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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第四章:思い出と初恋と緊張と
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第二話:白城家の来訪者その弐

 クラウンが玄関へ向かうと、そこには一人の青年が腕を組んで立っていた。

 

 上品で落ち着いた黒い礼服はまさに貴族。そうでなくとも青年の位の高さを感じさせるには十分だろう。少なくとも一般市民でないことは確かだ。

 話も聞かず追い出さなくて良かったと思った反面、その青年の殺気にも似た視線を感じて追い出せばよかったともすぐに考え直す。



(えっと……初対面だよね?)



 向けられた視線をひとずは無視して、微笑みをつくりながら彼に近づく。



「やあ。待たせてしまったようで悪いね」


「構わん。それはアポ無しで訪れてしまった俺の落ち度だ」



(……あれ? 思ったよりまともな人間だ)


 

 口調はどうあれ、紳士的な返答にクラウンは安心する。



「それでボクに用があるって聞いてるんだけど、何の用かな?」


「その前にまずは答えろ。お前は白城家当主の白城クラウンに相違ないな?」


「その通り。ーーで、そういうキミはどこの誰だい? ボクの記憶が正しければ一度もお会いしたことがなかったと思うけど」


「……俺のことを知らんだと? 貴様、本気で言っているのか?」



 青年の瞳に憎悪のようなものが加わっていく。


 

(え、何で?)



 訳がわからないーーが、どうやら彼の不満を買ってしまったことは確かのようだ。

 額に青筋がハッキリと見える。

 しかし本当に知らないものは知らないし、何が彼の怒りを駆り立ててしまったかもはなはだ検討のつかないクラウンとしては苦笑いをするしかなかった。



「えっと、うん。申し訳ないんだけど」



 その言葉を聞いた瞬間、青年は歯をむき出して明らかな敵意を示してみせた。今にも殴り掛かってこんばかりに。


 一体クラウンは何をやらかしたのかーーと自身に問いかけてみたところで、やっぱり答えは出てこない。

 どうしたものかと微笑の裏でクラウンはひとしきり頭を悩ませる。


 しかしその内、青年の目に見える怒りがスッと消失する。

 さっきまでの青筋ある顔ではなく、元の鋭い眼光のみを残して笑い始めたのだ。



「クックック……。ハァーッハッハッハ!」



 怒りを通り越してーーというやつだろうか。

 急に笑い出した青年は、一呼吸おいて再び放つ。



クズが!」



 心地よいまでに面と向かって悪態をつかれてしまう。

 青年はまだまだ言い足りなさそうにしながらも言葉を続けた。



「どういった理由でかは知らんが、この俺にーーいや、この俺の身内に手をかけておきながらまだ戯言ざれごとをほざくか!?」



(身内? 手をかける?)



 ますます訳が分からない。

 クラウンはさらに知らぬ存ぜぬと困惑した表情で答える。

 だがそれも怒れる青年の前では通用しない。



「貴様……まだとぼけるつもりか?」


「いやいや。とぼけるも何も本当に意味が分からないんだけど?」


「チッ。まあいい。ならばとぼけられぬようハッキリと問いかけてやろう」


「だから知らないものは知らなーー」


「貴様の悪魔はどこにいる?」


「ーーッ!?」



(今何て……!?)



 クラウンの表情がピシャリと凍り付く。

 

 悪魔。

 その存在ーーそれもクラウンの身近にいる事を知っているのはクラウンを含めて、梓、クリストファー、玄武、静香、権太の六名のみ。

 余計な情報は混乱を生む可能性がある為、この情報はひと先ずはそこだけで留まっているはず。

 限られた者しか知らない情報を何故この青年がつかんでいるのか。

 クラウンは様々な可能性を考えながら黙り込んでしまう。



「やはりな」



 青年はクラウンの反応を見て確信する。



「これで分かったはずだ。この俺が何者か」



(……いや、やっぱり分からない)



 クラウンは心内で静かに否定する。


 この屋敷にいる悪魔はクラウンも含めて三体。

 だが青年は『貴様の悪魔』と話していたので、残る悪魔はビヒーとレヴィの二体だけ。

 もしかすると自分があずかり知らぬところでどちらかが青年に対して粗相をしてしまったのだろうか。そう考えるとすごく申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 だが二人の正体を知っているとなると、彼の訪問を知らせにきたレヴィは対象から外れるだろう。

