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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第四章:思い出と初恋と緊張と
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第七話:戦争その肆

 向けられた切っ先はそのまま大吾の緊張感を穿つ。

 しかし戦闘によって既に肉体事高揚仕切った大吾は、何とか身体の震えを抑えて踏みとどまることに成功する。

 ただでさえ苦戦しているというのに相手がとうとう武器を手にしたのだ。それも巨大な瞳の宿った禍々しい武器を。周囲で傍観していた騎士らには当然のように動揺が広がる。それを目の当たりにして尚、心が圧し折れない大吾は自身を褒め叩いてやりたい気持ちでいっぱいになる。

 だが当然そんな態度を示せたといっても事態は変わらない。

 目の前に立ちはだかる化け物に対してやる事は一切変わらないのだ。

 

 大吾はやや姿勢を屈めて大剣を握りしめる。

 おそらくあの巨大な武器にも鎧同様何らかの能力が備わっているに違いない。出来ることならあの巨大な瞳がただの飾りだとは思いたいものの、ギョロギョロ動く視線に、「そうではないな」と否定する。

 であればその能力の程を確かめたいところだが、様子見が許されるほど柔な相手ではないのが厄介だ。

 大吾は再び全力で大地を蹴った。


 周囲の騎士たちからすればもはや次元のかけ離れた戦いに映っているに違いない。説明のつかない攻防が繰り広げられる。

 剣の煌めきが無数に起こり、それを仮面の化け物がその全てを三叉槍で弾き返している。

 


「……すげえ」



 騎士の内誰かが溢した。

 賛辞なら数多ある。だが眼前で繰り広げられる次元を超えた戦いぶりに、騎士は最も単純で素直な言葉を口にした。その周囲にいた者らも、それ以外の者たちもその言葉に同意するよう自然と頷く。



「チッ……。何がてめえの全速力より速いだよ! 全然くらってくれねえじゃねえか!」



 思いの丈を剣に込めてシグマに放つ。

 しかしそんな全力の一撃をも鼻で笑うかのように易々と受け止めてしまう。



「当たり前だろう。いくら速いといっても防げんわけじゃない。目では追えるし、身体も俺様の指示に何とかついていくんだからな。……とはいえ、流石に攻勢に出るまでとはいかんな。防ぐので手一杯になっちまうよ」


「出来ればずっと防戦一方でいてほしいぐらいなんだが」


「フハハハ! 分かるだろ? そいつぁ無理な話だ。強い奴と戦いたいという俺様の性は認めてやるが、一方的になぶられるのは好きじゃない。そろそろ反撃させてもらうぞ」



 シグマはそう言い放つと三叉槍を地面に突き刺した。

 ーーいや、突き刺すという表現が正しかったはずなのだが、それは地表で制止することなく地面へと音を立てて吸い込まれていく。否、地面を潜るようにその姿を消したのだ。

 咄嗟の事で一体何が起こったのかまるで理解できない。

 とはいえ一つだけ分かったことがある。今のシグマは開戦同様素手状態であるということ。

 鎧並みーーいや、それ以上に硬かった三叉槍で防がれなければ少しずつでも鎧を破壊していくことが可能だ。大吾は理解が追い付かない事象はすぐに無視して、シグマへと飛び掛かる。


 大剣の勢いを最大に活かすことの出来る何万回も続けた振り抜き。

 その見事な軌道が残像となって空に残り、シグマへと叩きつける。



「フフ。流石は……ッ」



 シグマは満足そうな声をらしながらその質量を両腕で受け止める。

 ピシッ、とまたシグマの手甲が小さな損傷音を鳴らすーーが、もはやシグマは意にも介さない。

 もし魔力で硬化していたのなら傷一つ残らなかったはずだ。されどそうでないということは魔力を温存しているのだろう。

 良く言えば大吾の最高の一撃に最も警戒を払っているということだ。

 大吾はそう考え、ならばこのまま鎧を叩き潰す勢いで連撃を放つ。


 だが突如として鳴り響く地揺れに足が取られてしまう。



「そら。避けてみろ」



 地震か? ーーと思ったのだが同時に違和感を覚える。

 まるで揺れが来るのが分かっていたかのように、シグマはバランスの崩れた大吾に向かって拳を放っていた。

 何とか腕だけを引き戻して剣を盾にするが、その衝撃はとても地面で支えきれるものではない。直撃の瞬間、大吾の体は真っすぐに吹き飛んでしまう。ヒューと射出されたかのように大吾の体は弾丸と化す。

