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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第二章:セスバイア法王国の狂った巫女姫
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第六話:囚われた二人その弐

 饒舌な男に連れられて二人は黙ったまま歩を進める。

 逃げるという選択肢は存在しない。もし逃げようとするものならば、その瞬間男が宣言した通り怪我を負うだけになるだろう。


 武器が手元にあるならば少しは逃亡を画策したかもしれないが、残念なことに気絶してしまったときにどこかへ隠されてしまったようだ。闇の精霊シェイドと契約を交わしている梓ならば精霊術を扱うこともできるが、武器が無ければ精霊術を行使できない今の愛に戦闘能力はない。例え二人が万全の状態であったとしても、おそらく結果は変わらないだろう。今敵対してはいけない。受けた重圧を元に、二人はそう換算した。

 


「到着だ、お嬢様方。この奥で俺様のご主人様がお待ちだ」



 男はそう言うと、二人をチラリと一瞥する。そして息を飲む音が合図だといわんばかりに、重厚な扉を開いた。


 視界に飛び込んできたのは、広く、天井の高い部屋だった。静謐という言葉がこの場所には合っているのだろう。その広々とした空間で言葉を発している者はおらず、開閉した扉の音と床を鳴らす靴の音だけが反響していた。

 当然その音はその場にいた者たちを注目させる。

 しかしその広大な面積を占有しているにも関わらず、その場に元から存在していたのは二人だけ。そしてその二人には見覚えがあった。


 金髪で紅碧の瞳を持つ男。梓たちが暴漢だと思い込んだ男だった。

 変わらず無の表情を示し、ただ静かに二人を見下ろしていた。


 そしてもう一人。これもやっぱりか、というべきなのだろう。愛の推論正しく、その青年の隣、玉座にも似た場所に腰を下ろしていたのは自分たちに助けを求めていたはずの少女だった。

 ただ当然襲われていたのも演技だったということで、乱れ汚れたぼろい布服から綺麗な服装へと着替えられていた。腰かけたその小さな身体は自分たちよりもずっと小さい。足は地面につかず、パタパタと空中で遊ばせている。

 純粋無垢に笑うその表情は、この場でさえなければ見目麗しい少女だと思ったことだろう。しかし彼女こそがおそらくあの男の言っていたご主人様ーー今回の件の首魁ともいうべき人物。

 そんな相手を前に警戒心を解くことなどできるはずもない。

 自分たちに対して出た暴挙を思い出しながら、梓と愛は白銀の髪の少女を睨み付けた。



「あなたが私たちを誘拐した主犯ということね?」



 階段上で自分たちを見下ろし微笑む少女に対して、梓はそう投げかけた。

 人口密度の少ないこの場所において、思った以上に梓の声は反響する。だがそんなことをここにいる誰も気にすることはない。より大きな声で、少女はその問いかけに答えた。



「うん! せーかい! よく分かったね~?」



 二人が想像していた以上に陽気な口調だった。



「ま、あの場にいたアタシがこうしてこんなところで踏ん反り返ってるんだから、そりゃ気づくよね」


「そんなことより、ここはどこで貴女は誰なのか、そして何で私たちを攫ってきたのか聞かせてもらえるかしら?」



 この質問をするのは何度目だろうか。いや、数は少ないかもしれないがようやくその答えを知ることができると思うと、どれだけ待ったのだろうかという気分に陥る。愛もその答えを聞き逃すまいと、少女の言葉に耳を傾けた。



「おっけー。まずこの場所だけどーーここはセスバイア法王国の中枢、法王の塔の最上階。生命の女神・レーベン様が見守る神聖な一室ーー謁見の間。そしてアタシはこの法王国を統治するレーベン様の地上代行者、プラムエル・ムーデ・セスバイア!」


「セスバイア法王国!?」


「それにその名前ーーセスバイア法王国の巫女姫!?」



 二人は唐突に放たれた事実に驚愕した。

 つまりここは近々戦争が起こるかもしれないと懸念されていた国のど真ん中。まだ正式に同盟が破棄されたという事実は聞かないが、国交断絶やローランド法王国の元有力な騎士の暗殺に関与していたといわれる、いわば敵国である。

 そんな国の中枢に囚われ、しかも目の前にいるのはその大将。そして梓はローランド法王国が誇る三大騎士家の一員。

 確率としてはかなり低いが、最悪、自分が囚われてしまったことが発端で戦争が起こり得る可能性もある。

 そう考えた瞬間に、自分の身よりも家名泥を塗りかねない自分の立場に梓は身を震わせた。嘘であったらどれだけ楽か。しかしプラムエルの口から紡がれた言葉はことごとく梓を追い詰める。



「その通り! この国のトップを前にしてるんだから、敵国・・といえどもちゃんと最低限の敬意は払ってね」


「--『敵国』? どういうこと? まだローランド法王国とセスバイア法王国は同盟関係のはずじゃーー」


「ああ。いーのいーの、そんな事・・・・。どうせそんなの戦争を再開させるための準備期間じゃん」



 そう適当に言い払ったプラムエルを見て、二人は異なり過ぎている見解に動揺する。

 同盟とは即ち、互いの共通の目的を達成するために同一の行動を取ることを約束し成立する関係のこと。そしてローランド法王国とセスバイア法王国が取り決めた大きな約束とは、互いにこれ以上争わないこと。つまり戦争を行わないことだ。

