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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第四章:思い出と初恋と緊張と
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第七話:戦争その弐

 玄武の初手で大打撃を受けた敵軍は、もはや立て直しが利かぬほど瓦解してしまっていた。



「随分とぬりいな」



 全くは歯ごたえの感じない戦場に、大吾の膨らんでいた期待が萎んでいく。

 彼に向けられた砲門は既に沈黙し、残る鉄砲も前線の精霊術部隊による防御術で完全に防がれている。現状、大吾が属する左翼に被害はほぼ皆無。

 初陣の緊張感が悪い形で解きほぐされていた。


 だがすぐにその気持ちを正すよう司による指摘が大吾をつつく。



「戦場を甘くみるな。何が起こるか分からない。少しの油断で命を落としかねんぞ」


「一応分かってるつもりですよ。ただ……こう呆然と遠目で見てても苦戦している様子もないし、全然身の危険を感じないっつーかーー」


「だから貴様は馬鹿と言われるのだ。確かにコチラ側は臼砲も即刻沈黙させているが、右翼に向けられた砲門は健在。今私達がこうして喋ってる間にも、何十、何百の味方の命が失っていると知れ」



 真剣に放たれている言葉の重みに、大吾は思わず唾を呑んだ。

 分かっているーーつもりだった。しかしいざ戦争が始まっていまだ剣一つ振るっていない優勢な状態が続くと緊張も続かない。

 大吾は改めて気を引き締める。



「……そりゃそうだ。司先生、ありがとよ。おかげで目が覚めたぜ」


「構わん。その為に私がついているのだから。それに左翼の戦いは精霊術で射撃を防御しながら徐々に距離を詰めてから戦う安全策。コチラ側で被害が見えてしまってはそもそも作戦失敗ということだ」



 この作戦は現状見事に上手くいっている。

 やはり玄武の精霊術によって左翼に向けられていた臼砲がほぼ壊滅したことが大きな要因だろう。

 いくら精霊術を行使できる人材が増えたとはいえ、下級精霊程度では炸裂する砲弾を相手に無傷でいるというのは難しい。しかし苦戦を免れぬはずの相手戦力が大幅に減少して攻撃の規模が小さくなったのならばその限りではない。

 甲冑をも貫く銃撃は何重にも展開される精霊術の前では通用しない。

 隊列を維持し、左翼は少しずつ敵兵との距離を詰めていく。


 その距離ーーあと僅か。



「よし。第一陣展開開始!」



 司が左翼全体に指示を飛ばす。

 それと同時に前線で防衛していた列は十人毎に間を開け始める。

 

 ザッ、ザッ、ザッ。

 

 統率の取れたその動きは一体どれほど訓練を積んできたのだろうか。銃撃の雨さえも意に介さず、あっという間に騎馬が突撃できる入口が完成した。


 突如姿を変えた前線に、セスバイア法王国の兵士らはざわめき始める。

 隙間なく横長で行進してきた敵が、突如更にその列に広がりをつくる。これが一体何を意味するものなのか。

 だがすぐにその理由に気づく。



「ーー第二陣突撃!」



 司の号令により、後方で控えていた騎馬が一斉に走り出した。

 空いた隙間は騎馬の通り道。

 ここまで接近してきた相手を全て銃弾で撃ち落とすのは流石に無理がある。それに気づいた兵らは慌てて剣を抜き始めるーーが、少し遅い。


 雪崩れ込んで来た騎士の剣に、次々と容赦なく屠られていく。

 作戦は見事に成功したのである。

 


「よし。このまま敵に体勢を立て直す猶予を与えることなく、一気に殲滅せよ!」



 白兵戦においてローランド聖騎士軍に敵う者なし。

 自他共に認めるその騎士の練度は正に最強の名を冠するに相応しいだろう。

 しかしそんな彼らでも発達した武器ーー銃の前では手も足も出ない。目にも映らぬ弾丸が強固な甲冑をも貫き、命まで奪っていく恐ろしさは前の戦いで十二分に実感した。

 

 だが今回は違う。


 腕も上げ、精霊術をも習得し、それを防ぐに至った。

 そして距離さえ詰めてしまえばもはや優劣は完全に覆る。

 

 引き金を引くのを諦め、剣を振るうも第一騎士団に所属する彼らに通用するはずもない。

 突撃が成ってからはほぼ一方的にその数を減らしていった。



「へっ! んな武器に頼ってる間は俺らには敵わねえよ!」



 大吾もその突撃部隊の前線で大剣を振るう。

 騎馬での戦いはまだまだ不慣れではあるが、それでも敵を寄せ付けることなく次々と撃ち果たしていく。

 


