第一話:親子の自己紹介その弐
双方に傷が残った自己紹介を終えて、梓はクラウンに家の中を案内する。
彼女が家を紹介する手に先ほどまでの傷はなく、元通りのキレイな手だ。おそらく悪魔が傷を癒したのだろう。人間が傷口を高速再生するなぞありえないのだから。
あれから暫くの口論の末、人前で『パパ』と呼んでしまっては今までの威厳がなくなってしまうことをクラウンに諭されたため、人前では『父上』と呼ぶことに決定した。
それでは人前以外ではと例の希望する呼び方を考えたのだが、先ほど馬鹿にされたことを思い出すと、腹立たしくなったことと、ついつい人前でボロを出さないためにも結局『父上』という呼び方に統一された。
そんな内輪揉めよりも問題視すべき点があるとして、話を擦り合わせる。
白城家は代々より騎士の一族だったが、祖母の時代には名門扱いされることになった家系だ。
知っている者も多い中、いきなり見ず知らずの男が父親を名乗り出ることに誰も疑問を感じないのだろうか、という点だ。
ただしこれについてはどうやら心配無用だったようだ。
なんでも祖母をはじめとして誰も梓の父親を見たことがなく、母親しか父親の存在を知らないのだ。
そのため当時は、『白城家の娘がどこぞの馬の骨に孕ませられた』と一悶着あり、祖母も煮えたぎっていたらしいしかし誰の種かも分からないとはいえ大事な一人娘が命をとして産んだ孫娘。
娘と同じような運命を辿らないようにと心を鬼にしながら自分の技の全てを叩き込んだのである。
ただしそれも昨年、祖母が老衰で息をひきとるまでの話である。
そのため白城家では梓とクラウンの二人で、広々とした屋敷を持て余す形となる。
「にしても梓ちゃんは仮にも聖騎士を志す人間なんだよね? どうしてボクを呼び出したんだい?」
「それは……白城家が途絶えそうだったから」
「途絶える?」
「そう。父上は知らないと思うけど、このローランド法王国お抱えの騎士団は
、【白城】・【松蔭】・【獏党】の三家を中心に成り立っているの。その下には更に色々な騎士の家系に分かれるわけだけど、騎士の家系はいくつか誓約があって、その一つに家を継ぐことのできるのは一五歳、つまり成人してからというがあるの」
「なるほど。梓ちゃんはまだ十四歳だから家を継げず、更には家族がいないからもはや騎士団を率いる名門騎士ではない、と判断されつつある…ってことかな?」
梓は黙って項垂れる。肯定。
祖母が生存していた頃は、両親不在といえど名門としての威厳・名声はあった。
何しろ事実、白城家を名門の騎士家系として賞賛を得たのは祖母その人だからである。
しかし祖母が衰弱し亡くなったときには、白城家を憧れその下で鍛錬を積んでいた他の騎士たちも別の二家へと変わり身。またこの広い屋敷や祖母、梓の世話をしていた召し使いたちも、もはや収入を得ることのない仕事場には目もくれず去っていったのだ。
祖母が残していった遺産を退職金として一緒に。
そんな少女が、本当にすがるもの血眼で探し、行き着いた結果が悪魔との取引だったというわけだ。
「にしても梓ちゃんみたいなまだ小さな女の子が、よく悪魔召喚の儀を知っていたね? それもあの前代未聞の召喚術を」
「それは……私の知らない父が残してくれたの。父の書斎にあった本棚を調べていたらね、メモ書きのように残されていたのを見つけて、もうこれしかないーーって。でも神に仕える聖騎士の身でありながら、悪魔を召喚することがすごく怖くて、不当な取引になったらどうしよう……って」
「で、更に書斎を調べて行き着いた先が『あれ? こっちが不当な取引を持ち掛けちゃえばいいんじゃね?』ってことね。恐れ入るよ」
クラウンは梓を溜息交じりに見つめる。