 周囲を囲うようにしていた騎士たちが数十人がかりで大吾を受け止め、ようやくその勢いを殺すことに成功した。

 とはいえその衝撃を直に受けきった騎士達は、大小はあるが当然怪我を負ったが。大吾は壁となって自分を受け止めてくれた騎士たちに感謝と謝罪を残してすぐに立ち上がる。



「フフ。良く飛ぶ男だ。彼らがいなければどこまで飛んでいたか分からんなぁ」


「てんめぇ……。絶対ぶった切ってやる!」


「おお、怖い恐い。だがーー」



 再びシグマに向かって直進する。

 パッと残像を残すこともなくその速度を音速へと化す大吾だが、再度発生した不自然な強い地揺れにまたもや体を支え切れなくなってしまう。



「そら。もう一度いくぞ」



 姿を見せた大吾に下から拳が振り上げられる。

 何とか防御は間に合わせるが、その衝撃はやはり受け止めきれるものではない。腕が折れるかもしれないと感じる程の衝撃が大剣から伝わってくる。

 その痛みは表情にまで現れ、舌打ちできる余裕もなかった。

 ただでさえ高身長、筋肉質で甲冑に護られ軽くはないはずの大吾の体は、そこにかかる重力すら無視して真上へと吹き飛んでいく。



「が……ッ、!?」



 苦悶の声を地表に残し、ヒュンと上昇していく。


 

「そろそろ終わりだ。楽しかったぞ。鳳大吾」



 シグマは大吾を見上げながら感想を洩らす。

 その声は大吾にまで届いてはいないだろう。しかし聞こえていないはずの大吾だったが、シグマが何かしてくるであろうことは予測できた。

 すると大吾の視線の先で地面が小さく割れた。

 その時地上ではまたもや地揺れが起こっていたのだが、浮上したままの大吾にとっては知る由もないこと。ただ分かったのはソコから飛び出て来た物体の存在のみ。

 それは勢い良く大吾目掛けて飛んでくる。



「……冗談じゃねえぞ」



 成すすべない大吾は悪態だけ吐き捨てる。

 視線の先に映っているのはあの三叉槍。その切っ先であった。

 刻一刻と迫るその先端を目にしながら大吾はどう回避すべきか必死に考えを巡らすーーが、打開策が浮かばない。

 空中で身動きは取れないし、受けた衝撃も相まって両腕もまだ動かない。間違いなく死亡コースだ。



「悪いな。梓……」



 自身の死を目前に、大吾は笑みと言葉だけを残した。



「ーーだから貴様は馬鹿と言われるのだ」



 しかしそんな彼の最期だったはずの言葉は嘲笑という名の下に一蹴されてしまう。



「ハッ!」



 まさに寸前。

 大吾の肉体が貫かれようとしていたその直前、三叉槍は突如その進行方向を変えた。

 目前で起こった衝撃音に大吾は耳を傷める。

 そこでようやく何が起こったのか知る。



「……ったく。遅えよ、先生」



 涼しげな男の声。

 片手に持つ剣があの巨大な武器を弾き飛ばしたのだろう。どこにそんな膂力が備わっているのかと思う程に男の腕は細かった。 

 だがその腕、その声一つひとつに安心感を得てしまうのは仕方がないだろう。

 何せ大吾の命を救い『先生』と呼ばれた男は、松蔭玄武の一人息子である松蔭司なのだから。



「そんな口を叩けるならまだいけるな?」


「ハッ! 当然!」


「ならばいくぞ。互いに雪辱戦だ」



 落下しながら二人は笑う。



「ほう。ようやくお戻りになったか。ならばもう少し楽しめそうだな。ーー来い、【邪眼の三叉槍】」



 宙で弾かれたシグマの武器は、その声に応えるようにしてひとりでに軌道を変える。

 そして重力という法則をまるで無視して再びシグマの腕へと収まった。



「さてーー再戦といきたいところだが、降りてくるまで待ってやれるほど俺様はお人好しではないからなあ」



 そう呟くシグマだが、それと瓜二つの台詞を頭上でも行われていることに気づいていなかった。

 もう新しい戦いは始まっていたことに。

 空から降ってくる衝撃に、ようやくその事に気づいた。



「ーーヌッ!? ……こ、…………こいつぁさっきの……ッ!」



 肉体内に直接響く衝撃にシグマは膝をつく。

 先程大吾が放った≪竜の咆哮ゲブリュル・ドラッヘ≫だ。

 しかも以前受けた衝撃以上の負荷を感じる。それもそのはず。真上から降ってくる音という事象は抗う事など出来ず、更には司の模倣の精霊エピゴーネンの能力で大吾と二人同時にそれを放ったのだから。


