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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第三章:精霊の舞闘会
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第十一話:準決勝その壱

 準決勝を控える梓が選んだ行動は、明日の試合に備えて休息をとるでもなく、更なる鍛錬であった。

 次の試合だが今のままでは十回やって三回勝てるだろうというのが梓の見解である。

 

 智はこの二戦、まるで手の内を見せることのないままの圧倒的勝利である。

 対して梓は精霊術や戦技、自身の剣の扱いに関しては正直なところ全てさらけ出してしまった状態だ。

 仮に智が梓の試合なぞ興味もなく、一度も観戦していないのであれば勝率はあがるかもしれないが、彼の姉である茜は「絶対にそれはない」と断言しているので期待しないほうが良いだろう。

 

 彼の戦い方は相手の逃げ場を丁寧に刈り取るような戦い方。

 間違いなく梓の精霊術や戦技を考慮して戦いにのぞむに違いない。油断を誘うような戦い方をする梓からすれば、天敵ともいえる相手だ。


 ならばあとは純粋な剣の腕前がものをいうわけだが、見ている限り良くて五分だと梓は判断している。

 精霊術や戦技はこの際考慮しないものとし、剣の腕前が拮抗するならばあとは経験の差がものをいう。そうなれば間違いなく軍配は智にあがるだろう。

 

 だからこそ梓はその経験の差を僅かでも埋めようと剣を振るう。

 無論一人ではない。梓の父であるクラウンにワンツーマンで指導してもらっていた。

 四回戦が意外と早く決着がつき、時間に余裕があったというのもある。ちなみに勝者は権太であった。


 クラウンも最初こそ「明日も試合があるのに休まなくていいのかい?」と心配したが、梓がかたくなに「このままじゃ勝てないから」と真剣な眼差しで言ってくるものだからとうとう折れてしまった。

 彼女の強い意思はやはり白城という看板を背負ってるからこその使命感によるものだろう。

 一応クラウンはおおやけの場として白城家の当主という立場であるから、衰退した白城家が更なる発展をのぞめるならばそれに越したことはない。だからといって娘がどうなってもいいという考えはもっていない。むしろ娘の身を優先させたいとさえ思っている。

 だから正直なところあまり梓に無茶はしてほしくなかったのだが、その梓が無茶をしたいというものだからそんな我儘わがままを聞かないわけにはいかなかった。

 当然特訓するからには疲労が蓄積するだろうが、疲労回復効能もある白城家特製の三色風呂に浸かれば問題ないだろうという打算もあるが。



「じゃあいくよ。構えて」



 クラウンは剣を構えると梓に打ち込みを開始する。

 まずは肩慣らし。梓が十分に対応できるであろう速度で剣を振るい、梓にさばかせる。



「もっと早くして」


「はいはい。そう焦らないの。徐々に剣速は上げていくから」



 言葉通りにクラウンは徐々に剣速を上げていく。

 次は梓と同程度。

 梓は次々と振るわれる剣閃を打ち落とすかのように対応して剣を振るう。ここまでは問題なさそうだ。

 

 クラウンも梓の身体が温まってきたのを確認すると、更に剣を振るう速度をあげた。

 今度は梓の最速を若干超える程度。

 梓は一気にここで苦戦する。数回の打ち合いのあとに喉元に剣をつきつけられてしまった。



「……速すぎるわ」


「まあ……梓ちゃん自身がそれを望んだわけだしね」


「……≪ペイン Lv.1≫」


「あィッダァ!? 久々だよこの感覚」



 理不尽に懐かしみながら痛みに跳ねる。

 クラウンと梓の間で交わされた契約。その内容に基づき契約者である梓が行使できる奴隷魔術の効果である。

 実に久方ぶりにかけられた気がするなとクラウンは目から零れそうになる涙を拾い上げて、梓と向き合う。



「もし相手が自分よりも剣の腕・剣速が上だと感じるなら、見てから対応するのでは遅すぎるんだ。さっきみたいに簡単に逃げ場を失っちゃうからね」


「じゃあどうすればいいの?」


「そうだね。簡単に方法は二つ。まずは先手を取ること。相手の出方を待つんじゃなくこちらから打って出る。まあ今回の訓練は如何にして相手の攻撃を耐え抜くかって話だからその方法はなしね。じゃあ残る一つだけど、これは経験に基づく攻撃軌道予測を身につけるしかないね」


