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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第三章:精霊の舞闘会
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第十二話:決勝戦その弐

 高揚感。

 緊張でもなく、好きな人を前にして頬を赤らめるでもない。

 梓が今気持ちを高ぶらせているのは、早く戦いたい。その想いだけであった。


 それはどうやら彼も同じようで、梓と大吾は二人して笑みを浮かべながら向かい合っていた。

 試合はまだ始まっていない。

 大吾は少し、思い出話を口にした。



「懐かしいな」


「……何が?」


「白城と戦った時のことだよ」


「懐かしいといってもそれは数か月前程度じゃなかったかしら?」


「違えよ。初めて白城と戦った時の話だ」



 そこまで聞いて、梓は「ああ……」と思い出す。


 

「昨日、あいつが過去を掘り返すもんだからつい思い出しちまってよ」



 愛が昨夜に少し話題にした時の話だろう。

 梓もその時にその頃のことを思い出した。








 聖騎士学校に入学直後、「おいお前!」といきなり呼び止められたのだ。

 振り返ってみるとそこには自分と同じぐらいの背丈の男の子。からまれた!

 一瞬泣きそうになったが、祖母の教えである甞められるなという教育のおかげで、それをグッと抑えることに成功した。

 そこからは逆に高圧的な態度で返事をしたはずだ。

 


「何かしら?」



 毅然とした態度でそう言い放つ。

 予想だにしていなかった冷たい視線に、男の子は思わず一歩後ずさるが、意を決したかのように大きな声でこう叫んだ。



「お前、白城家っていうすっげー強い家の子なんだろ?」



 それが何だというのだ?

 梓が当時彼に抱いた気持ちは今のような甘酸っぱいものではなく、鬱陶しいという苛立ちに似た感情であった。

 第三者が見ても、少女の表情を見れば露骨すぎるほどその様子を窺うこともできただろう。

 面倒くさいと思いながらも、梓は棘のある声で返事をする。



「それが何?」


「俺と勝負しろ!」


「……………………は?」



 呆れた。

 何を言われたのか理解できるまで時間を要するほどに。

 その当時の梓は、愛に負けず劣らず心の中で目の前の少年を「馬鹿なの?」と心底思っていた。

 

