第十二話:新しい使用人その弐
助けを求める自分の娘の願いに応えるのも保護者の役割。
クラウンは梓の耳元で小さく囁く。
梓はそれを耳に覚えさせると、二人の執事に向き直って聞いたままの言葉を繰り返した。
「二人の忠節に感謝します。……これからもよろしくお願いします」
最後につけた一言は梓の本心。
それはビヒーとレヴィにとっては極上の喜びだったようだ。両者満面の笑みを浮かばせながら梓を捉えて、更に言葉を返した。
「何と勿体ないお言葉。我ら臣下の者にとっては歓喜雀躍でございます」
「我ら二人既に忠節を尽くす身なれども、更なる忠義を捧げましょうぞ」
主人と勝手に崇め奉る少女を前に、慇懃な態度が崩れることはなかった。
そこにいない第三者目線からすると子どもたちがまま事をしているようにしか見えないが、その場で見ていた者からすると言葉を失うほど板についたものである。
あまり慣れない言葉を返された梓はただただ真面目に考える。またもや何か言葉を掛けなければいけないのだろうかと一生懸命少ないボキャブラリーを掻き集め始めた。
しかし余計な苦労である。それを黙って見届けていたクラウンがようやく場の空気を引っ張ったのだ。
「とりあえずみんな疲れているだろうし、食事にしよっか?」
あまり馴染めない雰囲気に、大吾、愛、そして梓の三名が順に同意して場所を変えることとなった。
◇
その場は聖騎士学校の一教室分の面積を占有していた。
南の壁側に巨大な窓が取り付けられており、そこから視線を放ると真下に白城家の噴水、水平線には法王の塔が一望できる。
左右には赤金色、黄金色の糸で星々の刺繍が編み込まれた銀のカーテンが、何とも自己主張をしながら垂れさがっていた。
それに負けずと部屋の構造にマッチした長方形のテーブルが、部屋の中央で存在感を放っている。シルクの光沢と肌触りが良いであろう綿で無地のテーブルクロスがそれに拍車を掛け、卓上に並ぶ完璧なまでに磨きあげられた食器の数々、そしてそれを彩る小洒落た料理がこれでもかという程贅沢という言葉を体現していた。
窓の外が見える位置取りで並ぶ三者は、レヴィたちに運ばれてくる料理に暫く絶句してしまう。
食事が進むに連れて一品一品運ばれてくるならばまだ平静に対応できたかもしれないが、一度に前菜からメインディッシュであろう料理まで並べられてしまったのでは、その数々の料理に威圧されても仕方がないのだろう。
デザートにあたるものが無いところを見ると食後にまた感動しなければならないのだろうか。いや、それ以前にメインディッシュは本当にこれなのだろうか、と一目見ただけでで涎が分泌するような一口大に切られ舌で転がるのを待つ肉料理を眺める。
それを眺めたのは他でもない、その食卓に毎日座るはずの梓であった。その隣に並ぶ愛や大吾はその圧巻の食卓に気圧されるに加えて、白城家は本当に没落寸前の家なのだろうかと世間の情報を疑っていた。
「……父上。この料理は一体誰が?」
楽しいはずの晩餐の間に流れつつある沈黙を打破すべく、おずおずと梓が問いかける。
「え、これ梓がいつも食べている物じゃないの?」
「違う違う! こんな料理、御祖母様が生きていた頃でも見たことがないわ……」
「いや良かったぜ……。三大騎士家ともなると食卓一つとってもここまで違うのかと震えちまった」
おそらく三大騎士家はおろか、現法王クリストファーですら贅沢を重ねなければここまでの食卓は飾れないだろう。どれも初めてみるような料理に子どもたちが驚くのも無理は無い。おそらく国中の人々余すことなく羨望の視線が送られることとなる。
「とりあえず梓ちゃんとの再出発記念ってことでボクが作ってみたんだけど……。何か食べれない物でもあった?」
一体何処まで驚かねばならないのだろうか。