 となるとーーと、今頃、主君より先に南瓜スープを嬉しそうにすすっている少女の姿を想像する。



「よく覚えておくがいい。貴様のしたことには必ず報いを受けてもらう」



 青年は最後にそう吐き捨てると、クラウンに背を向けて白城の家を去っていった。


 結局何だったんだろうか。

 全く心当たりのない恨み言を叩きつけ嵐のように過ぎ去っていった青年の顔を浮かべながら、クラウンはまた大きく息をついた。

 しかしこうしていても原因は分からないままだ。



「レヴィ、いるかい?」


「うむ。勿論じゃ、あるじ様」



 物陰から静かにレヴィが現れる。

 壁にもたれかかったままの態勢ではあるが、主人の声にすぐ参上するその俊敏さは執事のかがみである。



「悪いんだけどビヒーを呼んできてくれないかな」


「我ならここにおりますぞ」



 レヴィに続いてビヒーもまた物陰からひょこっと顔を出す。 

 どうやら南瓜スープはまだ楽しんでいなかったようだ。



「最初からいたんだ。じゃあ話は分かるよね?」


「うむ。サッパリじゃ」



 クラウンはある意味で期待通りの返答に落ち込むしかなかった。


 

「いやいやいや。なんか彼、悪魔って言ってたからビヒーかレヴィのどちらかが彼に粗相したんじゃないかと思ったんだけど」


「ひどいですじゃ! 我らはそんなに信用ないのですか?」


「うむ。今回ばかりはビヒーの言う通りじゃな」


「ということは二人とも心辺りはない、と?」



 クラウンの確認に二人とも黙って頷いた。



「そもそも我は奴を知らぬ。あの傲慢そうな顔や喋り方も一目見れば記憶しているはずじゃ」


「確かにね。でも彼、何だか『身内』とか言ってたけど」



 それからレヴィとビヒーはもう一度己の記憶を探る。

 だが結果は変わらなかった。



「……やはり心当たりがないの」


「そもそも本当に我らなのか? 勘違いしているという可能性もあるかもしれませぬぞ?」


「でも彼、ボクの名前をしっかりと確かめてたし、それにここに悪魔がいることを知っていたからね」


「ううむ。やはり謎じゃ……」



 広い玄関で、三者一様に「う~ん」と唸る。



「あ、もしかして……」



 するとレヴィが何か思いついたかのように顔を上げた。



「ブギーかブラックの可能性はないかの?」



 その言葉にクラウンは思わず「あ」と声を漏らす。

 だがすぐにその可能性を否定した。



「いや、でも、その可能性は低いんじゃないかな?」


「何故じゃ? ブギーはともかく、喧嘩っ早いブラックであれば、あるじ様のあずかり知らぬところで暴れておっても不思議ではないぞ」


「確かにね。でも意味もなく暴力を振るう子じゃないってのはレヴィも知ってるでしょ?」


「まあ、それはそうじゃが……」



 それでもいまいち納得いかないのか、レヴィは眉間に皺を寄せる。



「それにブラックは多分、ボクがここでこんなことをしてるなんてまだ知らないだろうしさ。誰かを手にかけるなんてないない」


「確かに。探してはいるじゃろうが、鼻の良いあやつが我らよりもあるじ様を見つけるのが遅かったとなると、海を隔てて他の大地を探し回っとるかもしれぬしの」


「何にせよ、どれだけ考えても答えが出ない今は考えるだけ無駄。折角の休みなんだから脳もしっかり休ませてあげないと」


「それもそうじゃな。何にせよ、奴らに直接確認せんことにはその可能性も捨てきれぬからの」


「そういうこと。よし、そうと決まれば南瓜休憩! ビヒーとレヴィ、悪いんだけどスープを温め直して食卓に運んでくれるかい?」


「「了解ですじゃ」」



 早速と二人は動き出すーーが、その直後に玄関の扉が再び叩かれる。


 

