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第一話「変人 ミーツ 奇人」

燻りと挫折と出会い。始まりの小話。

 草原と呼ぶには、少々視界に緑の豊かさが足りない。

荒れ果てていると呼ぶにはまだ早いが、暮らしやすいとはとても言えないだろう。そんな光景の中を、一台の馬車が比較的穏やかなペースで進んでいく。

 乗客は7名。子連れの家族が二組、夫婦ともカップルとも親子ともつかぬ年の離れた男女が一組。乗客たちの顔は、希望を掲げる者も居れば悲壮にまみれる者も、そして只々疲弊しきった者と様々だ。

 御者台には男が二人。比較的若い男と、比較的経験を積んでいそうな男。つまりはありふれたツーマンセル体制であり、取り立てて語るほどの劇的な事実はそこにない。


 近代になってようやく人類はアンダーランドフィスト大陸の西部にもその生息圏を広げ始めた。ある技術革新と、それによる集団自衛が成立した事で西部の貴重な鉱物資源を採取する事業の採算が取れる様になったからだ。

しかし、それでも多くの人々が押し寄せる様な「ゴールドラッシュ」は発生しなかった。

 理由は単純明快である。

今でも割と簡単に、ヘタすれば大量に人が死ぬからだ。

 アンダーランドフィスト大陸の西部、とりわけ自然環境の厳しくなる「赤焼け荒野」と呼ばれる地域から先には「魔物」と呼ばれる固有生物がはびこっている。固有生物と言っても、その形・大きさ・生体・好んで襲う人間のタイプは多種多様てんでばらばらおもちゃ箱の様相だ。

そんな西部特有の環境リスク、人類の太刀打ち出来ぬ自然の脅威に唯一対抗できる手段。それこそがこの20年程の西部開拓の原動力となっている。それ故に彼らは、西部開拓のシンボルとしてもはや大陸全土でその名を認知されていた。


「ガンスリンガー」 は西部開拓に決して欠かせない人類の生命線なのだ。


 そのガンスリンガーが「赤焼け荒野」にはまだ遠い、草原崩れを走るこの馬車にも乗っていた。

理由は二つ。

一つはこの馬車も「赤焼け荒野」に足を踏み入れる予定である事。

二つ目は「赤焼け荒野」に足を踏み入れずとも、その周辺にまで脅威度は低いが魔物は生息しているからだ。

 ガンスリンガーは馬車の荷台と御者台の合間に座るようにして、進行方向を眺めている。その出で立ちは乗客や御者たちとは一風違う、俗に「ウェスティア風」と呼ばれる厚手の生地で揃えた衣装と、日差しと砂埃を避ける為のつばの広い帽子と言う格好をしている。何らかの事情で、栄えた東部から西部に向かう人々や、東部と西部を行き交う比較的危険のない生活をしている御者達とは、明らかに違う空気をそのガンスリンガーだけが漂わせていた。

同乗者達を怯えさせる攻撃的な空気では無いが、しかし彼らが安らかになれない原因の一つもそのガンスリンガーだ。しかしそれに不平を言うのも、不満を感じるのも親に連れられた子供ぐらいだ。その子供でさえ親に叱られて今は文句を口に出来ず、つまらなそうに拗ねた顔をしている。

 当然の話だ。

西部開拓の入り口でしかない「赤焼け荒野」へさえ、ガンスリンガー抜きで向かうのは遠回しな自殺でしかない。


ましてやそのガンスリンガーが、ようやく少女を卒業しようかと言う年齢の女性で有れば尚更の事だ。



 年若いガンスリンガーが居ないわけではない。魔力素養を持つ者が銃を手に入れれば、その日からガンスリンガーは始められる。若者が己の衝動を是とした時、それは無限に広がる新天地として見間違えるのに十分な自由さが有るだろう。

 女性のガンスリンガーも、また少数では有るが全く見かけないと言う程まで少なくもない。ただし大抵は屈強なガンスリンガーの情婦が真似事レベルでやっているか、集団で行動するパーティの一員としてガンスリンガーをやっているかが殆どで、単独行動してる女ガンスリンガーとなると希少度は跳ね上がる。

 若く、女の、一人のガンスリンガー。ここまで来ると、広く人も行き交い何でもアリな西部とはいえ少々異質と呼べるレベルで希少な存在だ。

 今日の彼女が、奇異の視線に晒される事無く護衛稼業を出来ているのには幾つかの偶然に支えられている。

1にこれから西部へ向かう者達は平均的なガンスリンガー像と言ったものを抱えておらず、彼女の奇特性を理解していないこと。

2にはこうした東西を繋ぐ行き交い馬車の護衛を彼女は何度も経験しており、今回は見知った顔との仕事であることだ。その意味で言えば、今日の彼女は仕事に集中出来ている。護衛役への不安を一秒たりとも途切れさせずに呟き続ける顧客も、まるで春に鳴く鳥の様に決まった感覚で下卑たちょっかいをかけてくる鬱陶しい同業者も居ない事は、彼女の集中力にはとても良い影響を及ぼしている。

 とは言え、「赤焼け荒野」まではまだ少し距離がある。あと数時間も進めばともかく、この地域で魔物とでくわすのは街中で小石につまずき転んで頭を強打して命を落とすようなレベルの不幸と言える。


 つまり、この馬車に乗る誰かは救いようのないクソッタレた不幸の持ち主らしい。


 ガンスリンガーの目に違和感が訪れる。進行方向の地面で、少々不自然なまでに凹凸が出来ているのだ。彼女にはその様な地形が産まれる原因には十分過ぎる心当たりがあり、そこから導き出される予測に備えるべく膝立ちに姿勢を正すと腰元の大きなベルトに手を添える。僅かな指先の動きだけで、大した音も立てずに留め具はアンロックされた。その中に収まっているのは、西部でしか見かける事のない「く」の字型をした拳大の大きさを持つ道具だ。

