第二章 まどか
ライトの幼馴染と同じ名前の少女まどか。
明日までに3万円という大金が必要だが、14歳の少女には手に入れるアテもなく・・・
彼女のとった行動にライトは巻き込まれ、更には、まどかの親友、翠まで出てきて・・・
「はぁ・・」
・・・・どうしたらいいんだろ?
少女はため息をついた。
「3万円かぁ・・・ホントにどうしよっか・・・」
「やっぱりミドリが言ったことが・・・」
少女、野原まどかは、1時間ほど前に級友の霧島翠と交わした会話を思い出していた。
「ハァ?ウリ?エンコー?」
翠はビックリしたように聞き返してきた。
そんなに驚くコトなのかなぁ?
まどかは不思議に思ってさらに聞いてみた。
とにかく急いでお金が必要なのだ。
「うん、どういうことするの?それやればすぐお金もらえるの?」
「まぁ、すぐ稼げるっちゅーか・・・」
翠はなぜか言いにくそうにしている。
「エンコー言うんは、・・・せやなー、簡単に言えばどっかのオッサンと話してお金もらうんや」
「ウリは・・・ウチの口からは、よう言わへんけどエンコーの上級ってとこやな」
そう教えてくれた翠の顔はなぜか赤くなっている。
「そうなんだ。ありがとう」
そんな翠の顔を見てると、なぜだかわからないけどまどかの頬も染まってきた気がする。
なんだか、いけない事を話してる気がして顔がほてってきた。
「まどか、お金要るん?」
翠が訊いてくる。
「ち、ちがうの。ふと耳にしたから聞いてみただけなの」
慌てて否定する。
「ただそれだけだから、深い意味はないの」
詳しい事情を話せば、翠は喜んで協力してくれるだろう。彼女はそういう優しい子だとまどかは思う。
しかし、翠が今抱えている悩みのことを考えると、自分の事情に巻き込むことは出来ない。
そう、これは私が勝手にやることだから翠を巻き込んじゃいけないんだ、とまどかは思った。
「せやけどなぁ・・・ええか、絶対にあかんで」
真剣な顔つきでミドリが言う。
「エンコーつーのはアホの子がすることや。犯罪に巻き込まれるかもしぃへんし」
普段おどけてる印象の強い彼女にしては珍しく真面目な表情だ。こういうときのミドリは本当に心配しているというのはわかっている。だからこそミドリにだけは悟られちゃいけない。
「ウチ、なんでも相談にのるさかい、絶対に早まったことはせーへんでな」
「ウン、ありがとね、ミドリ」
翠の真剣さが伝わってくる。それだけに、まどかは事情を話せないことに息苦しさを覚えた。
「あ、そろそろ帰ってお店手伝わなきゃ」
まどかは、そういってかばんを取ると「またね」といって教室を出て行った。
「隠してるのバレバレや」
絶対に何かあると翠は確信していた。
・・・ごまかしてるつもりだろうけど、そんなに器用な子やない。
大方、ウチを巻き込まんようとか考えてるんやろけどなぁ。
まどかとは5年の付き合いになる。行動や性格はお互いに理解しているつもりだ。
優しいくせに他人との距離のとり方が不器用で、それでも他人の事に一生懸命で、時には空回りして損をする、まどかはそういう子だった。
・・・・・・そういう子やから、ウチも好きになったんやけどな。
「ま、言えへんのやったら、勝手に動くまでや」
翠はかばんを取ると、まどかの後をこっそりと追いかけていった。
まどかの足は、気がつくといつもの土手に向かっていた。
「お気に入りプレイス」って、ミドリが勝手に名づけていたっけ。
あそこは、確かにまどかのお気に入りの場所だった。
悩んだり、悲しいことがあったときは、いつもそこに行っていた。
土手に座り込んで川面を眺めていると落ち着いてくる。
何も解決するわけではないけど、心が落ち着くのはとっても大事なことだと、まどかは思っている。
心が落ち着けば少しはましな答えが出てくるかもしれない。
そう思っていつもの場所に来たのだが・・・今日は先客がいた。
いままで人がいたことがなかっただけに少し驚くまどかだった。
・・・仕方がないかぁ、と、帰ろうとしたとき、ふと先ほどの会話がよみがえってくる。
――オッサンと話してお金を貰うんや――
「おじさん」というには若いように見えるけど・・・・・・どちらかというと「お兄さん」って感じかな?
ミドリのお義兄さんと同じぐらいかなぁ?
