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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第一章:初めての父親
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第一話:親子の自己紹介その壱

 僅かな灯火はあったとはいえ暫く光度の薄い地下に閉ざされていたせいか、最奥の扉から押し込んでくる明かりに目が眩む。

 その光度は歩を進めるごとに増していき、光が差し込む入り口を(くぐ)り抜けると一気に明かりに満ちた別世界へとその小さな影を(いざな)った。


 待ち焦がれた光を全身に浴びながら、梓は両手を耳に当てたかと思うと頭を覆っていたフードをおろす。


 そこからバサッと解き放たれたのは、まずその背中まで伸びた長い髪だった。

 火の粉が撒き散らされたかのように放たれた(レッド)の繊維は、轟々と流れる溶岩が(ひしめ)きあい色濃くも鮮やかな紅を体現している。

 一本一本がとても(あで)やかで、一見してその持ち主が女性であり、またその小柄な体躯から少女であることを結論づけた。

 光沢のある山吹色の瞳。小さな耳、小さな口。まだ未発達ながらも顔を彩る全てのパーツが整っている。きっと将来は何人も男を(はべ)らす別嬪(べっぴん)さんになるのではと浅はかながらも考えてしまう。


 そんな召喚者こと小さな体躯をした少女は、背後についてくるはずの悪魔がいないことに疑問を抱きながらも、二階の自室へと足を進めた。

 戸を開ける前にも首が回る範囲で悪魔を探す。しかしその姿は見えない。

 奴隷魔術が効果を発揮することが確認できた今、契約は確実に成されたのだと、一度その疑問符は部屋の前に残して、少女は休息を優先させることに決めた。


 そのまま質素なベッドに身体を預けると肺にたまっていたものを全て吐き出すように、大きく息をついた。


(こ、怖かった~)


 その少女は声には出さなかったが、今まで我慢してきた不安を心の中で一気に顕にした。

 口元を三角形にしながら瞳を潤ませる。

 悪魔の前での凛とした姿はもはや見る影もない。身長に相応しい華奢な態度であった。

 実をいうともともと彼女は、先ほどの悪魔の前で披露した豪胆にして人を見下すような性格はしていない。

 そうあれと祖母から教わり、その期待に応えたい一心で彼女が作り上げた、いわゆる外面なのだ。



 この世界は大きく国が七つに分かれ、それらは海によって大陸三つに分かれている。

 まずは北西の大陸である【放牧ほうぼくの大地】。

 次に南西の大陸である【豊艶ほうえんの大地】。

 最後に東に広がる【法王ほうおうの大地】。


 その少女が出生した白城しらぎ家は、法王の大地における4か国が一つ、【ローランド法王国】が誇る由緒正しき聖騎士の家系なのである。

 しかも梓の祖母は女性の身でありながら、その腕一つでローランド法王国の聖騎士軍の筆頭となった人物なのだ。

 無論、彼女は根っからの武人でもなく、女だ、弱者だと侮蔑されながらも弛まぬ努力でその名声を獲得した努力家なのであるのだが、世間一般に知られることとなったのは白城の名を知らしめたその姿だけである。

 

 そのため梓の祖母は女の子として誕生した孫の、自分と同じく今後襲い掛かるであろう嫉妬・侮蔑の眼差しを一人で払拭できる強い子に育ってほしいという一心により、幼い頃より祖母の教育は厳しかった。


 でも梓はそんな祖母を幼い頃より尊敬し、憧れ、その教えに背いたことは一度もない。

 故に今の強気な外面も獲得するに叶ったのである。


 ただし根っからの性格は違う。

 物心つく前から行方不明になった父に、自分を産んだと同時に亡くなった母。両親が不在の間、自分の支えとなったのは厳しい祖母一人だけ。

 その為彼女は家族愛に飢えていた。

 周りの平民・貴族の女の子が見せる仕草、遊び、兄弟、両親に憧れを抱き、欲していた。

 その結果として憧れた祖母の強く凛とした姿とは裏腹に、女の子らしさにも憧れてその気持ちも一緒に育んできたのだ。

 今では可愛いものや甘いものは大好きだし、臆病だし、泣き虫だし、本当は痛いのが嫌いだし、好きな人だっていたりする。当然そんな素振りは見せないが、年相応に女の子らしさというものも身についたのだ。



(手もすっごく痛いし……)



 べっとりと血が付着している手をみながら、潤んだ瞳から洪水が起こらないよう必死に下唇を食い締める。



「ーーあれで……良かったんだよね?」


「いや、ボクにとっては良くはないんだけど」



 自分しかいなかったはずの場所に、突如自分以外の声が介入する。

 独り言を返されたことに双眸を大きく開かせると、驚愕した表情のまま飛び起きて声が発せられた場所へと首を回す。

 するとそこには長髪眼鏡の男が、彼女を視線に捉えながら突っ立っていた。



「い、いつからそこにいたの!?」


「いつからって……キミが上に上がってこいって言うから、ずっと後ろをついてきていたよ? だけどあえて答えるならベットにダイブしたときぐらいからかな?」



(え、嘘!? だって気配は全然感じなかったのにーー)



