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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第四章:思い出と初恋と緊張と
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第六話:開戦前その壱

「暇暇暇。ちょーヒマ!」



 身丈に合わぬ大きな玉座の上でプラムエルはパタパタと足をもてあそばせる。

 体を捻ってみたり、天井を見上げてみたり、頬杖をついたりーー言葉通り暇を持て余している様子であった。



「らしくもなく一か月なんて猶予をつけるからだな」



 そんなご主人様を呆れた顔ーー仮面をつけているので実際には分からないがーーで見守る一人の男が相槌をうつ。

 仮面の中で曇った呆れ口調は低く大きく、そして豪快だ。

 男の体躯はその声に見合うだけ巨躯である。玉座に座る少女の何倍もある背丈に、少女の胴回りはありそうな太い腕。魁傑という言葉はこの男の為に存在するのだろう。

 輪郭をなぞる様にして生えそろった髪はまるで獅子のようである。


 玉座に座るプラムエルよりもずっと高い位置から主人を見下ろすこの男の名はシグマ。

 数か月前の戦争で法王守護騎士シュプリンガー隊長の陣内喇叭らっぱを討ち取り、三大騎士家である松蔭司、松蔭玄武、獏党静香の三名を相手に圧倒的力の差を見せつけた化け物だ。

 そしてその正体はプラムエルが召喚、そして契約した単眼の悪魔キュクロプスと呼ばれる悪魔である。

 

 自分の配下ともいえる存在からの呆れ声に、プラムエルは頬を膨らます。



「だって~折角練りに練った計画なんだもん。慌てふためく向こうさんの様子が見たいじゃん?」


「前回も十分驚かせたとは思うが……」



 シグマが言っているのは突然の宣戦布告、そして開戦日の虚偽のことだろう。

 確かにそれによりローランド法王国内では大騒ぎとなっていた。

 しかしそれだけでは物足りなかったのだろう。プラムエルはブンブンと顔を振る。



「あんなのじゃ駄目。もっともっと混乱させて、驚かせて、そんでもって勝利しないと!」



 爛々と瞳を輝かせながらその瞬間を夢見る。

 外見もそうだか、子どものようにはしゃぐその姿は一国の主とは思えぬほど幼い。他国の人間が見ると間違いなく言葉を失うだろう。

 だがそんな天真爛漫な彼女の傍に長い時間付き従って来た悪魔はその性格に慣れていた。

 それでもやれやれと呆れは感じるものの、言葉を失う程じゃない。少女を窘めるように提案する。



「だったらご主人様の力を使って、単身向こうさんの本陣に乗り込めばいいんじゃないか? それだけで我が麗しのご主人様の願いは全て叶うだろうに」


「シグマってば全然駄目。そんなんじゃ物語がないじゃん」


「フハハハハハ! 物語ときたか。流石は俺様のご主人様。我儘に限度ってもんがない」


「……それってけなしてる? 褒めてくれてる?」


「無論後者だとも。面白い主人をもって悪魔冥利に尽きるってもんだ」



 シグマは満足気にそう答える。


 

「ならいいけど。ちなみにグラムはどう思う?」



 プラムエルはシグマから視線を外し、もう片側に立つ金髪の青年に声をかけた。

 影のかかった紅碧の瞳と金色の髪。

 嫌でも目立つその風貌とは一転して、グラムと呼ばれた青年は落ち着いた口調で返事をする。



「……『どう思う』とは?」


「だーかーらー。今回の作戦についてどう思うかっていう話」


「私は姫様に従う人形として創られた身。姫様が願う通りの想いを宿しましょう」


「あーもう! グラムってば折角直ったっていうのに頭は固いまんま! つまんない!」



 期待はしていなかったが、予想通りの反応に少しご立腹のプラムエルは顔を背ける。


 

