第十話:二回戦第二・第三試合
「まだまだ踏み込みが足りないよ」
必至に打ち込んでくる慎二の木剣を涼しげな顔で受け流しながら、智はまるで稽古でもつけるように指摘する。
第二試合が始まってから依然としてこの調子である。
智は一度一回戦で見せたーー結局すぐに鞘に戻して使わなかったがーー剣を使うことはなかった。代わりに用意していたのは慎二同様で木剣である。
特別武器の種類に規制はかけられていないので、問題ないといえばないのだが、騎士が得意とする鋭利な武器を使わないのは間違いなく慎二に合わせたからであろう。
慎二の一回戦の様子は智も見ていた。
洗練された動きとはとても言い難い。聖騎士学校にも通うことなく、おそらく独学ーー親が健在の頃は親にだがーーで自分なりの戦い方を身につけてきたのだろう。
確かに素人相手ならば通用するかもしれない。騎士が相手でも油断を誘えば十戦すれば勝ち越しすることは出来るだろう。
だがその程度である。
慎二の強みの本質は、その騎士ではあり得ないほどの軽やかな動きーーではない。
子どもという外見を前面に押し立てて、相手の油断を誘い隙をつくという横からの戦い方にある。
しかし一回戦の様子からその本質を見抜いた智は、一片の油断も隙もない。侮ることなく正面から慎二を見据えていた。
更に慎二特有の持ち味が活かされないように、自ら打ち込むのではなくあえて受けにまわる。そうすることで極力自ら生み出す隙をなくすという徹底ぶりを見せていた。
ここまでされてしまうと、真正面からの戦いに不得手である慎二にとって、完全に決めてを失った状態である。
だが諦めたわけではない。
人間ならば必ずいつか綻びが生じるはず。そう信じて慎二は、
打ち込みーー防がれ、打ち込みーー払われ、打ち込みーー躱され、打ち込みーー受け流され……。
一体いつまで続くのかというほどの回数を打ち込み続けていた。
いくら木剣といえども、振るうたびに体力も消耗し、今までの戦いでは涼しそうな顔を続けていた慎二も汗と熱気に包まれて見るからに疲弊している。
勝敗は誰が見ても明らか。慎二の自慢の敏捷さも今では見るに堪えないほどだ。
慎二の土俵で戦えなくなった時点で、剣のイロハも身についていない慎二の勝率は小数点以下にまで低下し、体力を失った現在では限りなくゼロに近い値であることだろう。
もはや慎二自身、それを理解していた。
そして百を優に超える打ち込みの後、ようやく決着の時が訪れる。
完全に木剣を握る手の力が失われた頃合いを見計らって、ついに智は力強く剣を振るった。当然慎二にそれを防ぐ術はない。木剣は手から離れ、極小の衝撃にも耐えられなくなっていた慎二の小さな肉体は仰向けに崩れ落ちてしまう。
「勝者ーー一村智!」
降参の声を聞くよりも早く、クラウンが勝敗を判断してそう宣言する。
これが若くして第二騎士団副官を務める男の実力。
試合開始から決着まで、完全に智のペースであった。姉が自慢するだけのことはある。
一回戦、二回戦とも快勝を重ね、一気に皆の注目を集めていた。梓もその一人。
試合の一部始終を控室で眺めていた梓は、頬の横でつーっと流れる汗に気づく。
(茜さんよりも強い……かもしれない)
茜と直接剣を交えた梓がそう感じたのならばそれは間違いないだろう。
単純な剣技だけでいえばおそらく茜の方が僅かに上。つまり梓と智が剣を交えれば良くて互角程度ということ。それだけならば梓に負ける要素はない。
しかし智には姉にはないものがある。それは驕り・油断といった心を捨て去ることが出来る冷静な精神。
正直そういうものが何よりも厄介であると梓は気づいていた。
これまでも格上相手にどうにか戦えてこれた場面はいくつもあった。
迷宮を彷徨う牛悪魔の時も、今回の茜や響との戦いでもそうだ。少なからず相手の慢心ともいうべき心の隙をついて勝利を重ねてきた。
だが智にはどうもそれが通用しそうにない。
もう試合の中でほとんど手札は見せてしまっているからだ。
梓の得意とする闇の精霊術、≪二重の歩く者≫・≪暗き夜≫をはじめ、この試合の規則を利用した≪偽造品≫のような一度きりのカードは間違いなくきれないだろう。
つまり、彼とは真正面からーーそれも戦技と剣技のみで打ち倒さなくてはならないということ。
厳しい戦いになりそうだと、梓は思わず唾を飲む。
梓が次の戦いに備えて色々と試行錯誤している中、次の試合が展開されようとしていた。
