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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第一章:初めての父親
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第十二話:新しい使用人その壱

 梓らが白城の屋敷についたのは水平線上に日が半分以上も隠れた頃だった。



「いつ見ても立派だね~」



 きらびやかな装飾のほどこされた立派な外門は実に巨大で、それに連なるように屋敷の周囲を覆う石造りの塀が護るものは、もはや屋敷ではなく城を連想させる。

 鉄柵の隙間からのぞかせるのは、水を延々と循環し続ける円形の噴水。その上には小さな天使をモチーフにした石造が設置されており、それが持つ水瓶みずがめが作り出す小さな滝が見るものに何とも幻想的な味わいを感じさせる。

 さらにその奥にはその存在を隠しきれないだけの大きな屋敷。

 圧巻の一言で片づけるには惜しいだけの造りを前に、落ち目だったはずの三大騎士家の屋敷とは思わせなかった。

 愛はこれら全てを逃すまいと視野に捉えながら、心の底から感嘆の声を漏らした。



「確かに。こうして見ると改めて家柄の差ってやつを感じるな」



 愛に同意するように大吾が続くが、この返しに不満を感じたのか愛は少し表情を濁しながら大吾を指摘した。



「あんた……。もっと他に言い方はないわけ?」


「ん? どういうこった?」


「はぁ。もういいわ」



 これ以上突っ込むのも面倒くさいときれながら嘆息をつくと、再び屋敷を前に感慨深く頷いた。



「でも本当にすごい」


「……ありがと」



 その小さな呟きは梓の耳に届き、それを嬉しく感じた彼女は素直に礼を返した。愛は少し困ったような表情を浮かべると、笑顔でそれを返す。


 実のところ愛が呟いた一言は目の前の屋敷に対してのものではなかった。

 愛がここまで来た目的も単純にお泊りしたいという理由ではない。

 こんな豪華で立派で大きな屋敷に梓を独りぼっちにしていたこと。

 その原因となった今更のこのこと現れたという白城家当主、その人に一言文句を言うためだった。


 一騎士見習いが三大騎士家の、それも当主に文句を叩きつけるというのは本来であれば恐れ多い事ではあるのだが、それだけ愛は梓が思う以上に一人の仲間として梓のことを想ってきたということだろう。



(どれだけ梓が苦労していたか……)



 愛がそんな思いを抱いていることなど、当然梓は露にも思っていないだろう。

 怒りを奥歯で噛み締めながら、愛はその門をくぐる。


 しかしそんな彼女の怒りも束の間。すぐさま霧散してしまうこととなった。

 

 まず彼女の目に映ったのは吹き抜けとなった解放感溢れるエントランスだ。床は大理石のタイルが光沢を見せ輝いており、全く物の置いていない様はその広さを誇張していた。

 少し顔を下に向ければそのつやが自分の姿を鏡の様に映しだしてくれるだろう。

 また視線を上げると壁に並ぶ絵画の数々。芸術が理解出来ない者でも、このエントランスを飾る一品として高価な物だと判断することだろう。


 ただしそんな典型的な遺族の邸宅構造を前に、違和感を感じさせる存在が一つ。


 それは中央正面に広がる階段の傍ら、バケツの横でその手すりを雑巾片手に丁寧に磨いている人物。

 その手が動くたびに春を感じさせる花柄のエプロンが背中越しから見え隠れし、頭に被る淡い桃色の頭巾から家政婦ではないかと頭をよぎらせる。

 しかしその横から覗かせる顔立ちや、肌着から伝わる筋肉質な体格から紛れもなく成人した男性であることから、その考えをすぐさま否定させた。


 彼女らはそんな真摯に手すりを磨く男を双眸そうぼうに捉えながら言葉を失ってしまった。


 困惑する彼女たちを待たせながら、男は床同様の光沢を取り戻した手すりを確認して満足そうに頷くと、硬直する面々にようやくご満悦の表情を向けて口を動かした。



「お! 梓ちゃんおかえり~」


「た、ただいま父上」


「「父上!?」」


 

 不意を突かれたように大吾と愛は言葉を揃えて驚愕する。各々がイメージしていた梓の父親像と異なりすぎた。

 愛が想像していたのは、梓の出生やその妻の死に目にも立ち会うことのなかったという無責任な自分主義男。

 しかし目の前にいるのは、本来使用人がすべきような清掃をやってのける型破りな名家の当主。

 その男の言葉に恥じらいながらも嬉しそうに微笑み返す親友を隣に、愛は一気に気が抜けてしまった。

  

