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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第二章:セスバイア法王国の狂った巫女姫
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第四話:甘味処で

 帰路に着いた梓と愛は素早く着替えを済ませると、予定通り目的地へと向かう。

 帰宅時間が早くなったとはいえ早いところでは晩飯時。もしかしたら反対されるかもと思ったが、特にそんなことはなかった。ただし同じ北部とはいえあまり遅くなり過ぎないようにと、往復は馬車での移動となった。

 梓たちにとっては願ってもない申し出だったので、大人しくそのご厚意に甘え馬車で揺られることとなった。

 

 白城家ーー代行として権太が統治する北部であるが、その地形は縦に伸びており白城家は最北端に位置する。ローランド法王国の中央ともいえる場所、法王の塔付近が人口密度が高く露店なども多く並んでいるが、北へ進むにつれて家は減り自然が増えていく。ただしその道沿い、中間地点を越えた辺りから少しだけ建物が並び始める。ここが主に北部で生活している民らの住居地である。

 これを無視して更に北に延びる街道を進めば白城の屋敷。西と東に延びる道に進めば北部の住居地及び露店を楽しむことができる。

 とはいっても中央と比べて人口密度は高くないので商店の数も品数も多いとはいえないのだが、梓たちの目的地はここにあった。


 今いる場所は西通りの甘味処かんみどころ。ちなみにこれは店の名前である。約四か月前に出来たばかりの場所ではあるが、梓にとってこの店との出会いは正に衝撃的だった。

 まずは距離。梓は幼い頃から甘い物を好んでいた。実に女の子らしい。しかし北部にこれまで甘い菓子を食べれる場所はなくーーいや、料理すればいくらでも食べれるのだろうが、生憎あいにく彼女にはお菓子を作るなどという技術がないが故に、今まで中央にある店まで通っていた。甘い物の為なら距離をもいとわないその逞しさもまた女の子らしいのかもしれない。

 だが当然その距離を往復するとなると、とてもじゃないが聖騎士学校の訓練がある日に行くことなど出来ない。営業時間を超えてしまうからだ。まあ聖騎士学校の訓練後にそのまま食べに行くという選択肢もあるのだが、梓を育ててきた祖母の教えがそれを許さない。


 白城家前当主である白城楓が孫娘に説いてきた教訓は『なめられないように』ということ。いや楓の本当の想いは『男になめられないように』というものだった。なので甘い物を食べてはいけないなどという教えは存在しない。あくまでも男性相手には凛とした態度で接するように、と説いていたはずなのだが、祖母を尊敬する少女の耳には少し脳内を回る途中でやや誤植されていたようだ。

 しかしその甲斐もあってか聖騎士学校では『白城の氷帝』とまで畏怖される存在となったわけだがーー、その|固定概念(祖母の教えと結果)のせいで梓の中に帰路での買い食いという選択肢は存在しなかった。

 なので営業時間内に行くことの出来る休日にしか行くことができなかったのだ。


 だが正直、自分の欲求を満たすために毎週その距離を往復するのも体力的に大変だった。

 しかし流星の如く北部に出店した甘味処かんみどころは、そんな彼女の体力ばかりか、その甘味に肥えた舌をも唸らすことに成功する。


 ーーそれが二つ目の理由にもなるわけだが、その甘味処かんみどころが提供する商品はとにかく美味なのだ。味の好みなど人によっては千差万別あるかもしれないが、甘味処は出店後一度も客足が途絶えることがない。ならばここは万人受けする程人気の店といっても過言ではないだろう。

 曜日によって異なる限定の一品。それ以外にも食べる者皆を虜にする定番商品や、嗜好に煩い人の為に用意された甘さ控えめなどの気配りされた種類豊富な商品数が人気の理由かもしれない。

 自分にとっての理想的な味わいに、梓もまた虜となったわけだ。

 

 ーーそしてその虜になった人間がもう一人。込み合う店内の一席で梓と向かい合うように座っている愛もまた、本日この店の顧客となる。



「やばい。夕食前なのに愛さんの手が止まんない!」



 そう言いながら愛は言葉通りに一口サイズに切り分けたケーキをまた一つ頬張りながら、幸せに緩んだ表情を見せていた。口もとには少し食べかすが付いていてだらしないが、それを指さして笑う人間はここにはいない。周囲の人間も同じように糖分を求めて笑みを溢し、幸せ気分を蔓延させているのだから。

 対面に座る梓も同様に、口に広がる幸せで今日一日の苦労を掻き消していた。


 二人が注文したのはこの曜日限定のケーキ。白のホイップクリームは他となんら変わり映えしないが、二人がつつくそのケーキは生地の色が知っているものと違っている。

 その基調は深緑。正直二人ともこの色を見ただけでは食指が中々動こうとしなかったが、既にそれを食している客の笑顔を見て気分が一新され、騙されたように注文してみたのだがーー結論でいえば想像以上だった。


