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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第一章:初めての父親
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第九話:愛称

「お見事ですわ」



 静香は拍手を重ねながら、どこかうやうやしくクラウンへと歩み寄ってくる。

 そのかぼそのどから出る声は低く掠れており、三大騎士家当主としてははかなげさを禁じ得ない。彼女の目元のくまがそう感じさせるのだろうか。

 また、一歩ずつ近づいてくる度に胸当に抑えられた乳房ちぶさが大きく揺れているのではと妄想させ、彼女の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに全ての異性が目を引くことだろう。


 しかし悪魔であるクラウンにとってはーーそもそも人間の女性に対してそういった感情を持つことさえ不明ではあるがーー変わらずやる気なさそうに「どうも~」と一声で返すだけだった。

 それがより彼女の好奇心を刺激する。



「お初に、白城様。いえクラウン様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「構わないよ」


「ありがとうございます。わたくしは獏党家の現当主、静香と申します。私のこともどうぞ静香とお呼びください」



 今の甲冑姿でさえなければ多くの男性を魅了したであろう、静香はゆったりとお辞儀をする。



「うん。よろしく」



 それに対してもクラウンは淡泊たんぱくな様子を絶やさない。



「しかしクラウン様。喇叭らっぱ様の最後の戦技を防いだ技は精霊術でしょうか?」


「あー、うん。そうだね。風の精霊術だよ」



 否、正しくは魔術である。

 森羅万象しんらばんしょう、存在する全てのモノには魔力という体力とは別のエネルギーを保有している。

 人外の悪魔や精霊などには、魔力を自由にコントロールし体外に放出する能力を生まれつきに備えているので、イメージを具象化させ自然のことわりを曲げた力を行使することを可能とする。

これを魔法と称す。


 ただし人間には体内に蓄積する魔力を自在にコントロールするすべがないので、代わりに精霊に譲渡じょうとすることによって精霊にイメージを伝達し魔法を発動させることを可能にしたのだ。

 これを精霊術と呼んでいる。


 根本では同じモノだが、直接魔力を利用し放出できる魔術と精霊という仲介を経なければ行使できない精霊術とでは、利便性に大きな差がある。

 当然、先に挙げた方が有用性に富んでいてそれが出来るのは人間以外の存在となる。

 それを見分けることは魔力を目視できる悪魔や精霊でなければ不可能なので、人の親の身である以上、悪魔であることを秘匿ひとくする必要のあるクラウンは二つ返事で肯定した。



「そうですか……。しかし見事ですね。喇叭らっぱ様の戦技【牙突がとつ】は私達でも正面から防ぐことができない必殺の技なのですが……。よほど保有している魔力量が膨大なのですね」



 精霊術は利用する魔力量に応じてその硬度・威力・規模を変動させることができる。無論限界はあるが。

 静香はクラウンの精霊術を膨大な魔力で強固にしたのだと勝手に納得し頷いた。



「獏党。法王様の御前である。世間話は二の次にせよ」


「あら。失礼致しました玄武様。それではまた次の機会に」



 玄武の一声で、謁見の場としての空気が舞い戻ってきた。

 静香は軽く会釈をすると、おそらく元立っていた位置に寸分違すんぶんたがわず立ち戻る。

 それに合わせて法王守護騎士シュプリンガーの面々もクラウンを挟む形で、あるべき様子に立ち返る。

 周囲の緊張感を取り戻した様子を確認した玄武は、改めてクラウンに問いかけた。



「まずは白城よ。疑ったことを詫びよう。しかし貴様は、いわば白城に婿むこ入りしたにすぎん種馬だ。その出生は英雄と称された白城しらぎかえで殿をはじめ、我々や法王様でさえ知らぬ。知っているのは亡き白城しらぎ篠葉しのはのみ。そんな不確かな存在であった貴様が今まで何をしていたのかそんなことに興味はないが、今更白城家当主を名乗り出て、法王様に謁見を求めるなど一体どういうつもりだ?」



 形だけの謝罪を終えた玄武は、その鋭い眼光で怒りをあらわにしながらとがめるような視線をぶつける。毒を浴びせられているクラウンは、「確かにそれは耳が痛い」と肩で息をつく素振りを見せた。

