エピローグ
怒涛の一日が終わり、東雲の空が顔を出す。つい数時間前までの騒動が嘘のように物静かとなり、小鳥の囀りが耳に心地よく届いていた。
梓たちは食卓につくと、先日同様に贅沢に並ぶ食事の数々に気圧されていた。
「いや父上、朝からこんなに食べれませんて」
唖然としながら梓は朝食を作り、同じ食卓につくクラウンに向かってそう言った。
あの後三人はまた順番に風呂に浸かり、体の汚れを落としたらしい。清潔感が漂っているのはその艶のある髪のせいだけではなく、彼女らが着用している甲冑も新品同様磨き上げられていたからだろう。特に大吾のボロボロになっていたはずの甲冑は、一体誰が修復したのか汚れ一つないものへと変わっている。
そしてあの三色風呂だが、どうやら色別に効能まであったらしい。
赤は傷を癒し、黄は疲労を回復し、青は魔力を補充するという恩恵を得ることのできる夢のような湯だった。ただし一瞬で回復するわけでもないので長湯する必要はある。ただそれでも三人は聞いたこともないその湯の効能に、当然驚きを隠しえなかったが追及してもはぐらかされてしまった。
ただその風呂のおかげで、心身共に枯渇した体力や魔力はすっかり回復して、こうして元気な姿で今日という日を迎えることができたのだ。これからまた聖騎士学校の長い一日が始まる。徒労で精神力を枯渇させる必要もないだろうと、梓らは身を引くことにした。
そんな疑問とはまた打って変わった梓の突っ込みに、クラウンはお道化たように答えた。
「そうかな? これからみんな学校でしょ? しっかり食べて、たっぷり栄養つけないと」
「いや~。それでもこの量はちょっと……」
テーブルの上に並ぶ皿の量。一体何人分だろうか。
メニューは朝ということで、色とりどりな具材が挟まれたサンドイッチやスープに色彩豊かなサラダが盛られている。ただし山のように積まれたそれらは明らかに朝食の域を超えた量。
愛は少し胸やけを覚えながらつい本音を溢してしまう。
「え、そうか?」
ただし大吾だけはそんなこと微塵も思わずに、次々と料理に手を伸ばす。昨夜の食卓に並んだ高級感漂う料理には驚いていたが、まだ馴染みある料理を前に量など気にならなかったようだ。次々に美味しいと感想を残しながら頬張っていく。
「そう思うのはアンタが馬鹿だからよ」
「ったく。朝からやかましい女だぜ」
「まあまあ。ボクとしては作ったものを美味しそうに食べてくれるだけで嬉しいから。食べきれなかったら残してくれて構わないよ」
朝食を用意した本人がそう言ってくれたおかげで、少女二名は安心して胸をなでおろした。残すなんてこと流石に作ってくれた本人を前に出来るわけなく、どうしようかと悩んでいたのだ。
まあそんな二人の不安をよそに食卓に並んだ大量の料理は綺麗に片づけられた。主に大吾の食いっぷりによる功績が大きい。愛の馬鹿を見る目がまたきつくなったことは言うまでもない。
「ところで父上。その……櫻井卿は今どうして?」
朝食を終え出発の準備が整った梓が、そうクラウンに尋ねる。
愛や大吾も口にはしなかったが同じく気になっていたようだ。玄関扉にかけた手を下ろし、二人もジッとクラウンを見つめた。
「ああ。彼かい?」
クラウンは昨夜のことを振り返る。
自分はともかく、雇い主である梓にまで危害を加えた愚者のことを。本当だったら生きて返すつもりもなかったが、梓が必死に懇願するものだから命までは奪うことをしなかった。
ただ危害を加えたことは事実だから、その責任としてしっかり罰は受けてもらった。幻覚ではあったが、それでも十分に反省しただろう。最期は潔いことも言っていたし。娘にとっても悪いことは自分に跳ね返ってくるよと教訓を示すことが出来て良かったと思っている。
だが罰を加えた以上、それからのことは正直何も考えていなかった。
なので梓の問いに何て答えるべきか迷ったが、とりあえず聞かれたことだけを返した。
「彼ならまだ気を失っているよ。一応念の為に空き部屋に軟禁させているけどね」
「あの~。梓のお父様? ちなみにあの上級悪魔は?」
「ああ。迷宮を彷徨う牛悪魔のことかい? あれもレヴィとビヒーに見張っててもらっているから安心して」
そういえば……と、朝食の時から姿を見せない燕尾服の少年と少女を探して、部屋を見渡す。「安心して」などと言われてもあの巨大な悪魔に、あの小さな身体の二人がどうにかできるのだろうかと少し不安を見せたが、隣に立つ大吾が「レヴィさんなら確かに大丈夫かもしれねえ」と頷くもんだから、愛も黙ってその言葉に納得することにした。
「父上。一応念の為に言っておきますが、櫻井卿の命を奪うような真似はーー」
「分かってるよ。梓ちゃん。彼の意識が戻ってからその処遇は決めようと思うけど、少なくとも梓ちゃんに免じて殺生はしないって約束するから」
梓はジッとクラウンの顔を眺める。そして少なくとも嘘を感じさせない瞳に納得して、それ以上執拗に念を入れることはしなった。
『そんな顔しないの梓ちゃん。折角お友達も来ているんだから。それにきっと明日の朝にはちゃんと一緒に顔を合わせて食事もとれるよ』
そんな父親の言葉を思い出す。少し頼りなくどこか疑わしいところはあるが、約束はしっかり守ってくれた。ならばそんなクラウンの言葉を信じることにしようと梓は決めた。
そして愛や大吾と一緒に玄関と扉を開ける。
「いってきます」
朝焼けの光と共に飛び込んだ慣れない言葉が飛び込んでくる。
クラウンはその背を同じく慣れない言葉で見送った。
「いってらっしゃい」
ここまでのご愛読ありがとうございます!
一先ず第一章完結です。その後キャラ設定などの閑話を挟みまして、第二章に突入します!
色々締め方を考えてたんですが
to be continued...みたいに伏線噛ませて続きが気になる感じにするかとか、本当色々な案の中悩んだんですが、とりあえずほんわかENDで落ち着かせてもらいました。次以降で機会があれば施行を凝らした終わりにしていきたいと思います笑
何はともあれ第一章は終幕。
次はいよいよ三大騎士の一人の実力を垣間見せようかと企てています。
ボクの中では、三人>クラウンの配下>その他>クラウン の比率で視点をおいて活躍させちゃおうかな~なんて思ったりしています。
【下級悪魔の労働条件】なんてタイトルしてますが、そんなクラウンの活躍も表に出ることがないのが、また一つの彼の可愛そうなところでもあるのです。
……本音をゆえば、成長なしにドラマはないので、ひとまずはのびしろですね笑
のびしろ豊かな三人を中心に話の展開はするつもりです。
ただみんなが困ったときにはちゃんとチートヒッター登場するんでご安心を!
さてさて。更新頻度は仕事もあるので、頻繁とまではいきませんが今後とも全力で頑張ります。
感想やご意見・レビュー等いただければ、今後の燃料として奮闘しますので、どうぞよろしくお願いします!