 二人が店員に確認してみたところ、この生地の色の根源ともいえる材料の正体はヨモギだという。

 ヨモギは梓たちも何度か止血で使ったことがあったのだが、まさか食用として利用できるとは知らなかった。

 何でも、ヨモギは栄養価が高く体内に蓄積された有害物質を取り除き、浄血作用まであるそうな。二人は今まで切り傷にしか使用してこなかったヨモギに対する価値観を数段階引き上げた。

 そんなヨモギ独特な匂いと味を損なわずに、時折赤の彩りである苺からは適度なすっぱさ、そしてそれらを包み込むホイップクリームの甘さの三拍子で人々の舌を魅了する。

 二人はもはや、このケーキの虜と化していた。



「ええ。美味しいわ。本当に美味しい!」



 梓も愛に賛同するように、次々とケーキを口に運ぶ。

 本当ならばもっともっと長い時間をかけて思う存分堪能したいのだが、早く次を欲する味覚の欲求に抗う術はなかった。せめてもの抵抗に一口サイズに切り分ける大きさを小さめにしていたのだが、ひょいひょいとそれを拾い上げてしまうフォークによってあっという間い皿の上は綺麗に掃除されてしまった。

 二人は名残惜しそうに皿を見つめるが、それらは既に腹の中。食べ過ぎはこの後の夕食に影響があるので、また次の機会にということで諦めるしかなかった。



「あー、愛さんもっと食べたかったなー」



 ただ諦めると理性が止めても気持ちは言葉として素直に表れてしまう。愛は名残惜しい気持ちをそのまま口にする。



「それについては同感だわ。だけど父上が夕食も準備してくれているだろうし、今日はここで諦めましょう」



 と紡ぐ梓の視線は、店内の陳列棚ショーケースへと向けられている。



「……梓、すっごく説得力ないよ」


「ち、違うわ! 他にどんな商品があるかチェックしているだけよ!」


「はいはい。そういうことにしといてあげる」



 休日欠かさず通っているような常連客が、今更何をチェックしようというのか。と、そんな呆れながらの目で愛は適当にあしらう。



「ところで梓ってさ、外出するときいつもその服装だよね?」



 愛はそう言いながら梓の格好を確認する。梓もそれに合わせて自分の服装に視線を落とした。

 白のスニーカー。黒のショートパンツ。白のパーカー。ちなみにいつものように頭を隠すようにフードを被っている。

 言われてみると、確かに基本普段着はこの格好だった。



「そうかもしれないわ」



 梓は肯定する。



「駄目だって、そんなんじゃ!」



 しかし愛はそれを駄目だと否定してきた。 



「な、何が?」


「確かに、その天使のような小さく可憐な姿は梓の魅力を何倍も引き立てているよ! もう本当に愛くるしくて抱きしめたいくらいに!」



 そう言って本当に机の上に身を乗り出そうと迫る愛を手で制する。

 渋々椅子の上に尻を落ち着かせた愛は、続くように熱弁した。



「だからこそ、梓にはもっともっと色々な服を着てお洒落してほしいと愛さんは思うわけですよ!ーーというわけで、今度の休日は服でも見にいこ?」


「ーーまあ、愛の厚意には感謝するわ。でもそんなに困ってるわけでもないから別にいいわ」



(何より我が家の家計はまだまだ火の車だし)



 そんなお家事情を浮かべながら、梓はそうきっぱりと断った。

 ちなみに今後毎日行く予定のここ、甘味処かんみどころに費やすお小遣いは別に確保しているので問題はない。

 しかしそんな梓の返答を見越してか、愛は畳み掛けるような一言を発する。



「ーーお洒落すればあの馬鹿の視線が釘づけになるかもしれないよ~?」


「………………!」


「あの馬鹿も男だし、それなりに女の子には興味持ってるだろうね~? でもやっぱり変化のない女の子より、変化のある女の子の方に目がいくんじゃないかな~?」


「…………!」


「ああ見えて顔は悪くないし、一応将来有望株だから中央に住む女性もほっとかないかもしれないかも~? そうなると中央に住む女の子たちって流行に目聡めざといから日々服装や髪形を変えてあの馬鹿にアプローチする子も出てこないとは限らないしね~?」


「……わ、分かったわよ!」


「え、何が~?」


「次の休日、望み通り一緒に服を見に行くわよ!」


「うんうん。素直なのは良きことかな」


「ただ、別に鳳君がどうこうじゃなくてーー私も女としてたまにのお洒落も悪くなかもって思っただけだけだから」



 と梓は、無駄に聞かれてもいない想いを吐露してしまう。 

 まあ梓と愛は、既に自分が抱く恋心について互いに本音で語り合った間柄。今更そんな意固地に否定する必要もないのだが、まだまだ友人関係ということに慣れていない梓は、無意識に照れ隠ししてしまうようだった。



「はいはい。愛さんは分かってますって」


「その顔絶対分かってないから!」 


 

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