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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第四章:思い出と初恋と緊張と
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第八話:弁明の機会その弐

「ーーやれ」



 玉座から下された言葉に、衛兵全てが二人へと襲い掛かる。

 この会合の場の警備を任せられるだけあって精鋭揃いだ。その実力は決してローランド法王国の騎士達に劣らないだろう。

 だからといって二人が簡単に抑えられるということにはならないが。

 

 公言されているわけではないが、クラウンはローランド法王国最強といってもいいだろう。

 三大騎士家の一つを担うだけあってその実力は折り紙つきだ。そもそも人間という枠組みから逸脱しているのだから、そう簡単にそこいらの人間に倒されるなんてことはない。

 

 またブラックも人間ではなく悪魔。その強さは大吾を圧勝するだけあって相当強い。

 数の差をものともせず次々に衛兵を殴り倒していく。


 無手と剣槍、二対二十という戦力差をいとも容易く覆す。

 まるで相手にならない。

 見かねたクルメア法王は愛の両脇に立っていたフードの二人に視線を送る。



「レイ。ロン。あの女を抑えろ」



 その瞬間、密閉されているはずの部屋に風が生まれた。勿論突風などではなく微風程度のものではあるが、それは幾人もの兵の間を縫うようにしてブラックへと流れ込む。

 キラリと光る銀が視界に映る。すぐ近くにいた衛兵らの取るに足らない輝きではない。

 迷いも恐れもなく真っすぐに向かってくる煌めきだ。

 すぐに身を退いてそれを回避する。


 身に迫った危険の正体は細剣であった。

 僅かに残っていたブラックの残像が二つの細剣によって突き刺されている。



「ふぅん? そこらの雑魚ざこどもよりはちったぁマシっぽいな」



 フードの二人を見据えて満足そうに呟く。

 その立ち振る舞いにはまだまだ余裕の色が窺えた。先ほどまで襲っていた衛兵らはこの場をフードの人物へと明け渡す。悔しいがその表情を見てそれが最善だと悟って。

 


「悪魔。滅するべし」


「死ね。悪魔」



 楽しそうに言葉を漏らすブラックとは対照的に、冷徹ともいえる口調で二人は返す。

 片手で覆っていたフードをパサリと落とすと、そこには瓜二つの顔が並んでいた。

 歳はまだクルメア法王と同じぐらいだろうか。整った容姿に、ブラックを突き刺すように見据える鋭い双眸。

 まるで鏡。片や右手で、片や左手で細剣を構え、半身となってブラックの前に立ちはだかる。



「随分つまらん会話しか出来へん奴らやな」


「悪魔。会話する必要なし」


「喋るな。悪魔」


「……ま、したいのは会話ちゃうしええんやけどな。しかし口の聴き方には気いつけえや、自分ら。簡単に殺してまうで?」


「ぜっっったい駄目だからね。ブラック。こうなっちゃってる今でも対話の機会ほしいし」



 ギラリと殺気を飛ばそうとするブラックの言葉に、すぐにクラウンが覆いかぶす。

 ブラックは少しばかりつまらなさそうに息を漏らすが、主人の命令とあらば従うしかあるまい。文句を殺して拳をつくる力を極限まで弛緩させる。


 このやりとりを直接聞いていたレイとロンと呼ばれた二人からすれば、これほど面白くないことはないだろう。

 何せ二人がかりでもブラックが必ず勝利するという前提での話なのだから。

 それもクラウンの言葉に一切の曇りもなかった。その口調は自身の部下に対する絶対的な信頼の表れとさえ感じられる。


 だがそれはクルメア法王も同じこと。

 自身を除き、クルメア法王国一、二の実力を持つ側近二人に絶大な信頼を寄せている。

 


「この期に及んでまだ口が減らんようだな。まあいい。レイ。ロン。悪魔が手を抜いてくれるようなら手間が省けるというもの。とっとと殺せ」


「主君。承知した」


「了解。主君」



 命を受け二人が動き出す。

 二人が携える武器は細剣。突きに特化した武器である。ただし刺突武器とはいえ、二人の持つ細剣の刀身には刃がしっかりと存在する。

 構造上容易に人体を切断することは出来ないだろうが、肉を削ぎ落す程度には十分効果がある。それに武器本来の特性を活かせば簡単に人体を貫くことができるだろう。

 