その瞬間に梓の頭は切り替わり、映像に釘着けとなってしまう。
それも仕方がないのだろう。
第三試合は茜が精霊の舞闘会で注目していると話していた吾妻と、梓の意中の人である大吾との試合なのだから。
恋する乙女はどこまでも乙女なのである。
もし愛が傍にいれば表情の変化に揶揄われていただろうが、ここは梓専用の控室。梓は遠慮することなく思いの丈を言葉でぶつける。
「頑張れ鳳くん……!」
控室の壁へと辿り着く前に消えてしまったのではないかというほど儚げな声であった。
◇
遥か遠くで聞こえるはずもない梓の応援が届いたのか、大吾は吾妻の前で笑みを浮かべた。
「ん~? か弱い女の子を前にして、これからどう甚振ってやろうかと妄想でもしてるんスか? なんて鬼畜な青年なんや!?」
「っかっかっか! 法王守護騎士相手に勝利を収めちまうような人は決して『か弱い』なんて言わねえよ」
「いや~、それを言われると痛いッス。でもあれは私特製の商品のおかげッスからね~。私自身に戦闘力はないッスよ」
「それもどうだかな」
大吾は笑いながら目を細める。
吾妻を前にして感じる違和感。それを見極めるように。
「いややわ~。そんな食い入るように見ないでほしいッス。それともお姉さんに惚れちゃったんスか?」
「……商人は舌が数枚あるなんて聞いたことあるけどよ、納得だわ」
「なんすかその怪物認定!?」
心外な! と吾妻が頬を膨らましたところで、試合開始の合図が出される。
「それじゃ、早速行かせてもらうぜ」
大吾は背負っている大剣を抜いて構える。
「ちょ! 早い早い! そんながっつき過ぎると女の子に嫌われちゃうッスよ!?」
「別にアンタ相手なら嫌われても構わねえけどな」
「ひどいッス。乙女の敵! そんな輩には喰らうがいいッス! 私特製粘り玉!」
「って……いきなりかよ!?」
大吾はアレによって身動き一つ取れなくなった萩原の姿を思い出す。
切れば餅のような中身が剣に纏わりつき、衝撃で割れてもそれが飛び出す。絶対に食らうまいとしていた吾妻の商品だ。
当然切る、叩くなどの方法は取るわけがない。
足元狙いのそれを更に前に出る様飛び越して回避する。いくら厄介な代物といえども投擲元は細い女の腕。避けるのは容易かった。
だがそれは吾妻の狙い通り。
地面に弾けるはずだった粘り玉は、着地と同時に大きな爆発音を奏でて爆風を巻き起こす。
「ぬァッ!?」
背を押す突風にバランスを崩してしまった大吾は、顔面から突っ込む形で地面に叩かれてしまう。
「ス・キ・あ・りぃ~ッス! 今度こそ地面と仲良くひっつくがいいッス!」
そしてまた懐から小さな玉を大吾目掛けて投げつける。
冗談じゃない。まだ剣すら振るっていないのに。自身の中で不服を申し立てる戦闘好きは、勢い余るほど力強く転がるようにしてそれを避ける。
だがそれも粘り玉ではない。さっきのような爆弾でもなかった。
着弾と同時に眩い光によって会場全体が覆われる。
「くそ! 目くらましかよ!」
耳が痛くなるような音と共に、視力を閃光によって奪われてしまった大吾は思い切り文句を放った。
「嘘ばっか並べやがって。何が『粘り玉』だよ」
聴力も視力も著しく低下し、平衡感覚までもが失われたかのようによろめきながら大吾は剣を支えに立ち上がる。
「商人にとっては自分の口すらも商品ッスからね。あの手この手で商品の魅力を引き出すのも商人にとっては立派な戦いなんスよ」
まるであの閃光もものともしていないかのように吾妻はペラペラと商人とは、を語りだす。
当然だがキンという音に悩まされている大吾にその声は届かない。ついでにいつの間にか吾妻が変なゴーグルをつけていることも気づいてはいない。
自分の使った道具に自分が巻き込まれるのは馬鹿のすることだ。そういう備えもあって然るべきなのだろう。おそらくそれがあの光を防いだ道具。あれを身につけていなかった大吾はーーいや、彼らの戦いを目にしていた観衆、法王、玄武や静香までもが、悠然と大吾に歩み寄る吾妻の姿を未だ目視することが叶わない。
まさに絶対絶命である。
「ありゃ? まあ聞こえてないッスよね。まあ暫くしたらちゃんと視力も聴力も戻るやろうし安心するッス。それじゃ今度こそ終わりッスよ」
懐から取り出したるは、今度こそ正真正銘の粘り玉である。
これを避けられなければ大吾の負け。試合終了である。
(こんなあっさり負けてたまるかってんだ!)