「さっきも言ったが油断するなよ」


「分かってるって。だけどここまでやっちまえば、コチラ側は完全にこっちの勝利じゃねえか?」



 大吾の言う通り流れは完全にローランド法王国側に傾いている。

 しかし司は頷かない。


 もともと分かってはいたことだ。流れを得たと思った瞬間に覆ってしまった前の戦場。

 何が起きるか分からないというのは司自身の経験則から出た言葉である。その原因となったのはたった一体の化け物の存在。

 

 細い眼が見据える先で、司は言った。



「……いや」


「ーーここからだ」



 司の言葉に続く様に、愉快に笑う声が紡がれる。


 その声はまだ遠い。

 だというのに二人の耳にはハッキリとその声が落ちて来た。

 ゾワリと背筋を奔る寒気に汗が流れる。

 

 幾千を超える命が入り混じるこの戦場で、ハッキリと見せる存在の気配。


 気配を感じた。


 視線を感じた。


 存在を感じた。


 殺気を感じた。


 何かを感じた。


 口ではとても説明がつかない感覚に、二人は強制的にその方向へと向けさせられてしまう。



「ーーよう。久しぶりだな。松蔭家のご子息殿」



 誰が放ったかはすぐに見分けがついた。

 戦場を勝手を知る庭の如く優雅に闊歩してくる山のような巨体。

 不気味な一つ目の仮面がジッと彼らを見下ろしていた。



「まさかわざわざコチラにまで出向いてくるとはな。セスバイア法王国の化け物め」


「フッフッフッ。否定はせんが中々言ってくれるじゃないか」


「……第一陣は対象・シグマを包囲! 第二陣は対象・シグマを無視して敵戦力を削ぎながら右翼へ移動!」



 司はシグマから一切目を離すことなくその場で指示を飛ばす。



「ん? オイオイ。この俺様を前にして戦力を減らすのか? 随分と甘く見られたものだ」


「…………」


「まあいい。一応俺様がわざわざここまで足を運んできたのは、お前さん達が目的だからな」


  

 シグマはそう言いながら、包囲されていくというのに意にも介さず司たちの前へとゆっくり進む。

 もう数歩で大吾らの目の前だ。

 奴は地上に足をつけている。にも関わらず騎乗の大吾らと比べても、やはり標高はシグマの方が上であった。

 話には聞いていたが、想像以上の図体に大吾も思わず唾を飲んでしまう。


 

「……『お前さんたち』ってもしかして俺も含まれてるのか?」



 頬に汗を垂らす。



「勿論だとも。お前さんは遠目からでも随分と目立っていたぞ。松蔭家当主殿と同じタイプの武器を振り回し、次々とコチラ側の戦力を削っていくのがな。見ていただけで興奮しちまったよ。ーー喰らい甲斐がありそうで」


「……ウチの大将すら倒したことがあるって聞いてたがーー納得だわ。あんたからはヤバイ気配がビンビン伝わってくる」



 武者震いーーとはまた違う。

 認めたくはないものの大吾は直感的に理解した。生存本能が告げている「逃げろ」という指令に。

 

 だが尻尾振って逃げれるわけもない。震えたくなる声を必死で抑えながら何とか返答する。

 大吾は第一騎士団の副官。そして隣にいるもう一人の副官も既に戦闘態勢に入っている。


 元々この化け物を何とかして、正門を突破せねば話にならないのだ。

 ならば今自分達の役目はーーと、大吾も剣を構える。



「フッフッフッ。結構結構。やる気は満々、気合も十分。覚悟もあるな。ならばそろそろおっぱじめようじゃないか。人間対化け物の戦いを」



 楽しそうな声が響く。

 数の上で圧倒的に不利なのは奴だというのに。

 しかしその場に立たされている者たちの見解はまるで逆だ。死地に立たされている。

 いや、戦争という舞台に立っている以上生死が付きまとうのは至極当然ではあるのだが、シグマを前にした時から生き残れる望みというのはとてもちっぽけに感じられた。

 

 それでも逃げ出そうとしないのは、事前に目の前の化け物に対する知識を共有していたことと、騎士としての誇りが精一杯支えているからだろう。

 それさえ無ければ本能に従って背を向けていたに違いない。シグマは自分を囲う騎士らの表情を満足そうに頷く。



「ではーーいくぞ」



 巨体が屈んだ。

 まるで今から突撃するぞといわんばかりの格好。そしてそれは正しかった。

 

 ボフッ、と砂塵が巻き起こったかと思えばシグマの姿が消失した。

 その姿を追えたものはその場でたった二人。副官である司と大吾のみ。それ以外はシグマの姿が掻き消えたところまでしか視界に映っていなかった。



「ぐーーァッ!?」


「ヌッーーッ!?」



 その直後に副官らの姿までもが視界から消えゆく。

 その代わりだと言わんばかりに、目の前には再びシグマの姿が出現していた。

 

 大吾と司が跨っていた馬がドサリと倒れる。

 首元から血が噴き出し、騎士らはその馬に視線を注目させた。



「だ、大吾殿……?」


「司様は……?」



 次々と視界の風景が変わっていく現状に、理解が追い付かない。


 

