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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第四章:思い出と初恋と緊張と
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第五話:愛さんのお仕事その伍

 愛の目的はクルメア法王との密会。偶然にもそれは叶ったと言ってしまっても良いのかもしれないが、こんな偶発的に起こるとは予想もしていない。

 心の準備なく彼と出会ってしまった愛はどうアクションを取るべきか必死に模索する。

 

 気絶している二人を置いて取り残された二人は、一言も発することなく互いを観察しあう。

 だがそれは数秒にも満たない僅かな時間。

 その均衡を先に破ったのはクルメア法王であった。 



「……また迷子か?」



 愛を見ながらポツリと呟く。

 独り言ーーにしては喋り口調。瞳も正面に向けられている。

 しかし『また』という発言から察するに、ここに来るまでに迷子の子どもでもいたのだろう。おそらく自分も迷子に間違えられてしまっているのかもしれない。



(これでも成長したつもりなんだけどな~)



 まだまだ発育途上の自分の体を見下ろして少しばかり落ち込んだ。

 少なくとも親友たる梓よりはずっと年上っぽく見られるはず。無論そんなことは彼女の目の前で発言することは出来ないが、心の中でそう思ってしまう自分がいるのも確かであった。

 しかし迷子と間違えられている現状、五十歩百歩ということだ。まだまだ子どもな自身の体つきに溜め息を吐く。


 しかしだとするなら彼の言葉はやはり独り言なのだろう。

 だがそれは彼と接することのできる好機でもある。愛はクルメア法王の独り言に返答する。



「いえ。私はすぐそこの宿で寝泊まりしている者です」



 そう言いながら自分が飛び出した窓を指さした。

 あかりが灯っていない部屋の窓は外へと開かれ、レース状のカーテンが夜風にパタパタとなびいている。



「あそこで眠っていたのですが、外から彼女たちの悲鳴が聞こえて来たので飛び出してきただけです」



 だから迷子ではありませんよ、と最後に付け加える。


 

「……そうか。失礼した」



 クルメア法王は目を伏せて謝罪の言葉を述べる。

 そして更に礼の言葉も並べた。



「そして感謝もさせてもらおう。我が国の国民が世話になった・・・・・・


「……え?」



 悠然として放たれるクルメア法王の言葉に愛はすぐに違和感を覚える。


 

(待って。この人……今何て言った?)



 愛はその言葉を頭の中で復唱する。

 明らかに何か引っかかる言い回し。『世話になった』ーーまるで愛がこの国の人間ではないことを知っているかのようなーー。



「何をそんなに驚いている? もしやバレていないとでも思っていたのか?」



 愛の不安を読んだかのように青年の言葉は彼女を更に追いつめる。



(一体何を知っているの? いや、その言葉がブラフという可能性も……。この国への潜入は完璧だったはず)



 クルメア法王の言葉に動揺しながらも何とか表面上を取り繕う。そして自分の中の最適解を導き出す。



「……私が旅人だってどうして分かったんですか?」


「『旅人』……?」


「あ、そうか。宿屋に泊まっていれば嫌でも分かっちゃいますよね?」


「……成程。あくまで白を切るつもりか。確かにお前の行動は正しい。だが俺の前でそのような嘘は通用せん。ローランド法王国の女・・・・・・・・・・よ」



(ーーッ!? 本当にばれてるじゃん!?)



 愛はクルメア法王から距離を取り鞘に納めた短剣を再び取り出す。

 頭の中が混乱していた。

 

 何でこうも容易く正体を看破されてしまったのか。

 当初の計画が大きく狂ってしまったのでどう対処すべきか。

 

 様々な思考が愛の脳内を混沌へ誘う。

 だがすぐに頭の中が冷静になる。自分を混乱させた張本人によって。



「落ち着け。この場でどうこうするつもりはない。一応コチラの国民を救ってくれたのだからな」



 クルメア法王は倒れている女性二人に目をやる。

 気づけば暴漢らを相手取った時のような重圧は全くないではないか。

 愛は思考をクリーンにしながらゆっくりと構えを解いた。



「……愛さんが来なくたって貴方だけで救出してたんじゃないですか?」


「さあな。だが残念ながら俺は遅かった。もしかするとその僅かな時間で彼女らに危害が加えられた可能性もある。そしてその可能性を完全に否定したのは間違いなくお前の功績だ」