「……『攻撃軌道予測』?」


「うん。まあ早い話が相手がどう打ってくるか予測して、相手より先に剣を動かすってこと」


「一応やってはいるつもりなのだけど」


「そうだね。多少は梓ちゃんも出来てると思うよ。でもそれは別に梓ちゃんしか出来る技術ってわけじゃないんだ。例えばーー」



 クラウンは急に剣を勢いよく振りかぶる。

 梓はそれに反応してすぐ頭を護るようにして剣を構えた。


 

「ほら。梓ちゃんは今無意識下で『危ない』と判断してその場所を庇うように剣を構えたよね。これは生物なら持ち得る危機回避能力とでもいうのかな? 子どもだって、虫だってもってる能力なのさ。でもこれはあくまでも突発的に何かが起こったときに反応する短期的な能力。本来剣の打ち合いのように長期間もつような能力じゃないんだ」


「じゃあ結局どうすればいいの?」


「これは経験を積むことで鍛えることもできるんだけど、今はそんな時間もないからね。だから今日はこれを利用して初撃をいかにして効率よく回避するか、その技術を身につけてみよっか」


「……あまり意味が分からないわ」


「あはは。まあ聞くよりまずは見ろ……ってね。じゃあ梓ちゃん。一回ボクに打ち込みにきてごらん」



 クラウンはぶらんとただ剣を手にぶら下げた状態でおいでおいでと挑発する。

 クラウンの剣の腕前は一度稽古をつけてもらったことがあるので知ってはいるが、甞められるというのはやはりあまり嬉しくない。遠慮なく全力で剣を振るった。

 

 当たれ!

 

 上段から一気に振り下ろした。

 身長差からすればクラウンの脳天をかち割ることは出来ずとも、当たれば胸元から一直線に切り裂き腹を開くような威力。少女の身でよくぞここまでといわんばかりの文句のない一撃である。

 

 だが梓はそんな渾身の一撃も放った瞬間に理解する。


 当たらない。


 いや、より正確にいえば当たるイメージが浮かばないのだ。クラウンに初めて稽古をつけてもらったあの日から。 

 

 幾度となく減点をつきつけられ改善すべき点をーー見つめ直す機会を得たことで、自分の剣捌きも見間違えるように良くなったと自覚もしている。

 だがそれでもクラウンに剣を当てるなどという奇跡にも等しい情景を頭に描くことが出来ない。

 それだけ悪魔としてーーいや、白城家当主として相応しいだけの剣技が彼には備わっているということだ。

 

 底が見えないという点では梓が知る限り亡くなった祖母だけ。

 自分が尊敬する相手と照らし合わせる程にまで、クラウンの剣の腕前は遥か高みにあるということだ。

 

 ではそんな超一流はこの攻撃をどうさばくのか。

 梓は目を見開きその瞬間を逃すまいとクラウンの動きを注視する。

 どれほどまでに華麗な技を見せつけてくれるのか。それを考えるだけで思わず微笑んでしまう。


 そして剣が目前と迫るその瞬間にようやくクラウンが動いた。









 ーー「楽しそうですね」



 そんな言葉が梓を現在に引き戻す。

 

 目を開くとそこは大演習場。思わず「あ」と呆けた言葉を口にしていた。



(いけない。いけない。もう試合だっていうのに)



 どうやら梓は、昨夜に受けたクラウンの稽古を思い出していたようだ。

 白城家の三色風呂の効果で体力や魔力も回復してはいるが、精神的疲労は癒えていない。

 いかんいかんと首を振って剣を構え、自分を戻してくれた青年ーー智に謝罪する。



「失礼いたしました。試合前というのに上の空で」


「いや。実はもう試合は始まってるんですけどね」


「…………え?」



 梓にとって予想外の答えが返って来た。


 見渡せばまだかまだかと戦いを待ちわびる目が無数に光っている。

 どうやら本当に試合が始まっているようだ。

 見れば親友である愛も不安そうな目でこちらを見ていた。


 梓は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。



「す、すいません!」


「あはは。別に構いませんよ。開始の合図はすでにされましたが、準備が出来たのなら始めましょう」


「……もう大丈夫。いつでも構わないわ」



 頬を赤らめながら梓は切り替える。



「分かりました。それでは始めましょう」



 そういって智も剣を構えた。

 