 彼女の腰元のホルスターの中で、その古びた<銃器>(ガンジェクト)は彼女の意志を受けて臨戦態勢に入る。彼女が持ち歩くRTJ型ガンジェクトはその大半が先込め型なので、使用前に僅かな準備が必要だ。しかしガンスリンガーの深層感覚とガンジェクトは既に接続を果たし、銃器は引き金を引かれるだけで仕事を果たす。彼女の集中は更に高まり、進行方向から訪れるかもしれない脅威の兆候を見落とすまいと神経が研ぎ澄まされる。

 そしてそれは来た。

 地面の一部が盛り上がり、そこから三角錐の軟体を持った生物が飛び出してきた。一番大きい口の部分でも人の頭よりは小さいが、その口の内側には非合理とも言える程に無数の歯牙が生え並んでおり、捕らえられた際の絶望を想像する事は容易だ。飛び出してきた動きも、その後の挙動も決して素早い魔物ではない。正確に言えばこの魔物自体は人間にとって其処までの脅威でもないのだ。だがそれは、人間が自由に動き自由に抵抗出来るならば、の話である。しかしそれが馬車と手綱に繋がれた馬ならば、魔物にしてみれば正に恰好の獲物である。速度が乗って容易に曲がれない馬に対し、飛び出した魔物は完璧に正面から飛びかかる格好だ。まずは足を奪って立ち往生させれば、確かに残った人間達も数の暴力で美味しく頂く事は可能だろう。

 しかしそれを阻むのがガンスリンガーだ。金属が噛み合い擦れる音と、続く硬質同士の打音に僅かな輝きと炸裂音が続いた。そして魔物の口はそのまま体の裏側まで貫通し、体積の8割が吹き飛んでいる。

「速度を出して!たぶんもっと一杯居る!」

 ガンスリンガーの少女が叫ぶ。御者達も手慣れたもので、彼女の叫びを聞き終えるよりも馬車の加速は速かった。俄に暴れ出した馬車の上、ガンスリンガーは左手で幌にしがみつきながら右手を肩の前で構えて次の銃撃を用意している。集団のうちの一匹がやられたくらいでは、魔物達は食欲をまだ優先するらしい。最初に一匹目に比べると上手な待ち伏せとは言えないが、口デカの魔物が立て続けに3匹飛び出して馬へと襲いかかる。PAZPAZPAZ!そして死に絶えた。


 その後、5匹2匹3匹と魔物を撃ち落としたところで襲撃が途絶えた。油断するには早いが、少なくとも最集中状態を維持する必要は無くなったか。そう思った頃に、突如後ろの乗客が悲鳴を上げた。

「――――っ!!」

 咄嗟に振り向いたガンスリンガーの視界に写ったのは、今まで撃ち落としてきた魔物の4倍は有ろうかと言う巨大な特異個体だ。そのサイズ差と両脇に生えたヒレの様な物体のお陰か、今までの魔物とは比べものにならない速度と安定性で馬車に食いつこうとしている。このままだと魔物は見事馬車の荷台へ飛び込み、乗客の誰かしらを丸呑みにしてそれで不足ならば二人目もいただくのだろう。ガンスリンガーの逡巡は時間で換算すればゼロに近かった。

 彼女は己の姿勢の安定に回していた左手も銃器へと伸ばし、己の身を魔物へと投げ出すように倒れ込む――!


 PAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAZPAZPAZ!


 丸い口の上辺を打ち抜いて軌道を逸らす!

 ぶれた軌道を更に跳ね上げるべく撃ち込む撃ち込む!!

 威勢良く飛び込んだ報いとばかりに魔弾を叩き込んで叩き込んで尚撃ち続ける!

 適量適切知らぬ存ぜぬ撃ちまくる!!!


 最後のだめ押しではないが、穴だらけで体液をまき散らす魔物と同伴する長旅はご免だ。馬車から転げ落ちそうになったガンスリンガーは魔物の体を蹴りつけて、その反動と幌を掴んだ手でバネの様に馬車の荷台へと帰還した!

 時間にして4秒にも満たない時間だったが、その僅かな時間でガンスリンガーの体力は一気に摩耗した。ガンスリンガーの扱う銃器は彼らの魔力を力量の塊として撃ち放つ武器であるからして、一発の負担が軽いRTJ型とは言え無闇に乱射すれば体への負担は相当なものになる。背中から荷台に落ちて、強かに背中を打ち、急激に消耗した体が呼吸を求めてひきつる。起き上がろうとして彼女は身に力が入らず、喉を走る乾きに喘いで四つん這いのままで酷く咳き込んだ。

 だが、その背中を宥める様に支えて撫でる手が有った。己の荷物から慌てて水筒を取り出す者も居た。

 彼女は仕事を果たした。だが、仕事を終わらせた訳では無い。一口の水を譲り受け、5分とかけずに起き上がると彼女は自身の水筒を探りつつ乗客に注意を促す。

「ありがとう、お陰ですごく楽になった。でも気を付けて。ここから先は、今みたいのがいつ出てきても不思議じゃないの。何か怪しいと思ったら、すぐ声をかけてちょうだい」

 楽になったと言う割に、彼女の呼吸はまだ荒い。しかし手を付きながらも進行方向を見つめる彼女の瞳は、その輝きを衰えさせていなかった。乗客の一組が、おそるおそるでは有るが荷台の後ろまで寄ると周囲を忙しなく伺い始める。


 幸か不幸か、結局その後は魔物に出くわすことなく一夜一昼を過ごし、何事も無く馬車は「赤焼け荒野」の最東端に辿り着いた。


 「赤焼け荒野」の入り口にして、西部地域で最大規模を誇る街、「ウェストモンゼン」のゲートを馬車が通る。日没まではまだかなりの時間があるため、街の中もそこそこの活気があった。中央広場で馬車は乗客達を下ろした。最後の一組、疲れ切った様相の男女が馬車を降りるが、女の方が何かを覚悟したかのように振り向くと、ガンスリンガーに声をかけた。

「あ、あの、ガンスリンガー様!どうか、どうかお名前を教えて貰えませんか!?」

 街に辿り着いた安堵や、仕事を終えた弛緩の中で安らぎに浸りかけていた彼女は、突然の事に目を丸くする。その後、バツの悪そうに帽子を脱いでいた後頭部を掻くが、黙って言葉を待つ女の危うい熱気に折れたのか、ぼそぼそと己の名前らしきものを口にした。

「……ブッダベル。リーゼロッソ・ブッダベルよ」

「ありがとうございます・・・!

