表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第一章:初めての父親
5/146

第三話:新しい指導員

 梓は少し後悔していた。

 初めての友に感涙を見せたのは数刻前にも満たない話であるが、今やその友となったばかりの新庄しんじょうあいが、梓を背にしながら嬉々として物語を紡ぎ始めている姿を横目に溜息をつく。


 その周囲にはようやく集まってきた他の同期生達が群がっていた。

 輪に入らず席についている者も、興味有りと耳と視線をその方向を捉えてる。



「え~かくして六年に渡る愛さんの片思いが、ついに七年目花を咲かせたのである!」



 オ~っと、感嘆の声が上げる同期生たちは、物珍し気に梓たちにチラチラと眺める。

 事の発端は、白城家として凛とした姿を取り繕い続けてきた梓の号泣姿が発覚されたことに始まる。


 梓は英雄とまで呼ばれる祖母の厳しい教えと彼女自身の弛まぬ努力によって、常に冷静沈着で向かう相手には容赦ない辛辣な言葉遣い。加えて三大騎士家に恥じない剣の腕を獲得している為、聖騎士学校では【白城しらぎ氷帝ひょうてい】などと畏怖されている。


 そんな彼女が顔をクシャクシャにしながら愛に抱き着きながら号泣しているものだから、それを見た同期生の男はさぞ驚愕したことだろう。すぐに噂は広がり、今いる同期生全てにその一部始終は知れ渡ることになった。


 とはいえ折角六年間蔑まれないようにと毅然きぜんとした態度を貫いた梓にとって隠し通してきた性格が露見されるのは望ましくない。それは当然愛も理解していたので、友達として『ある作り話』を加えて同期生に話をしたのだ。



「なので梓の大親友となった愛さんは、梓を侮辱する大馬鹿者おおばかものは決して許さないからそのつもりで!」



 愛はそう高らかに宣言した。

 それを聞いていた同期生たちは、「ないない」と笑いながらそれを軽く返している。

 愛としては、現在落ち目にある白城家の友を想っての牽制のつもりだったが、どうやら余計な心配だったようだ。


 たしかに騎士団の中には白城家の紋章を掲げてまわる騎士はもはやおらず、どこか(あざけ)た目で見る者もいるが、六年間ともに過ごしてきた白城梓を馬鹿にするはじしらずはいないようだった。



「っかっかっか! にしても氷帝にも苦手なものがあったとはな。俺も氷帝の泣き姿を是非拝見したかったぜ」



 話を聞き終えた周囲が満足そうに自分の席へと戻る中、同期生の男の一人が愛と梓を交互に見ながら豪快に笑い始めた。


 その髪は短く逆立ち、年相応に顔も整っていて、身長も悪魔(クラウン)ほどではないが高めだ。その高身長に見合う騎士団の鎧は見事に着こなされ、胸元に掲げる旗さえ聖騎士学校のものでなければ一騎士として見られることだろう。


 彼の名はおおとり大吾だいご

 梓や愛の同期生にして、騎士としての剣技は昨年まで梓と互角以上の成績を誇っている実力者だ。

 ちなみに、梓が六年間想いを寄せる相手でもある。

 

 そんな彼は、梓の隣を定位置と化した愛の隣へと腰を下ろす。



「え~、アンタそんなに愛さんの隣がいいの~?」


「まあいいじゃねえか。席は人数分。結局誰かは座るわけだし、それに……」



 愛の奥で耳を赤くしている梓に視線を配りながら、



「あの氷帝が尻尾巻いて逃げ出すほどの『黒く蠢く虫』について、もっと話を聞きたいしな」



 と繋いだ。


 そう、愛が付け加えた作り話とは虫の存在をほのめかしたことである。

 ただ単純に初めてできた友達に感極まって嬉し涙を流した氷帝では今までのイメージが崩壊しすぎてしまうのではと思った。


 なので設定としては、朝一に教室に入った梓の前に苦手とする所謂いわゆるゴキブリを前に戦慄し動けなくなった梓を愛が発見し、ゴキブリを退治する代わりに友だちにしてもらうという卑怯な約束を取り付けたということにした。


 事が終わると恐怖のあまり口走ってしまったこととはいえ、一度口に出した約束は騎士として守ることにした氷帝は、かくして愛のお友達へとなったわけだ。


 結局虫が苦手で動けなくなってしまったところを助けられ、怖さのあまり泣き出してしまった氷帝というイメージが残ってしまうわけだが、他の同期生たちからすると、『氷帝は実は虫が苦手だった』という点が分かっただけで十分に知的好奇心を得られ満足している様子だ。


