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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第一章:初めての父親
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第十一話:陰謀

 白城家がその権力を下降させたのは、白城かえでが息を引き取った昨年からだ。


 もともと三大騎士家の権威はローランド法王国が誇る強大な武力だけにあらず、それぞれ北部・東部・西部をそれぞれが統治していたことが大きい。

 南部はというと法王守護騎士シュプリンガーの隊長がその役を任せられることになっており、現在は陣内家がその任を負っている。


 同じ国内とはいえ、定まっているのは大きな法律のみ。それ以外はそれぞれの領土に委任されており、税率、政策、警備等は領主次第となっている。

 つまり良くも悪くも民の生活はその領主に左右されることが大きい。

 当然成人もしていない白城梓にそんな大役を任せられるはずもなく、この一年は代役として法王守護騎士シュプリンガー副隊長である櫻井さくらい権太ごんたが代役としてたてられた。

 櫻井の統治は以前の白城のものと比べると若干粗雑な面は否めないが、それでも民の不満を募らせることなく、いや十分に北部を治めているといえるだろう。


 夕日が鮮やかに空を彩る頃、そんな櫻井の屋敷では怒号が響き渡っていた。



「糞っ! 糞ッ! 糞がッ!」



 壁に叩きつけられた高価な酒瓶は短く音を立てると、惜しげもなく中身ごと床に散らばった。

 壁に滴る水分は重力に逆らうことなく、先に落ちた床へ合流しようとゆっくりと距離を縮めていく。

 その傍にはすでにひしゃげた木箱の残骸が乱雑に散らばっていた。

 そしてその上にまた乱暴に物が放られる。今度は花瓶が叩き割れ、中の水を散開させた。


 乱暴なまでに次々と鬱憤うっぷんを晴らそうと物を探す男。彼が櫻井権太である。

 喇叭らっぱほどではないが、それなりに歳をくっており、細やかにまとめられている口髭が彼のアイデンティティーを主張している。

 先の会合の後だからか、青く光る甲冑は装備したままで兜だけが床に転がっていた。



「何が祝いだッ! 何が白城家当主の帰還だッ!」



 そこは権太の書斎。自分以外の人がいないその場だからこそ、思い切り物と言葉を怒りのままに壁にぶつけていた。

 しかし当然その大声は屋敷内に響いており、その場へ駆け寄ったメイドが心配そうに書斎の扉をノックする。



「あの、旦那様。いかがなさいましたか?」


うるさい! 失せろ!」


「も、申し訳ございません! 失礼いたします!」



 一度も聞いたことのなかった主人の怒りを前に、焦りながら扉越しに頭を下げてその場を去る。


 権太は人に八つ当たりがかなったおかげか、溜飲りゅういんが下がっていく。

 頭に昇った血を再び体中に循環させると、口髭をいじりながら今後どうすべきかを思案した。


 櫻井権太という人間の本質は悪であり、飽くなき野心家である。


 権太にとってこの巡ってきた機会は彼の謀略の内であり、当然これを棒に振る気など毛頭なく代役で終えるつもりは絶対になかった。

 櫻井家が白城の代役として立てられたのはその実力や民の声によるものが大きい。その為の根回しとして民の信頼を得ること。これを実に十年以上の間全力で費やしてきたのだ。

 これによって例え梓が成人したとしても、未熟な内は実権を握り続けることが可能だと踏んだのだ。これが叶わなければ梓を暗殺すればいいだけのこと。

 そう高をくくっていたのに、その当てが外れる事件が昼の一件。



「何故今更、白城の当主が戻ってきたのだ…」



 権太は静かに声を漏らした。わなわなと怒りに手が震えるが、今度は物に当たることはなかった。


 権太がこの野望を胸に抱いたのは白城篠葉しのはが亡くなった後、当主不在となった頃だ。

 代役としてその母、楓に実権が戻ったわけだが、いくら英雄とはいえその歳は一般に天寿を全うする手前。ならば彼女亡き後に実権を握ることのできる可能性があるのは、松蔭家傘下の中の有力候補は住良木すめらぎ卿。獏党家傘下では神原かんばる卿。そして法王守護騎士シュプリンガー副隊長である自分の計三名。

 いくら三大騎士家の血筋を守ってきたローランド法王国とはいえ、歴史の転換点は必然であると権太は閃いた。

 そしてその歴史を塗り替える人物こそ自分であると、その未来を彷彿ほうふつさせたのだ。


 結果として十年以上の努力の積み重ねはこうそうした。

 誰からも背中を押されて、人々に任せられるように。

 ただしそれもたったの一年。

 白城家当主の帰還により、全てが水の泡となったのだ。



「ふざけおって…」



 そう考えるとどんどん頭に溜まった血液が噴き出しそうになる。

 とうとう一瞬臨界点を超えてしまい、憤怒に支配された拳が壁を小さく破砕させた。

 しかしそれだけでは全てが発散されない。



「儂が、何年、貴様の、代わりに、北部の、統治を、助けて、いたと、思うのだっ!」



 そこにいるはずもない怒りの対象を思い浮かべながら、何度も何度も執拗(しつよう)に拳を壁に叩きつける。

 最初の一撃よりも威力は抑えられていたが、大きく何度も響く音に外に待機するメイドは不安を隠せないでいた。


 そして一先ひとまず気が収まったのか、拳を所定の位置に戻して髭をもてあそばせる。



「……こうなれば仕方があるまい。復帰直後でいささか忍びないだろうが、早々にご退場願うとしよう」



 もはや賽は投げられたのだ。

 決心を固めると、権太は再び謀略を巡らした。 

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