 試合が始まり一分。

 梓の目が覚めてから二分。


 両者、一歩たりとも動かず。


 

「……来ないんですか?」


「ええ。これは貴方対策だから」


「なるほど。戦い方を研究していたのはどうやらボクだけではなかったということですね」



 ジリジリと互いに間合いを詰めるでもなく、一向に動きを見せる気配はなかった。

 先に痺れを切らしたのは観客の方である。全く動かない二人に対して「何やってる!? 早く戦え!」などと好き勝手に暴言を投げていた。

 もちろんそう言ってくるのは観客の中でも一部だけである。

 しかし静寂に包まれた中では、全体の何百分の一にも満たない数のその声が何倍にも響いて聞こえてくる。言葉は汚いが、正直それを口にしなかった者らも心の中では彼らの言葉に頷いていた。



「さて……。どうしますか? 言われたい放題ですけど」


「この程度慣れているわ」


「あらら。お強いですね。まあボクも別に構わないのですが、どうやら貴女相手では我慢比べも負けてしまいそうなのでーー」



 智は笑みを消して足を擦らした。



「ボクの方から向かわせていただきます!」



 ザッーーと地面を蹴り、梓目掛けて直進する。


 

(来た!)



 梓は昨夜幾度となく想定し練習した剣を思い出し、柄を握る手の力を込めた。

 

 試合が始まり数分。ようやく互いの剣がぶつかり合う。


 キン、キン、キンッ!


 見る者からすれば「ようやく」と待ちに待った戦いの始まりである。

 互いの剣が交差し、短い金属音が飛び跳ねる。


 二人ともまだまだ様子見といったところだろうか。

 互いの実力を肌で感じるかのように、剣から伝わる衝撃を確かめる。

 


「驚いた。やはり昨日までとは少し剣の振るい方違う。何かしてきたのですか?」


「ええ、その通り。訓練し、日々成長しているのよ」


「すごいですね。流石は白城の血を受け継ぐ方だ。たった一日でこうも変わるとは」


「ちなみに昨夜は初めて父上に個別で剣を教えてもらったわ」


「へえ。戦争での活躍、喇叭らっぱ殿に勝利した腕前、噂はいくつも耳にしましたが、どれも間違いないようですね。是非ボクも手ほどきを受けてみたいものです」


「頼めば案外首を縦に振ってくれるかもしれないわよ?」


「本当ですか? ならば是非とも機会をつくって行くとしましょう」



 まだまだ序の口と言わんばかりに、二人は会話をしながら剣を打ち合う。だがこれほど近接しての剣のぶつけ合い。一歩間違えれば大怪我に繋がりかねない。

 だが事実、梓の剣速でいえばいつもの七割程度だ。まだ少し余裕があった。

 これが命を奪い合う斬り合いであれば、こんなお遊戯もなく軽口を叩く余裕もなかったに違いないが、命の奪い合いでないからこその余裕である。


 だが当然このままでは決着はつかない。

 いや、このまま続ければ十中八九梓の負けだろう。

 梓の弱点である体力。これが尽きた時点でおしまいなのだから。


 だがここで焦って勝負を決めにいこうとしては、昨日のままだ。

 勝率は低い。

 

 何せ智が隠し持っている手札は多い。

 剣技・戦技・戦い方に至るまで、この精霊の舞闘会で披露していないものが多すぎる。

 だから梓は少しでも情報を集める為に打ち合いを続けた。



「しかしこのまま剣を振るってても間違いなくボクが勝ちますよ」



 そしてそれをわざわざ口にして智は挑発してきた。

 

 ーー嫌な奴。

 