 わたくし、ブッダベルさまにこの命を救われたご恩、一生忘れませぬ…………!!」

 今にも泣き崩れ落ちそうな女を支え促し、その最後の乗客も街に消えていった。西部に暮らす者として、あの程度の奇っ怪な行動は見慣れている。しかしそれでもリーゼロッソは呟かずには居られなかった。

「わたしへの恩を忘れる忘れないの前に、自分がのたれ死にしないかの心配をして欲しいわ……」



 乗客の全てが町の中に消えても、まだリーゼロッソは馬車の上に居た。

そこに大層な理由が有るわけでは無い。単に顔なじみの気安さで御者達から短い留守番を頼まれ、リーゼロッソにも拒む理由がなかったというだけだ。リーゼロッソにしても馬車の護衛が楽だった訳でもなく、仕事を果たした後の小休止として馬車の上でぼんやりする時間はそこそこに魅力的だった。

 よく晴れた空の青に近い瞳が、何を注視するでもなく遠くを見る。帽子を脱いであらわになった金髪は少し乱れているが、彼女はそれを特に気にかける様子もなく微風に弄ばれるままにしていた。そこそこの美貌に恵まれた彼女の顔立ちは見る者に鋭利な印象を与えるが、今はそのキツさと脱力具合が絶妙に相殺して年不相応な色気を発している。

 とはいえ、ガンスリンガーたる彼女に声をかけて、一夜の夢を掴もうなどと考える男が居るわけもない。30分もしないうちに、御者達が馬車を止めていた建物の中から出てくる。馬車に積んでいた人以外の荷物が引渡しを終えたようだ。

「やぁ、ガンスリンガー様に留守番なんて頼んじまって申し訳ないねぇ」

「別に。休憩ついでのようなものよ」

「ははは、んなこと言っても御者台じゃろくに休めんだろう。それは俺たちの方が良く知ってらぁ」

 男の笑いにつられてリーゼロッソも苦笑を浮かべる。確かに今座っている場所は、不快と言うほどでも無いが快適には程遠い。

「まぁ、ともあれ引き留めちまってすまねぇな。これで一杯やってくれ」

 渡された硬貨は、西部で流通してる貨幣の中ではかなり高い額の物だった。大金と言う程の額でもないが、文字通り「一杯」やっても少し余る額である。30分弱の見張り役の駄賃としては法外に高価だがリーゼロッソは特に詮索せずにそれを受け取った。

「どうも」

 リーゼロッソ本人は特にアルコールを好む訳ではないが、それならそれで開拓中の西部にも喉を潤す贅沢はそれなりに有る。特にリーゼロッソは西部でも順調に生産が進む柑橘類が大好きだ。

「で、こっちは本来の報酬だ。確認しとくれ」

 次いで御者達から紙幣の薄束を渡される。今更ちょろまかしを疑う様な相手でもないが、紙幣の枚数は正確だった。これにてリーゼロッソの仕事は完遂された形になる。

「宿は決まってるのかい?なんなら送ってくぜ」

 紙幣を懐にしまっている際に、考えが表情に漏れたのか御者達から思いも寄らぬ提案が飛んでくる。しかし甘える理由が彼女にはない。

「ありがと。でも馴染みの宿場が3分も歩けば有るから大丈夫よ」世辞でも遠慮でもなく事実だ。

「なるほど、ならわざわざ送る方が阿呆らしいわな。俺らの次の出発は3日後だが、また頼めるんかね?」

「……良い儲け話が見つからなかったら、考えとくわ」「なるほど。そりゃごもっともだ」

 御者達と皮肉とも馴れ合いともつかぬやりとりを交わして、リーゼロッソはウェストモンゼンの路地を歩く。メインストリートを街の外側へ向けて歩き脇道に入れば彼女の馴染みの宿はすぐそこだ。

 この辺り一帯は開拓初期に建てられた建物が多く、身も蓋もなく言えば景色ごとボロいエリアである。しかし時と場所によっては、ボロい事もまたそれがメリットになるものだ。特に西部に流れてくるような人種の多くは、銅貨一枚でも経済能力を節約できればそれだけで文字通り命を長らえる事ができる。

 実際、ガンスリンガーとして身を立てる前から駆け出しの頃まではリーゼロッソもそんな生き方をしていた一人だった。それが今では日々の食事と寝床に贅沢を差し挟まなければ惨めな生活を送る心配をしなくて良くなっている。

 底辺層と言えど、ガンスリンガーで有ると言うことはそれ自体で裕福なのだ。

 だが、彼女は現状に対して満足をはるかに凌駕する不満を抱えている。中央通りの一級宿も新地域の真新しい宿にも興味は有るが、それを押しのけてでもこの脇道の旧街に泊まるだけの理由をリーゼロッソ・ブッダベルは抱えていた。