  

「いくぜ、司先生!」


「もう先生ではないと言っているだろうが!」



 いつのまにか司は大吾の剣に両足をつけて剣を構えていた。

 直後、大吾は両腕を勢いよく振るう。当然剣に乗るーーといっても向きが逆だがーー形になっていた司の体は地表へと真っ逆さまに射出される。

 当然その行先は膝をついたままのシグマである。

 その隙を見逃すわけがない。

 大吾に代わって今度こそ決定的な一撃を入れるべく、司は剣を振り下ろした。


 しかしーー



「惜しかったな」



 シグマはそれに対応する。



「ーー【邪眼の束縛】!」



 上に掲げられた三叉槍に宿る瞳がギョロリと司を睨んだ。

 その瞬間、振り下ろそうとしたはずの司の腕が硬直した。



「なーーッ!?」



 腕だけではない。

 身動き一つ取れなくなってしまった司は完全なる無防備と化していた。 

 攻勢は未だにシグマの手にある。

 三叉槍を握っていない腕を、降ってくる司目掛けて思い切り降り抜く。



「ッーー≪風の盾ヴィント・シルト≫!」



 寸前のところでどうにか拳を直接受けることには免れるが、衝撃を完全に殺せたわけではない。

 司はそのまま殴られた方向へと飛びながら、何とか空中で体勢を立て直して着地に成功する。



「……動く?」



 そして自分の四肢を確かめるようにして呟いた。

 先ほどまでの金縛りが嘘のように感じられない。



「……原理は分からんがその武器によるものか」


「フフフ。御名答。流石は松蔭家のご子息殿。親父に似て炯眼も受け継がれたか」


「その程度、嫌でも理解するだろう。しかしこの私を前によそ見とは相変わらず良い度胸だ」



 空を見上げたままのシグマに向かってそう言い放つ。

 大吾を気にするということは、まだシグマの中で警戒すべき敵は大吾の方が上なのだろう。そう言われているように感じられ、少しばかり司は顔を顰める。

 確かに以前の戦いを振り返るとそう思われても仕方がないだろう。だがまあ侮られている内が華だ。

 敵が油断してくれるならば遠慮なくそこを突けばいい。司はそう切り替えてすぐに構える。


 しかしシグマの考えはまるで逆だった。

 


「いいや、その逆だ。松蔭司よ。ーー【邪眼の束縛】!」



 動こうとした司に三叉槍の瞳を向ける。

 ギョロと動く目に捉えられた司は、再び身動きすることが出来なくなってしまった。



「これは経験則だが、集団との戦い方は二種類ある。まずは最初に強い奴を圧し折って他の奴らの戦意を削いでやること。もう一つは弱い奴から順番に潰していく方法。当然効率の良い方は前者だが、この戦場で最も影響力のある男はお前でも奴でもない。そいつはこことは別の場所で戦っちまってるからその手段を取るのは面倒だ。勿論お前らを殺しても影響は大きいだろうがーーとなると弱ってきた奴から先に片づけちまうのがセオリーってやつだ。だから体力も魔力も消耗してきた大吾、お前さんから消させてもらうとしよう」



 シグマは大吾を見上げたままそう言い放ち、拳を握る。

 もうお遊びはない。

 降ってくる大吾を物理的に叩き割るのをイメージしながら姿勢を低くする。


 いかにも全力で殴りますよ、といわんばかりの体勢に大吾も「上等だ!」と笑う。

 さっきのシグマの台詞はあまり聞こえちゃいなかったが、それでも自分を本気で殺しにきていることだけは理解できた。

 ならば返り討ちにしてやるまでだ。

 大吾は残り少ない体力と魔力をこの一撃に注ぐ。


 先程、司が反撃をくらってしまったり、今も動けないでいるカラクリはおそらくあの武器によるものだろうと空中で予想できた。おそらくあの不気味な瞳を向けられたものは身動きは出来ないのだろう。そしてそれは無差別ではなく、おそらくシグマが標的に選んだ相手だけ。

