第二話「ウィズ・ユア・カインドネス アズ・ユア・マッドネス」 6節
西部特有の赤と黄土色と緑が入り交じる景色の上を、あるいは東部となんら変わらぬ青と白のコントラストの下を二台の馬車が走っていく。その足は荷馬車としても客馬車にしてもやや遅い。
だからこそ、リーゼロッソは客馬車の屋根上に安定して陣取っていられた。驚くべきか嘆くべきか、今まで護衛をしていた馬車と比べると屋根上ですら遥かにに居心地が良い。揺れの幅やら向きやら、そういった諸々からくる尻への突き上げが一般的な馬車とは比べものにならないレベルで抑えられている。いったいどこまで高度な技術と材料、そしてそれらを結集させる為の財力と政治力がこの馬車に注ぎ込まれているのか。政治力ならばリーゼロッソにも多少は想像が付く。だが技術と材料については屋根の下でランバートの話に付き合っているオルスミスに聞かなければさっぱりだ。
そのオルスミスは、今もまだランバート・ガメツミゼルなる商人の自慢話を聞かされているのだろうか。リーゼロッソが馬車の屋根上に陣取っているのは、客室内からでは周囲がロクに見渡せない事が7割、ランバートのあまり中身が濃くない割に自信だけは豊富な自慢話を聞きたくないのが2割。そして豪華すぎにして快適すぎる馬車に慣れると後々マズそうだ、と言うのが1割だった。
屋根上に逃れたリーゼロッソは、不定期に周囲を見渡しているが、今の所は魔物らしい影も兆候も見当たらない。もっとも、ウェストモンゼン・スコップコーザン間は1往復しか経験が無いので魔物の兆候については見落としている可能性も有る。リーゼロッソはそこまで自分を過信していない。いつもより主に荷馬車の過積載が原因で馬の足は遅い。道中にかかる時間に比例して魔物に鉢合わせする確率は上がるのだから、馬の足を鈍らせるのは基本的に御法度だ。だが移動速度が落ちれば周囲への警戒はやり易くなる。ウェストモンゼン・スコップコーザン間レベルの危険なら早期警戒との差し引きで何とかなるかもしれない。
そんな事を考えていると、進行方向の右手に動く影が見えた。見間違いでは済まないレベルではっきりと、それも複数の影が見えている。リーゼロッソは屋根の飾りを掴んで御者台を覗き込むと左手に迂回するよう告げた。御者は反論一つなく馬達を操り、荷馬車もそれに続く。
「……ガンスリンガーは視力にも優れているのですか? 私には全く見えて居ませんでした」
筋骨逞しい外見に反して丁寧な口調の御者が問いかける。もしかしたら普通のガンスリンガーならここで虚勢の一つも張るのかもしれないが、噂が時に人を死に追いやると知っているリーゼロッソは素直に返した。
「屋根上に居たから、たまたまよ。視界が高い分、草の動きが他と違ってるのが見やすかっただけ。貴男が此処に居れば貴男も気付いてたわ」
「なるほど…………それだけ熱心に護衛に当たってくれていると、我々としても安心出来ます。また何か有ればご指示を」
貴方達の雇い主がウザいから登っただけよ、とは流石に言い出せず、リーゼロッソは御者に見えぬ所で顔を渋くした。彼らのボスに比べれば油断が無くて頼りに出来そうではあるが、御者達も東部出身ゆえかガンスリンガーと言う者に何か妙な思い込みが有る様に感じてならない。リーゼロッソは超人でも何でもないのだ。万が一の事態に陥るようならば、ランバートと御者達をまとめて撃ち殺してでも逃げ出すつもりですら居る。むろん、そんな行為へ走ればお尋ね者コースまっしぐらで一ヶ月後に高確率で死体を晒しているだろうから、あくまでも最悪の状況での最悪な想定でしかないが。
それらを含めて、事態が悪化せず上手く物事が回るように立ち回る事こそが彼女の仕事である。たとえ依頼主が西部に疎く万全に旅の対策を取れないようでも、だ。
少なくとも、日が沈むまではさしたる危険もなく荒野を進む事が出来た。肝心なのは、西部も当然ながら夜の方が危険な事と、今の荷馬車達のペースでは通常2泊で到着する道のりに3泊を必要としそうな所だ。だからと言って、人も馬も寝ない訳には行かない。昼夜問わず動き回れるのは、「魔物」と言う名で括られた多種多様な生態が入り乱れる脅威だけなのだ。