「やれやれ。今度は誰かな?」



 一応クラウンだって白城家当主という多忙の身。

 アポなしの来訪は勘弁してほしいものだと溜め息をつきながら、ビヒーに玄関を任せる。



「どちらさまですーーじゃ?」



 キィと滑らかに扉を開けて顔を出す。

 根っこの態度は悪いが、お客様の前で無礼を働くわけはない。つくられた笑顔が玄関先に向けられるーーが、作り物の笑顔はすぐに硬直した。

 そしてキィキィと首を後ろに向けてクラウンを見る。



あるじ様よ。やはりさっきの可能性、捨てきれぬかもしれぬぞ?」


「へ? 何で?」


「じゃってーー」



 そう言って半開きだった扉が全て開かれる。



「目の前にブラックがいるんじゃもん……」



 噂をすればーーという言葉は、本当に良くできているなとクラウンは感心するしかなかった。 


 そこに立っていたのは女性。

 第一印象だけで言えば凛々しいという言葉では収まるまい。


 黒くしなやかに伸びた髪のほぼ全てが後頭部へとまわされており、首元で一つくくりにされている。だがまとまりきらなかった短い前髪だけは、二つ束となってちょこんと額にぶら下がっており、彼女が動くたびにピョンピョンと跳ねているかのようだ。

 そこだけ見れば可愛らしいと思えるのだが、ハッキリ言って彼女は目つきが悪い。そう捉える人は少ないだろう。

 身に纏う衣服もそんな彼女の雰囲気をより一層醸し出しているのか、中々に近づき難い。

 前が開かれた光沢ある黒いスーツの下には、首元から一つ、二つとボタンの外された灰色のシャツ。そこから覗かせる首や胸元に入っている刺青いれずみが、それを増長させる要因であることは間違いなかった。


 睨んでいるのかは分からないが、その鋭い視線で直視されているクラウンは少し気まずそうにしながら彼女に声をかけた。



「……や、やあブラック。久しぶりだね」



 だがブラックと呼ばれたその女性は、クラウンの言葉に返事するわけでもなく依然睨み続ける。

 そして急にギリッと歯を噛み締めたかと思えば、二割増しの眼光をクラウンに向けて突如襲い掛かった。



「うわお!?」



 突如襲い来る飛び蹴りに、クラウンは面白い悲鳴を上げながら慌てて身を躱す。

 だがまだまだ暴れたりないのか、彼女は雄叫びをあげることもなく黙々とクラウンに殴り掛かる。



「ちょ、ちょっと!? ブラック、一旦落ち着こう!」



 必至にクラウンは彼女の説得を試みるが、まるで通用しない。

 だがおそらくそうだろうとは思っていた。

 クラウンの良く知る彼女は頑固で、意志が強い。

 何かを成そうとしたら、それを成すまで決して諦めないのが特徴だ。


 おそらく今の彼女は、クラウンに一撃入れるまで止まらないだろう。……もしも彼女が百発入れるつもりだったら百発殴るまで、だ。

 それは流石に勘弁してほしいが、クラウンはひと先ずは覚悟を決めて歯を食いしばる。


 バキッーー!


 彼女の拳がクラウンの頬へと突き刺さり、かけていた眼鏡がカラカラカラと床を滑っていった。

 クラウンは痛みのはしる頬を撫でながら、再度彼女に話しかける。



「イタタ……。気はすんーーどァッ!?」



 気はすんでいなかったようだ。今度は腹部を思い切り蹴られてしまう。

 頬の痛みなど気にする余地もなく、両腕で腹をつつみながらうずくまる。



(二発、二発で終わりにして! 百発は無理!)



 頭の中で彼女の意志が成就していることを懇願する。どうやらそれが功を成したのか、それ以上の追撃はなかった。

 涙目のクラウンを前にしてようやく気が晴れた彼女は、その沈黙をようやく解いた。



「何でウチを置いていったんや、かしら?」



 そんな言葉を漏らした彼女の目に、先ほどのような雄々しさは無かった。

 まるで先ほどのは演技だと言わんばかりに、彼女は今にも泣きそうな目でクラウンの顔をじっと見つめていた。



「けほ、けほ……。いや、そんな泣きそうな顔されても泣きたいのはこっちなんだけど」


あるじ様よ。もう示しがつかぬほど溢れておるぞ」



 ビヒーのいらぬ突っ込みを無視して、クラウンはゆっくりと立ち上がる。

 


「えっと……ごめん?」


「謝罪はいらん。理由聞かせて」



 ブラックは端的にそれだけ言うと、クラウンのことをまた睨みつける。

 どうやらまだ怒っているみたいだ。

  

