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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第四章:思い出と初恋と緊張と
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第四話:対処その壱

 梓がまだ聖騎士学校に通っている間はお互いに親子の時間というものが存在していた。

 しかし精霊の舞闘会以降、梓が第三騎士団に任命されてからというものその時間はかなり薄くなっている。

 それが良き父親を目指すクラウンにとっては苦痛であった。

 人間からしても悪魔からしても何を馬鹿な感情を抱いているのだと蔑まれるかもしれないが、保護者という立場こそ召喚者によって求められた契約なのだから仕方がない。だがそれがなくとも彼は純粋に梓の良き父親を目指しているのだから、クラウンは変人であるといっても差し支えはないだろう。

 結局のところクラウンはここでの生活に限りなく順応していることに変わりはないのだ。


 そんなクラウンだが、一応白城家当主という肩書を所持している。

 つまり第三騎士団を率いる人物ということだ。

 だからその気になれば梓と自分の勤務や休日を合わす程度のことならば容易に出来るのだが、いかんせん彼の娘がそれを否定したのだからどうしようもない。

 彼女自身本音を言えば仮初とはいえ父親と共に過ごす時間が欲しいと感じてはいるのだが、建前として他の騎士に示しがつかないとしてクラウンの申し出を断ったのだ。

 誰もそんなこと気にしないーーそもそも気づかない可能性すらあるが、責任感が人一倍強い彼女のことだ。誰が見てなくともやはり気になるのだろう。

 それだけ自身の家名を繁栄させていくことに本気ということだ。


 可愛い娘にそう言われてしまえば父親としても無下には出来ない。

 クラウンはその時の梓の真剣な表情を思い出しながら深い溜め息をつく。



「……でもやっぱり接する時間少ないよね」



 黒い眼鏡の奥でクラウンの瞳は遠くを見つめていた。



「どうされたのですか?」

 


 傍にいた長髪の女性が、クラウンの顔を覗き込むように声をかける。

 眼前に突如出現する双丘。甲冑に圧しとどめられていようが関係なく男の興味をそそるだろう。

 しかしクラウンはそれを気に留めることもなく淡々と答えていく。



「いやいや。最近梓ちゃんと接する時間が少なくて寂しいんだよね」


「ウフフ。クラウン様にも寂しいという感情があったのですね」


「そりゃそうだよ。てか静香くん、キミはボクを一体どういう人間だと思っていたんだい?」



 静香と呼ばれた女性は微笑を浮かべると、そのまま悪びる様子もなく答えた。



「そうですね。一言で言うなら不思議な殿方といったところでしょうか? わたくしよりもずっと強いのに、繊細なところがあってーーとても魅力的という意味ですわ」


「とてもそんな風には聞こえなかったけどね」


「あら。ですがわたくしは本当にそう思っていますわよ?」


「はいはい。ありがとね。それで……今回はどういった理由での召集なのかな?」



 悩みに伏せる顔をどうにか持ち上げたクラウンは辺りを見渡す。

 

 ーー白、白、白。

 床や壁は白を基調に光沢を見せ、その色合いを更に栄えさせるかのように真紅の絨毯が部屋の中心を横断している。その先にある数段の階段を上れば、床と一つとなった白き玉座。

 いつもであればその席にはローランド法王国を統治する法王の姿があるはずなのだが、今現在そこは空席となっている。


 そこから視線を上げると巨大な像が佇んでいた。

 ローランド法王国が信仰する救済の女神を模った像だ。全身から黒曜石の輝きを放つ女神は天井から注がれる光によって、また新たに神秘的な反射光を灯していた。

 白が中心となるこの場所ではその像は一際ひときわ目立っているに違いない。

 

 ローランド法王国にこの像がある場所といえばただ一つ。

 

