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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第四章:思い出と初恋と緊張と
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第六話:開戦前その肆

 開戦前夜、野営で広がるローランド法王国軍の天幕の中に一際目立つものがあった。

 当然その立派な天幕の中にいるのはここ一帯の騎士ら全員を統べる玄武のものだ。ランプの灯火がうっすらと中の様子を照らす。

 そこにいるのは当然その天幕の主である玄武。彼に呼び出された副官の司と大吾。そして黒い長方形の箱を背負った笠の女、合計四人だ。

 


「では作戦会議を始める」



 中央の大きな丸机の上にある地図に両手をついて玄武が切り出した。



栗原くりはら、まずは敵情視察の結果を」


「ウィッス!」



 栗原と呼ばれた女は笠の下で元気に返事をする。



「どうやら向こうさんもこっちにはお気づきみたいで、早速兵士の動員をし始めてるッス」


「コチラより先に仕掛けてくる可能性は?」


「いや。どうやらそれは無いみたいッスよ。なんかこっちに先手を譲ってくれるみたいッス」


「その根拠は?」


「まあ巫女姫さん本人がそう言ってたからってのもあるッスけど、敵さんの配置が迎え撃つ気満々の態勢なんスよ」



 栗原はそう言うと広げられた地図を順番に指さしながら説明していく。



「まず外壁上にある臼砲の数ッスね。百以上はあったと思うッス」


「臼砲?」


「前の戦争でセスバイア法王国が奇襲の際に使用した兵器のことッスよ。遠距離から一方的に攻撃出来て、投石器なんかよりもずっと殺傷能力が高く近世代的代物。……てか青年、仮にも第一騎士団の副官に大出世したんやし少しぐらい勉強した方がいいんちゃう?」


「うっせ! てか何でアンタがここにいんだよ? ただの商人のはずだろ」



 栗原の指摘に少し顔を赤らめる。すぐ傍にいた司も彼の教師だった手前、若干面目なさそうな感じが否めない。


 こんな大吾の台詞からも察せるように二人には面識があった。

 初めて出会ったのは精霊の舞闘会の時。それ以来の再開である。

 お互いに試合をした間柄。口調が互いに砕けているので親しい関係にも見えるが単純に二人の性格によるものである。



「まあ青年に限らず、今のお姉さんの立場知っとるんは三大騎士家の当主さんと法王様だけやしなぁ。あ、あと自分とこの隊員もか。あれ、これ言ってもいいんスか玄武さん?」



 栗原が確認を取るように玄武へと視線を向ける。すると無言のまま頷きーー許可を確認して、再び大吾へと向き直った。



「お姉さんな、実を言うと精霊の舞闘会終わってから第四騎士団の隊長やってるんスよ」


「…………は?」


「……なんやねんその反応。もっとお姉さんが望んだ反応してくれへんと」



 プスーと頬を膨らます。

 だがすぐに「まあいいッス」とそのまま話を続けた。



「んで今回お姉さんに課せられた任務はセスバイア法王国への侵入及び情報収集。因みに青年のお友達の愛ちゃんは別の場所でお仕事ッスよ」


「そういやアイツも第四騎士団の副官とか言ってたな。ーーてことはアイツの上司ってことかよ!?」


「まあそうなるッスね」


「……全然聞いてねえ」


「まあ一応口外禁止になってるッスからね」


「……二人ともそろそろーー」



 盛り上がる二人に放置されていた司がようやっと制止にかかる。

 そういえばまだ重要な報告の途中である。

 会議中というのに騒いでしまった大吾は少し罰が悪そうに大人しく引いた。


 

「いやあ、面目ない。えっと、どこまで話したッスかね……? あ、そうそう。敵さんの動きやね」



 再び地図に指さしながら先程の続きを語る。



「とにかく外壁上部には臼砲がびっしりと余すことなく並べられてるって感じッスね。前の戦争の時もかなり遠いとこから砲撃されちゃってたし、今回は高さの利も向こうが圧倒的有利だから早めに対処しとかんとエライ目に遭うやろね」


「フム……。それで他には?」



 栗原は次にセスバイア法王国の外に広がる地形を指さす。

  


「ほんでここらへん一帯やけど、銃を仰山ぎょうさん構えた兵士でいっぱいやわ」


「銃か……。厄介だな」



 苦い経験が司の表情を曇らせる。

 司も銃の威力を前の戦いで思い知った一人。

 甲冑をも貫く武器にとっては熟達した剣をもってさえしても赤子相手に等しい。単純に武器の性能が騎士の実力を上回っているのだ。司も教え子によって放たれた弾丸によって負傷してしまった経験がある。

