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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第三章:精霊の舞闘会
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第十一話:準決勝その参

「まあ何にせよ二人とも決勝進出おめでとーう!」



 その晩、白城家にてちょっとした祝いが催された。

 といっても面子は特に変わりばえなく、食卓に座っているのはクラウン、梓、大吾、愛、そして権太の五人であった。

 彼らを囲うようにして、使用人であるビヒーにレヴィ、権太が召喚した悪魔である迷宮を彷徨う牛悪魔ミノタウロスーー今はただの大柄な男の姿だがーーが壁際に待機していた。


 グラスを鳴らし合うほど距離は近くないが、各々でグラスを高くあげて「乾杯!」と笑顔を見せていた。


 ……一人を除いては。



「そんな辛気臭い顔しないでよね。折角の料理が不味くなるじゃない。あ、梓のお父様の料理が不味くなるなんて当然あり得ないんだけどね」


「しょうがねえだろ。納得いかねえんだから」



 愛に指摘されてしまった大吾は、それでも機嫌悪そうな顔でぶつくさと文句を垂れる。

 まあ戦闘好きがこれからという時に相手に棄権されてしまったのだ。それも二連続で。消化不良も仕方があるまい。

 だからといって折角の祝いの席。

 大吾も納得はいかないものの、周囲の雰囲気を壊してはいけないと少しずつ自分で自分をなだめ始めた。

 だが目の前にその原因となる男が座っていると、どうしても文句を言いたくなってしまう。

 我慢することなく今日何度目かになる文句を投げつける。



「てか櫻井卿、正直まだ戦えただろ! あの程度で負けを認めるなんてアンタらしくないっつーの!」


「何度も言っただろう。貴様と違って儂も流石に歳をくった。全盛期のような体力は本当に残されていない」


「そこじゃねえよ! 衰えていたとしても、俺一人本気出せば簡単に負かすことも出来たんじゃねえかってこと! 試合でも斬りかかる隙があってもわざと蹴り入れてきたり……って自分で言っててまたムカついてきた!」


「……結局貴様はどうしたいのだ?」


「俺はただ事実を知りたいだけだ! あのままやり続けていたらどうなってたかっていうな」



 少し間をおいて、権太は一つ溜め息をつくと、望み通りに推論を語った。



「安心しろ。もし仮に戦い続ければ貴様は勝っていた。だがそれは私が決して本気を出さなかったという前提があってこそだ。もしも儂がとっとと終わらせようと思えば、すぐに終わらせることも出来た。どうだ、これで満足か?」


「ああ満足だよ! 結局アンタが本気を出していなかったって分かったからな! 馬鹿にしやがってーー」



 そう憤り席を立とうとする大吾を、クラウンが「待って」と呼び止める。

 そこにいつものような笑顔はない。真剣な顔つきで大吾を再び席につかせた。



「馬鹿にしているのは大吾くん、キミの方だよ」


「え……?」



 一瞬、何を言われたのか理解できなかった大吾は思わず呆けた声を出した。



「権太くんを気に入らないのは分かるけど、それでも彼はこの国屈指の実力者。三大騎士家を除けば実力的にトップに立つ人間っていうのは分かるよね?」



 大吾はいつにもなく真面目なトーンのクラウンの言葉に、黙って頷く。



「そしてキミは聖騎士学校に通う一人の生徒だ。元々学内最強で、それからかなり強くなったとはいえ、騎士生と法王守護騎士シュプリンガー隊長との大きな差は当然存在する。手加減しなければそれこそ試合がすぐに終わりかねない程にね」


「……っす」


「大吾くんの言い分としては『それでも試合なんだから本気を出してほしい』ってことなんだろうけど、この精霊の舞闘会の目的は何だったかもう一度思い出してごらん」


「……この国の増強…………ですか?」


「そう。その為に必要なのはこれからの若い芽。つまり大吾くんや愛くん、梓ちゃんのような次世代を担う子たちの成長なんだ。だからこそ暗黙の了解としてそれを理解している騎士は一気に決着をつけようとはしていない。見どころのある若い子たちに経験を積ませるためにね。おそらく権太くんもキミを認めているからこそ、すぐに決着をつけようとはしなかった」



 クラウンは「違うかい?」と権太の方にチラッと視線をやる。

 すると権太は「流石はーー」と少し驚いた様子で頷いている。どうやらクラウンが言っていることは事実のようだ。



「そしてそれは強者である彼らだからこそ、何かを言われるでもなく自ら担ってくれた責任というもの。名誉欲しさに貪欲に勝利を求める人間よりずっと誇らしい役割だと思わないかい?」


「……!」


「だからこそ、権太くんの手加減の意図は決して大吾くんを馬鹿にしていたわけじゃないって分かってあげてくれないかな?」



 そこでクラウンはすごく申し訳なさそうな顔で大吾を見つめる。

 厳しい口調でさっきまで大吾を叱咤していた様子とはまるで雰囲気がガラッと変わっていた。

 