 梓は顔に出さないようにそう思った。

 まるで自分の思考を見透かしているのではないかというほど良いタイミングだ。



「どういうことかしら?」


「貴女の戦いぶりをずっとこの舞闘会で観察させてもらったのですが、貴女の致命的な弱点はやはり体力。持久戦には向いていない。貴女自身それを理解しているからこそ、闇の精霊術で短期決戦に持ち込むのを常套手段としているのではないのですか?」


「…………」


「どうやら正解のようですね。ですがボクの戦い方は相手の逃げ場を刈り取っていくーーどちらかというと持久戦がボクの戦い方です。剣技は姉にはかないませんが、体力だけなら姉だけでなくこの国随一と勝手に自負しているので、少なくとも貴女には負けません」


「だからこのままでは私は負ける……と言いたいのよね?」


「端的に言えばそうですね」


「確かにその通りね。昨日までの私なら言われるまでもなく短期決着に持っていくところだけど、残念ながら今日の私はあえて持久戦に挑んでいるのよ。いくら挑発されても今のこのスタイルは変えるつもりはないわ」


「それが敗北につながったとしても?」


「ええ。意志は最後まで貫き通してこそよ。それで負けちゃったのなら仕方がないわ」


「それは……貴女の意志を折るのは少し難しそうですね」


「当たり前じゃない。だって一村さん、まだ手の内を一つも見せてないんだから」


「……なるほど。本音の部分はそこですね?」


「勿論。相手が何を隠し持っているか分からない状態ではどうしても慎重に戦わざるをえないですから。まあ相手が明らかに格下なら手札を切らせる前に決着をつけるけど」


「やれやれ。こんな年下の子に腹の探り合いをさせてしまうのは少し恥ずかしいですね。……分かりました。ならばボクの手札を先に見せてあげますよ」


「……え? いいのかしら?」



 突然の嬉しい申し出に梓はキョトンとした。

 わざわざ言ってくれなくてもいいのに。



「このまま戦えば、一村さんの言った通り私が負けるかもしれないわよ?」


「ええ。かもしれませんね。ですが折角の舞闘会なんですから、やっぱり楽しまないと」



 智はそれだけ言うと、打ち合いをやめて距離をとる。



「とは言ってもボクが使える戦技は二つだけ。一つは【一刀両断】、そしてもう一つはーー今からお見せしますね」


「……わざわざ放つ前に教えてくれるなんて優しいのね」


「それだけ今から放つ戦技は危ないってことですよ。使う相手を間違えれば死人が出かねないほどに、ね」


「それは……少し怖いわね」


「大丈夫ですよ。油断さえしなければ貴女ならどうにか防げると思いますから」


「つまり気を抜けば重傷を負うかもしれないってことね。たかが騎士生に放つ戦技としては危なすぎるんじゃないかしら?」


「まあそれがキミのお望みらしいからね。それに、この戦技は静香様が開発された技。今は静香様とボク、そして姉の三人しか使えない戦技ですから危険なのは当然ですよ」


「獏党家の当主が?」


「そ。使い手が少なすぎるから直接見たことはないかもしれないけど、聞いたことぐらいあるんじゃないかな? じゃあ、そろそろいくよ?」



(獏党家の当主が開発した戦技で、一村さんが距離をとった理由……。まさか!?)



 梓は思い当たる戦技をすぐに脳内で検索し終えると、慌てて剣を構え直した。

 

 【戦技・飛刃ひじん


 智が剣を振るうと同時に、剣の軌道を描いたような風の刃が梓目掛けて襲い掛かる。

 

 やっぱりーー!? と梓は自分の予想が正しかったことを知る。

 噂程度には聞いていた。飛ぶ斬撃を放つ戦技が存在することを。梓も実際に目の当たりにしたことはないが、その戦技には憧れをもって幾度となく「自分も使えれば」と思ったものだ。

 しかし想像出来ていなかったのはその実際の威力。


 飛んできた斬撃を剣で受け止めようとした梓だったが、それが失敗だったことにすぐに気づいた。


 剣から伝わる感触は確かに斬撃。

 だがその威力は、重量のある剣が直接打ち付けられたと錯覚するほどであった。


 梓は想像以上の威力に剣ごと弾き飛ばされてしまう。

 


