第十一話:準決勝その弐
「にしても今年の騎士生はレベルが違いますね。流石は司さんが教鞭を振るっているだけはある」
「先生とお知り合いなのですか?」
「ええ。一応彼とは同期になるんですよ。実を言うと彼と試合できるのを楽しみにしてたんだけど、彼予選落ちしちゃいましたからね」
「団体戦ですし、相手も悪かったと思うので仕方がなかったと思います」
「それもそうですね。確か彼の相手は櫻井卿だったかな? そういえば次の試合も櫻井卿が出場されるんだったね。相手は貴女のお友達だとか」
「ええ」
「鳳大吾くんだっけ? 貴女もそうだけど、彼も凄く強いですね」
「一村さんから見てもそう見えるんですか?」
「もちろん。正直すでに一介の騎士生レベルを優に超えていますよ。彼も貴女も。舞闘会が終われば間違いなく騎士団に引き抜かれるんじゃないかな?」
そんなに!? と梓は智の評価に驚いた。
たしかに聖騎士学校の中では、もはや大吾・梓・愛の三人に匹敵するような騎士生は一人もいない。
訓練相手が司自らとなるほど相手も限られていた。
そう考えると智の評価は正しいのかもしれない。
これもレヴィやクラウンの訓練の賜物なのだろう。
しかし梓は自分のことは勿論、大吾のことが高く評価されたことも嬉しく、思わず顔がにやけてしまう。
「さて、そろそろボクたちも移動しましょう。次の試合の邪魔になりますからね」
「あ、はい」
そして二人とすれ違うようにして、大吾と権太が入場する。
準決勝。
勝った者が決勝へと進むことになる。つまり梓と戦うこととなるのだ。
梓としては恋する相手に勝ってもらいたいのは山々だが、正直決勝で好きな人と戦いたいとは思わない。
だがそう思っているのは梓だけで、おそらく大吾はそうは思っていないだろう。
誰が相手でも全力で戦おうとする男。
手を抜いたりしてしまうと怒られてしまうに違いない。
梓は少しずつ覚悟を決めながら、まだ勝利していない大吾との戦いを視野にいれて応援することに決めた。
この試合は極めて異例の組み合わせである。
まだ正式に騎士でもない大吾が、騎士の憧れでもある法王守護騎士のーーそれも隊長と試合するというのだから。
精霊の舞闘会が無ければ実現しなかったに違いない。
それほどまでに実力差が存在するのだ。
そしてそれは騎士でもない一般人ですら知り得る常識。
だからこそこの試合、まず間違いなく櫻井権太が勝利するであろうと予想する民衆が多かった。
だがその反面、「もしかすると」と呟く者たちもいた。
確かに聖騎士学校に通う騎士生と騎士。その間だけでも歴然たる差はあるのだが、大吾が見せたこの舞闘会の活躍ぶりはその考えを覆し始めるにまで及んでいた。
有名な騎士達を差し置いて、首位での予選通過。
同じ聖騎士生をまるで寄せ付けない強さ。
正攻法ではないとはいえ、法王守護騎士を下した相手に負けを認めさせた実力。
そんな実績から違う結果を予想する者も出始めた次第である。
ではそんな本人はどう考えているのか。
当然その双眸で見ているのは勝利だけである。
そんな彼を気に入らないとばかりに、自己主張の激しい口髭を弄る男性ーー権太は、大吾に向かって吐き捨てた。
「この儂を前に勝つつもりというのは些か傲慢が過ぎるんじゃないのか?」
「っかっかっか! 勝つ気がなきゃこの場に立っていねえよ」
「フン……。まあいい。以前も言ったが貴様の謬見を改めて正してやろう」
「へっ。言ってろ」
「はーい。それじゃ二人とも準備はいいかい?」
二人の喧嘩口調が一瞬途絶えたところで、クラウンが割って入る。
二人は何も言わず剣を構えることでそれに応えた。
「大丈夫みたいだね。おっけー。それでは~準決勝ーー始め!」
「ーーいくぜ櫻井卿!」
先に仕掛けたのは大吾だ。
フェイントも何もない。猪のように突進しながら、権太目掛けて自慢の大剣を切り上げる。
あれだけの質量剣をまともに受ければ間違いなく人体なんて容易く上半身と下半身が泣き別れすることだろう。
しかもただ切り上げるだけではない。ただでさえ勢いのある大剣の切れ味を更に鋭利に、更に鋭く、全てを斬り伏せる一撃をもって振り抜く。