掃除・料理・エプロン姿。何一つとして名家の当主らしからぬ姿に一同はまた心の中で頭を抱える。
貧乏だから自分で家事をこなすなら分かる。しかし家の中は高級感溢れるばかりか、出てくる食事も色鮮やかな一品ばかり。加えて二人も執事を雇っている。
一体その資金はどこから捻出されているのだろうか。
梓はその不安をそのまま口にする。
「いや……家にはほとんど貯蓄は残っていなかったはずなんだけど」
そこまで聞いて少女が何を言いたいのかクラウンは理解した。
「ああ。安心して。料理は一般市民も利用している市場で購入したものだから素材としては低価だよ。屋敷を装飾する絵画や壁紙、そこのカーテンとかも市場で低価で買い漁った素材をもとに、ビヒーとレヴィに手伝ってもらいながら作った即製品だから」
「え! じゃあほとんど梓のお父様のお手製なの!?」
次々と叩きつけられる事実を前に、愛が机を鳴らしながら立ち上がった。
「これこれくりくり頭の娘っ子。主様の話を聞いていたのかえ? 我らも大いに手を振るったんじゃぞ」
扉の前に立つビヒーが愛の背中に向かって話す。
その横に立つレヴィも続けて自らの功績をアピールした。
「そうじゃて。特にこの部屋は我が一任されておったから、料理以外の物はほとんど我のお手製じゃぞ」
「おいおいまじかよ……」
自慢げに放つレヴィ達を肩越しに見ながら、大吾は小さく漏らした。
「でもよ。白城様がーー」
「クラウンで構わないよ、大吾くん」
ここに来るまでに二人の名前を覚えたクラウンが途中で止める。
「……クラウンさんがここに戻ったのって今日ですよね? ここまで仕上げるなんで流石に無理があるんじゃ?」
そういえばと愛も縦に頷く。
その問いにはレヴィが答えた。
「見識の浅き少年よ。じゃからお主は大馬鹿者じゃと言うておるのじゃ」
「あん?」
「そんなものは単純明快。我らは執事として超一流。それを統べる主様もまた超超一流というだけじゃて!」
胸を張りながら雄弁に語るレヴィの姿は、まるで自分の玩具を自慢する子どもの様だった。
怒りが通り過ぎること本日二回目。呆れに肩で息をつきながら大吾は心にもなく素直に謝罪した。
「あーあーすまんかった。浅はかな俺が馬鹿だったわ」
「まあまあ。そんなことよりも三人とも。早く食べないと冷めちゃうよ」
「あ、全く……アンタが馬鹿なことばっか言ってるから冷めちゃうじゃない」
「いやいや。新庄も突っ込んでたじゃねえか」
「私は感動して声が出ただけよ」
「ほら二人とも。早く食べよう」
彼らの正体を知るのは召喚者たる梓だけ。
彼らを人間の枠組みで考える必要のないことを再認識すると、一人先に我に返った梓が二人を窘める。
その様子を微笑ましく観賞すると、クラウンは徐に席を立ちあがった。
「父上?」
「ごめんね梓ちゃん。実はボクの帰還を祝って法王様主催のパーティに呼ばれていてね。今から行かなくちゃならないんだ」
「そう……なんだ」
その言葉に分かりやすく落ち込む梓。
悪魔を召喚したのは落ち目の白城家の復興発展。そして渇望する家族愛に憧れたからだ。
きっと父母との団欒も楽しみにしていたに違いない。
そんな顔をされては悪魔であるクラウンもいささか保護者として少し胸に刺さるものがあった。
しかし保護者として資金の確保たる労働は外すことの出来ない責務である。
梓自身、クラウンに対して仕事をするよう指示している。自分で言ったこととはいえ、本心と建前に挟まれた自身の気持ちは晴れやかではない。
「そんな顔しないの梓ちゃん。折角お友達も来ているんだから。それにきっと明日の朝にはちゃんと一緒に顔を合わせて食事もとれるよ」
そう優しく声をかけるクラウンに顔を上げた。
「……約束。お仕事頑張ってきて」
「勿論。じゃあ行ってくるね」