「きゃっ!?」



 甲冑を身に着けた決して軽くはないはずの梓の体が、数メートル先まで宙を浮き、地べたに叩きつけられる。

 痛いーーが、全然動けないほどではない。

 梓は追撃を免れるために、すぐに態勢を整える。


 威力は梓が想像していたものよりも数倍高い。

 確かに油断していたら腕ごともっていかれたかもしれない。

 人の首一つ切断するのも容易いだろう。だが【一刀両断】と違い、斬るということを極めた戦技ではない。

 ちゃんとさっきのように防御することも出来る。受け止めた剣も切られてはいない。


 だが、防御しては駄目だ。

 少なくとも自分の体格では受け止めきれない。梓はすぐにそれを自覚した。



「大丈夫?」



 こうなることを予想していたかのように智は申し訳なさそうな顔で梓を見る。



「ええ。何とか。一村さんの忠告が無ければ死んでいたかもしれないわ」


「でもちゃんとアレを受け止めて無事だった。流石ですね」


「……あまり嬉しくないわ。受け止めきれてないし」


「あはは。でもボクの姉の方が威力は高いですし、静香様でしたら当然もっと上ですよ」


「あまり聞きたくなかった情報ね」



 もし初戦で茜に【飛刃】を使われていれば負けていただろう。

 まあ命を奪いかねないからこそ使わなかったのかもしれないが、実戦であれば間違いなく敗北していたはずだ。

 勝ったというのに、その情報のせいで少女は少し悔しくなる。

 


「じゃあどんどんいきますよ。死なないでくださいね」



 それだけ言うと智は続けざまに【飛刃】を放つ。

 

 一、二、三、四ーー。

 

 剣が振るわれる度にその軌道に沿った刃が梓目掛けて襲い掛かる。

 


(捌ききれない!)



 ただの剣だと思えば軌道を逸らせるのではーーと試そうと思ったが、残念ながらそんな機会は与えてくれないようだ。

 梓は回避に専念する。

 

 全く嫌になるのは梓が避ける方向を予測して剣を振っているのではないかというほど正確な攻撃だ。

 目に見え直進してくる刃は避けやすいとはいえ、回避した直後にはその場所に別の刃が襲い掛かってくるという現象。

 

 偶然ーーなわけがない。

  

 梓はすぐにその可能性を否定する。

 間違いなく自分の回避行動を予測して剣を振るっているのだ。梓は確信をもってそう思った。

  

 次々と襲い来る刃は徐々に梓を追いつめる。

 刃が甲冑に掠り始めて来た。


 避け続けて分かったことだが、【飛刃】の速度は一定だ。

 剣を振るった速度に依存し、その速度で刃が飛んでくる。

 ゆっくりと剣を振り抜けば遅い刃が、速く振り抜けば速度のある刃が生まれる。

 勿論、相手の回避直後を狙うような攻撃をするためには極端に遅い攻撃はしないが、それでも若干速度の異なる刃を織り交ぜられて、少し回避のリズムが崩れ始めていた。

 

