第七話:招集その壱
「遅いね、二人とも」
晩餐の下準備は整った。机に並んだ彩り豊かな食材を前に、あとはそれを食す人だけが欠けている。
クラウンは冷めて劣化していく自分の作った料理を残念そうに眺めながら、そう呟いた。
「確かに……、遅いですね」
その食卓に唯一座っている大吾も、腹を鳴らしながらクラウンの言葉に頷く。
窓の外はもう真っ暗だ。夜という時間帯を鑑みると当然なのかもしれないが、梓と愛が出かけた西通りはここと同じ北部。それに馬車で移動したといことも考慮すれば、流石に遅すぎるかもしれない。
待てども街道に馬車の影が映る様子はなく、二人は心配そうに窓の外を眺めた。
「大吾くん。お腹空いているだろうし、もう先に食べててもいいよ」
「いや、でもそんなわけにはーー」
「いいからいいから。折角作ったんだから、一人でも美味しい内に食べてほしいものなんだよ」
「……うっす。いただきます」
まだ帰ってこない二人を前に先に食べてしまうことには些か抵抗があるが、これ以上遠慮してもそれはそれで失礼だろう。
大吾はそう判断すると素直に家主の指示に従うことにする。
「うん。召し上がれ」
そのクラウンの言葉を踏ん切りに、大吾は食に没頭する。
よほどお腹が減っていたのだろう。一応名家の食卓ではあるのだが、その見事な食いっぷりは見ていて気持ち良いほど遠慮がない。料理した本人も満足だろう。憂い事を抱えるクラウンはそんな大吾の姿にほんのりと微笑みを溢した。
しかしそんなクラウンの緩んだ表情も束の間。食卓に開かれた無粋な扉の音によって変化することとなる。
「失礼」
そう一言申して勢いよく扉から入ってきたのは権太だった。その表情にはどこか焦燥感を感じさせる。扉を開けた勢いを殺すこともないまま、そのままクラウンに駆け寄る。
「どうしたんだい、権太くん? そんなに慌てて」
「実はーー」
額に汗を滲ませながらクラウンに耳打ちをする。
その声は大吾には聞こえなかったが、それを聞いたクラウンの目つきが変貌したことだけは見逃さなかった。
(……何だ?)
大吾はそんな二人を怪訝そうに窺いながら耳を傾ける。しかしその話声は大吾の耳に届かない。この広い部屋がこれほどまでに煩わしいと思ったことはない。
大吾は内心で舌打ちしながら好奇心を抑えつける。小声で話し合うということは、自分には聞かれたくない、もしくは関係のない話だからだ。そう納得して黙々と手を進める。するとその数秒後には話が終わったようだ。
クラウンは深くため息をつくと、食事を続ける大吾へと顔を向ける。
「ーーごめんね、大吾くん。ちょっと用事が出来ちゃったからボクは少し外に出てくるよ」
「あ、うっす」
「その間、少し留守を頼むね」
クラウンはそれだけ大吾に託すと、この部屋を出ようとする。
しかしそれを遮るように、また扉が開かれた。
「主様、何やら法王様から言伝があるとかで伝令の人間が来ておりますぞ」
「一応すぐ後ろに待機させておりますがーーおや? 何かタイミングが悪かったですかの?」
そう言ってクラウンよりも先に扉を逆からくぐって来たのは、ビヒーとレヴィだった。
「ーーいや、わざわざここまできてくれたんだ。通してくれていいよ」
「了解ですじゃ。ーー主様の許可をいただいたので入るがよい」
「失礼します!」
クラウンの許可を得たビヒーは、そのまま扉越しの人物に入室を許可する。
その後僅かな時間を置くこともなく、声を張り上げた男が姿を現した。軽装なその男はローランド法王国の伝令兵。気温の下がった夜だというのに、伝令兵の頬を伝う汗は彼が急いてこの場に馳せ参じたことを意味するのだろう。息を整えながら伝令兵はクラウンを見据えて用件を伝達する。
「法王様より伝令! 直ぐに法王の塔最上階、謁見の間に来られたしとのこと! 多忙の身とは存じますが迅速にお願いします!」
それだけクラウンを見据えて放つと、権太の存在に気づいた伝令兵は彼にも同様に言葉を放つ。
「櫻井殿もこちらにいらっしゃったのですね! 櫻井殿にも伝令がございます」
「儂にもか?」
「はい。何でも三大騎士家をはじめ、法王守護騎士全員に召集がかかっております。多用を極める御二方とは存じますが、外に馬車を用意しております故すぐに出立のご準備をお願いします」
そう膝を曲げながら伝令兵は返事を待つ。
「……どうされるのですか白城殿?」
「そう……だね。父親としては先の件を優先したいところだけどーー立場上法王様の命令には従わないといけないしね」
そう言ってクラウンは少しの間目を瞑り考える。そして直ぐに目を開くと伝令兵に返事した。
「分かった。すぐに向かうよ」
「ありがとうございます! それではコチラへ!」
「ーー良いのですか?」
「うん、まあとりあえず燻るボクの怒りを抑えるのは大変だけど、一応権太くんの部下が後を追ってくれてるんだよね? それならひとまず居場所を突き止めるまでは待っておくことにするよ」
「ーーふむ。主様の言葉から察するに、何やら込み入った事情があるようじゃが、我らも何かお手伝いするべきかの?」
「そうだね。じゃあとりあえずビヒーはボクのいない間、留守を頼むよ。レヴィにはーーまた後で事情を伝えて指示を出すね。今はどうやら急がないといけないみたいだし」
「「了解ですじゃ」」
揃った返事に満足そうに頷くと、憂いなしとクラウンと権太はその場をあとにした。