 ここはローランド法王国の中心、法王の塔ーーその最上階である。


 今その場にいるのは真紅の絨毯で暇を持て余しているクラウンと、その横にたつ獏党静香。この二名だけであった。



「心当たりは少しだけありますが、確証はないので何とも……」



 広い空間に静香の声が小さく反響する。



「心当たりというと、この間の法王会議の一件かい?」


「ええ、まあ。十年以上も続いた同盟国ーーそれも三か国中、二か国も同盟破棄の申し出がありましたので、恐らくはそれに関係しているのではないかと」


「ふ~ん? そういえば静香くんと玄武くんはその場にいたんだっけ?」


「ええ」


「ちなみに理由とかは知ってるの? ボクが知っているのはその結果だけだったからさ」


「恥ずかしながら、その場にいたわたくし達ですら全く分かりませんでした」


「そうなんだ。まあセスバイア法王国のあの子は前の戦争でも意味分からない事並べ立ててたし、別段驚くことではないけど」



 クラウンが話しているあの子とはプラムエルのことだろう。

 どうやら静香にもそれは伝わっているようで、思い返すようにゆっくりと頷いた。



「ええ。彼女が出席すると聞いた時から何か起こるとは予感していましたが、まさかクルメア法王国までもが同盟破棄を申し出るとは思いませんでした」


「そのクルメア法王国が同盟を失くそうとする理由もやっぱりーー?」


「残念ながら全く存じ上げませんわ」


 

 あの会談の後、プラムエルもアイリスもそれだけ言い放つと退席してしまったので、理由を聞く暇さえなかった。一応呼び止めはしたが残念ながら彼らは一切応じなかったとか。

 普通理由は話すものだ。大事な内容であれば尚更。だがそれに応じなかったからこそ困っているのだが。


 ちなみにそれがローランド法王国内で騎士が多忙な理由の一つにも繋がっている。つまりは警戒・情報収集。

 一番理想的なのはその場で理由を問い詰めることなのだが、武力で彼らを引き留めるのは絶対にあってはならない。ローランド法王国側としては同盟は平和の為にも維持したいのだから。

 だからこそ同盟を破棄する理由を相手側に与えるわけにはいかない。そうなると口で呼び止めるしか方法はなかったのだ。

 もしもセスバイア法王国のみが同盟から脱退する形であれば他にも方法があったかもしれないが。予想外の事とは予想していなかった事が起きることを指すのだから、今更そう言ったところで詮無き事である。


 静香もそれが間違っていたとは決して言わないが、結果として国中の不安が少しずつ募っているのは確かだ。騎士らの働きによって何とか抑えてはいるが、いつ国民の不安が爆発してもおかしくない。

 故に今回の召集はその国民の不安をどう解消するかという点だろう。静香はそう予想していた。


 だが最悪の事態とは常に存在し続ける。

 彼女にとっても、この国にとっても、クラウンにとっても。


 二人の背にある扉がゆっくりと開かれる。

 


「……ご、ごめんね二人とも。待たせてしまったみたいで」



 そこから最初に顔を出したのは見るからに青ざめた顔をしていた青年であった。

 自信無さげな表情はいつものことながら、本日の彼は何割増しもヒドイ有様である。吹けば倒れてしまうのではないかと思う程病弱な顔色だ。

 折角の煌びやかな外套も、今や彼の重しにしかなっていない。ゆっくりーーというよりもノロノロとした歩みで玉座を目指す。


 何とか倒れないでいるのは彼と一緒に入場した大柄な男が支えているからである。

 その男ーー玄武は、人生で初めてやもしれないほど短い歩幅で忠義を捧げるクリストファーを支えながら、彼をゆっくりと玉座へ座らせた。



「一体どうしたんだい、クリス? すごい顔色悪いよ」



 とりあえず目的地まで見守ったクラウンは、あろうことか一国の王に対し敬称ではなく愛称で呼びかけた。

 本来であればそのような口の聞き方は不敬に値するが、クラウンは彼自身からその許可をもらっている。二人も周知の上なのでそれを咎めることはなかった。

 そんな事よりも今はもっと気になることがある。

 静香はクラウンの言葉と合わせてクリストファーを心配そうに見つめた。



「はは……。ごめんね。みっともない姿見せちゃって」


「まあ今はボクたちだけだから構わないんだけどね」


「そんな事よりも本当にどうされたのですか?」


「えっと……何から話せばいいかな? 色々ありすぎて少し頭が混乱しちゃってるや……」



 辛そうな表情でクリスは頭をかく。

 普段以上に玉座が似合っていない。それほどまでにショックな事でもあったのだろうか。

 クリストファー自身が言うように、頭の中が整理しきれていないからか中々二人の質問に答えられないでいた。


 それを見兼ねた玄武が一歩前に出る。



「私が代わりに説明しましょう」



 クリストファーの代わりをかって出た玄武は、そういってクリストファーに少し顔を向ける。

 クリストファーもその方が良いだろうと判断し、その好意に素直に甘えることにした。ゆっくりと背もたれに体を預けて一息つきながら、玄武の話で再度頭の中を整理しようと心がける。



