第十三話:食後その壱
「ごちそうさまー! いや~。梓のお父様の手料理……すっっっごく美味しかったんですけど!」
食事を終えた愛が両手を合わして感嘆符をつける。
はじめは普段口にしないような高級品に舌がついていけないのではと思ったが、素材を聞いて安心した少女は馴染みある舌触りに感動しながら胃袋が満タンになるまで手を止めることはなかった。
彼女の横に座る大吾も満足げに頷く。
「同感だぜ。すげえなクラウンさんは」
食事中も舌の上で転がる美味という言葉を十二分に堪能していたのだが、食事後も口の中に残る仄かな味わいに二人は惜しみながら感想を述べた。
「当然じゃて。我が主様はまさに至高の存在。料理一つとっても常人の遥か上に立つ御方。我が主様の前に不可能も跣で逃げるほどじゃわ」
配膳ワゴンに料理の片づけられた食器を重ねながらレヴィは笑う。
もう一人の執事であるビヒーはクラウンを補佐するためにパーティについていったので、この屋敷に残った使用人はレヴィだけとなっていた。
短い手足によって器用に片付けられていく食器は瞬く間にテーブル上から姿を消していく。
姿は子どもの形ではあるが、その手際は本人が自信満々に言い放ったように一流の使用人の業である。
外見は人を測る物差しになり得ない。いつしか聖騎士学校で聞いた講義の言葉がふと三人の頭で蘇った。
速やかに片づけを終えたレヴィは、イスで一休みする三人に声をかける。
「して三人とも。そんな甲冑を未だに装備しておっては疲れは取れるまいて。湯につかって着替えたらどうじゃ?」
そういえば、と三人は首を下に曲げて自分たちの格好を再認識した。
聖騎士学校では甲冑を着込みながら授業は展開されるし、食事のときにわざわざ着替える風習もない。
しかし家の中ぐらいは寛ぎたいものだ。体力馬鹿と呼ばれた大吾もその言葉に賛同した。
ただし愛も大吾も着替えがない。愛なら背格好の似ている梓の衣類を借りることもできようが、大吾は無理だろう。
そんな二名の心中を察してか、レヴィは口を動かし続けた。
「ああ。客用の衣類は一通りあるから安心せいて」
そんなもの無かったはずだけど、と突っ込みたくなる衝動を梓は何とか抑える。
きっと作ったのであろう。自分たちが来る前に準備していたのか、食事中に急遽見繕ったのかは定かではないが。
改めて悪魔という存在の逸脱した優秀ぶりに頭が下がる。
「それとも食後の運動としてお主ら全員、我が軽く揉んでやろうか? 良い汗をかいた後なら風呂も格別に気持ち良いじゃろう」
レヴィは悪戯っぽく案を出した。
梓と愛は軽い冗談として愛想笑い返す。
しかし大吾は散々言われた仕返しのチャンスだとしてそれに乗っかることにした。
「面白え。是非ともご教授いただきてえな」
「やれやれ。お主は本当に超が付くほど馬鹿で無謀果敢な童よな」
仰る通りでと愛は深く同意する。
「しかし男ならばそれぐらいの気概がなくてはの。良いじゃろう。主様とも手合わすことが出来なかったから消化も悪かろう。我が手伝ってやろう」
「そうこなくっちゃ」
大吾は無邪気に笑って拳を握る。
そんな大吾の意外な一面を捉えることのできた梓は頬を赤らめ、そんな二人を愛はやれやれと見守るだけだった。
「ではお嬢様方は先に風呂場にご案内しましょう。寝室は親睦を深めるためのお泊り会ということですので、お嬢様の部屋をお使いください。二人並んで眠れるよう大きなベッドをご用意しておりますので。童はあとで案内するから暫しここにて待機じゃ」
そう言うとレヴィは大吾を一人残して、梓と愛を先導していった。