第二話:初めての大親友
【法王の塔】をローランド法王国の中心とすると、【聖騎士学校】はその南に位置する。
ローランド法王国はその国土が縦に伸びており、その国土全てが高い外壁に囲まれた一つの箱庭となっていて、その最北端に白城の屋敷、西の壁際に松蔭の屋敷、東には獏党の屋敷が構えている。
それらは全て法王の塔より延びた街道でつながっており、その道沿いに商店や民の住宅街が並んでいる。
そのため白城家から聖騎士学校までの距離は非常に遠く、片道で三時間はかかってしまう程だ。
聖騎士学校は七年制となっているので、梓はこの距離をもう六年間も通い続けている。流石に入学した当初はまだまだ身体が出来上がっていないので、嫌気もさしていたが七年目ともなると足腰の鍛錬となるので丁度良いと思うようになっていた。慣れとはこわい。
家での白パーカーと黒のショートパンツ姿とはかわって、今はフリューテッドアーマーと呼ばれるローランド聖騎士団の甲冑を着込み、ガシャガシャと音を立てながら学校へと向かっている。他国に普及するプレートアーマーと比べると薄い鉄板を使用しているため強度は劣るが、代わりに比較的軽量のため動きやすい構造だ。
身体の小さい梓にとっては身の丈にあった甲冑といえるだろう。
また、聖騎士学校の制服は『いついかなる時も民を守り、導く騎士であれ』という騎士道精神を旨として、ローランド聖騎士団の甲冑と全く同じものとなっている。
ただし実務経験をこなす成人された騎士団と、まだ半人前の学生騎士団との区別を外見ではっきりと区別できるように、甲冑の胸元には国を守護する甲冑騎士をモチーフとした聖騎士学校のシンボルが掲げられていた。
ローランド法王国で騎士が掲げる紋章にはいくつか種類があり、聖騎士学校の卒業後はローランド法王国の三大騎士である白城・松蔭・獏党家のいずれかの紋章を背負うことができるようになっている。
白城の紋章は何事にも屈しない強固な精神を表す名前通りの白い城がモチーフとされ、松蔭の紋章は、民を守る大きな盾が無数に描かれている。獏党は立ちはだかる敵全てを薙ぎ払う剣と槍をモチーフとした紋章。
そしてローランド法王国はその三家全ての紋章を取り入れた紋章となり、この紋章を甲冑に掲げることのできる騎士は三大騎士家の者のみとなっている。
これらの聖騎士学校卒業後に掲げる紋章であるが、それは当人たちの自由意志によるものとなっている。
つまり自分たちが尊敬する名門騎士家の紋章を背負うことが許されているのだ。そのため現在落ち目となっている白城家の紋章を胸に掲げている騎士は、まだ聖騎士学校を卒業できていないため掲げることの許されていない梓を含めて一人もいない。
(父上が『頑張らないと』と言ってくれたように、私自身も頑張らないとな)
ついさっきまでの出来事を思いかえす。
こんな不当な取引を持ち掛けた召喚者に対して、悪魔の美学かどうかは知らないが馬鹿真面目に応えようとしてくれた悪魔。その言葉は少なくとも梓にとって嘘を感じさせることもなく、不思議と高揚した気持ちにさせてくれた。
梓は胸部の紋章を見下ろしながら白城家の復興を心に誓う。
まだ朝日は昇っていないが、そんな考え事をしている間に聖騎士学校に到着したようだ。
(少し早く着き過ぎだかな?)
