第四話:対処その弐
「ーーというわけで、キミたちは臨機応変に対応すべくローランド法王国で待機ってことで」
クラウンの言葉に全員が了解と敬礼する。
眼鏡の奥で欠伸を押し殺している指揮者には皆慣れてきたのだろう。
誰一人としてそのような態度を指摘する者はいなかった。
ーー彼の娘を除いては。
「父上。一応白城家当主とあろう人がそんな眠そうな顔を皆の前で出さないでください」
梓は隣に立つ父をジロリと睨むと、やれやれとばかりに溜め息を吐いた。
「ごめんね、梓ちゃん」
「私に対してでなく、皆に謝罪してください」
「……ハイ。ごめんなさい」
歳も体躯もずっと下の少女に諭されながら、クラウンはしょんぼりと頭を下げる。
だがこういうところも彼の魅力なのだろう。
その姿に皆、ドッと笑い声をあげた。
今彼らがいる場所は白城家の屋敷近くにある草原。ローランド法王国の北部に位置する場所だ。
本来であれば戦争という大事の前だというのにこうして笑い合っていられるわけもなかったが、まるでそんな深刻な雰囲気ーーあるいは個々が抱える不安というのは誰一人表に出していなかった。
それも一重にクラウンの人望があってこそというものだろう。
元々クラウンが召喚された当初は白城家の婿入りという、いわばぽっと出の輩。
血筋も何もない男をみな侮蔑するような眼で見ていたが、元法王守護騎士隊長の陣内喇叭との決闘で勝利した実力。セスバイア法王国との戦争で見事敵の主力を打ち払った強さ。精霊の舞闘会を運営しきってみせた手腕。それらを間近で見ていた者の中に、もはや彼が座る席に文句をいうものなどいる筈もなかった。
そして第三騎士団は特に彼を尊敬する騎士が集まった軍。
数にしておよそ三千と、第一騎士団や第二騎士団と比べると数は劣るものの、一時期ゼロだった頃と比べれば大分マシになったといえるだろう。
そして第三騎士団の多くが騎士の血筋ではなかった一般市民が多く所属しているという点も、ガチガチの騎士という人種でない性格の者が軍を率いているのは団員としては気が楽なのであろう。
もちろん戒律の厳しい騎士達にとっては少し緩みすぎではと懸念を持つものもいるだろうが、そこを上手く調律させているのが彼の娘である梓という存在だ。
彼女がビシッと父に意見してくれているお陰で騎士達から文句が出ることはなかった。
そんな第三騎士団の梓の立ち位置であるが、彼女は第三騎士団の副官という立派な階位にある。
実質のところ第三騎士団の中でクラウンの次に偉いということだ。
成人していない彼女がその地位に立つこと自体本来であればあり得ないことではあるが、一般市民ですら騎士として取り上げられている最近の情勢の中では格段特別というわけではないだろう。
懸念すべきはその幼さであるが、これも誰一人として文句をいう馬鹿はいない。
何故なら彼女は精霊の舞闘会準優勝の成績を誇る実力者なのだから。
経験でいえば他の騎士に劣ることもあるだろうが、剣の実力は誰もが目にして認めている。加えると白城家という血筋も評価に入れられているだろうから、余程の失敗がない限り彼女のその地位は安泰だろう。
もっとも、彼女自身は未だ「本当に私が副官でいいの?」と戸惑いが残っているのだが。
しかし内に秘めたるその動揺を表に出すことなく、毅然と振る舞えている時点で彼女は十分にその場所に立つべきだと言えるだろう。
クラウンはそんな少女を横目で見ながら微笑むと、最後騎士らに指示を出す。
「それじゃ皆、そういうことで吉報を期待してて待っててね。ボクが不在の間は副官達の指示に従うこと。以上、解散!」
三千の騎士がまた一斉に敬礼し、外側にいる者らから順に散開していく。
クラウンはその様子を見ながら「終わった~」と背伸びする。
「父上はこれで終わりじゃないでしょ」
だがすぐ隣から飛んでくる娘の厳しい指摘に、クラウンは苦笑いしながら頷いた。