ーー【戦技・一刀両断】
もしも使う相手を知らなければ誰もが「馬鹿かコイツは!?」と批難したに違いない。
何せ相手は老人ーーとまではいかないが、それでもこの精霊の舞闘会に参加する誰よりも歳をくっているように見える。
しかしその正体は皆が知るように法王直属の部隊であり、その隊長だ。
誰一人として彼の体が真っ二つになるなどという心配はしていなかった。
そして皆の想像通り、権太は容易くその一撃を受け止める。
「全てを切り裂く最強の剣ーー【一刀両断】か……。しかしそれは所詮謳い文句。同じく【一刀両断】をもってさえすれば切り裂ける道理はなし」
「やっぱ使えるか」
「当然だ。これは元隊長殿が全ての法王守護騎士に習得させた戦技だからな」
そう言って、およそその外見からは想像できないほどの腕力をもって大吾の剣を弾きあげると、がら空きになった胴体目掛けて蹴りを放つ。
回避も防御も間に合わなかった大吾は、甲冑越しに伝わってくる衝撃により後退してしまう。
「ちっ。足癖も悪い野郎だ。本当に騎士かよ?」
「フン。法王様を護る為であればどんなに汚い戦法でも取り入れる。それが儂の役割であり、長生きするための秘訣だ。よく覚えておくがいい、鳳大吾」
「ああそうだった。確かにそういう奴だったよ、アンタは。少し優しいところもあったから忘れてたぜ」
大吾が言っている優しさというのは、聖騎士学校までの送迎をする場所を用意してくれたことだろう。
無論大吾にではなく、あくまでも迷宮を彷徨う牛悪魔の騒動の際の謝罪と感謝の意味を込めて、白城家に贈ったモノではあるが。
「……だが、その剣だけに頼らない戦い方ってのも俺も覚えていかねえとな」
「ほう。やけに素直だな」
「まあな」
気に入らないーーが、権太の実力は確かに認めている。
数か月前までなら手も足もでなかった。それだけ強く、また経験も有している。
更に強くなるには、今の蹴りのように攻撃手法を増やして戦えるようにしていくことだ。大吾はそう感じていた。
(……ちょっと試してみるか)
大吾は再び攻撃を仕掛ける。
「今度は戦技なし……か。甞められたものだ」
権太はまるで殺気のない剣に呆れながら、迎撃する。
若さに一切引けを取ることのない権太の腕力には圧巻の一言である。
大吾の大剣よりもずっと小さな剣が、襲い掛かる剣撃を次々と打ち落とす。
「儂に一太刀浴びせたいのなら力も速度も足らんぞ」
「だろうーーなッ!」
今度は徐に大剣を地面に叩きつける。
(目くらましか?)
目の前で舞った土埃に口もとを手で覆いながら、権太は数歩後退しようとする。
だがそれを追うように権太の頬を風が叩く。
「ぬっ!?」
何だ? と口で言うより早く、権太は咄嗟に身構える。結果としてその反応は正しかった。
その刹那、権太の腕が強い衝撃を受け止める。
権太を襲った影は、お返しとも言わんばかりに大吾の蹴りであった。
「その大剣を軸にして、身体ごと遠心力を利用して蹴りつけたということか。何て大雑把で無駄な動きだ」
「うっせ! 初めてなんだからこんなもんでいいだろ」
「確かに経験を積むという点では否定はせんが、この儂相手にぶっつけ本番をかますとはな。怒りを通り越して呆れてしまうわ」
「そりゃどうも。まあこっからは戦いなれてるやり方でやらせてもらうぜ!」
大吾は地面に突き刺さった大剣を引き抜いて、再度構えた。
「それでいい。まだまだ儂には勝てんということを教えてやろう」
「いいや、俺は勝つ!」
自慢の大剣を、また勢いをつけて振り抜く。
権太がそれを自らの剣を以って打ち払う。
それが延々と繰り返されていく。
あれだけ重量のある剣を何十も振り切る大吾も凄いが、それを容易く打ち落とす権太もやはり流石というべきだった。
一見すればあれだけ打ち込んでいるにも関わらず、一度も掠りさえしない権太が明らかに優勢だ。
まるで遊んでやっているといわんばかりに、隙あれば蹴りを入れる程度でしか反撃しない。
百にも及ぶのではないかという斬り合いを前に、観衆全員がそう感じ始める。
だが打ち合っている権太の意見は違っていた。
(何だコイツは? どこまで……!?)