 ちなみに大吾が頭に描いていたのは典型的な貴族の像。

しかし目の前の眼鏡の男性からは、虎の威を借るような姿は全く見られない。むしろ好感が持てる有様だ。

 三大騎士家の当主とはいえその人は婿入りの身。その実力が如何ほどのものかと喧嘩を吹っかけてやろうとくわだててもいたのだが、どうやら肩を透かす結果となった。


 予想外に振り回される二人の感情を無視して、クラウンは梓に尋ねた。



「梓ちゃん。そっちの二人は?」


「あ、えっと友達。同期生」


「おっと、それはそれは。いつも梓ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」



 クラウンは二人を両目に収めながら、父親としての感謝を笑顔で示す。



「本来なら梓ちゃんと今後とも良き友達として握手でお願いしたいところなんだけど……見ての通り今手が汚れちゃってるからね。言葉だけで申し訳ないけどよろしく頼むね」



 そう言いながら、片手にある雑巾や足元のバケツに目をやっておどけてみせた。

 そんな自分たちに向けられた言葉を、ようやく動き出すきっかけとして手に入れた二人は慌ててお辞儀で返した。



「は、はい! こちらこそ梓には良くしてもらってますので!」



 (違う! そうじゃない!)



 いくら想定外の対応が展開されていったとはいえ、自分がここに来た最大の目的から離れていくことに心の中で突っ込みを入れてしまう。

 しかし父親の一声に耽溺たんできな喜びを灯した親友の表情を思い出すと、どうしても怒りの再燃が妨げられてしまった。また目の前に立つ掃除する男性からは、自分が想像した不愛想で親友を泣かせるような父親というのを全く感じさせない。

 今まで梓を独りぼっちにさせた事実は許せるものではないが、もしかすると自分が思う以上の何かがあったのではと答えの見つからない押し問答を脳内で巡らし、やめた。

 今ある姿を見守ろう。そう心の戸棚に一旦しまい込むと、ようやく頭を上げた。



「ところで今日はどうしたんだい?」



 誰かを指定したわけでもなく、全員に問いかけられたように放たれた言葉を最初に返したのは愛だった。



「あ、すいませんいきなりで。私は愛との親交を深めるためにお泊りに……と思ったのですが迷惑でしたか?」


「いやいや。梓ちゃんのお友達なら大歓迎だよ。そっちの大きなキミもかな?」



 クラウンはまだ一言しか発していない大吾を一瞥いちべつし、先と同様に問いかける。



「いや。親交を深めるってのは同じですが、泊まるつもりはないんで安心してください」



 おそらく父親として一番気にするであろう点だけを押さえて大吾は適確に答えた。

 ただしクラウンにとって、どうやらその心配は頭の片隅にも置いていなかったようだ。

 同意すると予想した答えを裏切られ、クラウンは素直に疑問で返した。



「なんでだい? 折角梓の為に来てくれたんだから泊まっていけばいいのに」


「父上!」



 梓は自分が気にしていた点を配慮することなく言ってのけたクラウンを、羞恥を覚えながら睨みつける。



「え? 何か問題あった?」



 それでも梓が自分を睨みつけた理由に見当がつかないクラウンは頭を傾けるばかり。

 見かねた愛はクラウンに近づくと助け船を出す。



「あの~、梓のお父様。みんなが心配しているのは男と女がその……同じ屋根の下で寝るのは少しアレではというやつで……」



 そう耳打ちする当人にも経験などなく、喋っている内にしゅうの念においられて要領を得ない言葉に変換されていく。

 凛としたお姉さん肌も、この未知の話題にはまだまだ年相応の様になってしまうようだ。

 ただその苦心が実を結んだのか、ようやくその意を汲み取れたクラウンが深く頷いた。



「成程ね。でも大丈夫だと思うよ。梓ちゃんは強いし、キミもいるから無理やり襲われても返り討ちにできるでしょ。それにもし梓ちゃんの気持ちがもし彼に傾いて同意の上ならボクが反対することはないよ」