 何度かあの巨大な瞳と視線を交わしたが、何一つ変化が無かったのがその証拠だ。

 となると、自分がここで死んでしまっては司は身動きできないまま散っていくことになる。

 それだけは何とか避けなければいけない。大吾は一瞬でそこまで行き着く。

 それと同時に司もその事実に行き着いた。



「……あまり私を嘗めるなよ」



 怒気を含んだ声で静かに落とす。

 身動きは確かに出来ないが、精霊術が使えることは確認済みだ。

 そしてあの瞳に睨まれている微動だに出来ないのであればーー。


 司は賭けに出る。



「白城梓。技を借りるぞ。≪暗き夜フィンスター・ナハト≫」



 そう唱えた司の姿が突如生まれた暗闇に包まれる。

 

 その瞬間に巨大な拳と大振りの刃が激突した。

 ビリビリと空気が痺れ動く。硬質な衝突音は風という衝撃をもって周囲の者らに響き渡る。



「やるじゃないか大吾! だがその程度じゃまだまだこの俺様には響かねえなあ!」



 シグマはもう片方の拳も握る。

 それが意味することは簡単に分かった。しかし止める術がない。


 

「チッ、くそったれが!」


「フハハハハハハハハ! そう悪態をつくな。最後の一撃にしちゃ正直落胆ものだが、腕を痺れさす程度には楽しめたぞ。だがーー」



 シグマはそのまま肘を押し下げる。



「これでしまいだ」


「ーー貴様がな」



 その声に振り抜こうとしたはずの拳が一瞬静止する。

 背後から寄せられた声は動けるはずもない司によるものだと理解したからだ。

 己の武器の能力に慢心しきっていたシグマだからこそ、その動揺は激しく承認しかねるものだった。


 だが己の背後を貫く一撃をもって、認めざるを得なくなる。


 ーー【戦技・牙突】


 【一刀両断】が全てを切り裂く技とするならば【牙突】は全てを貫く技。

 もし仮にシグマが鎧全体に魔力を流していたのならば通用しなかったかもしれない。その硬質な鎧に傷一つ入れる事敵わず、むしろ宛がった刃が砕け散っていた可能性すらある。


 しかし偶然とは酔狂なもの。

 シグマは拳の手甲部分しか強化していなかった為、他はそれ以上に硬くはなかった。

 シグマが大吾にだけ注意を向けていた為、背後の異変に気づかないでいた。

 シグマが己の武器を信頼しきっていた為、背後から来る強襲に対応することが出来なかった。


 いくつもの偶然ーーいや、必然ともいえるシグマの自信の表れによって、司の剣はシグマの背を貫いた。



「……な……に…………ッ!?」


 

 シグマは胴を貫く痛みに視線を下に向け、ようやくそこで己の状態を理解する。



「ーーあんたに響かねえのは当然さ。なんせ全力じゃ無かったからな!」



 またーー油断。

 シグマが招いたその一瞬は文字通り命取りに繋がる。


 大吾は今度こそ本当に残る魔力全てを注ぎ≪音速の剣闘士クラング・ケンプファー≫を発動すると、【一刀両断】をもってシグマの体を切り裂いた。



「ぬがああああああッ!?」



 逆袈裟の一撃。

 そのあまりの巨体を両断することは敵わなかったが、それでも確実な深手を負わせたことは確かだ。

 鎧の切れ目から噴き出すように鮮血が飛び散る。

 そしてシグマはそのまま崩れ落ちるようにして倒れた。

   

 ズシン、と大地に確かに響いた鈍音に、周囲にいた全ての者らが固唾をのむ。

 だが大吾、司の両者が天高く剣を掲げたことでその緊張が一気に解き放たれた。



「ーー俺らの勝利だ」


「ーー私たちの勝ちだ」



 戦争が終わったわけではない。

 しかしその確実な一歩を踏み出した事実に、騎士らは盛大な雄叫びを爆発させた。

 

 

  

 

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