 少なくとも『氷帝は実は表面上だけ強気な性格だった』と赤裸々に露見されるよりは、『氷帝にも少し女の子らしい一面があった』という事にしておいたほうが、梓にとっても今までの氷帝を知る彼らにとっても脳内をパンクさせずに済むと踏んだわけだ。



「こらこら。梓の数少ない弱点ウィークポイントなんだから、思い出させないで」


「おっと、そいつは悪かった」



 と隣で交わされる自分の話。



(お、鳳くんに笑われてる)



 想いを寄せる男性に、作り話とはいえ騎士として恥ずかしい自分を連想して笑われたことに瞳の渇きが潤ってくる。

 愛の放った作り話は現実ではないが、嘘ではない。

 事実梓は虫を苦手としていたので、おそらく愛が語った状況下が現実だった場合、物事はそのように繋がっていったであろう。それが余計に梓にとって決して嘘を感じさせない為、余計に恥ずかしさを覚えてしまった。



「でもそんなことがあったなら、俺も早起きして来るべきだったな」


「ん? なんでよ?」


「だって俺が白城を助けていたら、今頃俺が白城の友に格上げされたかもしれないってことだろ?」



 その発言にピクッ、っと梓の耳が跳ねる。高揚していく肌の色に加えて、その反応。

 それを見逃すことなく見事に捉えた親友第一号は、「ハはぁ~ん?」 と笑みを浮かべた。



「もともと白城に無謀な戦いを挑んでいたのは新庄だけじゃないってのに。先を越されたってんじゃ落ち込みもするぜ」


「あれ、アンタも梓の友達の座を狙ってたってわけ?」


「友だちっつーか、最初一方的に喧嘩を吹っかけただけだけどな。かの有名な三大騎士家である白城家、その英雄の孫娘と聞いたもんだからどの程度すげえのかってな」


「あ~。そういやそんなこともあったっけ? 愛さんの脳内は梓を中心に整理してるから断片的にしか思い出せなかったけど、梓にコテンパンにされて泣いていた男の子がいたことは覚えているわ」