梓がココに来るのは実に一週間ぶりである。
聖騎士学校では『民を守るべき聖騎士としての騎士道』を学ぶべき場所として、心身共に育むことを題目としている。その為、一週間毎に細かな休みは挟むものの、長期にわたる休みは進級前の一週間のみとなっている。
夜から色々あったことと、一週間とはいえ久しぶりと感じる学校生活を前にやや早く鳴る鼓動が歩を進めていたのかもしれない。
ただし本当にいつもより三十分程度早く着いただけなのだが。
聖騎士学校の校舎はそう広くない。学び舎は横長の構造で、出入り口より奥に行くほど下級生の教室となっていく。
まだまだ体力がない下級生は毎日コツコツと体づくりをしなさいという意図に加え、何かあったときにすぐに上級生が対応できるようそのような位置取りだそうだ。
学び舎は他に、最低限度としての設備のみ設置されている。
ただし聖騎士の訓練を課すための演習場は学び舎の十倍以上の面積があり、鍛錬を励む場所としては申し分ない。
梓は出入り口に入ってすぐとなる自分の新しい教室へと向かい、扉を開ける。
「梓ちゃ~ん! 相変わらず早いねぇッとぉッ!!」
背後に迫りくる気配をいち早く察した梓は、半身になりそれをサッと躱す。
「ぺぎゃッ!?」
床と甲冑との接触音に加え、情けない声が静寂の廊下と教室へと短く響く。
梓と同じく聖騎士の甲冑を身に纏うひしゃげた声の主は、騎士らしからぬ姿ではあるが、梓と同性である聖騎士学校の同期生である。
短く切られた髪は幾方向へも跳ねっかえり、可憐というよりも活発という言葉が似合うだろう。
ぷくっと弾力ありそうな綺麗な肌はとても健康的で、つりあがった細い眉が何とも格好良い。
少女は鼻をさすりながらゆっくりと起き上がって再び梓に向かう。
「も~。梓ちゃんたらガード堅過ぎるってばさ。おかげで愛さんの愛らしい顔が悲鳴をあげちゃってるよ~」
「甲冑姿で貴方がいきなり負ぶさろうとするからじゃない。自業自得よ」
「今年で七年目の付き合いになる同期生に何たる仕打ち!」
ムッと膨らむ同期生を一瞥すると、梓は自分の席を探す。
聖騎士学校の教室内は甲冑姿でも動きやすいように、空間が広く作られている。
横にのびた座席と長机は三人用となっており、縦に五列、横に二列ずつと用意され、その間は人ひとり優に通れるよう間が空いているのだ。
どこに座るかという決まりはなので好きな場所に腰かければよいのだが、全員が同じ教室を一年に渡って繰り返し利用するので、一度使用した場所が定着してしまうのだ。
どこか別の場所を思案してもよいのだが、今現在においては梓と朝から騒々しい同期生の二人だけしかいないので、実質選択肢が自由である。
梓はその中から今まで座りなれた位置となる、教室奥の後方窓際を真っすぐ目指すことにした。
そして愛もまた梓の足跡を追う。
「でもそんな愛さんは知っています。梓ちゃんが実は甘いものや可愛いものが好きで、三か月前に西通りにできた甘味処に週一ペースで通っていることや、東通りにあるペットショップを眺めながら微笑んでいることや、挙句の果てにはーー」
「なっ!?」
梓は声をあげて振り返る。
唐突に教室内に露見された梓にとっての秘め事に、心臓が反射的に跳ねてしまう。
(なぜ貴女がソレを!?)