 そこまで聞いて怒り続ける程、大吾も子どもではない。

 つまらないことで拗ねてしまった子どものようなさっきまでの自分の姿を恥じ、堪えながら、最終的に「あー!」と大きく息を吐き出した。

 それでもまだ恥ずかしそうに頭を掻きながら、権太に向き合う。

 さっきまでの苛立ちに満ちた顔ではなく、申し訳なさそうな顔で。



「あ~、その悪かった。櫻井卿の意図も理解できずにギャーギャー騒ぎ立てちまって」


「フン。構わぬ。貴様が未熟な餓鬼だということは元より理解しているからな」


「ぐ……ッ」


「まあ、ちょぉぉぉぉっと同じ同期生としては恥ずかしかったけどね。大人な櫻井卿と比べたらそれが良く分かっちゃったわ」


「が……ッ」


「櫻井卿も愛もそこまでにしてあげて。鳳くんが可哀想よ」


「ぬぁ……ッ!?」


「ヌハハハハ! 何気にお嬢様の一言が一番傷ついてしまったようじゃぞ?」


「ムハハハハ! そう気を落とすでない小僧。背伸びしたところで餓鬼に変わりは無し。それに人間は男よりも女の方が精神の成長は早いと聞くからの。お嬢様方と比べて子どもっぽいところがあるのはある意味仕方がないというものじゃ。……みっともなかったことには変わりないがの」


「ぐあ……ッ」


「……まあそれでも一応同じ年頃の人間と比べるならマシな方だろう。そんなに気にするな」


「うう……。ミノの旦那だけだぜ。俺を慰めてくれるのは」



 そして意を決したように、大吾は再び大声をあげる。



「ダー! こうなりゃもうヤケだ。やけ食いしてやる!」



 そう言って大吾は恥を食欲で塗り替えるように、どんどん皿に手をつけ始めた。

 だがそれでも意地悪な数名が傷口を掘り返そうとするので、大吾の治療が間に合うことはなかった。






「人生で一番辛い晩餐だったぜ……」



 いつも以上に腹を膨らました大吾は、二重の意味で辛そうにしながらそう吐き出した。



「アンタが人生を語るにはまだ早いんじゃない?」


「もうそれはいいっつーの! 蒸し返すんじゃねえよ!」


「まあまあ。愛くんもそこまでにしてあげて。明日はいよいよ決勝戦。梓ちゃんと大吾くんの試合なんだから、コンディションは万全にしてあげないと」


「ちぇ。愛さんとしては梓に勝ってほしいから、アンタの精神だけでもボロ雑巾のようにすり減らしておきたかったんだけど」


「鬼か!?」


「ええ。愛さんは梓のためなら鬼にでも天使にでも何にでもなるからね」



 フフンと見下すような視線を大吾に向けて愛は微笑んだ。

 そんな目で見られる大吾の今の気持ちは「この憎たらしい女め」というところだろう。

 一連のお約束の流れとはいえ、やっぱり腹が立つものは立つのだ。睨んでその態度を返した。


 

「そういえばお嬢様とこの小僧とでは、小僧の方が強かったんだったか?」



 不意にレヴィはそんな事を三人に質問する。



「レヴィさんの言う通り、非常に不本意ながらその通りですね。不本意ながら」


「二回も言うんじゃねえよ。まあでも最上級生になってからは一度も手合わせしてねえし、今じゃどうなるか分かんねえけどな」


「それもそうね。なんせ初めて梓に喧嘩売ったときはボコボコに返り討ちにあってるしね」


「へえ。そんなことあったんだ?」


「昔の話よ。本当に今よりもっと小さな子どもの頃の話。今じゃ私なんかよりずっと鳳くんの方が強いわ」


「……まあ、どっちが強いかってのは気になるけど、それは明日までお預けだ。俺は明日の試合の為にも一足先に休ませてもらうぜ」



 そう言って大吾は皆よりも先に退出しようとする。

 だが「待てい」とすぐにその肩を掴もうとするーー正確には身長差があるので肩ではなく腰辺りであるがーー小さな執事がそれを阻止する。



「おいおい。もしかしてレヴィさん、今日も稽古するつもりなんですか?」


「当然じゃろうて。しかし変じゃの。いつもの小僧ならここは嬉しそうにするところじゃろうに」


「いやいやいや。流石の俺もメンタルがボロボロなんすよ。枕濡らして明日に備えないといけないぐらい傷ついてるんでちょーっと気が乗らないっていうか……」


「安心せい。その程度の恥、悩む暇がないほどの訓練で優しく覆ってやるわい」


「ほんと容赦ないな!?」



 その言葉を最後に、珍しく訓練を嫌がる大吾の首根っこを掴まえて、レヴィは大吾を引きずりその場を後にした。

 ちなみに普段どのような訓練を受けているのか気になった権太と迷宮を彷徨う牛悪魔ミノタウロスが後を追っていった。



「それじゃ~梓ちゃんはどうする?」


「……私も父上に稽古つけてもらってもいいかしら?」


「そう言うと思った。それじゃいこっか。愛くんも良かったらどう?」


「え、いいんですか?」


「もちろん。とはいっても明日は決勝だから梓ちゃんメインになっちゃうけど」


「全然構いません! むしろすすんで梓のお手伝いさせてもらいますね!」


「アハハ。ありがと。本当に良いお友達に恵まれたね、梓ちゃん」


「ええ。ほんと、私には勿体ないくらいのね」



 こうして決勝前夜、それぞれが同じ屋根の下、別々の指導の下、訓練が行われることとなった。

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