そしてそれは目が開けない大吾も感じ取っていた。間違いなく次こそ吾妻が粘り玉で自分を狙ってくるということを。
まだ目は見えない。音もよく聞こえない。
だからどうした。
手も、足も、四肢は自由に動くし、体力だってあり余っている。こんな状態で負けたくはない。
大吾は意を決してーー走り出した。
「ぬおりゃあぁぁぁっ!」
「ほわっ!?」
それはもう一心不乱に。
見る人全てが何してんだと口にするほど真っすぐに走る。だが幸い大吾の全力疾走を目にしている者はほとんどいない。
見ているのは間近にいた吾妻だけだ。
まさかいきなり大吾が走り出すとも思わなかった。吾妻は大きく体をのけぞらせる。吾妻目掛けて直進するものだから、彼女は目がもう見えたのかと驚いたことだろう。しかし大吾は自分の走る先に吾妻がいたなんて夢にも思っていない。ただの偶然である。
自分を通り過ぎて尚直進し走り続けている大吾を見て、吾妻もそれを理解する。
「びっくりした~。まさか動き出すなんて……」
手足を縛っているわけではないのだから当然といえば当然である。
しかし彼女がそう発言したのはそういう意味ではない。
人間は視力を奪われるとどうなるのか。
それは見えぬ恐怖から、自ら動きを極端に抑制するのだ。近くにあった景色を思い出しながら、にじりにじりと移動はするだろうが、大吾のように目も見えないのにあれほど勢いよく走り出すなんて想像もしていなかった。
しかしその大吾の大胆な行動は正解であった。
やがて壁に激突してようやく止まった大吾は、仰向けに倒れたまま目を開く。
「……おし。見える」
空の青と雲の白。太陽の光にやや目を細めながら、視力が戻ったことを確認して立ち上がる。
振り返るとかなり遠くに吾妻の姿があった。かなり走ったものだ。近くの壁を軽く手で叩いたり、足を地面に擦らしてその音を確かめる。
しっかりと音も拾える。まだ少し耳に残る痛さと、壁と激突した額に痛みは残っているが、ほぼ完璧に元の状態だ。
大吾は笑って吾妻のいる方を見る。あのびっくり箱のような女の言葉に惑わされては駄目だと心に誓うと、大剣を構えて一気に突撃する。
何かする暇も与えない。
吾妻の言葉には耳を貸すこともない。
「そんな真正面から突撃しに来たら危ないッスよ。罠しかけさせてもらったんでー」
遠くから吾妻が何やら叫んでいる。
だが聞こえない。聞く耳もたない。
大吾は構わず全力で駆ける。
そしてーーこけた。
それはもう盛大に、またもや頭から。
「ぐおおおおお!?」
顔の皮がずる向けたのではないのかと思う程擦れたように感じる。しかしどうやらその心配はないので安心した。丈夫に生まれてきて良かったと大吾は心の底からそう思う。
何で転んでしまったんだと後ろをみると、いつの間にやら地面に打ち付けられた二本の杭の間に、ピンと細い糸が張られていた。おそらくこれに躓いたのだろう。そういえば吾妻は一回戦でもこれを巧みに使っていた事を思い出す。
すぐに大吾は考えなしの特攻は止めることにした。
やはり視野を広くして戦わなければ足元を掬われてしまう。
慎重すぎるのもいけないが、考えなしもいけないのだ。そうすぐに切り替えた。
大衆の面前で気持ち良いぐらいのこけっぷりを見られてしまった恥は一生癒えることはないのかもしれないが。
「だから言ったじゃないッスか」
「うっせ!」
「わお。あんな盛大に転んだのにピンピンしてるッスね。流石は聖騎士学校で鍛えられただけはあるッス」