「二人とも、セスバイア法王国とクルメア法王国が先の会談で同盟を破棄したことは知っているだろう?」



 玄武はまずそう切り出した。

 クラウンも静香もつい先ほどその話をしていたばかり。当然周知であると頷く。



「簡潔に結論だけ述べよう。その二か国がローランド法王国に宣戦布告をしてきた」


「ーーッ!?」


「……また?」



 玄武の言葉に二人はそれぞれ別の反応を示す。

 まともな人間であるならば静香のような反応が正しいだろう。驚愕に眉を顰め、出てきそうになる声を手で塞いでいた。

 

 一方のまともでない方はというと、開いた口が塞がらないとばかりに呆れ果てた顔を見せる。

 白城家当主としての正しい反応とはいえないが、何度も人間の戦いに加わったことのある悪魔クラウンとしては辟易していた為、ある意味正常な反応であるといえるだろう。

 しかしそれは彼の正体が悪魔であると知っている者であればこそ、だ。

 クラウンの正体を知らない玄武はその反応が気に入らなかったのか、ギュンとクラウンに睨みをきかせる。



「……白城よ。その他人事のような反応はどういうつもりだ?」


「いやいや。玄武くんたらそんな怖い顔しなくても……。数か月前に戦争が起こったばかりだというのに、また宣戦布告だよ? 国民の溜まっている不安を思うと少し疲れてしまってね」


「確かに国民の不安を解消しきっていない現状、この宣戦布告は私の胃も痛くする事柄だ。だが法王様が心を痛められているのはそのせいだけではない」


「というと?」


「ハッキリ言おう。宣戦布告は確かに受け取ったが、正確にいえば片方はローランド法王国に対してではない」


「どういうことですか?」



 静香は玄武の言い回しに少し身を乗り出す。


「セスバイア法王国からの宣戦布告は確かにローランド法王国に対してだ。雪辱戦といったところだろう」



 そう言うと玄武は書状のようなものを取り出し、その内容を読み上げていく。





『 ローランド法王国 法王 クリストファー・バード・ディ・ローランド様

 

 やっほー!

 先日はどうもありがとね~。

 実は法王会議の前に国中歩かせてもらってたんだけど、自然豊かで食べ物も美味しくて、住んでいる人達も表情豊か。

 ウチとは大違い!

 いや~、いい国つくってるなーって感心しちゃった。

 

 こっちはすごく技術は発展してるけど、やっぱ何かみんな暗くってね。

 やっぱ根付いている闇が深いみたい。

 この間も負けちゃったし、死んでいった兵士の家族もまた悲しんで恨みが募るーーってな具合にみんな不満漏らしてる現状。

 

 ということで……そんな国民の恨みを解消させる為、セスバイア法王国は再度ローランド法王国に対して宣戦布告させてもらいます!


 あ、今度は約束の時間守るから安心してね。

 決戦の日はこの手紙が届いた日から丁度一か月後っていうことで。


 ちなみに返信はいらないから。送ってきても無視すると思うし。

 じゃあね~。


            セスバイア法王国の巫女姫 プラムエル・ムーデ・セスバイア 』




  

 およそ国同士が交わすーーといっても今回は向こうから一方的にだがーー書状とは思えぬ内容に、クラウンも静香もこめかみを指で抑えてしまう。



「……やっぱあの時追撃して彼女だけでも捕らえるべきだったかな?」


「いや、あの時はコチラの軍の損害が大き過ぎた。追撃するより負傷者の手当てを急いで正解だっただろう」


「ですがその結果としてより大きな被害が生じるかもしれませんね……。ですが今回は私達の軍もより強くなっていますし、クラウン様もいらっしゃるので安心かもしれませんね」


