第十四話:宴その弐
クラウンの周囲を取り巻く貴族らは時間の経過と共に徐々にその数を減らしていった。
今回必要なのはコネクション作りの一環。簡単に名前や地位を憶えてもらう程度の挨拶の為、一人がかける時間自体は長くはなかった。また同じ目的の人間が何人もいることから、彼らも少なからず遠慮したのであろう。
ただしその数はやはり多く、一向に無くならない人垣を前にストレスは募るばかりだ。
クラウンも三大騎士家及び白城家当主ーー白城梓の父親として彼らとの繋がりは今後有用になり得るものだと理解もしている。しかしながら些か飽きもくる。
(何度同じような挨拶を交わさないといけないんだろう……)
そんなクラウンの苦労を余所に、次の順番が回ってくる。
少し青みを帯びたタキシード。同色の蝶ネクタイ。垂れた細目細身の青年はこの場において浮きだつように若かった。
今までと異なる年齢層に少なからず興味を引きながら、クラウンは他の貴族にもしたようにその青年と向かい合う。
「初めまして。松蔭玄武の息子の司と申します」
「へ?」
挨拶と同時に差し出された手を掴もうとしたところで、その手は凍り付いたように静止する。
「玄武の息子って……あの?」
その手はそのまま司の手を掴むことなく移動し、相変わらず最奥に鎮座するクリスと会話している玄武を指さした。
あの巨体を包む特注のタキシード姿と、タキシードの似合う痩せ型の青年を何度も見比べる。まるで似ても似つかない背格好、顔形に血縁など感じさせない。
そんな反応を示すクラウンを前に、司は慣れているのか、肯定ですと頷いた。
「えっと……全然似てないね」
「ええ。よく言われます」
何度も繰り返してきた同様の問答を終え、司は切り出す。
「実は私、今聖騎士学校で教鞭を振るっておりまして、娘さんのいるクラスを受け持っていたのでその挨拶にと」
「成程!」
ようやく興味を抱ける内容に、クラウンは声をあげて身を乗り出した。
「ありがとう! 梓ちゃんのことよろしく頼むね。ところで梓ちゃんって学校ではどんな感じなのかな?」
急に好意を示してきた白城家当主に少々面食らう。
一般に騎士の道を歩む者は、その志を強固に育てるために親に一線を引かれるところが多い。
立派な騎士に育ってほしいがために甘えさせないというのもあるが、いつ命を失うかもしれない職に身を預ける子に愛情を注ぎ過ぎてしまっては、毎日が気が気でなくなってしまう。
実際に司自身も玄武とは幼少期より一定の距離を保っており、例に挙がる通りだ。
だからといってその親が我が子に対しての情愛がないわけでもないが、ここまで露骨に子を気に掛ける親は珍しい。
そんなクラウンの態度に疑問を覚えながら、淡々と答えていく。
「そうですね……。実技と座学は騎士生二位。一度手合わせもさせていただきましたがその実力は発展途上。今後の成長が楽しみといったところでしょうか」
「二位! 凄いね。頑張っているようで何より」
笑顔を溢すクラウンを前にまたもや司は違和感を覚える。
ローランド法王国は万を超える騎士で構成された武力国家。
その為騎士の身分は高く、三大騎士家ともなれば古くからローランド法王国を支え続けてきた貴族らを超える。というよりも領地を治める特権を得た騎士家は貴族へと昇華し、今や三大騎士家という名の貴族となっている。
法王守護騎士も同様に、法王を守護する者としての名誉と称号を兼ね備えた貴族である。
あとはもとよりこの地に住まい、ローランド法王国の発展に貢献してきた騎士ではない者らが貴族の称号を得ている。ちなみにこの晩餐に参加している者のほとんどがそれに該当する。
法王守護騎士はそんな貴族らに並び立つ。
あとはその下に騎士の階級が存在しているので、その上位に立つ者ほどこの国では優遇されている。つまり活躍し実力を示すことができれば出世出来る夢のある仕事ともいえる。
であるからこそ親としては妥協はしてほしくない。子と一線を引く最大の理由は、子の実績こそ家の名誉に関わるからだ。
ひどいところでは、子を家の発展の道具として見ているところもある。ただそこまでとはいわなくとも、それに近い無言の圧力をかける家は多い。
しかし白城家当主はそんなことを微塵も感じさない。
同世代に三大騎士家の嫡子でもいるものならばまだ納得できるが、今梓のクラスには白城家ただ一人。
ローランド法王国の最高戦力である三大騎士家の一人としてその順位に不満を持ちえないのだろうか。
司は自分の親とは異なるタイプのクラウンに少し戸惑い始め、話題を変える。
「そういえば白城殿は聞くところによると、あの喇叭殿を軽くあしらったとか」
「ああ。たまたまだよ」
「御謙遜を」
「いやいや。キミだって彼よりは強いんじゃないの?」
「いえ。私はようやくかの御仁と勝ち負けを交互に繰り返せるまで拮抗してきたにすぎませんよ」
「そうなの?」
「はい。ですので喇叭殿を圧倒したその実力を間近で見たく思いますので、また機会があれば是非お手合わせお願いします」
「アハハ。……機会があればね?」
何でこの国はこんなにも好戦的な人間が多いのだろうか。
挨拶を終えた司を見送りながら乾いた笑顔をひきつらせ、クラウンは静かに思う。
「白城殿」
しかしゆっくり考える暇などない。声が新たに掛けられる。
今度の男は発せられる声も外見も、司とは違い年齢を重ねている人物だった。
前髪は全て後頭部へと流されており、合間に見せる白髪の量が歳を感じさせる。
最も印象的なのは彼の口髭だ。細やかに整えられており、醸し出す年季から威厳を感じさせた。
「えっと……?」
「ああ。後ろから失礼。儂は櫻井権太と申します」
「どうも」
「儂は法王守護騎士の副隊長を担っておりまして、隊長との決闘を間近で見させていただき感銘を受けましてな」
「ああ。あの場にいたんだね。全然気づかず申し訳ない」
「いえいえ。あそこでは兜も被っておりましたし仕方ありますまい」
親しみやすい笑みを浮かべながら権太は続ける。
「実は儂は白城殿が不在の間に北部の統治を任されておりまして、時間があるならばその引継ぎをと思いましてな」
「あ、そうだったの? それはありがとう! じゃあ今からでも」
この場を去る理由が出来たことにクラウンは喜んで飛びついた。
まさか今すぐにと返答されるのは予期していなかったのか、権太は髭を弄りながら目を丸くする。
「よ、よろしいのですか? まだ宴は中盤ですぞ?」
「いいのいいの。そんなことよりも大事なことだしね」
「ふ、ふむ。それではコチラに……」
そういうことだから御免ね、と順番待ちをする貴族らに頭を軽く下げながら、クラウンは権太と共にその場から退場していった。