「そういうアンタこそ、ただの商人とは思えない程手際よすぎんだろ。明らかに戦い慣れしてる感じだ」
「ん~。まあこんなご時世ッスからね。多少なりとも護身術を身につけているのは否定しないッスけど、それでも真正面から戦えるわけじゃないッスから」
「ハッ。どうだか?」
大吾は飄々と言ってのける吾妻の化けの皮を剥いでやると言わんばかりに、今度はジリジリとにじり寄る。
もしも吾妻の言葉が真実ならばあの糸のような罠がまだあるかもしれない。近づくまでは慎重に。
だが大吾がにじり寄れば、当然吾妻は接近させまいと後退する。後方に何の憂いもない吾妻の方が当然早い。これでは距離がつまらない。
そしておよそ吾妻が先ほどまで立っていた位置にまで達すると、それ以上の罠はないはずと確信して一気に加速する。
「おりょ!?」
「どりゃ!」
吾妻の胴体を真っ二つにする勢いで大剣を振るう。遠慮のない一撃に吾妻は驚愕しながら、それを難なく避けた。
当たっていれば確実に命にかかわるほどの攻撃。
この子はそれを理解して剣を振っているのだろうかと吾妻は少し心配する。
「ちょ、今の一撃は当たっていれば即死ッスよ!?」
「結局当たってねえだろうが」
「なんて危ない子!? 本当に騎士見習いッスか? そんな悪い子にはお姉さんが少し懲らしめてやるッスよ!」
また懐を探るように手を突っ込む。
そしてすぐに何かを取り出したかと思えば、それは片手に一個収まるような小さな風船。
それをすぐさま大吾目掛けて投げ放つ。
「喰らうがいいッス! 必・殺・水風船!」
「んなわけねえだろ!」
大吾はこれでもかという程、放られた風船から距離を取って回避する。
これまで口八丁で散々騙されてきたのだ。ただの水が入った風船なわけがない。過敏すぎるほどの反応を見せ避けるのは、その経験に基づくものなので実に自然というものだろう。
だがそんな大吾の予想を裏切り、地面で破裂した風船はそのまま地面を濡らすだけで何も起こらない。
「…………あり?」
「避けるとは中々やるッスね。ならば今度こそーーホイのホイ!」
今度は連続で放られる同じ形状の風船。
もしかしたら一発目はダミーで、油断させたところを本命の一個で仕留める算段なのかもしれない。油断は大敵だ。
大吾は呆気に取られた気持ちを引き締めて全力で回避する。
だがそのどれも結果は同じ。
地面で破裂してそれだけだ。一個目と何ら変わりはない。
もしかしておちょくられているのではないかとも疑うが、吾妻の表情は当たらず悔しそうにしている。
ついには「ならば当たるまで投げ続けてやるッス!」と懐からいくつもいくつも同じものを取り出しては大吾に投げつける。
彼女の懐は異次元にでも繋がっているのだろうか。そう思える程容量に際限がない。
そんなことを考えられるほど、少し余裕の出来てきた大吾は一気に距離をつめて決着を決意する。
「やっぱ臆してかかるのは性に合わねえしーーいい加減にしろってんだ!」
「うぉっほう!? こっちに来ないでほしいッス!」
性懲りもなくそれでも吾妻は風船を投げ続ける。
いい加減ビクビクするにも飽きてきた大吾は、避けることもなく大剣でそれを叩き切る。風船が弾けた際に中の液体が剣や甲冑に付着するが、もうそんなことは気にしない。
一気に剣を振るい決着をつけようとするが、大吾はその剣の勢いを自ら殺して、何を思ったのかすぐに吾妻から距離を取った。
直後、先ほどまで大吾がいた位置ーーより正確には風船が割れた場所が突如として燃え上がる。
