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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第一章:初めての父親
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第十四話:宴その壱

 法王の塔はその内壁を這う螺旋状の階段によって上層部へと繋がっている。

 階段の幅は恰幅の良い成人男性が横に三人並んでも少し余りあるほどではあるが、昇降する方法がその階段しかないのが些か不便だ。


 法王との謁見の間はその最上部ーー地上十階の位置にあるので、一般の市民がもし法王と謁見するためにはその苦労を負わなければならないだろう。

 ただし市民が法王と謁見する機会など生涯で一度あるかないか。実際法王と対面することができれば彼らにとっては一生の自慢話にもなるので、そんな足にかかる負担などに不満を漏らすことなどない。

 当然法王に従う騎士もしかり、その程度の些事にこだわる者などいない。


 しかし例外は何にでもある。

 地上三階ーー舞踏会の場として利用されるきらびやかな広間の扉を開いた眼鏡の男は、誰に対してでもなく文句をつけた。



「全く、何でこんな不便な造りになってるんだか……」


「確かに。この老体には堪えてしまいますの」



 眼鏡の男ーークラウンの文句を拾ったビヒーは主の言葉に頷きながら同意する。


 宴はどうやらすでに始まっているらしい。

 中央ではどこからか流れてくる曲に合わせて踊る男女の姿。

 天井で金と輝くシャンデリアの光に照らされて小さく光るドレスに身を包んだ女性と、黒のタキシードを身にまとった紳士が優雅なステップを踏んでいる。

 それが数十組円を描くように展開していた。

 またその円周上には、ワイングラスを揺らしながら優雅に眺める人や、卓上に並んだ料理をつついて立食する人の姿があった。


 そんな中でクラウン達の入場に気づいたのは、その扉付近に立っていた数名のみ。ただしその全員が眉を顰めるだけで、近づこうとする様子は皆無であった。

 クラウンはラフすぎる恰好から黒のタキシードへと着替えており、その隣には燕尾服に身を包むビヒーが腰に手をあてながら室内全域を見渡している。

 彼らを知らない者からすると、一度も目にしたことのない男と、この場に相応しくない年齢の少年の二人組。皆が怪訝な視線を送るのも不思議ではない。

 そんな彼らの怪訝な空気を感じ取ったのか、一人の女性がクラウンに近づいてきた。



「お待ちしておりましたわ。クラウン様」



 そう声をかけたのは三大騎士家の紅一点、静香であった。

 甲冑姿でも隠し切れなかった色気充満する肉体は今、菖蒲しょうぶ色のドレスを纏い、ぽっくりと穴の空いた胸元からは、乳腺が集束し膨らんだ胸部が妖艶な谷間を創造している。

 男の性欲を撫でるように刺激するその姿は実に淫らであった。

 しかし周囲の男性はその部位に視線を集めることなく、静香が声を掛けた男へと向かった。



「やあ静香くん。またエロい恰好してるね。眼福眼福」


「お褒めいただきありがとうございます。それで……そちらの少女は?」


「ああ。この子はボクの執事で、名はビヒー。こんななりしてるけど実年齢は静香くんよりも上なんだよ」


「あら、そうなんですの? これは失礼いたしました。私は三大騎士家、獏党の現当主である静香と申します。どうぞお見知りおきを」


「うむ。よろしく頼む。それよりも我が女だとよう気づいたの」


「それは勿論。私も女ですから」


「ーー成程の。なかなか良い女じゃ」


「あらあら。ありがとうございます。ビヒー様」


「しかし獏党家というとあるじ様と同等の立場の人間じゃの。すまんが我はあるじ様に対してもこんな言葉遣いで敬語は苦手なのじゃ。不敬ならば口を閉じるが如何いかに?」


「ふふ。私は全然構いませんわ。そんなことよりもーー」



 静香が軽く首を後ろに回す。

 クラウンとビヒーも追うように視線を向けると、いつの間にか曲は終わりを迎えており、二人に向けられた視線が扉付近の数人から広間全員分へと変動していた。

 音楽の代わりに各々がひそひそと私語を奏でている。

 どうやら主役の到着に全員が気づいたようだ。



「どうぞこちらへ」



 ビヒーはこの場は身分をわきまえ扉の傍らで待機することとなり、クラウンは先導されるがままに静香の後を歩んだ。

 一歩、一歩と移動するたびに、周囲の視線は静かにその後を追う。

 そして中央最奥。そこに座る青年の前まで辿り着いた。



「よく来てくれたね、クラウン!」


 

 鷹揚に手を広げたクリストファーの喝采が広間に響き渡る。

 クラウンは謁見の間でそうしたように、洗練された動きで跪いた。

 静香やクリストファー、その横でいわおのような肉体が溢れんばかりにタキシードを隆起りゅうきさせている男性ーー玄武にとってはその様子は記憶に新しく二度目ではあるが、そのクラウンの姿には言葉を失ってしまう。

 当然初見となる周囲も同様に視線を釘付けにしてしまっていた。

 視線を独占する中、クラウンはクリストファーの出迎えに応えた。



「当然です法王様。私のような者の為にわざわざこのような場を設けてくださり感謝の言葉もございません」


「そ、そんな姿勢をとらなくてもいいよ。今日は宴の場。楽にするように。それにこの場は他国への牽制の意味も込めてのことだし。そんな畏まらずに、今日は大いに楽しみながら他の者と交流をとるようにね」



 その言葉を受けてようやくクラウンは立ち上がる。



「勿体ないお言葉。それではそのご厚意に甘えさせてもらうとしましょう。また御用があればお呼びください」



 公の場ともなるので態勢は戻すも言葉遣いは崩さない。

 軽く会釈をすると、玄武、静香と順に一瞥いちべつし、ビヒーの元へと踵を返した。


 同時に演奏が再開され、賑わいが戻ってくる。

 そこからはクラウンの傍へ歩み寄る貴族らが絶えなくなった。


 貴族らにとって今までの白城家の評価は低かった。

 当主不在の落ち目にあること。当主が帰還してもその正体は婿入りしただけの素性不明の男。

 しかしたった一度の動作、クリストファーとの一連の流れだけで彼らの評価は上書きされたようだ。

 礼儀を知り、礼節を重んじた態度。元の身分が低い人物では、先のような慇懃とした忠節の姿勢を取ることなどできないだろう。


 ならば親密な関係になることは意味がある。


 三大騎士家当主はローランド法王国が誇る武の最高位の存在。身分においてもその上に位置する人間は法王ただ一人なので、上から目線で評価を下す貴族らはやや誤ってはいるが、その素性がもし平民だったらと考えるとどうしても納得することが出来なかったのだろう。

 今では素直にこびを売るように我先にと挨拶を交わそうと、クラウンの周囲が人垣でいっぱいとなっていた。


 終えても終えても、次から次へ。何度も何度も、後から後に。

 群がる貴族らの無限に再生されているような挨拶とお家話。



(これは……正直きっついな)



 クラウンは自分が予想した以上の交流に内心辟易しながら、丁寧に応えていくこととなる。

 勿論、言葉遣いは戻して。



(しかしビヒー……あとで絶対ぶつからッ!)



 直視はしないが、貴族らの背景と一緒に映る暇を持て余したしもべを捉えてクラウンは固く決意する。


 こういう場においては執事は無用の長物。

 ビヒーは主人の代わりに挨拶ーーなどという無礼が許されるはずもないので、疲弊していく主人の精神にただ笑みを憎たらしくこぼす執事の姿がそこにはあった。

 

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