 無論今回相対するのは人間ではなく悪魔ではあるがーーブラックの防御力は人間とさほど変わらない。

 勿論多少なりとも人間よりも優れていることは事実だが、迷宮を彷徨う牛悪魔ミノタウロスのように鋼鉄のような肉体を持っているわけではない。

 その身は弾丸も刃も、何なら拳だって通用する。

 

 ブラックは無用な傷を負わぬよう二人の攻撃を薄皮一枚で避け続ける。

 大吾の音速すら捉えるブラックだ。速いとはいえ、その動きに達しない二人の攻撃についていけないわけがない。しかしよく見ると、ブラックの表情に余裕の色がいつの間にか消えていた。

 

 誤算の正体は連携。

 突くという行為に必要な動作は、手を引くこと。そして伸ばすこと。一度突き刺せば引かねばまた突けぬのが道理。

 だが二人は交互に突きを繰り出すことでその間を消失させていたのだ。

 さらに突くという単純な動作だが、突く角度が自由自在というところも細剣の強みというものだろう。自身の領域に絶え間なく攻め入ってくる一点を休み無しに捉え続けなければならない。


 突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。突き。

 

 無限に繰り返されると思う程の怒涛の攻め。

 それはついにブラックへと肉薄する。ロンの細剣がブラックの頬を掠めたのだ。



「チッ!」


「悪魔。それで精一杯か?」


「とっとと死ね。悪魔」



 そしてとうとう無数に繰り返された内の一突きがブラックの肩を捉えた。



「ブラック!?」



 クラウンは思わず叫んだ。

 まさかブラックを傷つけられるとは微塵も思っていなかったからだろう。

 だが彼女を心配する暇は与えられない。



「余所見をしていていいのか?」



 光に反射してギラリと蠢く剣がクラウンを牽制する。

 距離は十分にあるというのに、完全にクルメア法王の間合いに入っていると直感的に分かった。もはや彼から目を離すことが出来ない。



「あはは……。こっちは素手だよ。素手相手に獲物を持ち出すとか格好悪いと思わない?」


「貴様らと違って俺たちは騎士道精神など持ち合わせていない。むしろ無様だと笑ってやろう」


「あーもう! 性格悪すぎ!」    


「お喋りは十分だろう。とっとと死ね」



 その言葉をもって攻撃の口火を切る。

 クラウンの直感通り一瞬で二人の距離は消滅した。当然消滅させたのはクルメア法王だ。

 彼から少しでも視線を外していたら気づけないでいたやもしれない。彼の持つ刃がクラウンの首を切り落とそうと下から一直線に切り上げられる。

 

 想像を遥かに超える速さだ。

 ブラックに攻撃を通して見せたレイとロンという二人も十分に速かったが、クルメア法王はそのさらに上をいく。

 しかも見たところ精霊術で身体能力を向上させている様子もない。つまり地力だけでこの速度なのだ。

 ひょっとするとクルメア法王は三大騎士家に並ぶ実力者かもしれないとクラウンはそう高く評価する。


 だがそれでもクラウンの実力はそのさらに上をいく。

 首元に迫る刃を寸前のところで回避する。

 だがそれもクルメア法王にとっては想定内。避けられた瞬間、振るった剣の速度をゼロにして今度は切り込むようにして一歩を踏み抜く。

 その動きには流石に眼を見開いたが、それでもまだまだクラウンには届かない。床を蹴って距離を離す。



「……今のを避けるか。成程。三大騎士家の実力というのも馬鹿には出来んな」


「そりゃ仮にも最高戦力の一員に数えられているくらいだからね。それよりキミこそ凄いね。精霊術なしでそこまでの動きが出来るなんて正直驚いたよ」


「クク……。同じく精霊術を使わずにこの俺の攻撃を避ける奴に言われても嬉しくはないな。まあいい。すぐに殺してやる」


「……さっきから戦いが止まらない感じになっちゃってるんだけど、どうにか話し合う機会をもう一回作ってくれないかな?」


「フン。ならば御自慢の力をもってこの俺を止めてみせるがいい。≪光の弾丸クーゲル・リヒト≫」



 クルメア法王がパチンと指を鳴らす。たったそれだけの動作。

 たったそれだけでクラウンが床に膝をつく。

 一体何が起きたのだろうか。

 遠目にそれを見ていた愛にも全く理解できなかった。よく見ればクラウンの膝からは血が流れ出ている。



「梓のお父様!?」



 愛が咄嗟に叫ぶ。

 クラウンは痛みに堪えながらも、大丈夫だよ、と微笑んで返した。

 だが言葉とは裏腹に、クラウンの額に浮かぶ汗の量はそう感じさせない。



「……あはは。まさか今のって光の下級精霊ウィル・オー・ウィスプーーじゃないよね」


「当然だ」



 そう言ってクルメア法王は再び指を鳴らす。



「っとぉ!」



 だが同じ手は食わない。

 クラウンはほぼ同時にその場を飛び退く。すると床には小さく何かが貫通したような穴が残っていた。


 