「そう言わんでくれ。我儘の申し子たるご主人様よ。性格ばかりは創造のしようがねえんだわ」


「まあ知ってるけど~。少し前にシグマが創った自動人形オートマトン。あっちは超表情豊かじゃん。あれ見ると何か納得いかないんだけど」


「確かにあの性格には創った俺様も驚きだったがな」


「ちなみにあの子は今どこにいるの?」


「今んとこやることないから魔力補給室で待機中だな」


「じゃあ暇だし連れてきてよ。お喋り相手に」


「やれやれ。あれはお嬢様のお話相手に創ったわけじゃないんだがな」


「でも私の暇つぶしの為に創ったってのに変わりないでしょ?」


「……モノは言いようだな」



 肩で溜め息をつきながらも、シグマは主人の命ずる通りに移動を開始しようとする。

 その時だ。

 彼らの正面に大きく構えていた扉が、勢いよく音を立てて開かれた。


 当然三者の視線はそこへとすぐに行き着く。

 扉を開けたのはセスバイア法王国の兵士であった。

 

 男は一度に三者独特の濃い視線を浴びて一瞬怯むものの、唾一つ飲み込みこんで大声で叫ぶ。



「急報につき無礼をお許しください!」



 入口のすぐ傍で立ち止まった男は、息を切らしながら開口一番でそう告げた。

 礼儀作法などとは縁遠いプラムエルは特にそれを咎めることはなく、身振りで彼に続けさせる。


 

「ローランド法王国の軍勢がコチラに進軍してくるのを確認いたしました! その報告に参った次第でございます!」


「………………ん?」



 一瞬彼が何を言っているのか理解出来なかったプラムエルは、言葉が思わず漏れてしまう。

 だがすぐにその言葉の意味を理解すると、満開の笑みを浮かべながら玉座を下りて兵士に近づいた。



「ね、ね、ね! それって本当?」



 彼よりもずっと低い場所から顔を覗く様にして少女は顔を近づける。



「は、はい! 間違いございません! およそ万を超える軍が移動しているのを確認いたしました!」


「へぇ~。そっかそっかー!」



 開戦はまだずっと先。

 にも関わらず、突如迫り来た軍勢を前に嬉しそうな表情を浮かべる少女の様子は普通じゃない。普通は応戦する為の準備を急く必要があるから慌てふためくはずだ。

 しかし予想と違った法王の様子を兵士は疑問に思う。勿論それを言葉にはしないが。


 

「りょーかい。報告ありがとね! じゃあ後で指示出すし、少し外で待機しといて」


「ーーえ? あ、はい!」



 満足そうに微笑む法王の命に戸惑いながらも、彼は指示通り扉の外へと出て行った。

 今度は静かに閉まる扉をゆっくりと見届ける。

 再び三人だけとなった空間となり三秒。無音と化した一室でプラムエルの笑いは爆発した。



「アハハハハハハ!」



 少女の声は遥か高い場所にある天井にまで届き一帯に響かせる。

 気持ちよい笑い声に、シグマも思わず仮面の下で笑みを浮かべながらプラムエルに語り掛けた。



「随分と嬉しそうじゃないか。これはご主人様の物語シナリオ通りではないんじゃないのか?」


「そうだね。確かにその通り! でも物語には予想外の事態ハプニングがつきもの! こーいうのも面白いじゃん!」


「やれやれ。戦の準備を急かされているのはコチラ側というのに随分と他人事じゃないか」


「そんなことないよ? ただ余裕があるだけ。まあ懸念すべき点はあるといえばあるけど、今回は多分心配ないからね」


「まあ確かに。そこがご主人様の筋書き通りであれば進軍してきてる中に奴はいないだろうからな」


「そーいうこと。あとは有象無象の雑魚ばっかだし、少し遊んだらサクッと終わらせて悲報を届けてあげちゃえばオッケー!」


「さて。ではどうする? 早速動くのか?」


「んー? いやいや。まだ始まってもいないんだから少しだけ待ってあげよう。折角向こうさんから時間短縮してくれたんだし、そのお礼ってことで」


「つまり先手を譲るってことか?」


「そーいうこと」


「やれやれ。自由に生きる我がご主人様とはいえ、お前さんに付き従う国民は苦労が絶えんだろうな」


「えー? そんなことないよね~グラム?」


「……………………」


「ちょ、そこは何とか答えなさいよ!」


「フハハハハハ! 多数決は成ったようだな。我儘姫よ」


「む~。何か納得いかないけど、気分いいしーーまあいっか。じゃあ取りあえずアタシたちも外の様子でも見てみよっか!」



 数分前までの怠惰の表情から一転、イキイキと輝くプラムエルは軽い足取りで窓へと向かっていった。



  

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