 リーゼロッソが古い宿の入り口を通る。彼女の腰を覆うガンベルトに収まっているRTJ型銃器も、陽光を失ってますます見た目が古ぼけた印象を与える。

 その余りにも古びて輝きの足りない銃器が、リーゼロッソの不満の全てを代弁していた。



 安宿『ガレッズの宿場』の中は夕前なのにと言うべきか、夕前だからと言うべきか、

ともあれ不慣れな人間は視界に不自由を覚えるくらい暗かった。リーゼロッソには問題無い。カウンターの中で億劫そうにグラスを磨いている主人の存在がすぐに分かった。

「ハイ、マスター。空いてる?」

「お前さんのスケジュールと同等には空いてるよ。今なら客室も”特等席”も両方だ……」

 あいも変わらず陰険そうに、それでいてリーゼロッソの気にしている事を先周りするマスターは無愛想にして気遣いの回る良く分からない人物だった。だからこそ、日銭を掴めるかも怪しい駆け出しも駆け出しの頃からリーゼロッソが世話になり、今も馴染みにしているのだが。

 苦笑を浮かべながら「じゃあいつも通りに」と言い終える前に鍵が飛んできた。彼女くらいしか寝泊まりしないであろう”特等席”の鍵は相変わらず無骨で、本来の用途には色んな意味で似つかわしくない。その慣れた感触を手に納めてリーゼロッソはナニモノかに皮肉を言われているかの様な錯覚を覚えた。


――この鍵もお前も同じだ。現状にそぐわず、見てくれとやっている事がバラバラで収まるべきを違えている。


 リーゼロッソは迷信を信じない。胸の内に沸いた疑念を、鍵を強く握ることで追いやった。『今すべきは悩む事ではない』。半ば言い聞かせるように心を固くして”特別室”へと歩み寄ると、隣の部屋から出てくる人影が有った。

「やっぱりリジィだったのね。おかえりなさい」

『ガレッズの宿場』の看板女は、そういって朗らかに笑うとすぐに顔を曇らせる。

「あ……ごめんなさい。リジィはここに好きで帰って来てる訳じゃないのよね……」

「気にしないでニッキー。貴女に悪意がない事くらい分かってる」

 自分が失言をしたと思ってしょげる彼女を、リーゼロッソは穏やかに宥めるとその手を握って、西部での標準的な挨拶としてお互いの頬を触れさせる。

「私に”お帰りなさい”と言ってくれるのも、そう言われて嬉しく思うのも、

 ニクセイン・ロックパッド、貴女だけよ」

「…………うん!おかえりなさい、リジィ!」

 今度こそニクセイン・ロックパッドは満面の笑みでリーゼロッソ・ブッダベルを出迎えた。あいも変わらず、娼婦とは思えない純朴で朗らかな笑顔にリーゼロッソは己の胸の内が軽くなるのを感じていた。


「――と言う訳で、報酬に不相応って程じゃ無いけど苦労させられたわ。まさか外周部であんなのが出てくるなんて」

 いつもなら日没前のこの時間でもニッキーが男を”接客”してる事は良くあるのだが、「今日はお客さん来ない感じみたい」と言う事らしくリーゼロッソはニッキーにせがまれて今回の仕事の顛末を話していた。とは言え、外周部で予想外に危険な魔物と出くわした事ぐらししか話題は無かった。

「すっごぉい……それって、ほんとに一瞬の事だったんじゃないの?」

「そうね……たまたま冴えてたってのは否定出来ないかも」

「でも、たまたま反応出来たとしても、実力が無いと撃ち落とせないでしょ?違う?」

「それはまぁ、そうかも……」

 ニクセインの賞賛に曖昧な賛同を返しつつ、リーゼロッソは背中のかゆみに耐える。事実は違えてない筈なのだが、ニクセインの穏やかで無邪気な賛辞は何故だかやたらと聞く者の背中をくすぐる様だ。長々と話していた訳でも無いが、日没前から語り始めれば流石にもう日は沈んでいる。意識していなかったが二人が座っていた『ガレッズの宿場』の食堂にもぽつぽつと客が来ていた。

「あら、もうこんな時間なのね……ニッキーにも花枯れする日が有るなんて、ちょっと意外」「んー、そうでもない気がするなぁ」

 ニクセインが意味ありげに小首をかしげると、また一人客がやってくる。だが入ってきた男は、僅かに食堂を見渡すとマスターの方では無くニクセインの方に何処か怯えているような挙動で歩み寄ってきた。

「ニ、ニッキー……邪魔、したかな……?」

「ううん、ちょうど今日は寂しい日だなぁ、って話してたところなの。

 お久しぶりねロクズさん。最近来てくれないから心配してたけど、元気そうで良かった」

 宿にやって来た客に気付いても出迎えず、にこやかに待っていたニクセインは男の手を握って立ち上がると、その手でやんわりと仕事部屋へと導く。その道中、一瞬だけニクセインがリーゼロッソへと手を振った。リーゼロッソもまた一度だけ手を振って仕事に向かうニクセインを見送る。

 一握りの希望と、その影に埋もれる山よりも大量の挫折が溢れる西部の街は何処でも敗者に厳しい。娯楽の少ない西部で有りながら、客の足下を見ずに手頃な価格で相手をしてくれるニクセインの様な≪身売り女≫(ファッケンヌ)はリーゼロッソの存在ほどでは無いが希少だ。それ故に色んな男がやってくる。ニクセインの仕事ぶりからして、彼女が持つ人脈はおそらく根城にしている宿からは想像の付かないくらい広くて多彩だろう。それに頼れば、あるいはリーゼロッソを悩ませている最大の問題が解決されるかもしれない。恐らくはニクセインも、惜しみなく協力してくれる筈だ。

 だが、それでは駄目だ。リーゼロッソの中に有る何かがそれを許さないのだ。

ならば、自分がいますべき事は何だ?