 そうクラウンはその場にいる全員に語り掛けるよう紡ぎ続ける。



「ただし、嫌がる梓ちゃんの想いを無視してしいたげようとするやからがいたら……確実に息の根を止めに行くから大丈夫だよ」



 最後にいち保護者として契約主の安全をしっかりと念押したうえで。


 そう型破りに豪語する上流名家の当主を前に、とうとう緊張から解かれた大吾は気兼ねない通例の笑い声を響かせた。



「っかっかっか! ほんと何から何まで想像と違うでっけえ御方だ」



 痛快に笑う様は三大騎士家の当主を目前に構えると完全な不敬に値するが、それをクラウンが咎めるはずもなくただキョトンと眺めているだけだった。

 愛だけは呆れを眼に浮かべていたが、それを指摘すること出来ずにいる。一つ違えば自分も無礼を働いたであろうことに変わりがないことを自覚していたからだ。

 大吾は腹の中に溜まった笑い袋を全て吐き出すと、改めてクラウンに向き直った。



「実を言うと、俺は戻ってきた三大騎士家の当主殿の実力はどの程度のもんかと喧嘩を売りにここに来たってのもあるんですよ」


「あんた……」



 馬鹿に磨きがかかったんじゃないの? と紡ごうとするが、自分も同じようなものかと失笑するに終わった。

 梓は身分が上の者に対しても物怖じしない大吾の姿に、より一層想いを焦がす。

 そしてクラウンは、面白い子だ、と変わらず興味深い瞳を見せるだけだった。

 

 そんな三者三様の反応を示す中、吹き抜けとなっている二階の左右の通路より、それぞれ新たな反応が加わった。



「ヌハハハハ! あるじ様を前に喧嘩を売ろうとするとは肝っ玉の据わった餓鬼じゃ!」


「ムハハハハ! あるじ様も舐められたもんじゃて!」


 

 突如この空間に介入してきた声。

 その近寄ってくる高らかな笑い声に、一同は顔を上げて音の発信源を確認した。

 

 コツコツと床を鳴らしながら登場した影。

 その場にいる全員を眼下における位置で止まるったその影は、腰に手を当て、感慨深く大吾らを眺め下した。

 高い位置にこそ立ってはいるものの、遠目でもその姿は十歳程度の子どもだと認識できた。

 老人のような白髪しらがではなく色濃く残った雪色の髪は片口で短く切りそろえられており、天井から零れる照明の光が反射し艶を生んでいる。

 なんとも中性的な顔立ちをしており、一見しただけではどちらとも判断がつかない。子どもらしく玩具を眺めるような金色の瞳が爛爛らんらんとしており、小さく伸びた八重歯が口元から少し頭を出している。

 姿勢を楽にはしているが、その子どもがまとっているのは執事の正装ともいえる燕尾服。少し年齢にそぐわない背伸びをしたような恰好ではあるが、それなりに様になっていた。


 もう片方は気怠そうに手すりに体を預けながら、重ねた手の甲の上に顎を乗せながら、物珍しそうに愛らを見下ろしていた。

 背の高さも一緒に登場した子どもと同じ程度で、その外見から年も変わらないだろうと判断させる。

 少し淡いブルーの髪は左の目を完全に覆い隠しており、隠れていないもう一方は眼窩がんかにはめ込まれた片眼鏡モノクルが装着され、その奥ではやる気なさそうに半分だけまぶたが見開かれていた。

 顔立ちからするとこちらはおそらく少年だろう。この少年も同様に燕尾服をだらしなく着こなしていた。



「ビヒー。もうそっちの掃除は終わったのかい?」



 クラウンは突然現れた白髪はくはつの子どもに声をかけた。



「無論じゃ、あるじ様。言われた仕事は完璧に遂行する。臣下として当然じゃて」



 ビヒーと呼ばれた子どもは、その可愛らしい音調で年齢不相応なまでに老人の如く口調で返事をする。

 しかしその韻律いんりつはとても軽快で、やはり外見通りのものだった。



「しかしこのように面白い会合を儂ら抜きで進めてしまうとは、あるじ様も人が悪い」


「ボクも数分前に彼らと出会ったばかりなんだから仕方ないでしょ、レヴィ」


「ふむ。それもそうじゃな」



 レヴィと呼ばれた少年も、クラウンの返答に同調しながら階段を下ってくる。

 ビヒーほど活発で無邪気溢れる声ではないが、大人びた口調の中でしっかりと外見相応の音域が声を飾っていた。


 この屋敷の本当の家主たる梓にとっても突然現れた彼らは初見である。



「あの、父上。この子たちは?」



 ようやく自分たちと同じ高さにまで下がってきた二人に視線をうつしながら、梓はクラウンに問いかけた。

 梓だけでなく同行してきた愛や大吾にとっても、その二人の存在は疑問であり、使用人は一人も残っていないんじゃ? 何故子どもが燕尾服? と無限に循環する疑問符と戦いながら、大人しくクラウンの返答を待っていた。