「あはは。まあね」
「でも本当に大丈夫なの? 父上が単身で和平交渉に出るっていうのは」
「………………」
「な、何?」
「梓ちゃん……もしかしてボクの事心配してくれてるの?」
「ーーあ、当たり前じゃない! 私の家族なんでしょ!?」
顔を真っ赤にしながら梓はクラウンを叩く。
頬を赤らめた理由は恥ずかしさからか怒りからかーー。クラウンを召喚した当初であれば前者であろうが、今ではーー。
だがそれを追及するのも無粋というものだろう。
他人であったはずの二人がそれだけ家族としての絆が深まったという証拠だ。
クラウンは本当に心の中で謝罪し、そしてそれ以上の感謝を口にする。
「ありがとうーー梓ちゃん!」
精一杯の笑顔を梓に向けて、クラウンは娘を抱きしめる。しばらくぶりに触れた梓の優しさを思う存分肌で感じ取りながら。
「わ、分かったから! まだ見ている人もいるし離れて!」
「ちぇ。また暫く会えないだろうし、もう少し梓ちゃんの温もりを感じ取っていたかったんだけど」
名残惜しそうな顔をしながら、それでも抱きしめたりないのかゆっくりと体を離す。
「まあ単身といっても本当に単身じゃないけどね。今回はブラックも連れて行くし、第四騎士団の愛くんにも協力してもらうしね」
「そう……。でも無理だけはしないでね。父上のことだから並大抵のことなら大丈夫だとは思うけど」
だが一国を相手にたかが数人がかりではやはり不安が残る。
そう言いたげな表情を残す梓に、クラウンはポンと娘の頭に手を置いた。
「うん。まあ安心して。今回は戦うのが目的じゃないんだから」
「でも十年以上続いていた同盟を理由もなく簡単に破棄するような国が相手なのよ? 普通じゃないわ」
ムスっとしながらも梓はクラウンの手を振り払うことはなかった。少し嬉しいのだろう。
確かに梓達からすればそう感じるのも無理はない。
なぜならば同盟破棄の正確な理由は梓を含む一般の騎士らには情報開示されていないのだから。
つまり戦争の火種をつくってしまった原因が白城家にある可能性が高いという事実を知らないのである。
これを知っているのは法王であるクリストファーおよび、三大騎士家の当主。そして今回、先行してクルメア法王国に向かってくれる愛を含む五名のみ。
もしもその事実が真実であるならば、白城家の繁栄を目指す梓は卒倒しかねない。それどころか国中が混乱に巻き込まれ白城家を批難する恐れがある。
また現状その事実が断定できたとしても、白城家の力なくして二か国相手に戦う力はない。
故にこうして情報規制がしかれているのだ。
「まあ話し合いメインだし、ボクの話術で何とかしてみせるから任せてよ」
「それが一番心配なのだけど……」
「こりゃ手厳しい。まあもし失敗しちゃったらすぐに愛くんを向かわせて援軍を要請するから、その時はよろしく頼むよ副官殿」
「分かっているわ。父上が失敗したら私達だけでどうにかクルメア法王国を抑える。成功していれば第一・第二騎士団と協力してセスバイア法王国との戦いに当たればいいのよね?」
「そ。一応もう一人の副官の権太くんは法王守護騎士隊長の任と兼任だからね。今回は実質梓ちゃんメインで指揮してもらうことになるから、ボクの心配よりもまずは自分の心配ね」
「わ、分かってるわ」
「まあ念のために傍にはレヴィもつけとくし、あんま気張らずにね。ボクが帰って来た時に梓ちゃんが倒れていたーなんて絶対嫌だよ?」
「……父上のように飄々と振る舞うのは難しいけど、何とか肩の力は入れ過ぎずに頑張ってみるわ」
「うんうん。そのイキそのイキ」
「ところでーー」
梓は頬を朱色に染めたまま申し訳なさそうに俯く。
「……いつまで撫でてるつもりなのかしら?」
「……ばれた?」
そう言いながらもお互い甘えたりなさそうな様子で、暫くはそのままの状態が続いた。