「…………」

 リーゼロッソが自分の懐を探る。この時間なら、標的も酒場にいておかしくない。居なければ日を改めるだけだ。意を決して立ち上がった彼女は、つば広の帽子を被ると夜のウェストモンゼンへと繰り出す。

 結果から言えば今回も希望を絶たれかねない程の惨敗であった。



 甘い悲鳴が耳について目を覚ました。

キレのない目覚めの中でぼんやりと窓の外へ視線を向ける。月の位置からして、深夜の丁度

真ん中頃のようだ。リーゼロットが銃技師達に手酷くフラれて、もう何度目になるのか考えるのも悲しくなってふて寝してからは3時間程か。

 隣の部屋からは”接客中“のニクセインが上げる声が、筒抜けと言うほどでは無いものの耳を澄ませる必要がない程度には聞こえてくる。これこそこの部屋が『特等席』と言われ、リーゼロッソ以外が滅多に泊まらない理由である。彼女がふて寝していたこの部屋は、本来なら娼館に属さない娼婦達へ仕事場として貸し与える為の部屋なのだ。

 物心付く前から娼館で育てられ『商品』になる直前に逃げ出したリーゼロッソにとって、男女が絡み合う音や声などは聞き慣れた環境音でしかない。故に世の一般的なガンスリンガーの様に色々と落ち着かなくなる心配とは無縁だった。

 その筈なのに。

その筈なのに、今夜に限ってそれが耳に付く。気分を害されているのではない。だが、隣の部屋で嬉しそうに嬌声を奏でるニクセインのその声が、やたらとリーゼロッソの胸を掻き乱す。

「…………」

 まだ皮の青いミカンをかじった様な顔をしてリーゼロッソが起き上がり、ニクセインの仕事を邪魔しないようにとゆっくりドアを開けて部屋を出る。開けたときと同じようにドアを閉めると、それだけで中に響いていた嬌声はうっすらとしか聞こえなくなった。こんな場末のボロい宿酒場ですら、西部の特異な文化に則っている事をリーゼロッソは改めて奇妙に感心する。この時間に客が居るような酒場では無いが、それでも食堂へと無闇に色情の花が飛び火する心配とは無縁だった。

 マスターは客も居ないのに相変わらずカウンターの中で座っていた。リーゼロッソが部屋から出てきた事は気付いているだろうが、視線を向ける事も声をかける事もない。いつも通りに何かしら良く見えない作業をしている。

「…………何か適当に安くて強いの」

 リーゼロッソの注文にマスターが動く。暫くして出てきたのは、西部で作られる粗悪な蒸留酒を比較的新鮮な柑橘類で誤魔化した「ネジ巻の憂鬱」だ。柑橘類の質で味が左右される一杯だが、『ガレッズの宿場』では何故かそこそこ質の良い物が出てくる。

「……また駄目だったわ」

 静かにアルコールを舐めていたリーゼロッソが、独り言の様に呟く。マスターは珍妙な人物だが、会話が成り立たない訳ではない。

「……これで何度目だ」

「六回頼んで六回フラれたところ」

 勿論、男女交際の話ではない。ガンスリンガー達が娼婦と並んで頭の上がらない『銃技師(マギニクス)』に、銃器を売って貰うように頼んで断られた回数の事である。誰も彼も必ず決まって、「女に売るガンジェクトは無い」の一点張りだった。恐らくそこに大した合理性は存在していない。長らく男社会だったガンスリンガーの中に現れた、リーゼロッソという異物を誰も彼もどう扱えば他のガンスリンガーの不興を買わずに済むか量りかねているのだろう。それは専門性が高く、比較的裕福に成功する銃技師達にしてみれば仕方のない反応だ。

 しかしその保守性の犠牲になるリーゼロッソは溜まったものではない。今日こそはと意を決し、相場の二倍の金額を提示しそれが嘘ではないと現金を見せても誰も首を縦に振る事はなかった。ウェストモンゼンで産まれる諸々の銃器に払う金額としては大盤振る舞いの範疇にも関わらず、だ。

「これ以上どうしろって言うのよ……」

 ガンスリンガーにとって、優秀な銃器を手にする事は多くの者にとって最優先課題だ。ガンスリンガーの実力は、当人の素養と銃器の優秀さとが半々と言っても良い。だがリーゼロッソの持つRTJ型銃器はいつ壊れても不思議のないガタガタのおんぼろである。

「……今更娼婦を始めるか?でなきゃ足掻き続けるか、行き交い馬車の護衛で身を落ち着けるかだろうな」

 マスターの正論に頭が沸騰しかける。それを堪えて「ネジ巻きの憂鬱」に口を付けた。マスターに当たった所で何も解決しないし、マスターに相談した所で何も解決されない事は分かってた筈なのだ。


「ええい!まさかここも府抜けたクソったれガンスリンガーどもが溜まってたりすんのかチクショーメー!」

「入ってくるなり何なのよこのクソ野郎ーーー!!」

 分かっていても抑えきれなかった怒りに横槍を刺され、リーゼロッソが盛大に爆発した。


 爆発した勢いのままリーゼロッソが男に詰め寄る。かろうじて残っている彼女の理性は、男の出で立ちから彼が銃器のメンテナンスを受け持つ調整師(チューナー)らしいと判断するが、彼女のハートは「だからどうした」の一点張りで突き進んだ。

「誰がふぬけなのよ誰が!わたしがふぬけなの!?何でふぬけなのよ!!そりゃガンスリンガーってだけで貴族様にでもなったように好き勝手やる馬鹿だって居るところには居るわよ!?でもどうしてそんな連中とわたしが同じ扱いされなきゃならないのよ!!!」

「いやいやお嬢さんは確かに優秀で勇敢なガンスリンガー様かもしれんがね、少なくともこのウェストモンゼンに居るガンスリンガーの、いや、西部に居るガンスリンガーの九割五部は腑抜けだよ。てんでなっちゃいねぇ。”オリジン”の足あとを有難がって舐め回すだけのファxxン腰抜け野郎どもだ」

「……………………」

 怒涛の抗議にも気圧されず毒づく男に、リーゼロッソは少なからぬ共感を覚えた。どうやら彼も「始まりのガンスリンガー」に対して並ならぬ敬意を抱きその道筋を追いかける者なのらしい。西部のガンスリンガー達を腑抜け、と言い放ったのはその敬意の裏返しか。