 そして視線を玄武から法王へと変えると、サッとその青年の前にひざまずく。


 その動きにその場にいた全てがその一瞬の動きに目を奪われてしまう。

 洗練されたように片膝をつく姿は実に美しく、先ほどまで無礼を羽織ったかのような言動を繰り返していた男が今ではとても慇懃いんぎんとした雰囲気をまとっている。

 罵詈雑言ばりぞうごんを叩きつけていた玄武でさえ、不覚にも一瞬言葉をなくしてしまう。

 たった一つの動作でその場の空気を掌握しょうあくしたクラウンは、皆が注目する中改めて法王を見据えた。



「法王様。まずは長らく姿を隠していたこと、白城家当主としての任を放置していたことをお許しください」


「え、えっと……はい。大丈夫、です」



 事が蚊帳かやの外でどんどん過ぎ行く中、心の準備が出来ていなかった青年はしどろもどろと答えた。



「ありがとうございます。そして、私が今回恥を忍んでここに帰還したのは、改めてこのローランド法王国に忠誠を捧げるためでございます」



 その言葉に一瞬時間が膠着こうちゃくしたかのように思えたが、先ほどの戦いぶりを見てほとんどの騎士が国力の底上げだと喜びを見せた。



「よ、良かった~。白城家が力を取り戻すということは、このローランド法王国の力も増大するに等しい。私としては願ってもないことです」



 空気が静寂の緊張状態から少し緩和されたからか、気持ちが落ち着いた青年は自分の言葉でクラウンを歓迎した。



「そう言っていただけると、いくらか心の荷が下ります」


「で、でもクラウン。貴方は今まで何をしていたんだい?」



 玄武の言葉で聞くタイミングを逃してしまったが、自国に忠誠を誓う三大騎士当主の今までに好奇心を抑えきれなかったクリストファーは身を乗り出す。



「はい。彼が言ったように、私は白城家に婿入りした身。領地を治めるための知識などは彼らと比べて極めて乏しい。白城の名に恥じぬそのために見識を広げ、経験を積むために世界を回り勉学に励んでおりました。妻に名や出生を伏せてもらったのは、その才覚無き非凡の身では白城の名を継ぐに相応しくないと判断しただけのこと。そしてようやく望むだけの力が身についたと長旅の岐路きろについた訳ですが、先日初めて妻が他界したこと、娘がいたことを知り、今に至るというわけです」



「……そう。そんな理由が…………」



 無論、嘘である。

 しかしクラウンの口から止めなく溢れ出る虚言きょげんに、クリストファーや法王守護騎士シュプリンガーの数名がそれを鵜呑うのみにして項垂うなだれていた。

 正義を善とする人間にとって、同情がいかに人の心を動かすのか。こういった心の誘導は、流石は甘言かんげんで人をまどわす悪魔といったところだろう。

 真に迫る口調がそれらをより真実味を帯びさせていた。


 勿論、そんな言い分を馬鹿正直に信じることのできない玄武のような人間もいるわけだが、法王を含む半数以上の心をなびかせたクラウンの嘘は上々といったところだろう。



「ですが経緯いきさつはどうあれ、優しい妻に甘えて当主としての義務を放任していたのは事実。その罰は如何様いかようにも受け入れましょう」


「い、いえいえ! さっきも既に言いましたが私にとっては白城家の当主が戻ってきてくれたことは喜ばしいことなんです。理由を知った今、刑罰を与えるつもりはないよ」



 証拠も何もないクラウンの術中にはまってしまったクリストファーは、同情を重ねながらそうおろした。


 

「法王様!」



 しかし何の罰も科さないとなると、と反対の意を込めて玄武が声を荒げるがクリストファーは首を横に振りながら右手でこれを制した。



「た、たしかに玄武の言い分も理解しているよ。けど……それは今この場で優先して議論すべきじゃないと思う」



 家臣とはいえ歳の離れた目上の、それもいわおのような玄武にややビクつかせながらも、クリストファーは精一杯喋った。



「クラウンが白城家当主として旗印となった今、彼に仕事を与えることでより効率的に国を発展させることが出来るんじゃないかな? まだまだ政治にうとい私には具体的な案なんてすぐ思い浮かべることはできないけど……。それに可能性として視野に入れている戦争の抑止力にもなるかもしれない。だから……」



 この場にいる誰よりも年少者のクリストファーは一生懸命に知恵を振り絞り、考え、考え抜いて、国を想う。



「い、祝おう! クラウンが、ローランド法王国の旗印である三大騎士家が復活したんだと国を挙げてお祝いしよう!」



 これがクリストファーの結論だった。

 普段からおどおどして頼りない法王様。しかし彼が抱く理想は誰よりも大きく、国を想う気持ちは本物だ。

 その的を得た言葉に、玄武は自身の気持ちを優先させてしまったことに心の中で反省する。

そしてクラウンのように……とまではいかないが、それでもその巨体を感じさせずに三大騎士家として相応しい動きで跪いた。



「ーー御心みこころのままに」



(へぇ……)



 玄武のその対応にクラウンは少し感心する。

 それに続いて静香も跪いた。



「御心のままに」



 二人が頭を垂れた直後には、法王守護騎士シュプリンガー達も続いた。



「「「御心のままに」」」


「あ、ありがとう、みんな。よし、喇叭らっぱ! すぐに国民に御触おふれを出そう!」


「承知。皆、すぐに取り掛かれ!」


 