額に汗が浮かぶ。
焦りの色が見え始めていた。
それをすぐに見抜いた大吾は、攻撃の手を緩めないままほくそ笑んだ。
「どうしたよ、櫻井卿? 何か辛そうだぜ?」
「ふん。ほざけ」
口ではそう言うが、実際権太は驚いていた。
ーー歳はとりたくないものだ。
剣を打ち払いながら権太は静かにそう思う。
力も速さも技術も、まだ目の前にいる若造には負けていない。それは数度の打ち合いを見て確信している。決着をつけようと思えば簡単に終わらすことも可能だろう。
だがそうしないのは戦力増強というこの舞闘会の意向に沿うためである。
つまるところ権太の役割は稽古をつけることなのだ。これは誰かに指示された訳でもなく、あくまでも権太の勝手な判断・行動ではあるが。
ある意味国に仕える権太らしいといえるだろう。
だからこそあえて今は守りに専念し、攻撃を受け続けている。
そこから指摘できるところは身をもって教えてやろうと、不本意ながら大吾にも行おうとしたわけだがーーここに来て予想外なことが起きた。
愛がよく大吾を馬鹿にしているが、その馬鹿げた体力についてだ。
あれだけ質量のあるものを振り回し、何十を越える攻撃をし続けているにも関わらず、大吾は一向に息が切れる様子もない。
むしろ嬉々として無邪気な顔で汗を流しているのだ。
それでも最初は余裕があった。
しかし徐々に押されつつあることに気づき、今では運動量が少ないはずの自分の方が疲労している現実に驚愕していた。
老いても法王守護騎士隊長。体力はあるが、それでも全盛期ほどではない。
久方ぶりに息を切らし始めた権太は、歳をようやく実感した。
「オラオラオラァッ!」
「……チッ。あまり調子に乗るな!」
流石に限界に近付いた権太は、本気で大吾の攻撃を打ち払う。
先の試合で梓が智に披露したあの技術だ。
元々使えたわけではないが、法王守護騎士隊長という実力をもってすれば当然のように真似できる技だ。
「うおっ!?」
突然来る横からの強い衝撃に、大吾も智同様腕が剣にもっていかれる。
これで首元に剣をつきつければ先ほどの試合と全く同じ決着だ。
だがそうはしない。
権太は体幹のぶれた大吾目掛けて思い切り蹴りを放つ。
当然防御の間に合わない大吾はなすすべないまま蹴り飛ばされてしまう。
とはいえ甲冑越しであるから、それほどダメージはない。衝撃による痛みはあるが。
大吾はすぐに立ち上がって向き直る。
「今の……さっき白城が使ったやつだよな」
「ほう。分かったか」
「チッ。やっぱ気に入らねえな。さっきのタイミング、櫻井卿なら俺の首を斬り飛ばすことも出来たはずだろ?」
「無論。だが貴様にはまだまだ実力差というものを理解させてやりたいからな」
「っかっかっか! 余裕こきやがって。だがその余裕、高くつくぜ?」
「面白い。ならばそう吠えるだけの力を見せてみろ」
「じゃあ遠慮なく! 筋力向上≫」
「ふん。身体能力を向上したところで、最下級精霊としか契約を交わしていない貴様の術ではたかが知れている。それだけでは私を超えることはできんぞ」
「わーってるよ。そう急かすなって。まだまだこれからなんだから」
そう言って大吾は立て続けに精霊術を行使する。
≪筋力向上≫・≪筋力向上≫・≪筋力向上≫・≪筋力向上≫……。
立て続けに何度も何度も重ねて唱え続ける。
「馬鹿が。その精霊術は重ねがけしたところで効果がないというのに」
権太曰く、強化の精霊術は重ねて使ったところで効果はないと言う。
しかし大吾の意見は違った。
「確かに。効果がないなら使うだけ魔力の無駄だわな。俺も最初はそう思ってたさ。でも俺は馬鹿だからよ、自分で確かめてみねえと納得いかなかったわけよ。そしたら新事実に気づいたわけだ」
「『新事実』だと?」
「ああ。重ねがけは正確に言えば効果がないわけではなく、効果が一回目よりも弱くなるってだけだ。おそらくだが、最下級精霊の≪筋力向上≫程度じゃそれほど筋力が増すわけでもねえしな。二回目の効果なんて微々たるものすぎて分からなかったんだろうよ」
「……もしそれが事実だとしても、尚更貴様は馬鹿だな。効果がどんどん薄くなるものを使ったところで、魔力の無駄遣いだ」
「へっ。ここで櫻井卿の言葉を借りるなら『あんたの謬見を正してやるよ』ーーだな。誰も使い続けるとどんどん効果が弱くなるなんて言ってねえぜ」
「何だと?」
「俺が言ったのはあくまでも一回目より効果が低下するってだけだ。二回目よりも三回目が、三回目よりも四回目が効果が落ちるわけじゃねえ」
そこまで聞いて権太はハッとなった。
もしも大吾の話が事実であるとすれば、先ほどの重ねがけでどれだけの効果が出るというのだろうか?