「いや、残念だが白城をセスバイア法王国との戦争に出すわけにはいかん」



 少し楽観的な物言いの静香の言葉を玄武はピシャっと切って捨てた。



「それは……何故でしょうか?」



 少し怒気を含んだ声で静香は玄武に問う。

 かつてのセスバイア法王国との戦争では、プラムエル一人に対して静香も玄武も手も足も出なかった。その部下にさえも、だ。

 今では前回よりも実力を上げたと自負しているが、それでも彼らには及ばないだろう。であればプラムエルを圧倒したクラウンがいなければ苦戦は免れない。


 しかしそれは玄武自身も悔しいが重々承知。理解しているつもりだ。

 玄武は静香の言葉にある棘を受け流しながら簡潔に答えた。



「理由は単純。もう一方のクルメア法王国が宣戦布告してきたのはローランド法王国ではなく、白城家という個に対してのものだからだ」


「……………………………………へ?」



 長い沈黙のあと、クラウンはようやく一文字だけを紡ぎだす。


 玄武の言っている意味が全く分からなかった。

 もしかすると聞き間違えたのかもしれないと玄武に聞き返す。



「ごめん玄武くん。少し聞き取れなかったみたいだからもう一度言ってくれる?」


「宣戦布告されたのは貴様だ。白城」



 耳が遠くなったわけではなかったようだ。

 クラウンとしても、玄武の言葉に唖然とした様子でクラウンを見る静香の視線を感じた時には、おそらく聞き間違えではないなと薄々気づいていた。

 だが再度直球で放ってくれた玄武の言葉にいよいよ自分の耳を交換したいと思った。新品にしたところで意味はないのだが。

 


(……だから何で?)



 何故会ったことも関わったこともない国から宣戦布告されねばならぬのか。

 耳には届いたが納得出来る筈もない。

 クラウンはその思いを口にする。



「ーーいやいやいや。………………何で?」


「私にも詳しいことは知らぬ……が、法王様の下へと届けられた書状には単純に、貴様に対する怒りを述べた文が長々と書かれていたそうだ」


「と言われても……会ったこともない人に恨まれるような覚えはないけど」


「そ、そうだよね? やっぱりクラウンに覚えはないよね? 昔クラウンが世界中を旅してたって話をしてたから、もしかしてその時に何かあったんじゃないかって心配だったんだ」


「……あ、うん。ないない。そんな人に恨まれるような生き方はしてこなかったはずだし、うん」



 世界中を旅していたという自身の設定をまたもや忘れていたクラウンは一瞬静止してしまうが、すぐに思い出して動き出す。

 そもそもその設定自体が嘘なので、恨まれる覚えなどあるはずがないのだ。何せ召喚されてこの世界に降り立ったのだから。  



「……その届けられた書状の内容で私も気になったキーワードがある。それは『身内を殺した』・『白城の飼っている悪魔』の二つ。……こんなこと聞きたくはないのだが改めて聞こう。何か心当たりはないか?」


「だから知らないーーって?」


「……どうした?」


「ごめん。もっかいそのキーワード教えてくれる?」


「『身内を殺した』と『白城の飼っている悪魔』だ」



(何かその言葉、つい最近耳にしたことがあるような……?)



 耳馴染みのある言葉にクラウンは首を傾げる。



「何か心当たりがあるのか?」



 様子がおかしくなったクラウンを玄武が問い詰める。



「いや、ちょっと待ってね。つい最近その言葉を聞いたような………………あ」



 先日白城家に訪れた青年の顔と言葉を思い出す。

 そういえば彼も同じような事を言っていた気がする。

 だとするならばーー。



「ねえ玄武くん。そのクルメア法王国の法王様ってどんな人? もしかして目つきが鋭い青年だったりする?」


「……如何にも」



(一致しちゃったああああぁぁあ!) 