 しかもここまで連続で放てるということは、それほど魔力を消費しないからか、もしくは智の魔力が膨大だからか、あるいはその両方か。

 いずれにせよこのまま避け続けるというのは現実的ではない。

 それにこのままでは昨日の特訓の成果が活かせない。


 梓は一旦、≪暗き夜フィンスター・ナハト≫を使って時間稼ぎを試みる。



「おっと。ここで目くらましですか? ですが……【飛刃】!」



 目の前に広がる暗闇に、智は構わず剣を振るう。



「くっ……!」



 梓は簡単に飛んでくる刃につかまってしまう。

 どうにか今度は踏ん張れたが、蔓延した闇は一気に霧散した。



「音や気配を遮断できない以上、その精霊術はボク達レベルには無駄ですよ」


「……そうみたいね。嫌になるわ」


「特殊な訓練や実戦を積めば貴女もすぐにコツがわかりますよ。さて……どうしますか?」


「『どうしますか?』というのは降参するかどうかって質問かしら? その答えならば勿論お断りよ」


「ですがもしかすると軽傷じゃ済まなくなりますよ?」


「問題ないわ。その前に決着をつけさせてもらうから」


「大きく出ましたね。貴女がそう言うなら遠慮はしませんよ?」


「勿論。そうでなくちゃ私はこれ以上強くなれないわ」


「分かりました。ならばもう遠慮はしません。【飛刃】!」



 再び智の戦技が放たれる。

 だが梓はもう避け続けるつもりはない。


 当初の予定とは違うが、一気に決着をつけにいく。

 梓は飛んでくる刃に自ら接近し、斜めに踏み込むような形で前進しながら避けていく。

 それには流石の智も驚愕した表情を見せる。



「一歩間違えれば本当に死ぬかもしれないってのに、流石は白城家のご子息。騎士生とは思えないほどの勇気ですね」



 自分でもやるのが躊躇われる行動に、思わず智の頬に冷や汗が流れた。



「ですが近づけたところで勝ち目が薄いのことに変わりませんよ?」


「ええ、分かっているわ。でも離れたままじゃ私の勝つ確率は完全にゼロ。なら接近するしかないじゃない」


「ふふ。確かに」



 そして剣が再び直接交差する。

 

 最初の打ち合いよりもずっと速い。

 互いに出し惜しみのない本気の剣だ。



「しかし剣技がほぼ互角とはいえ、体力も膂力も男であるボクの方が上。勝ち目はやはり薄いですよ」


「ゼロではないってだけで、挑むには十分よ! ーー【荒波あらなみ】!」


「そんな真正面からの大振りでは当たってあげませんよ、っと!」



 目で追うのも容易ではないほどの戦いが繰り広げられていく。

 初っ端は野次を入れていた観客も今では唾を飲んでその一瞬一瞬で繰り広げられる攻防に目を離そうとはしなかった。

 

 一村は第二騎士団の副官という静香を補佐する立場にあることから、その実力は折り紙つきであると言ってもいいかもしれないが、梓はまだ正式に騎士でもない。

 白城の名を持つとはいえ、まだ聖騎士学校で学ぶ一介の騎士生のはずだ。

 見かけもおよそ最上級生とはお世辞にも言えないほど小柄で、剣も本当に振るえるのか怪しいほどなのに、そんな少女が一村智と互角に渡り合っていることが何とも奇妙で信じられない光景であった。


 まだまだ見ていたい。

 観衆がみなそう思っているようにさえ感じる。

 しかし決着はすぐに訪れた。ほとんどの人間が想像もしなかった形で。



「これで終わりにしましょう!」



 梓の体力、腕力も低下し、梓が衰えてきたことを判断した智は一気に決着をつける。

 

 ーーらしくない。

 

 彼の姉である茜がすぐ傍にいればそう言ったに違いない。

 よほどの格下でない限りはゆっくりと相手を追いつめるような戦い方をする智にとって、まだまだ決着の時ではない。

 だが互角の打ち合い、一瞬の攻防の連鎖を繰り返し、自分でも気づかぬ内に高揚していたのだろう。

 まだまだ続けたい。だが隙は見逃さない。

 そんな心の揺れが勝敗を決した。


 ここにきて間違いなく最高の一撃。

 梓は真っすぐに振り下ろされてくる智の剣を横に跳んで回避する。

 そして着地と同時に地面をって、智が一番下まで振り下ろすよりも速く、智の剣目掛けて・・・・・・・全力で切り払った。


 









 

 ーー横に避け、梓の剣を横から叩く。



 クラウンが梓に教えた技術はそれだけである。



「え………………?」


 

 思いがけない衝撃に、梓は剣とともに腕ももっていかれた。

 当然軸もぶれた梓は態勢も大きく崩れてしまう。



「……今のは?」



 今度は言葉でその思いをあらわにした。



「ちょっとした技術だよ」


「……今のが勝利を掴むための技術?」


「というよりも知識の応用に近いけどね」


「どういうこと?」


「そうだね。まずはそこから順番に説明していこうか。じゃあさっきの打ち込みを思い出してほしいんだけど、梓ちゃんならあの場面、どう戦う?」


「上段から斬りかかられた場合ってこと?」


「そ」



 少し思考し、すぐに結論へと至る。



「剣で受け止めるか、振り下ろされる前に切り伏せるか、あるいはさっきの父上のように避けてそれから隙があるなら相手に斬りかかるわね。精霊術を使っていいなら≪二重の歩く者ドッペルゲンガー≫で回避するっていう手もあるわ」