 青年は事実だけを淡々と述べながら倒れている二人へと近づく。



「だから今回はその礼として見逃してやろう。とっととこの国を去るがいい」



 もはや敵国の人間である愛を見向きもせず、気絶した女性の一人を抱きかかえる。

 本当に言葉通り見逃してくれるつもりなのだろう。

 間違いなく彼は自分よりも強い。愛は彼の戦いぶりを見て悔しくもそれを認めている。ここで引けば自分の命は救われたも同然だ。


 だがそんなこと出来るはずもない。

 自分の役目がどれほど重要か理解している。このままおめおめと逃げ帰ってしまえばもう騎士として祖国に顔向け出来ない。



「いいえ。それは出来ません」


 

 愛はクルメア法王の背に向かってキッパリと断った。



「……ほう?」



 クルメア法王は少しだけ首を後方へと向けると、片目だけで愛を見据える。

 その瞳には殺気にも似た威圧的な光が籠っていた。


 愛は全身が震え縮まりそうになるのを必死に抑えながら、グッと睨み返す。



「私にも役目があります。貴方が我が国の三大騎士家の一つ、白城家当主に言及追及している内容が事実であるかどうかの確認の為にも」


「それはつまりーーこの俺が嘘を並べているとでも言いたいのか?」



 一層青年の眼光が増す。だがここで動じるわけにもいかない。

 愛もまた歯を食いしばって自分の中の勇気を絞り出しながら続けた。



「個人的ながらその可能性もあると愚考し、貴方と対話の機会を設けたいと存じます」


「人さまの国に勝手に・・・侵入した挙句、その国の頂点に向かって対話したいだと?」



 どうやってかは知らないが不法侵入している事実もばれてしまっている。

 ブラフという可能性もあるがーーそれでも愛は否定することなく頷いた。



「はい」



 夜の静寂が嫌というほど愛の周囲に纏わりつく。

 そういえばあれほど悲鳴や物音をたてたというのに他に人が現れる様子もない。偶然なのだろうか。

 などと愛が考えていると、暴漢を連れて行ったはずのフードの二人が帰って来た。


 これで逃げることはもう出来ないだろう。彼らの動きも見ていたが二人も相当な実力者であるのに違いない。隊長にもらった秘密道具を使っても逃亡できる可能性は極小だ。

 追い詰められている事実だけが彼女の心拍をどんどん早めていく。



「……クッ、クク。クァーハッハッハッ!」



 愛の心拍数が最高潮へと達した瞬間だった。

 クルメア法王が突如大声で笑い出したのだ。それも気分良さそうに。


 一寸先も見えぬ緊張でかたまっていた愛は、訳も分からぬまま更に固まってしまう。



「ーーお前たち。この女二人を安全な場所に運んでおけ」


「「承知!」」



 ひとしきり笑い終えたクルメア法王はそう指示すると、抱えていた女性をフードの一人に渡した。

 もう片方のフードも転がっていた女性を抱えてすぐにその場から立ち去っていく。



「……臆病…………はずの……………………なったものだ」



 そして何やらブツブツと呟くと、再びクルメア法王は愛の方へと振り返った。



「ーーいいだろう。ならば望み通り対話の機会をくれてやろう。ついてくるがいい」



 彼はそれだけ言うとスタスタと歩き出す。



「……へ? あ、はい」



 何が彼の機嫌を取りってくれたのかは全く理解出来ない。だが運よく拾ったこの機会、見逃すわけにはいかない。

 無論罠である可能性も否定出来ないが、罠などなくとも彼の力をもってさえすれば容易く彼女を捕らえることもできるだろう。それだけは理解できる。

 色々と分からぬことは多いが、取りあえずの疑問は残しながらも愛はその背を黙ってついていくことにした。 




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