 クラウンは想定した可能性が最悪をもたらしていた事実に打ちひしがれる。


 

「ク、クラウン様?」


「もしかして……」


「あるのだな? 心当たりが」



 三人から突き刺すような視線を浴び、クラウンは素直に白状した。



「あはは……。うん。しかもこの間、そのクルメア法王から直接同じこと言われた気がするや」



 信じたくはなかったーーが、認めなくてはならない事実に三人は一瞬言葉を失ってしまう。



「……ではクルメア法王の言う悪魔というのはもしやビヒー殿やレヴィ殿のことか?」



 玄武は可能性として考慮していた憶測を口にする。

 この場にいる全員は、クラウンに付き従っているビヒーとレヴィと呼ばれる小さな執事の正体が悪魔であるということを知っている。

 丁度セスバイア法王国との戦争後に知ったことではあるが、悪魔だからといって必ずしも害悪となる存在になるとは限らないという認識もその時に初めて得ていた。

 だからこそその認識を知らしめてくれた二人が此度の犯人であってほしくないと玄武自身己が内で否定していたのだが、白城の傍にいる悪魔というのはその二人ーーと言ってよいかは分からないがーーしか知らない。

 ゆえに彼らが犯人である可能性が一番大きいのではと推論していたのだが、クラウンはそんな大吾の推測を否定した。



「いや、違うよ」



 クラウンの言葉に玄武達は少しホッとする。

 知人が法を犯したとあれば騎士として対処しなければいけないと心では割り切っていても、実際気分の良いものではない。

 だがそうなれば悪魔とは一体誰のことなのか。次来るであろう疑問の答えをクラウンが先に答えていく。



「多分、ブラックのことだと思う」



 クラウンは申し訳なさそうに視線を逸らしながらそう言った。

 


「……『ブラック』? 聞かない名だな」


「その方も悪魔なのですか?」


「うん。ボクに従ってくれる悪魔の一人。実はつい最近白城家にやってきて、昔の馴染みで従僕フットマンとして雇うことにしたんだ」


「ではその従僕フットマンがクルメア法王とどのような関係を持っているのか聞かせてもらおうか」


「正直なところ確証はないんだけどね。ブラックは少し人間世界に疎いところがあってね、自分の正体を明かしながらボクを探し回ってくれてたんだって」


「正体というのは、ご自身が悪魔であると主張しながらということですか?」


「うん。まあこの辺の人達は悪魔なんて存在信じていないだろうし、ブラックの妄言を馬鹿にして喧嘩売ったり買ったりと、まぁ色々暴力も振るって白城家に辿り着いたって聞いたから、もしかするとその時の一人がクルメア法王の身内っていう可能性が……」



 クラウンはそこで言葉を途切れさせた。


 重たくなる雰囲気の中、玄武は何とか厳格にその話題に終止符をつける。



「もしもそれが事実であるならば、同盟中の相手に対しての重大な違反となるな」


「……残念ですがそうなりますね」


「でもでも、クラウンも知らなかったんだよね? 何とかならないの?」


「残念ですが法王様、知らなかったとはいえ、それが事実であるならばどう批判されようが仕方がありません」


「確かに。もしそうであればクルメア法王国側の同盟破棄はもっともな申し出になりますからね」


「そんな…………」



 蒼白といった顔のクリストファーは、血が抜けたように目を伏せた。

 一度に重大な問題がいくつも起こってしまっているのだ。その責任を取るべき立場の人間として、その反応は仕方がないことだろう。

 だが心を痛めるクリストファーに対し、「ーーしかし」という玄武の言葉が彼を支える。



「ーーそれが事実であるならば、です」



 希望がまだ残っている。

 そう感じたクリストファーはパッと顔を上げて玄武の顔を見た。


 

「状況的には白城自身も可能性があるとして認めてはいますが、その確たる証拠はまだございません。可能性としてはかなり低いですがクルメア法王があらぬ事実を突きつけている可能性もあります」


「ーーで、でもでも、あの人の目、すっごくおっかなかったよ? 今覚えば誰かを恨んでいるような気さえしてくるんだけど」



 法王会議での出来事を思い出しながらクリストファーが言う。

 折角玄武が可能性を否定しているのに、それを更に否定するような発言をするクリストファーは一体どちらの味方をしたいのだろうか。

 きっとそれだけ混乱しているのだろう。クラウンもクルメア法王に会った時同じような印象を持ったので、確かにと頷いた。



「ええ。ですから可能性としては非常に低く、期待するのも無駄な程の可能性ですが。しかしセスバイア法王国とクルメア法王国の二か国から同時に宣戦布告されているという絶対絶命な現状、まずはどちらか一方を制さねばなりません」