ならば彼は、いつか西へ西へと向かうのだろう。直接的な金銭収入こそ銃技師に一歩譲る事が多いが、調整師は銃技師と同等以上にガンスリンガー達から重宝される。工房を持つ必要のない彼らはその腕次第でこの上なく”身軽”だ。

「……仕方が無いじゃない。西の果てを目指そうにも、誰もガンジェクトを売ってくれないんじゃ挑みようが無いわよ」

 眼前の男に抱いた羨望が重くて、リーゼロッソが呟きと共にうなだれる。だから彼女には男が表情を変えて、真剣に問い返していた事が分からない。

「……あん?お嬢さん、いまなんて――」

「誰も銃を売ってくれない、って言ったのよ。”ビビリ屋”マークスも”銭キチ”ロークロムも、スコップコーザンまで出向いて頼みに行った”イエスマン”バラエントでさえ!誰も私に銃を作ってくれないの!!」

「いや、俺が聞きたいのはそこじゃなくて――」

 男の言葉に割り込んで警鐘が響く。方向はウェストモンゼンの果樹園の方角だ。

「これは……」

 果樹園の関係者ではないリーゼロッソに特段詳しい符丁は分からない。分からないが、西部の果樹園が夜中に警鐘を鳴らす理由など考えるまでもない。だから考えるよりも先に彼女の足は走りだしていた。足の動きに連動して、彼女の脳裏に浮かんだ閃きが言語野まで浸透し始める。

 ウェストモンゼンの果樹園は――厳密に言えばそこで採れる果実が――余程の貧民層を除いた多くの者にとって大事な癒しだ。果樹園の警備を専門に請け負う、もはやガンスリンガーを自称しなくなった者達が居るほどに、だ。そんな果樹園が警鐘を鳴らすということは、恐らく質よりも量的な魔物の脅威がやってきているのだろう。それならばリーゼロッソの持つオンボロ銃器でも十分対応出来るはずだ。そして街の要所防衛に貢献したとなれば、依頼斡旋所のリーゼロッソに対する評価もまた向上する筈。

 そうだ、その手が有ったのだ。リーゼロッソの中で筋道が伸びていく。銃技師達に直接働きかけても駄目ならば、せめて斡旋所の推薦なり要望なりを取り付けてみよう。それはガンスリンガーとして恥じる所の無い打算と手段だ。

 アルコールを少し舐めてしまったが、体の動きに影響が出る程じゃない。警鐘はまだ鳴り続けている。十分なガンスリンガーの数が駆けつけてない証拠だ。果樹園が見えてきた。腰のガンベルトから両手でRTJ型銃器を抜き放つ。

「南西方面からうじゃうじゃ来てる!頼むぞ!!」

 見張り役が物見台からリーゼロッソに呼びかけた。誘導に従って更に南西へ。果樹園を駆け抜けて、その端まで走り抜けた。遠方でまるで湖面か何かの様に月明かりが波打っているのが見える。周りに他のガンスリンガーは来ていない。

 両の手に魔力を偏溜させて、銃器を構える。RTJ型の有効射程にはまだ少し遠いが、魔物の数を考えるとそんな事を言っている余裕はない。一度だけ深呼吸して体を落ち着かせ、意識を眼前に広がる魔物の大群に集中させる。

「……全部撃ちぬいて、私の糧にしてやるわ!」

 リーゼロッソが気迫を漲らせ、銃器の引き金を引き絞る。


 魔弾とは全く異質な破砕音が鳴り響いた。


「…………え?」

 右手の指にかかる感触が軽い。何度引き金を引いても魔力が通らず、弾も出ない。昂揚した頭の冷静な部分が、銃器の引き金から打槌までの機構で何処かに致命的な故障が発生したのだろうと推測するが、リーゼロッソの感情はその事実を認識出来なかった。右手の中のRTJ型銃器を見つめ、リーゼロッソは呆然と立ち尽くす。その間にも魔物の群れは緩やかながら確実に果樹園に接近していた。応戦するべきだと彼女の理性が告げる。しかしその理性も、手数を強みとする二丁一対のRTJ型銃器の片方を失った状態で、大群に立ち向かう術を思いつかない。

「え、と……」

 取り敢えず撃つ。だが左手に力がこもらない。狙いを定めようにもふらふらと揺れて、射撃すべきタイミングを掴めない。


――違う。左手の銃器も壊れるのが怖い。


 無意識に目を背けていた可能性を正面から受け止めてしまい、今度こそリーゼロッソの全身から力が抜けた。銃器を売って貰えない自分が、残った一丁も喪えばそれこそガンスリンガー廃業の危機に晒されかねない。たとえその窮地を、あるいはニクセインの温情に縋って乗り越えられたとしても、その先は?

「う……」

 撃たなきゃ。と口にしようとして、言葉が口の外まで吐き出せなかった。魔物達は既にすぐ側まで接近している。動きを見るに、リーゼロッソには興味を抱かずただただ果実のみが目当ての様だが、彼女の胸中はもはや命よりも武勲に飢えていた。

 魔物達の群れは、へたり込んだリーゼロッソを振り返る事無く果樹園に殺到していく。樹木の軋みを聞いて、反射的にリーゼロッソの体が跳ねた。慌てて木に取り付いた魔物へと発砲するが、先制すら打てず密度が半分に減った手数では、焼け石に霧吹きほどの効果すら見込めない。

「このっ……このっ……!!」

 群がる魔物を撃ち払う事に集中しようとするが、リーゼロッソの目から涙が滲みだして止まらない。視界すら滲み、樹木への誤射を怖れて地面をうごめく魔物に標的を切り替えても、ついにそれすら狙えなくなってしまった。

 先ほどとは違い、今度はゆっくりとリーゼロッソが座り込む。一度右手で目元を拭うと、座ったままで左手の銃器を乱雑に撃ち始めた。魔物を倒さなければと言う使命感と、途方もない疲弊感との軋轢で、彼女の挙動はもはや惰性で動く粗末な人形の様だ。


(……もう、ガンスリンガーを諦めた方が良いのかしら)


 今まで一度も浮かばなかった選択肢が脳裏をよぎる。全身に広がる疲労感は、それも悪くないのではないかと彼女に囁きかけていた。


 しかし、彼女の運命は挫折を許さない。救いが罵声と共に飛んでくる。

「あ、いた!お前、そのガンジェクト!なってねぇな!あまりにもなってねぇ!!