「今はこの坂道を転がり下ってるところだろうよ」



 疑問を口にした騎士の二人に直接視線が注がれる。


 

「まあ剣で一応防いではいたから死んではいないだろうが……あそこまで吹っ飛んだのならすぐ帰ってくるのは難しいだろうな。ーーそれでは化け物を刈り取ろうとつどいそ騎士の皆々様方。諸君らを指揮する者らがかえってくるまで存分に楽しもうじゃないか」



 そこでようやく騎士達は理解した。

 二人が目の前の化け物にふっ飛ばされたこと。

 その間自分達だけで化け物を足止めーーいや、己を全力で護らねばいけないことに。

 

 最初から勝てるなどという選択肢が浮かばない。

 騎士としてそんな臆病風に吹かれているのはどうかと思うが、誰一人叱咤することはないだろう。むしろ逃げ出さないだけ上々だ。

 だからといって誰かが褒めてくれるわけでも、この現状が打開するわけでもないのだが。


 シグマの巨体が再び屈む。

 

 ーーまただ。

 

 騎士らが一斉に剣を構える。


 だが身構えても目が、身体が反応しなければ何の意味もない。


 まばたき程の間に、騎士の一人が空の彼方へと飛んでいく。

 その直下には拳を天へと突きあげるシグマの姿。

 構えるだけでは駄目だ。奴が行動に出る前に攻撃せねばーー。


 恐怖心を己の意志一つで全力でねじ伏せながら、一斉にシグマ目掛けて剣を振るう。

 だがーー効果はない。


 シグマの拳が襲い掛かる騎士達に向かって、一人ひとり丁寧に振るわれていく。

 一撃一殺。

 その剛腕を受けた騎士は次々と絶命する。


 だが手を止めるわけにはいかない。

 自分たちに課せられた役目は目の前の化け物を相手に時間を稼ぎ、そして自分の身を護ることなのだから。

 矛盾していることは分かってはいる。

 だが何もせず屠られるよりも勇敢に戦って死ぬ方がずっと良い。



「フッフッフッ。死を前にしても剣を振るう。せめて己が戦った証をここにというわけか。見事だ。以前と比べて心構えが全く違う。男子三日会わざれば括目して見よーーなどと言うが、あながち嘘ではないな。これほど己の精神含め鍛え上げるまでどれほどの時間を費やしたのか……。お前たちが一生懸命に費やした苦労の成果を一瞬で奪うのは忍びないがーーいや、お前たちが全力だったからこそ俺様も全力で応えるべきなのだろう。叶うなら俺様に傷痕を残してみせてくれ!」



 シグマは謳いながら死を繰り出す。

 それはもう暴力というには生易しく、一方的な殺戮だった。

 剣も、精霊術も、戦技もーー何一つ通用しない。

 数の利で騎士の何人かはシグマの鎧に攻撃を当てるに成功するが、その鎧に一切の傷を負わせることが出来ない。

 それでも騎士は戦うことをやめない。

 何人もの味方の死を前に恐怖が麻痺してしまったのか、剣を振るい続ける。


 だが無駄だ。

 その程度では目の前に化け物に通用しない。そんな事はその場にいる全員が理解している。

 しかしこれしか出来ないのも理解していた。

 せめて願うは早く二人が戻ってくること。歯を食いしばりながら必死にそれを思う。


 そしてそれは騎士だけでなく、化け物自身も望んでいてーーようやくそれが叶う。


 シグマの肉体が初めてブレた。



「ヌゥ……ッ!?」



 己の肉体にはしる衝撃に、ギリギリ体幹を保つ。


 

「……ったく。よくもやってくれたな。早々にぶっ飛ばしやがって。ちぃとキレたぞ。この野郎」


「ほう。先に戻ってくるのはてっきり松蔭家のご子息殿と思っていたんだが……小僧のほうだったか」



 シグマは戻って来た大吾を見た後、衝撃を受けた己の鎧に視線を落とす。

 するとそこにはほんの僅かではあったが、極小の亀裂が生じていた。

 感心の声が漏れる。


 

「小さいとはいえこの鎧に傷を入れた人間はお前で二人目だ。例外を含むと三人だがーーまあいい。一応松蔭家のご子息殿でも敵わなかったんだがな。お前さん、名を何て言うんだ?」


「……小僧と言われるのはあの人らで十分だしな」



 大吾はそう小さく呟いた後、



「鳳大吾だ」


「男らしい良い名だな」


「っかっかっか! そりゃどうも。ま、俺がアンタをぶったおしてしまいだ。別に覚えてもらわなくても構わねえぜ?」


「クァッハッハッハッ! 言うじゃないか、鳳大吾。気に入った! ならばそう言うだけの実力をこの俺様に見せてくれ。化け物を打ち倒し、英雄の称号を賜わってみせろ!」






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