それなら話しかけやすいかも?・・・・・・と、まどかは決心して近づいていく。
とにかく、まどかは明日までに3万円を用意しなければならないのだ。
何か考え事をしてるのか、かなり近づいても相手は気づく様子もない。
・・・思い切って声をかけてみる
「こんなところで何をしてるのですか?」
「ま、まどか・・・」
振り返った男は、驚いた表情でまどかの名前を呼ぶ。
「えっ?」
名前を呼ばれた瞬間、まどかは「どうしよう」と思った。
知らない人だとばかり思っていたのに、向こうがこっちを知っている可能性は考えてもいなかった。
「あ、いや、ごめん・・・・・・人違いだ・・・・・・ここにいるわけがないのに・・・・・・」
後半は良く聞き取れなかったが、どうやら人違いだったらしい。
「待ち合わせしてるんですか?」
少しほっとしながら隣に腰掛けて会話を続ける。
とにかくお話をしてお金をもらわないといけないのだ。
待ち合わせだとしたら、早く立ち去らないといけない。待ち合わせている相手がまどかの知らない人だとは限らないのだから。
「その・・・・・・まどかって人と」
「いや、ただぼーっと見てただけ」
まどかはホッとしつつ、さらに言葉をつむぐ。
「何もないのに?」
「川があるよ。あともう少しすれば夕陽が綺麗な時間だよ」
・・・・・・同じこと考えてる人がいるんだ。
男が答えるのを訊いてまどかはなんとなく親近感を覚えた。
まどかもここから見る夕陽が好きだった。
ミドリは、「こんななにもない場所やのに……。」とよく言うけど、私はその都度「川もあるし、綺麗な夕陽も見れるよ」と言い返していたものだが、まさか同じことを別の人から言われるなんて思いもよらなかった。
夕刻の……この時間帯の景色はすごく素敵だ。これを見ないのは見ないのは、人生の1/3位は損をしているんじゃないかとと常々考えている。
「あたしもまどかって言うんです。だからさっきはびっくりしちゃった。……ここ、私のお気に入りの場所なんですよ」
言いながら、まどかは川のほうを見つめる。
「あぁ、間違えてごめん。」
「俺がここで川を眺めていると、さっきのように声かけてきてたから、つい・・・ね」
男も川を見つめたまま答える。
「あ、そうだ、俺は春日部・・・春日部ライト」
何か話をしてみたくなり、何を話せばいいかわからず・・・とりあえず沈黙を破るようにライトは名乗ってみた。
「かすかべ・・・さん?」
まどかが、ライトのほうに顔を向ける。
その頬は、赤くなりかけた太陽を反射して赤く染まっているように見える。
「あぁ、言いにくいだろ?ライトでいいよ」
「じゃぁ、ライトさん。私はまどかです。野原まどか。」
こっちに向かってにっこりと笑うのを見て、ライトはドキッとした。
・・・この子、結構・・・いや、かなり可愛いかも・・・
黒くまっすぐな髪をポニーテールにしている。髪を解けば腰ぐらいまでの長さになるだろうか?
瞳はやや大きめで、鼻筋は通っている・・・背丈はやや低めだろうか?
この「まどか」ちゃんは、あの「まどか」とは似ていない・・・はずなのに、どうしてまどかだと思ったんだろう・・・
「ライトさんは、こんなところで何してるんですか?」
まどかが訊いてくる。
「暇だから、ぼーっとしてた」
適当に答えると会話がとまってしまった。
仕方がないのでこちらからも質問を投げかけてみる事にした。
「まどか・・・ちゃんこそ、学校帰り?道草はいけないんだぞ」
「はい、部活ももう引退してます・・・・・って、え~!!何で学校帰りってわかるんですか!?」
「いや、誰が見たってわかるだろ」
まどかがすごく驚いてるのを見て、ライトは笑いながら言った。
まどかの今の服装はセーラー服にプリーツスカート・・・地元唯一の杏南中の制服だ。
しかも鞄まで持っている。これでわからない方がどうかしてる。
わざとなのか、天然なのか・・どうにも判断がつかないが「なるほど~」と感心している様子のまどかを見ていると「どうでもいいか」という気持ちになってくる。
その後も他愛のない会話をしてるうちに、気がつくと空が赤く染まっていた。
「うわぁ~、すごく綺麗な夕焼け」
まどかが立ち上がって、両手を一杯に広げる。
風になびいている髪が光を透かして金色に輝いている。
茜色に溶け込んでいくのではないか?そんな錯覚を覚えるほど、幻想的な光景だった。
「ねぇ、そう思いませんか?」
振り返って顔を覗き込んでくる。
ライトはそんな彼女の顔を見て
――すごく綺麗だ―――
素直にそう感じ、無意識のうちに手を伸ばしていた。
ライトの手が、まどかの頬に触れようとしたとき・・・・・・
「なにしとんねん!」
怒声と共に何かが飛んで来てライトの体にぶつかる。立ち上がろうとした中途半端な体勢が災いし、何が起きたか判らないまま、ライトの体は土手の下に転げ落ちていった。
「ライトさん!」
「まどか、大丈夫やったか?ヘンな事されとれへんか?」
「ミドリ?なんで・・・?」
いきなり現れて、ライトの体を突き飛ばした親友の顔を見つめる。
彼女は息を切らせながら必死な表情で聞いてくる。
・・・何をそんなにあわてているんだろう?あ、それより・・・
「ライトさ~ん、大丈夫ですか~?」
転がり落ちていったライトに声をかける。
何か言いながら上ってくるライト・・・とりあえずは無事なようだ。
「それより、どうしたの?そんなにあわてて」
まだ息が整っていない様子の翠に聞いてみる。
「慌てて・・・って、アンタが襲われそうやったから、助けにきたんやないの!」
「誰が誰を襲うって?」
ようやく上がってきたライトが翠に向かって言う。
どうやら怒っているようだ・・・ちょっと声が怖い。
「アンタや、アンタ!まどかをどうするつもりやったんや!このロリコン!!」
「はぁ??」
ライトは、突然現われて自分を突き飛ばした女の子を見つめる。
まどかと同じ制服ということは、この子も学校帰りなのだろう。
勝気そうな瞳に、少し明るめの髪をツインテールにしている・・・背が低目という事もあって、いかにも「元気な女の子!」って印象を受ける。
よく見れば美少女といえるかもしれない・・・口さえ開かなければ・・・と注釈がつきそうだが。
実際、彼女の罵詈雑言は聞くに堪えないものだった。
矢継ぎ早に繰り出される悪口に、ライトは口を挟む隙もなく、最初の怒りも忘れてあっけにとられながら、元気で口の悪い美少女を見つめていた。