 そんなんで良く無事だったな、才能か!?」

 はらはらと、もはや自覚の無いままに涙を流しながらリーゼロッソが振り向く。先刻、酒場で言い合ったあの男だ。男は顔に怒りと焦燥を、そしてリーゼロッソの涙に気付くとそこに困惑を上乗せしながら駆け寄ってきた。

「……何、よ。わたしを……(ぐすっ)……笑いにきたの?」

「いいや逆だ。お前さんの返答次第ではあるが、少なくとも俺はお前を笑わない」

 彼女が先ほど見逃した真剣さを改めて浮かべると、男は片膝を付きリーゼロッソと視線を合わせる。その真摯な視線に、リーゼロッソの意識が僅かに現実感と落ち着きを取り戻す。いま、男は彼女も良く知る ――そして正面から見たことのない―― 職人スミスの顔でリーゼロッソと向き合っていた。

「お前さん、さっき酒場でこう言ったよな。

 ”ガンジェクトが無くて西の果てに挑めない”、って」

「…………ええ」

「なら逆に言い直せば、お前さんは優秀なガンジェクトが有れば、西の果てに挑むのか?」

 男の問いに、リーゼロッソは即答しなかった。しかしその僅かな間に彼女の目は光を取り戻し、泣きじゃくる少女の顔から”ガンスリンガー”の顔へと変わっていく。

「ガンジェクト一本だけ有ればどうにかなる話じゃないわ。

 西の果てへ続く道がどうなっているのか、どんな必要な装備が必要なのか、

 それを揃える資金も、可能ならオリジンが旅立った時の言い伝えだって聞き集めないと」

 それは、年相応に拙いながらも現実を見る者の目だ。そして、現実を見定めながらも夢を捨てられない、愛すべき愚か者の光だ。

「ガンジェクト以外にも必要な物はたくさんある。だからこそ、わたしはガンジェクトが必要なの。

 全てを集めて揃える為に、西の果てに挑む為に」

 気がつけば、リーゼロッソは己の胸中にある渇望を口にしていた。ニクセイン以外には全容を話した事の無い、己の中に有るどうしようも衝動を。

「お金も、名誉も、必要だから欲しい。それだけよ!

 私が本当に欲しいのは、”ガンスリンガー”としての私の夢だけ!

 西の果てをこの足で踏む、ただそれだけなの!!」

 激情が燃え上がっていた。石炭をくべられた炉の様に黙して熱を発し、しかし鉄をも溶かす情熱だ。

「それが叶うなら、その為に必要なら、カラダだろうとプライドだろうとお金だろうと

 何だって捧げてやるわ!」

「最高だぜ、お嬢さん。今日から俺はあんたの専属マギニクスだ」

 かくして鉄は溶かされた。銃技師の時間が始まるのだ。


「…………へっ?」

 リーゼロッソが、若干間の抜けた呟きを漏らす。眼前に立つ、明らかに調整師の格好をした男はみずからを”銃技師マギニクス”と名乗ったのだ。それは同じ刃物を扱うからと、料理人が傭兵を名乗る違和感と同じである。その疑問は、言うまでもなく男に伝わったようだ。

「……あぁ、チューナーは副業だ。金が無いと飢え死にしちまうからな。

 腑抜け共のガンジェクトを調整してやるのは業腹だが、

 西の果てに挑む前にくたばっちまうよりはマシだしな」

 言いながら男は「見せてみな」の一言と共にリーゼロッソの手の中の銃器へと手を伸ばした。リーゼロッソも拒否する理由が無く手渡す。少なくとも相手が銃技師か調整師なので有れば、彼女が撃たれた上で物盗りの被害に遭う危険はない。

「……あぁ、なにをへたってダバダバ泣いてんのかと思ったら、片方逝っちまったのか。

 いつまで立ってもガンジェクトを買えないのに手持ちのが逝ったら、

 そりゃ泣きたくなるわなぁ」

 左手用と右手用のRTJ型銃器を交互に耳元に当てて、男は引き金を引いたり細部を弄ったりと何やら銃器の様子を見ている。男の行動について行けず、リーゼロッソはぽかんと男を見つめるだけだ。

「そういや自己紹介してねぇな。俺はオルスミス・ドンガーラッシャだ。

 いきなり”銃を作ってやる”と言われても信用できねぇだろうから、取り敢えずこの

 無事な方のボロボロなガンジェクトを調整してやるよ。

 まずはそれで俺の腕を確かめてみな。

 ま、それだとチューナーとしての技量になっちまうが」

 言うなりオルスミスは無事な方の銃器を手早く分解し、腰の作業ベルトから工具を取り出すとリーゼロッソが見た事の無い速度で手を入れていく。その淀みと迷いの無い腕使いだけで、チューナーとしての技量は既に語られている様なものだ。

「……よし、まずはこんなもんか。お前さんも落ち着いたみたいだな、立てるか?」

 動作確認らしき動きを三回繰り返すと、オルスミスは言葉と目線でリーゼロッソに起立を促した。現実の展開速度にまだ頭がついていかないリーゼロッソは促されるまま素直に立ち上がる。

「……俺の調整技術は少々特殊、と言うか独自でな。このままでも

 それなりに調整出来てるが、もう一歩詰める為にはお前さんと協力せにゃならん」

「協力って、具体的には何を?」

 リーゼロッソの質問に、何故かオルスミスは口ごもる。だがそれも一瞬の話だ。

「お前さんの”音”を聞かないと、俺の調整は上手く行かないんだ。

 その為には……その、お前さんの体に触れて、多少言う事を聞いて貰う必要がでてくる」

 その台詞と歯切れの悪さから、何となく察しがついた。彼が天性の詐欺師でも無い限り、それは本当に必要な事なのだからこそオルスミスも一度口ごもってまで伝えたのだろう。ならリーゼロッソにそれをためらう理由はない。