「そうそう! そいつが聖騎士学校に入学したばかりの俺だ」



 ワイワイと梓の隣で思い出話に花が咲く。

 梓にとって忘れられることもない初恋の人との出会い。

 今それが当人の口より流れ出てくる。それを思うと、何か温かい感情がドンドン込み上げてきて、更に梓の顔を火照らせた。



「あんときはそりゃ……」



 と思い出に浸ろうとする一向を他所よそに、

 ガラッ!! ガンッ!! と勢いよく開けられた扉の音で、大吾の言葉は掻き消されてしまう。


 コツ、コツ、コツ、と一定の音を刻みながら扉を開いた人物は教室前方中心へと行き着くと、悠然と騎士生たちの前に向き直り、瞬間、発した。



「総員! 騎士道精神・第一・第二・第三唱!」



 突如放たれた言葉に呼応し、教室内にいた騎士生全員がまるでタイミングを合わせたかのように直立した。



「「「一つ、いついかなる時も民を守り、導く騎士であれ!」」」

「「「一つ、民を守る剣つるぎとして、常に己を磨き、折れぬ剣と化せ!」」」

「「「一つ、己おのが身一つも国の財産であり、許可なく軽視することなかれ!」」」



「よろしい! それでは諸君、着席したまえ」



 騎士道精神。

 これはローランド法王国の騎士が常に意識すべき、いわば志こころざしである。

 この唱和は騎士に憧れを持つ者ならば聖騎士学校に入る前から知っていて、梓たちからするともはや胸に染み付いた言葉だ。


 それを騎士生たちに唱和させた男の名は、松蔭しょういんつかさ

 かの三大騎士家の一つ、松蔭家の一人息子である。

 胸に掲げる紋章は松蔭のものだが、梓らと同じ鎧で身を包んでいる。

 大吾よりも身長はやや低く体躯も細身で、垂れさがった細目が連想させるのは騎士というよりはどこにでもいそうな優男だ。


 しかしそう思わせない要因が周囲の生徒が見せる緊張感である。

 先ほどまでの雰囲気は一蹴、今は剣呑けんのんな空気が漂っていた。誰一人として一言も発しないまま、松蔭司の指示通りに動く。



「さて、松蔭司だ。最後一年の学生生活を送るキミたちの教員となる。これ以上の自己紹介はいらないな。何か質問はあるかね?」



 とても騎士とは思えないキレイな声が教室に響く。

 しかし梓や愛、大吾をはじめとする騎士生の表情を見る限り、耳に心地よく響いてはいない様子だった。

 一瞬の静寂は、次第に高まる混乱の声の波にたちまち消え失せる。

 しかしそれを松蔭司は許さない。



「質問があるなら挙手するように。発言権は与えたが、騒ぎ散らすのを許した覚えはないよ?」



 その言葉に従うままに、再び静寂が訪れる。その一瞬の静寂も我慢できずに愛は恐る恐ると手を挙げる。

 それを松蔭司はコクリと頷き、発言を許した。



「はっ! 過去三大騎士家の騎士がこの学び舎で教鞭を振るった例は過去になく、皆言葉を失っております。恐縮ではありますが、ご説明いただければ幸いです!」



 堂々とその場にいる全員の疑問を叩きつける。

 手を後ろに組んで堂々と言ってのけるその姿は、少し前までのお姉さん口調は感じさせない、立派な騎士のものだった。



「……キミの名前は?」


「はっ! 新庄愛であります!」


「うむ。聞かれたことのみ素直に答える。状況に応じた的確な判断力も有している。中々に優秀だ」



 うん、うんと頷きながら愛を見据え、今度は視界にうつる全てに返答する。



「よろしい。確かに彼女が言ったように、三大騎士家がココで直接指導を行うなど、前例がない。確かに諸君の中に驚きはあることだろう」



 肯定だ、と心で相槌あいづちを打ちながら一言一句聞き逃すまいと全員が神経を研ぎ澄ましながら耳を傾けている。

 愛は質問した身として、依然その態勢のまま。同じ三大騎士家の一人である梓ですら驚きを隠せず、数分前までの恋空模様はすでに霧散し、他と同じように松蔭家の男を視線に捉えている。

 大吾もその他大勢と同様である。



「結論を先に言おう。近々戦争が起きると予想される。そのためローランド法王国はすぐにでも戦力の増強を急ぎたい。故に騎士団の入団がもっとも近い最上級生のキミたちを即戦力として数えられるように、私が直接指導するに至った。他に質問はあるか?」



 言い終えたがすぐ、喧噪が教室内に響き渡った。



「せ、戦争!?」


「いったいどこと!?」



 口々にまた一つ、一つと思ったままに言葉が転がり落ちる。

 また一瞬にして大騒ぎだ。



「何度同じ事を言わせるつもりだ。不安を自ら紡ぎだし、不安を民まで伝染させるような愚者に民を守る騎士の務めは果たせん。それ以上失態を見せるつもりなら今すぐこの教室を出て、二度と騎士を名乗るな」



 決して張り上げた声ではないが、その声は飛び交う騒音をものともせず直接騎士生の頭に語りかけてくるかのようだった。事実、松蔭司の言葉は言霊の如く作用し、教室は三度みたび静寂を取り戻した。

 一先ひとまず聞く姿勢が回復したことを確認すると、松蔭司は言葉を続けた。



「諸君らの疑問全てに一つ一つ答えてやりたいのは山々だが、私も忙しい身だ。指導員として教鞭を振るわせてもうことを優先させてもらう。まずは諸君らが席を共にしている者を見ろ」



 言われた通り、梓も右手を確認する。



(....愛と、鳳くん?)



「その席を共にした三人は所謂いわゆる運命共同体だ。今後座学・演習・訓練・および実践において小隊として数えることとする」



 また抗議の嵐が渦巻くと思いきや、流石さすがにそうはならなかった。

 抱いた疑問を解消しようと、大吾が手を挙げる。


「松蔭先生! 発言許可をお願いします!」


「発言を許可する」


「ありがとうございます! 決して反論があるわけではありませんが、この席を共にした者を一小隊として数えた意図があればお教えください!」


「席を共にするということは、少なからず仲が良いのだろう? 小隊はチームワークの差で生存率が変わってくる。単純にそれだけだ。適当に座っている者の集まりであったなら、命を預け合う者同士、今のうちに親密になっておくことだ」



 大吾の質問に答え終わると、もうこれ以上は質問を受け付けないといった様子ですぐに次の指示を飛ばす。



「それでは早速訓練に移る。総員、武器を持ち屋外中央演習場へ集合!」


「「「はっ!!」」」



 全員気になることは山ほどあるが教官の声は絶対だ。それを後回しにすることを決めると、号令と同時にすぐさま移動を開始した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