「まあ普通そうなるよね」


「でも父上はあえて体ではなく剣を狙った」


「そ。剣は頑丈だから、正面の打ち合いからならよどほ力の差が無い限りは打ち負けることはないけど、さっきのように横からの攻撃には滅法弱い」


「それぐらい知ってるわ。でもその程度なら別に避けなくても、正面からでも出来る技術じゃないかしら?」


「確かにね。でもこうして避けて打った方が勢いもついて威力もあがるし、完全な真横からの襲撃になるからね。しかもそれだけじゃない。梓ちゃん、さっきボクに態勢を崩された時、一瞬だけど背中を取られたことに気づかなかった?」


「ーーあ。確かに」


「ああなった時、正面に相手がまだいれば態勢を立て直すのがはやい子だと追撃に間に合うかもしれないけど、完全に背を取られてる状態じゃ流石に間に合わない」


「だからあえて避ける必要があるのね」


「もちろんただ避けるだけじゃ駄目。相手がこちらに向き直るよりも早く反撃しなくちゃいけないから、いかに相手に避けられたと感じさせないかが重要だね」


「……難しそうね」


「まあ今から回避の方法も合わせて練習してもらうから大丈夫だよ。それにこの技の面白いところはあまり実用性が少ないことかな」


「どういうこと? 話を聞いている限りではかなり利用できる技だと思うけど」


「確かに、使える分には文句はないよ。でも実際に命をかけた戦いだとして、さっきも梓ちゃんに質問したようにあの場面では剣を狙うという選択肢は当然ありえない。隙があるなら武器なんかじゃなくて、相手を直接斬ればいいだけだからね。わざわざ遠回りして剣だけを狙うなんて愚策もいいところなんだよ」


「なるほど。一理あるわ」


「でもだからこそ実践慣れしている人間には効果的なんだ。修羅場をくぐった人間ほど危機回避能力が高いからね。普通に斬りかかっても無条件反射の勢いで防がれちゃうと思う。でも肉体ではなく、命をもたない物質目掛けて放つ一撃には対応できない」


「……そしてこの精霊の舞闘会では命を奪うような直接攻撃はご法度。そういうことね?」


「流石はボクの大事な梓ちゃん! 呑み込みが早い!」



 クラウンは嬉しそうにわしゃわしゃと梓の頭をなでなでする。



「ちょ、父上! もう子どもじゃないんだから」


「何言ってるの? 梓ちゃんはボクの大切な娘だよ。忘れちゃったの? それに他の子たちは別の場所でレヴィに稽古つけてもらってて誰もいないんだから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいでしょ」


「それはーーそうだけど…………」



 それでも恥ずかしいのか、梓は顔を火照ほてらせながら俯く。

 それがまたクラウンにとっては堪らなく愛おしく感じたようでーー梓をさらに撫でまわし、最終的には奴隷魔術にて止められてしまった。

 途中までそうしなかったのは、やはり父親に褒められて嬉しいという感情が大きかったからなのだろう。

 血は繋がっていないのに、確かに親子の絆が見えるひと時であった。











 ーーそして、クラウンの予想した通りに訓練の成果は発揮された。

 

 梓によって剣をーーそして腕ごと弾かれてしまった智は、昨夜の梓のように態勢を崩されてしまい、一瞬梓に背を向けてしまった。

 すぐに「不味い!」と感じることができたのは、やはり経験があってこそだ。智は≪筋力向上アオフ・スティーク・ムスケル≫を使って、無理やりに軸を戻そうとするがそれでも間に合わなかった。

 

 振りむこうとした時には、梓の剣が首に宛がわれていた。



(あの場は振り向くのではなく、そのまま回転して反撃に出るべきだった? いや、それでは実践ならその身を斬られておしまいか。これが彼女の言うボク対策? そこにもっていかれた時点でボクの……)



 智は一瞬色々と考え込むが、結論は変わらない。

 そう至ってすぐに言葉に直した。



「…………お見事。ボクの負けです」



 その瞬間、惜しみない拍手が二人に送られた。




 

 

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