 クリストファーの命に応えて喇叭らっぱ法王守護騎士シュプリンガーに指示を出すと、総勢二十名は謁見の間を後に、その場にはクリストファーと当主達のみが残された。

 一気に部屋の装飾が物寂しくなったように感じる。

 そんな中、静香がスッと立ち上がるとクラウンに微笑みかけた。



「ふふ。どうですかクラウン様? 我が国の法王様は。普段は頼りなく見えますが、いざという時にはこうやって人の上に立つ者として不器用ながらも振る舞う姿を見せてくれるのですよ」


「ひ、ひどいよ。静香」



 君主たるクリストファーを眼前におきながら静香はそんなことを言ってのけた。

 しかしそれを指摘することなく、玄武は沈黙を守ったまま。

 もしかしたらこの雰囲気こそが人前に立っていない時の彼らの素の関係なのかもしれない。



「それに玄武様も。とても頑固で口は悪い不器用な方ではありますが、物事の本質をしっかりと理解できるこの国最強の御仁なのです」


「ふん。やかましいわ獏党」


「あら怖い恐い」


「確かに、最初と比べるとイメージは大分柔らかくなったかな」


「勘違いはするなよ白城。多少腕に覚えがあるとはいえ、私は貴様を認めたわけではないぞ」



 気軽に目線を送るクラウンを睨み返すと、その後はクラウンに一瞥いちべつすることもなく横を通り過ぎてその場を去っていった。



「え、えっと、それじゃクラウン。改めてよろしく頼むよ!」


「ま、一応任せられました。おっと、ボク実は敬語とかすごく苦手だから公の場以外ではこんな喋り方だけど大丈夫かい?」


「あ、えっと、うん。全然構わないよ」


「ありがと、クリス。じゃあ俸給をもらうためにもどんどん仕事を覚えていかないと。ところでボクは何をすればいいんだい?」


「『クリス』……」


 

 クリストファー・バード・ディ・ローランド。

 亡き父の跡を継ぎ異例の若さでこの国の最上位の席へと座る青年は、その人生を法王としての能力を修めるためだけに時間を費やし続けてきた。

 その為親しき友人なども存在しない彼にとって、愛称で呼ばれることは生まれて初めての経験である。


 そんなクラウンが発した唐突な呼び名に、一瞬ではあるが歓喜の波に溺れてしまう。

 クラウンとしては特に狙いがあってというわけでもないのだが、静香はそんな初めてみせる法王の笑顔に思わず自分も笑顔がこぼれてしまった。

 ほんのわずかな時間ではあるが、脳内トリップから返ってきたクリストファーはハッと表情を戻す。



 「あ、そ、そうだね。ひとまず今日は今晩のパーティの主賓になるわけだから、そこでみんなとの交流を大事にしてくれたらいいよ」


 「そうですわね。法王守護騎士シュプリンガーもそうですが、現在白城家の旗を掲げて戦う騎士はゼロ。他国への牽制けんせいの意味も込めて、今後はその威権を示さなければなりませんからね。うまくいけば聖騎士学校の今期の生徒が卒業したとき、一気に人員が確保できるかもしれませんしね」


 「成程ね。ちなみに今現在のローランド法王国の勢力はどのぐらいなんだい?」


 「まず玄武様率いる第一騎士団が二万五千。私獏党家率いる第二騎士団が二万。法王様直下の法王守護騎士シュプリンガー二十名。総勢四万五千と二十名ですわ」


 「あらら。となると白城のゼロという兵力は確かに示しがつかないね」


 「ふふ。それでも喇叭らっぱ様に引けをとらない武勇を誇るクラウン様なら単騎で百の戦力に匹敵するのでは?」


 「そ、そうだよ! あの喇叭らっぱ相手に軽くあしらっちゃうなんて、玄武や静香以来だよ」


 「いやー勘弁。あれでも結構必死だったんだよ。それに戦争になると流石に多勢に無勢。単騎でぶつかり合うのは御免被ごめんこうむるよ」



 正直なところ、今のクラウンにとって人間の争い事など興味も無かった。

 無限にも近い時を生き、破壊や殺戮さつりくは嫌というほど経験済みだ。

 そんな悪魔がこのうつつの世界に興味を持っているのは、生まれて初めて自分に強制労働を強いた白城梓という少女の存在と、その保護者。親という立場におかれた自分自身のみ。

 未知の経験こそが今に存在するクラウンにとっての楽しみである。



(まあそれでも戦争が起きちゃったら梓ちゃんの父親として、白城家当主として戦う必要があるんだけど……結果の見えている勝負なんてつまらないしね)



「さ、流石に単騎で戦わせるつもりなんてないよ」


「うん、それなら暫くは安心だね」



 冗談ではあったのだが、クリストファーは狼狽ろうばいしながらもかばってくれた。

 本当に臣下を想える優しい青年だ。甘くもあるが。


 その後も少しばかり続いた他愛ない談笑。

 いつの間にか消え去った胃の痛みにクリストファーはようやく心に安らぎを感じることができた。




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