 今までどうしていたかーー特に隠す必要もないクラウンは順を追って説明することにした。

 ブラックもその経緯を最後まで止めることなく聞き続ける。



「ーーつまり、かしらを召喚したその生意気な小娘を潰せばいいっちゅうことやね?」


「どこをどう聞いたらそういう結論になるの!?」



 真面目に話を聞いてくれているかと思っていたのだが、クラウンの心境は全く伝わっていなかった。

 クラウンは思わずブラックを本気でしばいてしまう。

 もちろん突っ込みのレベルで。



「いや、ですがかしら。要はかしらが人間の、それも小娘に非道な契約をされて身動き出来へんいう話やろ?」


「まあブラックの言っていることは間違いじゃないんだけどね。でもボクは今の生活が気に入っているの」


「な……!? う、嘘やろ? かしらがそんなん言うなんて……」



 信じられない、とブラックは全身をわなわなさせながらその気持ちを体現させる。

 だがそれは真であると、すぐ傍にいる執事が肯定した。



「残念ながらあるじ様の言っておることは本当じゃ。そして我もレヴィもここでの暮らしが気に入っておる」


「そういうこと。だからブラックが何と言おうと、悪いけどしばらくは元いる場所に戻るつもりはないよ」



 その想いは本当のようだ。

 クラウンの目を見てブラックはそう感じた。

 無論思うところはあるが、自分は所詮主人の犬なのだからとクラウンの意向に従うことにする。



「…………わかった。かしらがそう言うんやったらしゃあない」



 そして「ただーー」と強調させてブラックは続けた。



「ウチも当然ここに残るで」



 そこには強い意志が込められていた。

 ブラックの瞳がこうなったのならもはや曲がることはないだろう。 

 まあ元々そう言ってくるであろうことは予想出来ていたので、クラウンはその願いを聞き届けることにした。


 

「分かったよ。でもブラック、ここで生活するっていうことはこの人間社会に溶け込む必要があるんだよ? それは理解出来てる?」


「当たり前や。要するに簡単に人間殺したアカンいうわけやろ?」



 要約しすぎだ。

 クラウンは眉間に皺を寄せて溜息を吐いた。



「いいかい? まず大前提として、ここではボクだけでなくボクの娘、白城梓にも忠義を捧げること」



 するとブラックはキョトンとした顔でクラウンを見る。

 本気で分かっていないらしい。

 クラウンは増々頭が痛くなってくるのを感じる。



「……何でや?」


「あのね、ブラックはこれから人間社会において、どういった存在として溶け込もうとしているの?」


「ありのままの悪魔としてやけど?」


「はぁ……。そこがまず駄目。ここらでは悪魔の存在は伝説上のものでしかなく、知っている人間は限られている。もしも万が一いらぬ疑いがかけられたら、それは白城家の繁栄を目指す梓ちゃんにとっては大きな障害になる。そうなるとボクらの居場所も必然的に奪われる形になるから絶対に自分の正体をばらさないこと」