 にも関わらず、たった今セスバイア法王国の代表ともいえるプラムエルは、その根本を覆すような信じ難い言葉を放った。

 つまりセスバイア法王国は戦争を止めるつもりなど毛頭無かったということだ。 二人はプラムエルが何を言っているのかついていけず、すぐに言葉を見繕うことができなかった。



「ああ、一応おじいちゃんの沽券にかかわることだし言っておくけど、本当は戦争を再開させるつもりはなかったっぽいよ。心の奥底ではどう思ってたかしらないけどね」


「ーーじゃあ何で貴女はそんな祖父の築き上げた今の平穏な世の中を崩そうとするわけ?」



 つまりは戦争の引き金を引こうとしているのは目の前のプラムエルだということだ。愛はその疑問を当然少女に問う。



「そんなの簡単。神託が下ったからだよ」


「ーー『神託』?」


「そ、神託。死と生を司るレーベン様からのね」


「それは一体何なの?」


「すごく単純だよ。戦争がなくなると人が死ぬ機会が減っちゃうよね? つまり人が死なないってことは増加の一途を辿るということ。そうなると食べる量が増えて限りのある食にも、人口密度が増えれば住にも困る。本来それらは戦争があったからこそバランス良く死と生が保たれていたのに、このままじゃ世界が窮屈貧困になっちゃうでしょ? だからこそ戦争が、人が沢山死ぬ機会が必要なの!」


「ーーな、何それ!? 馬鹿げてるにもほどがあるわ!」


「フフッ。狂っているように聞こえる? でも残念! アタシは正常だよ。狂っているのはいつも世の中! 私はただレーベン様の神託に従って行動するのみ。それにーーちゃんと人間として、あなたたちローランド法王国には家族を奪われた憎しみもあるんだから」


「『家族を奪われた』って、戦争は二十年位前に起きた話じゃない!? 貴女はまだ生まれてないんじゃないの?」


「ええ勿論。アタシはその頃の戦争を知らないわ。でも代わりにその戦争で生き残った国民全員からはその当時の話を伺ったの。そしたらみんな何て話してくれたと思う?」



 ふくむように笑いながら一呼吸置くと、プラムエルはその言葉の続きを語る。



「ーー『家族を、恋人を、親友を奪ったローランド法王国が許せない』……だって。笑っちゃうよね。それは相手側も同じなのに、自分たちこそがまるで被害者とばかりに訴えるその姿は本当に滑稽だったよ」


「……そう思えるなら何で戦争を起こそうとしているの?」


「だって私はこのセスバイア法王国の代表者だもの。国民の意見を尊重するのも大事でしょ? それに私はこの世界が嫌い。年寄りどもが勝手に築いた同盟レールの上を走るなんて真っ平御免。だって楽しくないでしょ? だったらレーベン様の神託に従って、人を大勢殺す。そしてリセットされた世界で、アタシはアタシのレールを築きたいの。それなら戦争でやり返したいと思ってる国民の願いも、大勢の人間に死んでほしいと思っている私の願いも、世界のバランスを保とうとしているレーベン様の願いも、みんなみんな叶っちゃう! --あ、そっち側のことまでは考えてないんだけどね」



 プラムエルの語る理想はまさに狂気の沙汰。

 まるで道徳が破綻している。いや、全ての願いを聞き届けようとする姿勢は純粋な子どもなのかもしれない。

 国民の意見を尊重して、女神の神託に従って、そして自らの我が儘を押し通す。

 結果として戦争は起こすし、敵味方問わず人間は大勢死んでほしい。しかし新たな道を切り開くために敗北するつもりはない。自分の世界を創造しやすいように勝利に拘っている。


 これを狂った巫女姫の世迷言と切って捨てることができればどれほど楽なことだろう。しかしそれを隣で聞く金髪の男に笑みはない。本気でその意思に賛同し、彼女に付き従っているのだ。

 男は仮面で表情は窺えないが、呆れたように肩を竦めるだけ。自らのご主人様は今日もまた随分と楽しそうだと言わんばかりに。


 もはやプラムエルの考えていることなど、梓と愛の理解の範疇を大きく超えていた。これ以上意味の分からない言葉に付き合うつもりはない。

 梓は再び口を開く。



「なら私たちを攫った理由は?」


「これだけ話したのにまだ分からないの? ……そっちの人はもう気づいているみたいだけど」



 その視線が向けられたのは、梓の隣に立っていた愛だった。

 愛はプラムエルの言う通り自分たちが攫われた理由を察し始めていた。あくまでも可能性、推論の一つに過ぎないのだがーーそれを口に出した。



「ーー梓のお父様に対する抑止力にするため。あわよくば他の三大騎士家も……。そして最悪の場合ーー梓のお父様を離反させる為…………」


「それってーー」



 愛の推測に梓の顔面は蒼白へと変わる。そう、これは即ち自分たちという存在が、ローランド最高戦力の足枷、ひいてはローランド法王国を危地へと追いやる重荷となってしまったのだ。

 そんなこと認めたくはない。しかしプラムエルは微笑む。

 それを正解だと首を縦に頷かせ。   

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