申し訳なさそうにしながら、椎次郎は伺いを立てるように頭を低くして口を開いた。
「……申し訳ございませんが、あの松蔭司をーー私に譲ってはくださいませんか?」
「んー? 別にいいよ?」
「よ、よろしいので!?」
楽しんでいる二人の邪魔と感じられるのではと却下されるのを覚悟で申し出たことが、すぐさまセスバイア法王国の頂点より許可が下った為、椎次郎は些か驚いた。
勿論自分の願いを聞き届けてくれた事は感謝すべきことなのだが、それでも何故という疑問符が頭に浮かぶ。
そんな椎次郎の表情を見て、プラムエルは笑いながら言い放つ。
「だって今日というこの日は、セスバイア法王国にとっての雪辱戦。募り募った恨みを晴らす絶好の機会。作戦なんていうのは最初のやつで打ち止め完了。これからは各々好きに暴れまわっていいよ」
つまりそれは今後の方針は成り行きに任せるということ。
国の存続を賭けた戦いだというのに、自国の頂点に立つ存在がそんな無責任な事を隠すことなく宣言したのだ。
椎次郎の顔には若干の呆れが出てしまいそうになる。
それを感じ取ったプラムエルはすぐさま自分の失言を拭うようにして言葉を続けた。
「ああ、勿論負ける気はないから安心して。ただ貴方に言い渡す仕事が今はもうないから自由にしていいよ、っていうだけ。また作戦立てたら呼ぶかもしんないけど、その時はよろしくね」
「ーーそういうことでしたら。ありがたくそのお心遣いに感謝致します。それでは失礼」
そう言い残して、椎次郎も前線へと向かっていく。向かうは最前線。司も向かっている場所。
ーーそもそも椎次郎は何故セスバイア法王国の密偵として仕えているのか。それは幼き頃の両親の死が原因となっている。
何の変哲もない一般家庭。それが椎次郎の生まれた環境である。子どもらしく遊び、子供らしく両親に愛情を注がれ、子供らしく格好良い騎士になるのに憧れ、夢見て。
しかしある日、そんな当たり前の幸せを壊す事件が起きた。
それは連続殺人事件。当時、家庭を持つ夫婦ばかりを狙った猟奇的な事件であった。その事件によって両親の命を奪われた子どもの数は十以上にも上り、その被害者の中には椎次郎の両親もいた。
その犯人はとうの昔に確保されてその罪を裁かれたのだがーー椎次郎の恨みは晴れてなどいなかった。
いや、恨む対象が違っていたのだといえるのだろう。
椎次郎が今もなお恨んでいるのは、自分が幼き頃より憧れの気持ちを抱いていたはずの騎士という存在だったのだ。
弱きを護るはずのその存在は、何故自分の両親を護ることができなかったのか。勿論、成長と共に理解はしていた。一人で何十何百をも超える人間を護ることは到底不可能。だがしかし、納得することも出来ずにいた。
何故なら、その時に椎次郎の住んでいた場所の警護に当たっていた騎士の中には松蔭司がいたからである。
三大騎士家といえば騎士から見ても国民から見ても憧れの存在。そんな強大な力を持った人間がいながら、何故自分の両親を護ることが出来なかったのか。椎次郎が歪んでしまった原因はそこにあった。
もはや誰が殺したのかなんて関係がない。
民を護る存在だと言い放ちながら自分の両親を護ることさえ叶っていないではないか。ならばそんな騎士など存在する必要がない。
極端ともいえる椎次郎の思考は、ついにそこへ至ったのだ。
そして今日というこの日。とうとう自分の手で恨みを晴らせる機会が到来する。
椎次郎は兜の中で笑みを浮かべながら、銃を握って戦場を駆けていった。