「紹介が遅れたね。こっちの髪の白い子がビヒー。あ、女の子だよ。んでこっちの片眼鏡モノクルの子がレヴィ。男の子ね。二人とも昔からボクに仕えてくれているしもべたちだよ」



 クラウンの正体が悪魔であることを知るのは、この場にいる人間の中では梓だけである。

 しもべと聞いて、おそらくこの二人の正体がクラウン同様悪魔であろうことに結論づき納得できたのは彼女のみ。

 それを知る由もない大吾と愛にとっては尚更わからないことが増えたような感覚に悩まされてしまった。



「あの~、梓のお父様。『昔から』と言われても、どう見ても愛さんたちより幼く見えるんですけど……?」


「ああ。彼らはその~、所謂いわゆる成長障害ってやつでね。歳をとっても身体が成長しないんだ」



 クラウンが適当に見繕った言葉。勿論正確には違う。悪魔が人間界でかたどる姿はあくまでもその精神の形から作られたものだ。

 その姿が子どもに寄るということは、それだけ精神年齢が低いということに他ならない。

 無論人間と比べると永遠に等しい時間を存在しており、その歳月にそった言葉遣いや思考判断は人間とは全く異なることも否めない事実ではあるが、クラウンのように成人以上の姿を成す悪魔にとっては子どもという認識に何ら変わりはない。

 しかしシンプルに答えを求める大吾たちにとっては、その答えだけで十分だったようだ。



「おいおい。ってことは……」


「お主らよりずっと年上ということじゃ」



 ズイっと大吾の前に顔を寄せたレヴィは、これでもかというぐらい深々と全身を観察しながら興味深く呟いた。



「お主じゃな? 先ほどあるじ様に喧嘩を吹っかけようとした命知らずは」


「どんな大馬鹿者かと思ったんじゃが……見たところ体力はありそうじゃが、それだけじゃな」



 レヴィに続きながらビヒーも上から下まで眺め終えると、顔の位置を戻して、もはや興味なさそうに呟いた。

 同様にレヴィも距離を戻すと、フォローでもいれるかのように大吾の眼を見る。



「しかし素材は悪くない。鍛錬を怠らず研鑽けんさんを積めば、まだまだ実力は伸びるじゃろうて」



 まるで当たり前のことを奥深そうに少年は大吾に話す。

 本来であれば喧嘩を売られているとして買っているところだが、実年齢はともかく外見が子どものソレに、勝手に自分を評価されても不思議と怒りが込みあがることはなかった。

 苛立ちを覚えなかったといえば嘘になるだろうが、子どもが小馬鹿にしてきた程度だと視覚から入る情報を脳が勝手に変換してしまっているおかげで、抗うことなくその小言を耳に入れるだけとなる。


 苦い顔をするだけで他に反応を示さない大吾を、もはやこれ以上興味は無くなったといわんばかりに視界から外した。

 すると次に二人の顔が向けられたのは梓だった。

 ビヒーとレヴィは足を並べて、梓の前に一歩近づいた。そして寸前まで放っていた陽気な雰囲気から一転、慇懃いんぎんとした態度で頭を下げる。



「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。お嬢様」


「及ばずながらこの執事バトラー二名。名誉ある白城家に使える身として参上つかまつりました」


あるじ様にとって掛け替えなき存在の貴方様に、あるじ様同様の忠節をここに捧げましょう」


「今後はどうぞ我らを手足として使い、白城の復興発展に役立ててくださいませ」



 まるで何度も練習したかのような台詞で、自分よりも年下に見える子どもたちが揃って礼を尽くす。

 これを直に向けられた梓はどう対応すればよいかも分かるはずもなく、助け船を求めるようにクラウンに視線をやった。



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