第十二話:決着その肆
一方的な暴力は少女の気絶と共に終止符が打たれた。
クラウンたちを囲う檻は消え、玄武らはクラウンのもとへと近づく。
「……終わったのか?」
玄武はクラウンの隣に立ち、彼と同じ場所へと視線を向ける。
およそ少女とは思えぬ程に狡猾で傲慢だった巫女姫の顔は、絶望と涙によってひどくぐちゃぐちゃに歪んでいた。
地面に横たわる少女を見て玄武は、ここまでする必要があったのだろうかと一瞬疑問に思うが、それはあまりに悲惨で残念な少女の姿に同情したからでしかない。
よくよく考えれば彼女の信仰により国は滅びの危機を迎え、大勢の犠牲が出た。
倒れている姿を見れば何てことはない。何の脅威も見えぬ幼子でしかない。だがそれは外見上であり、本質はローランド法王国で間違いなく五本の指に入る実力者である玄武を易々と打ち倒すほどの化け物だ。
同情する余地もなければ、逆にまだ起き上がってくるのではと多少の不安もあっての一言であった。
「うん。完全に気絶してるから暫くは起きないと思うよ」
だからこそクラウンも玄武の気持ちを汲み取って返答する。フフ、と毒気のないいつもの笑みと共に。
玄武はその表情を見てようやく終わったのだと息をついた。
「ーーで、その女はどうするつもりだ?」
玄武に遅れて、傍観していたアイリスがクラウンの横に並ぶ。
既に交戦の意志もないクラウンに対し、アイリスの瞳の奥はまだ消えぬ大炎で灯されていた。
気を失い横たわる少女に向ける視線は玄武と違い、全く同情の色が見えない。それどころかまだプラムエルが五体満足でいることに不満の色を醸している。
どうやらまだまだ気は収まっていないようだ。彼の怒りは深く大きい。
身内を殺されたのであれば当然ともいえるが、目の前で繰り広げられた残虐非道な行為に対して全く足りないといわんばかりである。
「もしも貴様らがこの女を殺さないのであれば、この俺が今ここで断罪させてもらう」
そう言って剣を抜く。
刀身のギラつきはまるでアイリスの怒りを体現しているかのようだった。
激情に任せてすぐに事を起こさないのは、彼女の所有権がクルメア法王国にないという事を知ってるからこその遠慮なのだろう。
アイリスはプラムエルに踊らされた一人。
どれだけ憎み恨んでも、彼女の謀略によりローランド法王国に対し戦争を仕掛けようとした事実だけは残っている。
濡れ衣を着せられた側としては、彼女の企みを暴いたことで貸し一つとなったのだ。
出来うることなら何の罪もない彼の身内を殺した主犯として、アイリスに裁かせてやりたいのは山々だがそうもいくまい。
「うーん。アリスには悪いけど、この子の命は一旦こっちで預からせてもらえるかな?」
「……その方がいいだろうな」
クラウンの言に玄武も同調する。
「結局殺すにしても一応コイツはセスバイア法王国の頂点に立つ女だ。ここで殺してはまたセスバイア法王国の国民に遺恨が残ってしまう。そうならない為にも今回の謀略の全てをコイツの口から吐かせることが必要だ」
彼らから見れば狂った法王ではあったが、国民からすれば信仰すべき女神レーベンに次いで崇拝の対象となっている。
そんな彼女が殺されたとあれば、その信者たる国民はどうするか。例え国が支配されようと反発し続けるに違いない。そうなれば間違いなくまた大勢の死者が出るだろう。
といっても囲いに残っているのはそのほとんどが非戦闘員。死者が出るといってもそのほとんどがセスバイア法王国の民である。
だがそのような行為は例え敵国の人間であってもあってはならないし、騎士としてもそれを是と判断するわけにもいかない。
何より管理下に置く土地に人がいなければ何の意味もない。