 今時決闘なんて流行らない。

 訓練を受け、騎士になり、実力を認められて家の名をあげる。

 決闘したところでその過程を近道できるわけでもなし。むしろ下手すれば障害になるおそれだってある。

 無論、黙っていられない程大切な何かを傷つけられたとか、引けないものの為にとか、正当な理由があるならば梓も否定するつもりはない。

 しかし目の前の少年は初対面にも関わらず勝負しろの一点張り。

 きっと梓でなくとも「馬鹿かコイツは?」と思ったに違いない。



「だーかーらー、俺と勝負しろ!」


「それはさっきも聞いたわ。何で私が初対面の貴方と勝負しないといけないのかしら?」


「お前んとこが強いって聞いたからだ!」


「……何だか会話がかみ合ってない気がするわね」



 梓は頭を痛くしながら溜息をついた。



「貴方、一応この聖騎士学校に入学したのよね?」


「そうだけど?」


「なら知ってるとは思うけど、理由のない決闘は校則として禁止されているわ。それを破ると最悪の場合退学処分よ?」


「え……。そうなの?」



 やっぱり馬鹿だった。

 さっきよりも大きなため息をつきながら、梓は不憫そうな目で少年を見つめる。



「じゃ、じゃあ、勝負じゃなくて剣の練習だ! それなら大丈夫だろ?」


「嫌よ。何で私が見ず知らずの貴方と一緒に練習しなきゃいけないのよ」


「だってお前強いんだろ? みんな言ってたぞ。英雄の孫だって」


「だったら何なの?」


「俺は男だ。強い相手がいると聞いたら挑みたくなるもんだろ?」


「私は女よ。そんなこと言われても共感できないわ」


「がーん!」



 必至の説得が通用しなかったことに少年は地面に倒れ込む。

 よほど自信のある言葉だったのだろう。

 だがすぐ立ち直り、再び梓に向けて叫んだ。



「とにかく俺はお前と戦いたいんだってば! とにかく戦え!」


「……もうなりふり構わないのね」



 舌戦ではこれ以上の語彙力が存在しないからか、少年は子どものようにみっともなくわめき始めた。

 実際年相応ではあるが。


 ただこれ以上騒がれて周囲の注目を浴びたくないと思ったからか、梓は不服ではあるが少年の希望に沿う事にした。

 溜め息まじりに。



「分かったわ。でもここじゃ注目されすぎだし、場所を変えましょう」


「……はは~ん? みんなの前で負けるのが怖いんだろ? 俺は別にここで戦っても大丈夫だぜ」


「退学処分を受けてもいいならご勝手に。ただその場合は私は一切手を出さないから、貴方に一方的に苛められたと証言するわね。他にも証言してくれる人は大勢いるし」


「すいませんでした!」



 少年は梓の脅しにすぐに謝罪して移動した。

 といってもそれほど遠くの場所ではないので、歩いてすぐに到着した。

 大通りに面していない細道。ここならば注目も浴びないだろう。とはいっても興味本位で二人の後をついてきた同じく聖騎士学校に入学した子らの視線は免れないが。

 梓は一応念のために、来る途中で見学は勝手だが、見た事は内緒にするよう釘を刺しておいた。

 全員頷いたし、大丈夫のはずだ。それに一応剣の練習ということにしているから問題ない。



「準備はいいのか?」



 少年は催促するかのように梓に声をかける。



「ええ。いつでもどうぞ」



 今回使用する武器は木製の剣。

 これならば万が一大人に見られたとしても、剣の練習ーーあるいはお遊びということで収まるはずだ。

 少年も最初こそ不服そうにしていたが、帰ると脅すことで素直に受け入れていた。


 見学者はいれども立会人はいないので、双方の合意のもと戦いが始まる。

 梓が少年の問いに答えたことで、一気に少年は駆けだした。



「うおりゃああああ!」



 思い切り剣を振りかぶったままドタドタドタと近づいてくる。

 素人だ。普段から大人の剣を見る機会に恵まれていた梓からすると、少年の動きはそう映ったに違いない。

 とはいえ油断は禁物。

 入学早々に白城家の娘が不覚をとったとあれば評判はがた落ちだ。

 梓は両手に力を込めて剣を構える。

 そして少年のがら空きの胴体目掛けて、袈裟懸けに木剣を打ち下ろした。



「げぶぅーッ!?」



 情けない声と同時に、目からは涙、鼻から鼻水、口から唾といった水気を放出し、その場でうずくまった。

 勝負ありだ。


 

「だ、大丈夫?」



 あまりに呆気ない幕引きに、梓は思わず心配そうに声をかけた。



(だってあれだけ大きく出てたんだし、一発で終わる何んて思わなかったんだもん!)



 誰にするでもない言い訳を心の中で発した。



「こ、こんぐら……い、大丈夫、だし!」


「いや。地面に向かってそんなこと言っても大丈夫そうには見えないわよ?」


「だ、大丈夫だ!」



 今度こそ立ち上がって、涙や鼻水を垂らしっぱなしのままそう言った。

 説得力はないが、立ち上がれるならばまだ戦えるであろうことは確かだ。

 梓は一応少年に問いかける。



「えっと……まだやるのかしら?」


「当然だ! 勝負はどっちかが『負けました』って言うまで終わらないんだからな!?」



 誰が見てもさっきので勝負はついたと思うのだがーーと思いながらも、梓は無様でも立ち上がってこれたことを称えて、少年の意向に沿うことにした。



「いくぞおぉぉー!」



 そして少年はまた剣を振り上げた。





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