「分かったわ。それが必要な事なら私も協力する。

 下心で嘘をついてたのなら後で撃つけど。それで、どうすれば?」

「まずは自然体で直立してくれ……そう、それで良い。じゃあ、その、始めるぞ」

 開始を宣言したオルスミスが、リーゼロッソの腰に左手を回すと抱きついてきた。顔を横に向けて、左耳を彼女のヘソの下に押しつけている。

(……なんだ、思ったより軽い――)

 と、リーゼロッソが内心の緊張を緩めた所で今度は胸を掴まれた。

「ふゃっ!?」

 隙を付かれてリーゼロッソの体が大きくすくむ。だがそもそも腰を固定されてるので奇妙に体を震わせるだけだ。必要な事必要な事必要な事、と己に言い聞かせるリーゼロッソが落ち着きを取り戻すと、胸を”掴まれた”と言う印象が厳密には正しくない事に気付く。オルスミスの右手は、彼女の左胸の曲線を右側から抑えている。つまりいま彼は、横隔膜に耳を当て心臓に右手を当てているのだ。

 事実を認識出来る程度には彼女が落ち着いたのを察したのか、オルスミスは具体的な指示を出してきた。姿勢をそのままに深呼吸、体の動きのみで右手で銃器を扱うまねを三度、姿勢を自然体に戻し魔力を右手に寄せてまた深呼吸。最後に魔力を寄せたままで銃器の撃ち真似を二回。

「……よし、急場の調整ならこんだけ聞けば十分だ」

 言い終わるや否や、オルスミスはまた銃器の調整を始める。先ほどまでと違い、どうやら今度は銃器の中核たる響石や打鍵そのものにも少し手を入れているようだ。

 二度目の調整も時間はかからなかった。調整を始める時の様に鮮やかに銃器をくみ上げると、オルスミスは自信に溢れた顔でリーゼロッソにそれを差し出す。

「悪いな、超急ぎで調整したからこれが良い所だ。ま、さっきよりはマシだろ。使って見な」

 銃器を受け取り、リーゼロッソが果樹園を好き勝手に蹂躙する魔物達へと向き直る。右手に持ち直したRTJ型銃器を意識し、その手に魔力を寄せていく。己の魔力と銃器が繋がった感触を確かめ、右手の狙いを近くの魔物に合わせる。

 そして引き金を引いた。


BAZ!

「……えっ」


 自分の撃った一撃が信じられず、他の標的にも狙いを合わせていく。BAZBAZBAZ!やはりリーゼロッソの気のせいではなかった。あからさまな程、彼女の撃つ魔弾の感触は変わっている。リーゼロッソがこのRTJ型銃器で魔弾を撃つ時のイメージは、言うなれば冷えたゼラチンを口に含み、それをストローで吹き出すような状態だった。それが今や、水を、いや空気を吹き出しているかの様に魔力の流れに抵抗が無い。魔弾を放つ時の音も、その際の反動も違う。引き金が少しだけ軽くなってもいる。

 そして何より、魔弾の威力と速度と弾道制度が飛躍的に向上している。

「凄い……!これが、ガンジェクトなの!?」

 半ば無意識にリーゼロッソは呟いていた。彼女の歓喜はそのまま銃弾の雨となって魔物達を射貫いていく。次々と地に墜ちる魔物の骸を、もはや鬱陶しそうに蹴り飛ばしながらリーゼロッソは果樹園を駆け回る。オルスミスがそのはしゃぎっぷりを満足そうにしばし眺めていると、ようやく他のガンスリンガー達がいかにも寝起きと言った体で応援にやってきた。

しかしその時点で、既に6割の魔物がリーゼロッソは撃ち倒されていた。


 夜明けを目前に控えたウェストモンゼンの街で、井戸水をくみ上げる人影が有る。先ほど最後の客が帰るのを見送ったニクセインだ。人と営みが活気付いている市街はともかく、旧街の朝はそこまで早くない。人通りが皆無で有る事と大らかな性格とがあいまって、ニクセインは羽織ったガウンをおおっぴらにはだけた状態で一時の愛を浴び続けた体を拭いていた。

 彼女が大まかに体を吹き上げて、仕上げに入ろうとした頃に人の声が聞こえてきた。それが誰の声であろうと、ニクセインが取り乱す事は無いのだが聞こえてきた会話の片方が聞き馴染んだ声だったため、彼女は思わず手を止めて近づく声を待ってしまった。そしてその二人組が、近くの角を曲がって”ガレッズの宿場”の裏手に現れた。果樹園の魔物を追い払い、事後報告やら交渉やらを終えて戻ってきたリーゼロッソとオルスミスの二人だ。二人は先ほどから、やれ調達先だどの街だとなにやら相談を交わしている。

 そのリーゼロッソの顔が、いつも以上に真剣に、しかしいつも以上に活気が有ると気付き、ニクセインの顔が自然にほころぶ。

「おかえりなさい、リジィ!」

「あれ、起きてたんだニッk――――ちょちょちょちょっとニッキー!服!服!」

 盛大に前をはだけたままのニクセインの格好に気付き、リーゼロッソがオルスミスの目を塞ぎにかかる。眼福の機会を奪われたオルスミスが控えめに抗議の声を上げるが当然ながらその異議は聞き入れられなかった。あらいけない、とニクセインが笑いながらガウンの前を閉じる。その間にも「見せろ!」「却下!」のやりとりは三往復し、更にニクセインの笑いを誘っていた。


 その間に太陽は地平線から顔を出している。ウェストモンゼンの、ひいては西部全体の夜が明けたのだ。

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