(ま、こんな女の子がたった一人で死にもの狂いでたどり着いた答えとはいえ、ある意味悪魔よりも恐ろしい陰謀を画策するなんて……正直人間不信になっちゃうよ)
一、下級悪魔:クラウンが得ることのできる対価は、その都度白城 梓が任意で決めるものとする。
これはすなわち対価として得るものを、願いを叶える立場にある悪魔が選ぶことができないのだ。
労働>賃金である。
『ちょっと買い物行ってきて。お前の金で。帰ってきたら褒めるぐらいはしてあげる』
極端ではあるがそんな仕事を誰が頼まれたいと思うだろうか。
しかしそれでもクラウンは絶望などしていない。むしろ久々に召喚されたことを嬉しく思っていた。
幾数年、召喚されてはちっぽけな願いを叶えては元の世界へ戻り、また召喚されてはちっぽけな犯罪の片棒を担がされ、それでもすぐ行ったり帰ったりで少々退屈していたのだ。
しかし悪魔召喚はそうホイホイと使える代物ではない。
そもそも多くの人間が悪魔召喚の方法など知らない。
知っている人間でも悪魔召喚を行使した者の末路、罪が重いこと、召喚する上で必要になる道具が簡単には手に入らないことから、手を付けない人間がほとんどだ。
さらに言えば、召喚する悪魔の階級により捧げなければいけない対価も叶えられる願いのスケールも違う。
いくら上級悪魔を召喚し願いを叶えてもらったとはいえ、その代償が巨大過ぎてはもう手を出すのが馬鹿らしいほどだ。
それでもまあ手をつける馬鹿は少なからずいるのだが、クラウンはそれに退屈を感じていた。
(それでも魔界にいるよりは退屈しないか)
「さてと、梓ちゃん。それじゃボクは父親らしく何をすればいいのかな?」
一通り屋敷を堪能したクラウンが、ぐぐっと背伸びをしながら梓に視線を配る。
「そうね。まずは父上が帰ってきたことを法王様にお伝えして、権威を取り戻すのが先決かな? 父上に仕事をしてもらわないことには俸給が出ないしね。あと一年は私も聖騎士学校に通わないといけないから、当面はお金が必要だわ」
「え? 梓ちゃんは学校生活をエンジョイしている中、お父さんはお家にお金を入れるためにも必死に働きに出る、ってこと?」
「……父上が娘のためにお金を稼ぐのって当然のことなんじゃないの?」
今まで父親を知らなかった彼女は疑問形で返答する。
言葉を喉に詰まらせた。
たしかにこの世間一般の常識ではある。
娘の笑顔を見るために、家族を養うために世間一般のお父さんは頑張って働いているのだ。
しかしクラウンにとって梓は召喚者。それをまだぬぐい切れていなかった。
イカンイカンとクラウンは首を振る。
その姿に梓は更に困惑するが、
「そうだね。愛する娘のためだ。『パパ』も頑張らないとね!」
その発言にボッと顔に灯された火によって疑問符は焼却された。
仮初の父親とはいえ、梓は『愛する』という言葉に暖かな嬉しさと、『パパ』という反芻したくもない先ほどの出来事をクラウンに揚げ足をまたとられたと恥ずかしさが同時に込みあがってきた。
クラウンとしては無自覚に一人称を『パパ』と使ってしまっただけなのだが、直後に≪ペインLv.1≫は執行される。
「痛い!? なんで!?」
「もうすぐ学校だから着替えてくる」
顔を赤らめながら自室に踵を返す梓。
その表情をクラウンは見逃していたがーー自室に戻る手前で振り返った娘の笑顔は目に焼きつけた。
「お仕事頑張ってね。父上」
『パパ』と言うことは出来なかったが、精いっぱいの笑顔を先ほど出会ったばかりの悪魔に振りまき、その悪魔と同じく紅い長髪をなびかせて自室へ戻っていった。
「両親を知らない女の子ね……」
少女の部屋を見据えながらクラウンはようやく微笑み返した。
「よし、パパも 頑張ってみますか~」