言うより早く勢いよく踵を返した梓は、両の手で隠し通してきたはずの秘密を悠々と紡いでいく口めがけて跳び込んだ。
しかし、さっきの仕返しとばかりにサッと身を躱され、勢いよく教室の扉へとぶつかってしまう。
甲冑を着用しているので痛みはほとんどないが、衝撃で少しふらつきながらも、「ムフっ」とニンマリ顔の愛をキッと睨み付ける。
「ふっふっふ。愛さんをなめてはいけない。これまで六年間アタックし続けてきたけど、ことごとく振られてしまった愛さんはもはやなりふり構いません! 梓ちゃんと仲良くなる為にはもう手段を選ばないよ
~?」
「ど、どうしてバレて……」
「もしかしたら梓ちゃんは白いフード被って変装したつもりかもしてないけど、四年間にわたるストーキングの前ではそんな方法では隠しきれないのですよ!」
『ストーキング』という単語にこれまで感じていた気配の正体にようやく合点がいくと、躱された腹立たしさと、隠し事を露見された恥ずかしさが渦巻く双眸で彼女を見据えて、質問する。
「な、何が望み?」
「いや、だから言ってるじゃん! 梓ちゃんと友達になりたいの! だって私たちの世代で同期生三十名の内、女騎士は愛さんと梓ちゃんの二人だけだよ!? いくら愛さんが社交的で男たちにも気兼ねなく接することができるとはいえ、共感できない話題だってあるじゃん!?」
二人を除き誰もいない静寂の学び舎に大きな声がこだまし、発散されていく。
「梓ちゃんだって、甘味処とか話の共感できる友達がいたら嬉しいでしょ?」
うっ、と胸を突かれ想像する。
自分が良しと思うものを共感してくれる存在。
それは梓が想いを馳せる、普通の女の子の理想の姿ではないか。
もともと梓が築き上げてきた強気の外面は、祖母の『なめられないように』という厳しい教育によるもの。
民を守るために働く格好良い姿に尊敬する祖母に憧れ、梓はそれに習って成長してきた。その反面、白城家としてではなく普通の女の子として、年齢にふさわしく可愛いものや甘いものにも興味を持っていた。しかしそれらを見せることは祖母の教えに背くと同じ。
もっとも、祖母からすると、あくまでも『男になめられないように』と指導していたつもりなのだが、不器用に真っすぐ祖母の教えを背かぬよう考え抜いた末が変装だったというわけだ。
しかし、祖母が他界し白城家が落ち目になり余裕がなかったが、今現在は父親という存在が梓に余裕を持たせ始めていた。悪魔の甘言に惑わされているのでは? ともしかしたら他者は馬鹿にするかもしれないが、梓にとっては先の言葉がとても力強く響いていた。
(ま、まあ女同士だし、御祖母様も認めてくれるよね?)
今まで外に向けていた強気の自分を少しずつ綻びさせていきながら、素の自分を表面に芽生えさせていく。
(……と、友だちかぁ)
「もしも~し? 愛さん放置されちゃってますよ~?」
にんまりと微笑んだり、うるっと瞳を濡らしたり、むっと口をとがらせてみたり、妄想にトリップした百面相少女の顔の前で、愛は手を振る。
ようやくハッと梓の双眸が活動すると、愛の姿を捉えた。
こほん、と咳き込む仕草をすると、
「ま、まあ貴方がそこまで言うなら友達になってあげてもいいわ」
「ーー却下」
「えっ!?」
連想させたものと全く異なる返事に、想像以上にダメージを負う梓。
何が何だか理解できていない。ガラスのハートにはヒビが入り、涙腺決壊寸前のご様子。
「名前」
「ふぇっ?」
声と瞳を震わせながら返事をする。
「友だちは名前で呼び合うものよ。梓ちゃんは愛さんのことをいつも『貴方』か『新庄さん』としか呼んでくれていないじゃない? それじゃ認めることはできないね」
暫くの静寂。
ようやく断られた理由が頭に入ってきた梓は、ズズッと鼻を啜り、もう一度愛に向き合う。
「あ、愛ちゃん?」
「ダメ。今後は親友として一緒にいるんだから、呼び捨てじゃないと」
さり気に親友へとグレードアップしていることにも気づかなかった。
梓は心の中で彼女の名前を反芻して瞳に決意を見せると、恥ずかしさを堪えながらようやく紡ぎだした。
「………愛」
「……ん。『梓』の大親友の愛さんだよ! これからよろしく!」
この数分で最終的には大親友の位まで勝手に上り詰めていった愛は梓に抱き着く。
甲冑がぶつかり合い、ガチャンッ! と金属音に衝撃が走った。しかしそんなことはものともせず初めて出来た友達に嬉しさが込み上げてくる。
そして止められなかった嬉し涙を自由に流しながら、梓はギュッと抱き返した。
「じ、白城梓です。これがら仲良くしでぐださい~」
「ぷっ、何それ? 梓可愛すぎるよ~。梓ってば実は甘えん坊?」
時間はようやく朝日が昇り始めた頃。
ようやく他の同期生の一人が教室に現れた際、その二人の姿が目撃され『白城の氷帝が号泣していた』と新学期早々に一騒動起きた。