「ほなウチはどうすればええん?」


「我らみたいに白城家の使用人ーーつまり人間に扮して働くっていうのが一番じゃの」



 にかっと笑いながらビヒーがそう言って、隣にいるレヴィがウンウンと頷く。



「使用人……って、そういえば二人は何でそないな格好しとるん?」



 ようやく二人の格好に疑問をもったブラックが問いかける。



「なんと、気づいておらんかったのか。我らはこの白城家の執事として、あるじ様とお嬢様に仕えておるのじゃ」


「ここでもあるじ様に忠義を尽くすことができておる。羨ましかろう?」


「た、たしかに。ならウチも執事としてーー」


「阿呆。仕えるべき主君があるじ様とお嬢様しかおらぬのに、それ以上執事がおるのは可笑しいじゃろう」


「ならウチは……?」


「そうじゃの。残るは料理人かメイド、あるいは庭師に従僕フットマンといったところか」



 ビヒーは思いつく限りの使用人の姿を挙げていく。



「ブラックは料理はーー」


「出来へんで」


「……ということで当然ないの。じゃがメイドは……」



 レヴィとビヒー、ついでにクラウンはメイド服を着用して働くブラックの姿を想像する。

 その瞬間プスーと全員から息が漏れていく。



「自分ら……殺したろか?」



 ほとばしる殺気は気のせいではないだろう。

 やるといったらる女性だ。態度には気をつけないといけない、と慌てて笑いを抑える。



「コ、コホン。まあメイド服がないから却下として、手先も不器用ならば庭師もないの」


「となるとやはり、そのまんまの格好で働けそうな従僕フットマンがもっとも適任かもしれぬの」


「その従僕フットマンっちゅーのは何する仕事なん?」


「我ら執事の指揮下で働く様々な雑務担当みたいなもんじゃの」


「は? かしらの下とちゃうん?」


「あくまでも仕事上では、ということじゃ。無論、我らの指示よりもあるじ様とお嬢様の方が命令権は優先されるから安心せい」


「そもそもブラックよ。お前さん、本当にお嬢様にも忠誠を誓えるのか?」



 ビヒーの指摘もご尤も。クラウンもそこなのだと心配していた。

 見てのとおり、ブラックの思考は極端なものがある。

 本人も最初に梓をほふるだなんだと簡単に言っていたが、つまりは人間を随分と卑下た目で見ているのだ。

 そんなブラックが果たして誓約も無しに、人間の少女の命令に素直に従うことが出来るのか。そう思うと不安でしかたがない。

 もしも無理そうであれば、クラウンは彼女には悪いが追い返そうとも考えている。


 だがブラックは、そんなクラウンの心配を跳ねのけるように即答した。



「当たり前や。それが必要なんやろ?」


「ならばよいのじゃが……やけに素直じゃの?」


「そら素直にもなるわ。だってかしら、ウチが頷かんかったら帰らすつもりやったやろ?」


「あはは。よくわかったね」


「当たり前や。ウチがどんだけかしらのこと見てる思うねん。かしらの顔見れば何考えてるかぐらい大体分かるわ」


「ムハハハハ! 流石は忠犬。恐れ入るわい」


やかましいわ。まあ、っちゅーことで最初の偏見の目は捨てて、ウチも誠心誠意そのお嬢様に尽くさせてもらうわ」


「そういうことなら、これからもよろしく頼むよ」


「了解。ーーで、そのお嬢様とやらは今おらんの? 早速挨拶しとこう思ったんやけど」



 キョロキョロと周囲を見渡しながらブラックは確認する。



「うん。残念ながら今は外出中だって」


「ほなウチ、散歩がてらお嬢様を探して挨拶しにいくわ」


「探しに行く……って、場所分かるの?」


「多分やけど、この屋敷に一番濃く残ってる匂いを辿ればええんやろ?」



 そういってブラックは、スンと匂いを嗅ぐ動作を見せた。



「あ、そっか。ブラックは鼻が良かった・・・・・・もんね」



 クラウンは思い出したのように手をポンと叩く。



「そういえばビヒー、さっきウチの名前呼んどらんかった?」


「ん? ……おお、そうじゃった!」



 ビヒーはついさっきまで三人で話していたことを思い出し、ブラックに質問する。



「ブラックよ、お主、あるじ様がコッチに召喚されてからどうしておったのじゃ?」


「どうって、匂い辿って探し回っとっただけやけど?」


「ふむ。ならば正直に教えてほしいのじゃが、その時に人間と殺り合ったこととか、暴行を加えたとか、そういう事はなかったかいの?」


「ああ、そんなことかいな。何度もあったで。喧嘩を売られたり売ったりと、キャンキャンやかましい人間が多かったしな」



 それを聞いて、クラウン達の背にうっすらと冷たい汗が流れ始める。

 


(うん。まだ可能性あり程度。大丈夫)



 さっきの青年の話を思い出しながら、目の前のブラックが犯人である可能性を必死に否定する。



「ちなみにその時、自分の正体はバラしちゃったりしてないよね?」


「いや、かしら……申し訳ない。そん時は堂々と悪魔名乗ってた思うわ。あ、でもほとんど信じひんと馬鹿笑いしとったからボッコボコにしといたし、多分口は割らん思うで」



 三人の笑顔が凍り付き始める。



(うん。まだ可能性が極小から小に変わった程度。だから大丈夫)



「……そういえばブラックはどうやってボクの場所を突き止めたんだい?」


「そりゃまずかしらの匂いやな。でもそれだけじゃ広過ぎて大変やったから、いくら人間でもかしらの名前知らんわけがないし、喧嘩買ったり売ったりする度にその人間に『クラウンいう名前知っとるか?』って聞いて回っとったんよ。そしたら知っとるいうやつがチラホラおったし、そいつらの情報をもとにってのもあるな。それがどないしたん?」


「……いや、うん。何でもないよ。あはは……」



 クラウンはそれ以上何も言うことなく、乾いた笑みを溢すだけだった。

 何やらレヴィやビヒーも気まずそうな顔をしながら俯いている。

 少し気にはなるが、何でもないということなのでブラックは特に気にしないことにした。



「そうか? ほなウチ、ちょいと出てくるわ」


「うん、いってらっしゃい……」



 クラウンたちは嵐を見送った後、今日一番の溜め息をついた。





 

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