剣を振るう直前、大吾の鼻孔をくすぐった臭い。
これが咄嗟に身を引く判断を下したのだが、その正体はコレだったのだ。
「……やっぱただの水風船なわけねえと思ってたが、中は油だったわけだ」
「お見事! よく気が付いたッスね」
「ずっと疑ってかかってたからな。甲冑に付いた時にようやく臭いでその正体が分かったぜ」
「けど……これで火が燃え移ったら少年もただではすまないッスね。どうするッスか? 棄権するなら今の内ッスよ?」
そう言って吾妻はいつの間にか手に持っているマッチに火をつけ、ニヤリと笑う。
「ハッ。ここまでコケにされて降参するわきゃねえだろ。火をつけられなきゃいいだけの話だ」
「まあそれもそうなんスけどね。諦めが悪くてお姉さん困っちゃうッス」
「ならアンタこそ棄権したらどうだ? 俺は自分で言うのもなんだがしつこいぜ?」
「ニャハハハハ。確かにそうッスね。実際戦ってみてそう私もそう思ったッスよ」
ひとしきり吾妻が笑い終わった後、吾妻は言う。
「んじゃお言葉に甘えてーー私、栗原吾妻はここに棄権することを宣言するッス」
「はぁ!?」
「……栗原吾妻の棄権により、勝者ーー鳳大吾!」
吾妻の一声で大吾の勝利が宣言される。
「いや、ちょっと待てよ! 何で棄権しちまうんだよ!?」
「いやいや。『何で』と言われても……キミが棄権を奨めてきたんじゃないッスか」
「あれはただの売り言葉に買い言葉ってだけで、本当に棄権してほしいわけじゃねえよ!」
「ありゃ。そうだったんスか? まあ何にせよ最初から私は棄権するつもりだったし許してほしいッス」
「アンタ、俺相手に超遊んでたじゃねえか。ただの商人なんて話してるけど本気出せば普通に戦えるんだろ」
「わお。これまた随分と買いかぶられたもんッスね。誰がどう思おうと勝手ッスけど、今の私は一介の商人。戦うことが仕事ではなく商品を売るのが仕事ッスから。今回は概ね商品の宣伝も済んだし、そろそろ頃合いなんスよ」
まだ何か言いたそうな大吾を前に、吾妻はさらに続ける。
「商人にとって大事な能力は欲をかきすぎない事。もしあのまま戦って、私がボロボロにされちゃったら大事な商品の売れ行きも怪しくなるッスからね。ある程度商品を使って活躍できればそれいいんスよ」
「……そんな事言っても俺は納得しねえぞ」
「ありゃ。中々頑固ッスね。なら言い方を変えるッス。これも一つの見せ方。試合にはキミが勝ったッスけど、私は我が侭を押し通すことで試合が終わって尚、キミに勝利を感じさせなかった。それは私がそう仕向けたから。キミはまんまと私の掌で踊らされていたって事ッスよ」
「……やっぱアンタただの商人じゃねえだろ」
「まさか。何度も言うッスけどただの商人ッスよ」
「はぁ……。まあありがとよ。そう言ってくれるなら納得いった。だが今度は俺が正面から戦って、誰が見ても俺の勝ちだと言わせてやるからな」
「ほぇ~……。真っすぐな子ッスねぇ~。まあその時は戦いをお断りさせてもらうッスけどね」
「おい! そこは『その時は楽しみにしてるッスよ』とか言うべきだろ!」
「嫌っすよ! 私は勝ち逃げがしたいんスから! 再戦なんて断固拒否ッス!」
「~ッ! やっぱ納得いかねえ! 今からもっかい勝負だーーって逃げんな! オイ!」
大吾の憤る姿に背を向けて、吾妻はスタコラと退避する。
すぐさま大吾はそれを追うようにして駆けだしーーようやく第三試合が終了した。