 騎士一人を成長させる為に一体どれほどの時間と労力が必要になってくるのやら。それをあざ笑うかのような銃という武器を司は嫌悪する。

 だがそんな銃の威力を知らぬ無知な者は、気まずそうにしながらも口を開く。



「……悪い。その『銃』ってのは?」



 彼以外の三人が呆れた顔を再び浮かべる。



「……青年、ほんま歴史勉強しいや」


「うっせ! 知らねえもんはしゃあねえだろ!」


「まあいいッス。お姉さん丁度持ってるし、実際に見せてあげるッスよ」



 栗原は背負っていた箱を下ろしてソレを取り出した。


 

「……ん? 私が知っているものよりも随分と小さいな」



 司は記憶していた形状よりも随分と小型になっている銃を見て声を漏らした。

 彼の頭にある銃はもっと銃身が長く、両手で構えて撃つような形状だったはず。しかし彼女が手にしているのは片手でも発砲できそうな代物だ。

 しかしそれもその筈だと栗原は言う。



「だってこれは前の戦争で使われていた物を拝借してお姉さんが改造した物ッスからね」



 悪びれもなくそんな事を告白する。

 その頃はまだ彼女は一介の商人という立場にあったはず。ということは横領罪と取られても仕方がないのだがーーその場の最高責任者は沈黙を決め込んだ。

 玄武が何も言わないのなら司も突っ込むことはないと無言を決める。


 

「とはいっても威力は元々の方が高いッスね。やっぱ銃身の長さも関係してるんスかね~? でも連射性能は圧倒的に向上したし、これはこれで良作なんスよ」



 キラキラと瞳を輝かせながら自慢を続ける。

 しかし大吾にとってはそんなことどうでもいい。要はどんな武器なのかを知れればそれで良かった。



「んで、そのチンケな武器がどんだけ厄介なんだ?」


「ほほう。青年、怖いモノ知らずってのは時に無謀であり、馬鹿と呼ばれても仕方がないッスよ」


「っかっかっか! そんな事言われ慣れてらぁ」


「まあいいッス。んじゃ、少しだけこの武器の恐ろしさを見せてやるッスよ。司さん、何か的になる物用意してくれないッスか?」



 ここは仮とはいえ玄武の天幕。

 その辺にある物に向けて適当にぶっぱなす訳にもいかない為、司は内心で溜め息をつきながら精霊術を唱える。



「……≪岩塊フェルス≫」



 司の掌に拳程度の石が出現する。

 いつもより小さめなのは魔力量を調整しているからであろう。敵に向けて行使するわけでもないのでこれぐらいで丁度良い。

 栗原は司にお礼しながら片手で銃を構える。



「んじゃ、いくッスよ~」



 ーー引き金を引いた。

 

 すぐ傍にいた大吾の耳がキンと痛む。

 感じる事が出来たのはその耳の痛み、一瞬で砕けてしまった石の残骸。火薬の臭いだけであった。


 

「どうッスか?」



 呆ける大吾をドヤ! と笑みを含む栗原の顔が向けられる。

 すると大吾はいきなり大声を出した。



「あー!」


「なな、なんや?」


「思い出したわ。俺銃の事知ってたぜ。セスバイア法王国が使ってたやつってもっと長かったよな、確か?」


「いや、せやからそう言ってたやない」


「悪い悪い。一度相対したことあったから形状は知ってたけど名前までは知らなくってよ」



 セスバイア法王国へ迷宮を彷徨う牛悪魔ミノタウロスと共に乗り込んだ時の記憶をようやっと呼び覚ます。



「そっかそっか。あれが銃っていうやつか。……ん? 待てよ。これがいっぱいあるってーーやばくねえか?」


「だからそれを今相談しているのだろうが」


「青年……底なしの阿呆やな」


「うるせえよ! ほっとけ!」


「……栗原、続きを」


「ほい。了解ッス」



 冷静に進行役となる玄武が促して、再び会議が再開される。   


 

「まあ数自体はコッチよりも少なく、今確認出来てるだけで七千ぐらいってとこッスかね。とはいってもその全員が銃持ち何で無闇に特攻というわけにはいかないッス」


「完全に俺らを近づける気がねえな」


「銃に臼砲。精霊術で応戦するしかないな」


「だな。でもこっちも精霊術使える奴が大分増えたんだ。そんな武器にだって対抗出来るんじゃねえのか?」


「確かに苦戦はするだろうけど何とかは出来るかもしれないッスね。でも仮に何とかしたとしてもそっから問題は山積みなんスよ」



 ここで栗原はようやく楽観的な態度を完全に消し去ってしまう。

 一体どういうことなのだろうか。

 陰に俯く栗原の表情を見ながら男勢が言葉を待つ。大吾だけは別だったが。



「どういうことだ?」


「地図を見れば分かる通り、セスバイア法王国は前方が外壁で完全に囲まれているッス。そして後方は海沿いの山々。つまり乗り込むためには正面にある門を突破する必要があるんスよ」


