第十二話:決勝戦その壱
ーー精霊の舞闘会。
この催しが行われ、はや十日目。
最終日ということもあり、大演習場はおろか西部全域に至るまで人で溢れかえっていた。
真上で照り付ける太陽も、人々にゆとりある影をつくることができずにさぞ窮屈に違いない。
それでも人口密度が爆発寸前となるまでに膨れ上がっているのは、皆がこの日を待っていたからなのだろう。
誰一人として、他の場所に身を移そうなどとは思わなかった。むしろ自ら進んで暑苦しい人垣の中を突き進もうとまでする観衆もいる始末。
そんな様子を貴賓室ともいえるべき場所からモニター越しに外の様子を窺っていたこの国の法王ことクリストファー・バード・ディ・ローランドは「うひゃぁ……」と驚きの声を漏らす。
「歩く隙間もないね」
「それほどまでに国民全員がこの試合に注目しているということですよ」
クリスのすぐ傍に控えていた静香が、微笑みながらそう返した。
とはいえ彼女もまさかここまで人が集まるとは想像もしていなかったので、内心ではクリス同様に驚いていた。
初日から先日にまでかけて、人口の密集度は過去類を見ない程。だというのに、この現状はこの国に生きる全ての国民がここに集っているのではないかと錯覚するほど満ちに満ちている。
「それに他国から見学する者も増えて来たからな」
付け加えるようにして、静香とは反対の位置に立っていた玄武がそう紡ぐ。
「そうなの?」
「ええ。初日からすでに他国より入国している者は大勢いましたので」
静香の言葉に、クリスはビクッと肩を震わす。
「もしかして私のような立場の方が入国しているとかはないよね?」
そしてオドオドした様子でその不安要素を口にした。
「ほら、あのセスバイア法王国の巫女姫様とか……」
それを聞いた静香はただ「なるほど」と頷いた。
クリスの言うセスバイア法王国の巫女姫ーープラムエル・ムーデ・セスバイア。つい最近このローランド法王国に問答無用で戦争を吹っかけて来た狂人である。
クリス自身は彼女とは直接の面識はなかったが、戦争後に静香と玄武が彼女相手に手も足も出なかったと聞いてからは、まるで未知の化け物だと言わんばかりに彼女のことをひどく怯えるようになった。
クリス自身、最強と信じていたはずの二人が敵国のーーそれも少女相手に打ちのめされたとあっては、ある意味その反応も仕方のないものなのかもしれない。
「ご安心を。正直、あのお方は常識という概念に捉われない方ではありますが、今は自国で静かにしているという確認がとれています」
「そ……そっか。なら最終日に舞闘会を台無しにされる心配もないよね?」
「まあ! そのような心配をしてくださっていたのですか?」
「う、うん……。そりゃあこの舞闘会は過去に一度もない歴史的な催しだしね。主催者としては何か妨害があるんじゃないかってビクビクもするよ」
「ご安心を。そうならないよう舞闘会では他国の参加者を一切認めず、何かあってもすぐ対応できるよう奴がいる。無論私たちもです」
静香も「その通りです」とクリスに優しく微笑んだ。
「ありがとう、玄武。それに静香も。うん、みんながいてくれてるんだから堂々としていればいいよね!」
ひどく真っ青だった顔色が一気に塗り替えられる。
これで安心だ。
クリスはしっかり最後まで見届けようと改めて前を向く。
大演習場の中央で向き合う若い二人。
彼らを目にしてクリスは改めて思う。まさか聖騎士学校に通う者らが、権太や法王守護騎士を差し置いてここまで勝ち進んでくるとは夢にも思わなかった。
だが彼らの素性について知った頃には納得がいった。
一人はとても小柄で、おおよそ騎士という言葉も似つかわしくない程に可愛らしい顔立ちをしている。
だがそれでも鎧に着られているようにも、剣に振り回されているようにも見えないのは、彼女が決勝まで勝ち進む実力があるからこそなのだろう。
ーー凛々しい。
可愛らしい少女を前にその言葉はどうかと自分でも思うが、クリスはそれ以外の言葉が思いつかなかった。
それほどまでにクリスが高く評価しているということだ。
そして彼女は白城家の一人娘。つまりはクラウンの子どもである。
それを知ったときには自分がそう感じた感想も納得してしまった。
何せクラウンは玄武や静香ですら歯が立たなかった相手を易々と撃退したと報告に受けている。つまりは現状、この国最高戦力である三大騎士家の当主の中で、最も強者であるということ。
強さの物差しを安易に勝敗で考えるのもいかがなものかと思うが、静香は自分よりも強いと認めているし、評価に厳しい玄武ですらクラウンのことを認めている様子だった。
それだけで判断材料としては十分だろう。
そんなクラウンの子どもとなればその実力も疑いようがない。
そんな少女に対するは背の高い青年だ。
少女の背丈よりも大きな剣を背にし、観衆の視線なぞ歯牙にもかけないその堂々たる姿は法王としてーーいや男として見習いたいものがあると思ったほどだ。
背格好を見るだけで彼の強さがヒシヒシと伝わってくる。
流石に玄武ほどとまでは言わないが、立ち姿だけで「絶対強い!」と勝手に感じたのは玄武以来だ。
ただそんな彼も、少女同様に聖騎士学校に通う一生徒だと知ったときは正直驚いた。
戦いの素人であるクリスから見ても、一介の騎士のレベルを明らかに超えているのが分かる。
プラムエルの件もあるし、年齢が実力と比例しないのは理解しているつもりだが、それでも凄いものは凄いのだ。
騎士生でありながらどうやってそこまで強くなれたのか、クリスが疑問に思っているとクラウンがこっそり教えてくれた。
どうやら彼、白城家に住み込んで稽古をつけてもらっているらしい。
白城家の執事であるレヴィという悪魔にだ。
クリスも実際にその悪魔にあったことはあるが、なんとも執事とはとても言い難い格好をしておりーーいや、燕尾服を着ているから紛うことなき執事なのであろうが、その顔立ちや身長は明らかに子どものそれであった。
しかし実際にはこの国にいる誰よりもずっと年上であり、その実力も玄武が敬語を使う程だ。
そんな彼に鍛えられているのならば他の騎士生と比べてずっと強いのも納得がいく。
付け加えると、二人とも聖騎士学校では玄武の息子である司にこってりと絞られているらしいので、決勝まで残ったのもある意味自然なことなのかもしれない。
ただ二人に指導していた司や、おそらく二人よりも実力のあるはずの権太、静香の副官らが敗退したのは少し不思議である。
団体戦、トーナメントといった形式であれば運という一言でもバッサリ切ることが出来るだろうが、それでもクリスの良く知る誰か一人でも決勝に残るだろうと思っていた。
それも後々静香や玄武に話を聞けば、どうやら彼らがクリスの言葉に従って、次の若い世代の実戦経験を積ませてくれたらしい。一部例外もいたらしいが。
とにかくそれを聞いたクリスはほっこりとした気分になった。
やはり国を想って行動してくれる彼らは誇らしい。口に出せば怒られるかもしれないので、クリスは内心で自分には勿体ないほどの人材だと正直に思った。
そんな彼らがお膳立てしてーーあるいは正面から戦って送り出した二人の試合。
一瞬たりとも見逃すまいと、クリスは試合開始の合図をまだかまだかと待ち望んだ。