今後セスバイア法王国をどうすべきかは、国内の最高権力者が二人も揃っているとはいえこの場ですぐ結論を出すわけにはいかなかった。
「……フン。セスバイア法王国は今日この日をもって滅ぶが、国民の命までを虐殺するわけにもいかないというわけか。全く……甘い国だ」
そうは言いながらも、アイリスは剣を鞘に納める。
クラウンにプラムエルを譲った時から彼女の所有権は諦めていた。素直にその場は引き下がる。
幻術とはいえ、ああまで殺意を向けていた対象が滑稽なまでの報いを受けたのだ。溜飲も多少は下がったのだろう。
とはいっても完全に殺意が消え失せたわけでもないが。
再び宿るであろう殺意を抑え込み、すぐに再燃しないように背を向けて歩き出す。
「あれ、どこいくの?」
「決まっている。もはやここに長居する理由もない。一度帰国する」
「帰国っていっても、ここからだと数日はかかっちゃうよ?」
「……この俺を誰だと思っている?」
相変わらずの自尊心の塊のような男だ。
しかし己の分を弁えぬ愚か者とは違い、アイリスのソレは揺るぎない絶対的自信からの発言。
ポゥ、と柔らかな光がアイリスを包む。
「お前たちの国の法王に伝えろ。ある程度片がついたら知らせろ。詫びの品でも持っていく、とな」
一方的に伝言を任せると、アイリスの姿は一瞬にして消失する。
「……!?」
「……わお。こんな精霊術も使えたんだ」
「全く、法王の大地最強と謳われた称号を掲げているのが恥ずかしくなる一戦だった」
「あらら。らしくないね、玄武くん。自信を失っちゃうなんて」
「貴様といい、奴といい、この女といいーー世界には未だ世に知られぬ傑物だらけ。そう思うのも仕方があるまい」
「ま、しおらしくなるのも仕方がないけど、ボクらにはまだもう一仕事残ってるのを忘れないでね」
「……ああ。分かっている」
そう言って二人が見るのは眼前のセスバイア法王国。
例え巫女姫を捕らえようと、セスバイア法王国は女神の信徒達で溢れている。
それにずっと昔の戦争からローランド法王国に対し恨みをもち戦い続ける兵士らが、君主を抑えただけで武器を置くとは考えにくい。
降伏を呼びかけ戦争が終結するのを祈るばかりだがーー現に今も外壁の上から必死に睨んでくる視線が山ほどある。そう上手くはいかないだろう。
この場にもっとローランド法王国の騎士がいれば違ったかもしれないが、残念なことにこの場に残っているのはたった二人だけ。
とはいってもローランド法王国が誇る三大騎士家の当主二人という豪華な顔ぶれなのだが、ボロボロの二人の姿は著しくその権威を堕としてしまっている。あまり効果はないだろう。
「あれ? 待てよ……」
横にいるクラウンが急に何かぼやき始める。
「何だ?」
「いい方法を思いついた。彼らと戦わなくて済む方法を」
「何だと?」
怪訝そうにクラウンを見る玄武だったが、すぐに口を閉じる。
何だかんだ言ってもこの男は間違いなくローランド法王国一の実力者。
クルメア法王国との緊迫状態も解決し、誰も勝てぬと思い込んだプラムエルとの戦いも二度勝利を収めた。
疑う余地もなクラウンの手腕に、もはや大した功績もあげられなかった玄武が一々口出しするのも己を辱める行為だと気づいて。
「まあ見てて」
そう言ってクラウンはこの戦争に終止符を打つ最後の一手を披露する。
全てはほんのひと時。
だがその場にいた人間にとって、そのひと時は一生に残るひと時であったことだろう。
中には顎が外れる程大きく口を開けて驚き、
中には感激に咽び泣き、
中には呼吸するのも忘れて立ったまま失神する者まで。
何せ、彼らの戦意を完全に消失させたのは他でもない。
突如として天から降臨されし、彼らが信仰する女神だったのだから。
そして女神の一言で戦争は終結した。