「なら正面突破すりゃいいじゃねえの?」


「その正面突破が問題なんスよ」


「何で?」


「正面にはあのシグマっていう化け物が仁王立ちして待ち構えるっぽいんスよね……」


「……『シグマ』? 誰だそりゃ?」



 そう言われても大吾はピンと来ずに頭を傾ける。

 だがその名を耳にした他の二人は別だ。ピクッと眉が反応した。こういうところは親子だと分かる。



「司先生は知ってるのか?」


「……ああ。知っている。前の戦争で俺が手も足も出なかった化け物だ」



 忌々しそうに語られる言葉の節々からは、彼の悔しさが読み取れる。

 歯痒そうに拳を握りしめながら地図をジッと睨む。

 そんな想いは司だけではない。彼の父もまた同じであった。



「ついでにいえばこの私や獏党二人がかりでもな」



 司ほど露骨に表情や言葉には感情を乗せてはいないが、心の内に留める想いは玄武とて全く同じものである。



「オイオイ、まじかよ……」



 普段冗談など言わぬ男から発せられた言葉。正直冗談だと信じたいと思ったが、彼という人物像がそれを否定してしまう。

 うっすらと頬に流れる汗が少しばかり大吾の肝を冷やした。

 だがまだ序の口だ。

 山積みの問題とやらを栗原が次々と説明していく。



「それだけじゃないッス。以前の戦争では向こうさん、細やかな作戦なんて一切無かったッスけど、今回はどうやら全軍を率いる指揮官がいるっぽいんスよ」


「……なあ。俺が馬鹿だから常識を知らねえだけかもしんねえけどよ、普通戦争って指揮官がいるもんじゃねえの?」


「いや、お前の考えは正しい。普通はそうだ。だが前の戦争で奴らには指揮官ーーいや、指揮官はいたんだろうが、指揮という指揮は一切執られていなかった。だからこそ私達よりも上回る武器を前に善戦することが出来たと言ってもいいだろう」


「もしも有能な指揮官がいりゃそうじゃなかったってことか。とするとやばくねえか?」


「だ・か・ら! そう言ってるんじゃないッスか」


「栗原よ。その指揮官とやらはどんな奴か分かるか?」


「結構若い青年って感じッスね。とはいっても青年ほどじゃないけど……そうッスね。司さんの歳ぐらいに見えたッス」


「何者か分かるか?」


「いや~流石にそこまでは……。でもあそこにいた人だし、厄介な相手であることに違いはないッスよ。名前は確かーーグラムって呼ばれてたッスね」



(……ん? 『グラム』? どっかで聞いたような……)



「どうかしたッスか?」


「いや、何でもねえ。続けてくれ」



 喉に何か詰まっているかのようなもどかしい気持ちが、ほんのりと大吾のもやもやした記憶を蝕む。

 だがすぐに思い出せないような事ならば今必要ではないだろう。



「んで途中からそのグラムっていう人物の後輩とかいう人が援軍に来るらしいッス。名前も顔も言ってなかったから何者かは分からないッスけど、前線に出すってことはかなり実力のある人物っぽいッスよ」


「戦力が増強されたのはコチラだけではないということか。それで肝心の大将はどう出てくる?」


「巫女姫さんの事ッスね。何か聞いている感じ法王の塔で待機するらしいッスよ」


「それはーー運が良いと言うべきか、言わぬべきか……」



 何か思う事があるようだ。

 玄武が意味深に呟く。


 

「その巫女姫さんっていう奴の話は覚えてるぜ。たしか複数の上級精霊と契約しているっつー人だろ?」



 昨今の常識ではあるが、一生の内に下級精霊以上の精霊と契約を交わすことの出来る人間は少ない。

 百人に一人もいなくても可笑しくない話だ。

 当然精霊の階級が上がればよりその数は少ない。下級精霊よりも中級精霊、中級精霊よりも上級精霊ーーといった具合に契約者の数は右下がりとなる。

 

 複数の精霊と契約を成した人間などより稀少だ。

 ローランド法王国内だけでいえばたった一人だけしかいない。というよりこの一人がいなくても可笑しい話ではないのだ。

 それだけの一般常識を並べてみれば、巫女姫ーープラムエルがどれほど異例の人物かが浮き出てくる。



「左様。私が確認する限りは三体の上級精霊と契約を交わしている」


「それはまた……すげえな。よく敗北しなかったッスね」


「いいや。私達は完膚無きまでに敗北したさ。奴を撃退したのは白城だ」


「クラウンさんが……。どんだけ強いんだよ、あの人……」


「しかしクラウン殿はクルメア法王国へ赴く為、今回の戦争には参加できない。そして静香殿も万が一に備えてローランド法王国で待機されている」


「てこたあーーその化け物共相手に第一騎士団だけでどう戦って勝利を収めるか……か」



 論点がようやくそこに行き着く。

 絶望的な現状を打破する為の作戦がその言葉を合図に始まった。


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