「ほう。よく避けたな。だがーー」



 クルメア法王の背後に無数の光の玉が生まれる。



「これら全てを避けきれるか?」


「……あ~。ちょっと不味いかも…………」



 タラリと汗が零れる。

 痛みで流れた汗なのか、緊張から流れた汗なのかはもはや検討がつかない。

 得意の幻術等を行使してこの危機を脱出することは容易だが、今回に限ってそれは出来ない。

 

 その原因をチラリと見る。

 

 ーー愛だ。


 彼女がいる限りクラウンは魔力を使えない。

 厳密にいえば魔力自体を使うことは出来るが、魔力の色を見ることの出来るというクルメア法王の特異能力が本当であった場合、最悪、愛にクラウンの正体が露見することになってしまう。

 それだけは何としても避けなければならない。

 

 しかし現状このまま攻撃を受け続けてしまうと命を失う可能性も大きい。

 悪魔にとって精霊術は弱点といっても過言ではないのだから。

 だがクラウンにとって命を落とすこと自体は構わない。しかしそれ以上に梓との契約が果たせなくなってしまう事や、大切な娘の将来、その娘の親友の命が失われてしまうような結果だけは回避せねばならない。


 クラウンは痛みに耐えながら必死に考えを巡らす。

 そして突発的に叫んだ。



「愛くん!」


「は、はい!?」


「両手使えないところ悪いんだけど下にある馬車に乗せてるボクの剣を取ってきて! 急いで!」


「ッ、はい!」



 愛は背を向けてクラウンの言葉通り急いでそこから飛び出した。



「ま、待て!」



 それに続く様にして、傍観するしかなかった衛兵たちが慌てて愛の後を追う。

 これでこの部屋に残されたのはノビている衛兵と、戦っている彼らだけとなった。



「ククク。剣があったとて何か変わるとは思えんが? それにわざわざ地上に出なくとも武器ならそこらに転がっているだろう。痛みで頭が呆けたか?」



 クルメア法王の言う通り。

 横たわる衛兵が使っていた武器ならいくらでもある。


 もし愛に冷静な思考力が残されていれば、今と同じように指摘されていただろう。

 だからこそクラウンはそうならないよう急いた演技をした。

 そしてそれは功を成す。しかも他の衛兵も出ていくというオマケ付きで。



「うん。いいんだよ。これで。これで心置きなく戦えるんだから」


「大きく出たな。あの女がいなくなったことで規模の大きい精霊術でも使うつもりか?」


「残念。ハズレ」



 クラウンは人差し指で何かを引くように、くいっと指を曲げる。

 すると床に散らばっていた剣の一本がひとりでにクラウンの手元へと収まった。



「貴様……ッ。今のは…………!」



 わなわなと震える。

 おそらく何が起きたのかーーいや、何のために愛を追い出したのかを理解したのだろう。

 そして怒りの灯っていたはずの瞳を瞬間的に掻き消すとその答えを口にした。



「ククク……。クァーッハッハッハッ! そうか。そういうことか! なるほど。貴様自身悪魔だったということか!」


「正解。どうやらその魔力の色を見る眼っていうのは本当らしいね」


「まさか人を導くはずの騎士ーーそれもその頂点に立つ男がまさか悪魔だったとはとんだお笑い草だ! ならば人間を陥れようと混乱を蔓延らせたのも納得がいくというものだ」


「いやいや待った待った。たしかにボクは悪魔だけど、今回の件については一切関わってないし、その誤解を解こうと今も必死になってるんだけど」


「悪魔が今更何をほざくかと思えば……。もはや言葉を交わす必要性も感じられん。とっとと殺してやる」



 既に聞く耳をもってはいない。

 そう判断して、今この場で弁明の機会を求めるのは諦めることにする。

 


「ならキミが口にした通り、キミを止めてその誤解を解かせてもらうことにするよ!」


  

 

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