隠しようもない冷や汗が頬を伝って流れていく。
「まあおかげさんで魔力も空っぽだけどよ。んじゃそろそろーー吠えるだけの力ってやつを見せてやるぜ!」
精霊術によって大幅に向上した大吾の脚が、力強く大地を蹴った。
(ーー速い!?)
さっきまでとは段違いだ。
一割二割どころではない。最低でも三割以上は違う。権太は肉薄する大吾の剣を捉えながらそう確信した。
「ぬぅ……ッ!」
速さだけではない。
当然剣に込められた力も先ほどより大幅に向上している。
正直いなすのも難しい。
馬鹿げた体力に加え、権太と同等程度にまでなった速さと、今や権太以上となった腕力。
まだまだ取るに足らない小物であると判断していた小童が、今となっては脅威に感じ取れた。
たった数回の攻防。
それだけで権太は理解した。目の前の青年の攻撃に自分が完全に押され始めていることに。
「くっ……、まるで迷宮を彷徨う牛悪魔だな」
権太は忌々しそうに自分が使役している悪魔の名を紡ぎだす。
意識してではないが、それほどまでに厄介な相手であると認めたということだろう。
「へっ。ミノの旦那と同格扱いしてくれるたぁ嬉しいねえ。実際にはまだまだミノの旦那には敵わねえだろうけどな」
そう笑みを浮かべた大吾は自慢の大剣ごと体を回転させ、遠心力を利用して権太を襲う。
「ぐあっ!」
受け流し切れなかった剛剣に、流石の権太も吹っ飛ばされてしまう。
この試合初めてのダウンだ。
「うっし!」
大吾も「手ごたえあり」と思わず拳を握って喜んでいた。
だが叩き飛ばされた程度で戦闘不能になるほど法王守護騎士は軟ではない。
権太は全身に支障がないか確かめるようにゆっくりと立ち上がる。
そして改めて思う。
目の前の青年はまだまだ実戦慣れしていないことを。
もしも今の場面、本気で勝つつもりなら追撃するべきだ。だがそうしなかったのは彼がまだまだ甘い証拠である。
それではいざ戦場に立った時には危うい。どんな強者も油断は命取りになるのだから。
それを誰よりも理解している自分が教えていかねばなるまい。それが例え気に入らない相手であっても、この国を今後支えていく若い芽なのだから。
それが自分がこの舞闘会ですべきことだと言い聞かせて。
だがーーと権太は不意に俯いた。
「……限界だな」
誰にも聞こえないような小さな声でそう呟いた。
甲冑の下で悲鳴を上げ始めた肉体を感じる。
無論、まだ戦える。この状態でも勝利を得ようとすれば掴み取ることもできる。自惚れではなく、実際にそう判断している。
しかし権太の目的は勝利ではない。
男は静かにその場で両目を閉じた。
「おいおい。どうしたんだい? 櫻井卿」
反面、少しずつ勝利の可能性を感じ始めた大吾は、目を瞑ってしまった権太に挑発するかのように言葉をかける。
その声に応えるかのように、権太の目が開かれた。
「これで終わりだ」
(ーー来るか!?)
グッと大剣を握る手に力を込め、構える。
「棄権する」
「何でだよ!?」
予想外の言葉に、大吾は腹の底から声を出した。