「そういえばクルメア法王国からも宣戦布告されてたんだっけ? 開戦はいつ頃になりそうなんだい?」


「セスバイア法王国と同じく一か月後だ」


「わお。何て言うかセスバイア法王国とクルメア法王国が裏で繋がっているんじゃないかと思う程最悪の一致だね」


「その通りだ。だからこそ同盟を破棄する為の尤もな理由づくりに丁度良い白城をダシに使ったという可能性があるのだ」


「たしかにクラウン様は三大騎士家ではもっとも新参。何かと一番付け入る隙があるのではないかと見込んだわけですね」


「あくまでも憶測の域を出ないのだがな」



 果たして本当にそうだろうか?

 まるで自分を庇ってくれている二人を否定するかのように、クラウンはそう心に疑問符を浮かべる。



(たしかにそうだと嬉しいんだけど、彼、本当にボクのことを恨んでいるように見えたし、演技ではなさそうなんだよね)



「どうされましたか?」


「ああ、うん。そうだといいな~って」


「じゃ、じゃあ結局どうするべきなの?」



 そうなのだ。

 結局どう動くかを相談する為に三人をクリストファーはこの場に呼んだのだ。

 そして玄武はそれに応えるべく一つの提案をした。



「……一つだけ。開戦前に白城がクルメア法王のところにおもむき、事実であれば謝罪し許しを乞う。そして何なりと罰を受けてローランド法王国との融和を取り戻す」


「何ていうか……確かにそれが一番正しいことなんだろうけど、責任を負うべきボクとしてはすごく胃が痛い話だね」



 乾いた笑みを浮かべるが、誰も同情はしない。

 玄武は話を続けた。



「もしもクルメア法王の話が事実無根であるならば、それを証明して同盟の結び直し。それが難しければ白城はすぐにローランド法王国へ撤退し、軍を動かしてクルメア法王国の侵攻を阻止。万が一我らを陥れる為の嘘であったならば、それが断定できた段階でクルメア法王を討ち取ることが出来れば理想だな」


「つまり……暗殺ってことだよね。玄武くんも中々思い切った提案するんだね。一応騎士じゃなかったっけ?」


「フン。国の命運がかかっているのだ。自分以外の者らが傷つくのであれば、私の誇りなど二の次だ」


「流石は玄武様。ですがそうなると第三騎士団抜きでセスバイア法王国と戦わねばならないということですね」


「左様。だが前回の戦争で第一騎士団は大打撃を受けたが、第二騎士団はほぼ無傷。何とか食らいつくことはできるだろう。それに一人ひとりの実力も確実に上がっている。上手くいけば善戦することも可能なはずだ」


「ですがあの化け物染みた二人が出てきた場合、わたくし達だけではまだ対処が出来ない可能性もあるのでは?」


「確かに理想は白城がとっとと片をつけて、こちらの援護に回ることだ。しかしそれが難しいからこそーー私達は開戦まで待つつもりはない。開戦は一か月後。だが以前のように攻め入られるのではなくこちらから奇襲をかけるのだ」


「なるほど。そうすれば戦いようもありますね」


「……まぁ、とりあえずはボクが重労働ってわけね」


「当然だ。今回の件、貴様を中心に事は動いている。貴様に責任があるにせよ、ないにせよ、貴様が動かねばこの国の命運は風前の灯同然。嫌でも働いてもらうぞ」


「何とな~く玄武くんに認められてるのは嬉しいんだけど、すごく責任重大だね。ほんと胃が痛いや」


「ご、ごめんねクラウン。ボクが何とか出来ればいいんだけど……」


「大丈夫大丈夫。クリスはボクらを率いる王としてそこにドンと構えてくれてさえいれば。こーいう争い事は騎士の役目だからね」


「それでは大方の方針も決まったことですし、今からは少し細かい作戦も詰めていきましょうか」


 


 


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