 確かに梓は上がってこいとは言った。

 だから幾度も背後を確認していた。

 しかし全く後ろをついてくる気配もなく、当然ながら姿も見ていない。

 だからこそ心置きなく小休止としてベットに顔を埋もれさせたのだ。


 梓は聖騎士としての修練は少女の身でありながら十二分につけていたつもりだった。

 特に祖母から身を守るすべとして叩き込まれた彼女にとって、不意打ちを防ぐための気配察知に関しては騎士団の中でも上位であると自負している。

 にもかかわらず、ずっと背後をついてきたと言ってのける悪魔に驚きを隠せなかった。


 自分たちとは異質の存在であるから、当然気配も違うであろうという概念すら頭の中を横切ることがなかったのだ。


 梓はそう分析する内に、徐々に冷静さを取り戻す。

 すると脳内で再生された地下で自分と今の自分を客観的に視聴して、ようやく気付いた。



「み、見てた?」



 梓は頬を朱色に染め上げ、ワナワナと拳を震わせながら悪魔を見上げる。

 折角契約を反故させる気持ちを起こさないようにと、徹底的に作り上げた仮面に自分で泥を塗ってしまったのだ。

 行き場のない恥が、全身の血液を沸騰させるかのように急激に少女の体温を高くした。



「見てたって何を……って、ああ。なるほど」



 少女の問いに何の考えもなく返す。しかしその途中でそれを自己完結したらしい悪魔は、ニンマリと口角を上げニヤニヤと嫌らしく紡いだ。


「うん。バッチリ見てたよ~。キミが本当は気の強い召喚者じゃなくて、本当は可愛らしい女の子だってことはボクのこの眼にやきつけーー」


「《ペイン Lv.3》!」


「でぇぇぇぇッッッ!? いだだだだッ! ごめんなさい調子に乗りましたあぁぁぁッッ!」



 激痛に涙を流しながら悪魔は床を転がりまわる。

 逆転するかもと匂わせた立場は呆気なく定位置へと返り咲いた。


 ちなみに奴隷魔術≪ペイン≫は、

Lv.1は瞬間的な痛み。Lv.2は瞬間的な激痛。Lv.3は継続されたな痛み。Lv.4は継続された激痛。Lv.5は痛覚最大の呪い、とレベル毎に効果が違っている。

 奴隷魔術はそれをかけられた種族・性格により痛みの種類が違うという便利な魔術であるため、さながら悪魔が負った痛みは精霊術に等しき痛みを感じていることだろう。



「でもさ、キミのいう契約内容ではボクが保護者ーーつまり『父親』として振る舞えばいいんだよね? だったら父親となるボクの前ぐらい気張らなくてもいいんじゃないかな?」


「うっ……」



 ようやく収まっていく痛みに堪えた悪魔がプルプルと震える両足を応援しながら立ち上がる。

 そしてさっきの下卑た口元からは一転し、人間の青年らしく優しい微笑みを作り上げた。



 悪魔はすでに腹をくくっていた。

 悪魔にとって契約は絶対だ。

 召喚され、半ば強引な取引が成立してしまったとはいえ、悪魔の美学として契約は守る。

 しかし目の前の悪魔にとってはそれだけが全てではない。

 単純に、彼女を『見た』悪魔が少なからず少女に興味を(そそ)られたのだ。

 悪魔は意を決して再スタートを切った。



「でもまずは自己紹介からだよね。改めまして、キミたちの言う下級悪魔ことクラウンです。どうぞよろしく」



 差し出された手を少女は漠然と眺める。

 いつの間にか会話の主導権を握られている。その件に関しては自分の失態からだからこそ、少女が浮かべるしかめっ面は極自然なものだといえるだろう。

 ただ少女はこうしてリードされることを心の奥底で期待していたのかしれない。

 なめられてはいけない。そうすれば足元をすくわれることもない。

 しかしそれでは自分の望む家族と何か違う気がしていたのだ。


 だが契約も成立し奴隷魔術の行使を確認できた今、こうして親子の在り方が自分の望んだ形に修正され安堵した。

 そんな自分をようやく理解し少女は、悪魔同様に意を決して待ち望んだ台詞を口にする。



「白城梓……です」



 梓は差し出された自分よりも大きな手を前にようやく動き出す。

 俯きながらではあるが、差し出された手をしっかりと握った。

  



「とりあえず他の人には私がこういう性格だってばらさないで。今まで他人の前ではこうして生きてきたんだから」



 いきなりは戻らない口調を勇気に換えて顔を上げる。

 人と話すときは目を見て。

 そんな祖母の教えで自分に鞭を打ちながら、しっかりと悪魔の顔を見据えた。



「分かってるよ、梓ちゃん。でもボクはもうキミの親なんだから、『悪魔』とか『お前』じゃなくて、父親として呼んでほしいな。ボクを従者じゃなく保護者として召喚したのは、他人にばれたくない事情もあったからなんじゃないの?」


「な、なんでそれをお前が?」


「ほら。また『お前』って。ボクはもうキミの父親なんだから。どう呼ぶかは任せるけど、『お前』じゃ他人に親子関係が疑われちゃうよ」



 喉まで込み上げた反論をグッと堪える。

 さっきまでの梓ならば容赦なく『生意気な口を叩くな』と奴隷魔術を行使していたところだろう。

 ただ梓は家族愛を求めながら親子の在り方ではないということに、失敗していたと後悔の念を感じたばかりなのだ。

 同じ失敗は繰り返してはいけない。

 これも祖母が説いたものだ。

 それならば、と今まで想像の中でしか発していなかった呼び名を口にする。



「ぱ、パパ……?」


「ブッッ! あははははははは!! っでいだだだだだッ!? ごめんなさいすいませんっ!」



 片や瞳を潤ませながら顔全体から火が出そうな少女と、片や激痛に涙を流しながら床を転がりまわる悪魔。

 この瞬間から親子となった娘と父親は、ひとまず自己紹介を終えた。



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