番外編1 凱龍王国バカストーリー 後編
公園にはたくさんの子供達が集まっていた。
そして子供達の視線の先では、1人の歌姫が歌っていた。
「~~の夢の中で――――――――――――――♪」
光葉は十八番の歌をいつも通りに歌っていた。
その歌声は聴く者の心を癒し、元気づけるような不思議な力があった。
「――――全ては星の海で~~♪」
最後の歌詞を歌い終えると、周囲にはしばしの静寂が広がっていた。
子供達だけでなく、普通に散歩をしに来た住民や、公園の外にあるカフェにいた客達も余韻に浸っていた。
パチパチパチ・・・・・・
すると、光葉の背後から拍手の音が聞こえてきた。
「――――――――?」
振り向くがそこには誰の姿も見えなかったが、少し視線を上に向けると光葉には見覚えのない1人の少年が木の上に座りながら手を叩いていた。
その隣には光葉も何度か顔を見た事のある近所の子供が数人、少年と同じように木の上に座っていた。
「―――――――温かい、優しい歌だったぜ?」
「・・・・ありがとう。」
バカの素直な感想に、光葉も素直に笑顔で感謝の言葉を送った。
それに続く様に、周囲からは子供達の拍手喝采が沸きあがった。
「姉様、今日も綺麗でした!」
「姫様ありがと~~~~!」
「もう一回歌って~~~~~!」
「みんなありがとう、でも今日はこれでお終いよ。さあ、刀弥もお城に帰るわよ?今日はこれからお客さんをお迎えしなくちゃいけないんだから。」
「え~~~~~!?」
「それならここにいるぜ?」
「え?」
駄々を捏ね始めた弟に困りかけた光葉の元に、バカは木の上から彼女の眼前に飛び降りた。
「――――――俺が今日会う予定の、異世界から来た客だぜ?」
「え、あなたが・・・・?」
光葉は驚きながらバカを観察する。
よくよく見れば、バカの全身からは強い魔力が周囲に影響を及ぼさない程度までに抑えられ、尚且つ違和感のない自然な形で漂っている。
(そうか、彼が“飛鳥家”の――――――――――)
諸事情により、写真もなかったのでどんな人物かは文章での情報でしか知らなかったが、光葉は目の前の人物がその客人である事にすぐに納得がいった。
「そうでしたか、私もあなたと会うのを楽しみにしてました。烈様。」
「――――――俺もだ、光葉王女。」
光葉にとっては普通にイイ感じで挨拶をしているだけだったが、周囲からは“別の意味”でイイ感じで見えていた。
だが、その事に気付いていない光葉は弟からの質問に何の疑問も持たずに答えていく。
「姉様、この人が(姉様にとって)大事な人?」
「ええ、これから会う予定の(国にとって)大切な人よ。これからお父様たちと一緒に会うって朝に言ってたでしょう?」
「あ、そう言えば!」
「もう、少しは王家としての自覚を持ちなさい!」
光葉はウッカリとしていた弟を叱っていたが、周囲はそれどころではなかった。
子供達ではなく、見ていた住民全員が揃って声を潜めながら、中には念話で囁きあっていた。
(大切な人だって!)
(恋人かな?)
(姫様きれいだし、あのお兄さんもカッコいいからお似合いだよね。)
〈――――――聞いたか?王女に男がいるみたいだぞ!?〉
〈おいおい、ファンクラブが激怒するぜ!?〉
〈キャァ~~~~!美男美女カップルよ!!〉
「・・・・・・・・・・・。」
周囲の様子に、バカは表情を変えず聞き耳を立てていた。
別に意図してこの状況になった訳だが、結果的にできてしまった状況を、バカは面白がり始めた。
「ねえねえ、お兄さんは姉様とどういう関係なの?」
「―――――え?刀弥!?」
一瞬、刀弥がバカに何を訊いたのか理解できない光葉だったが、すぐに弟が勘違いをしているのだと気付く。
すぐ訂正しようとしたが、その前にバカが刀弥の頭を撫でながら口を開いたので、彼が代わりに言ってくれるのだと勘違いする。
「――――――――婚約者さ♡」
直後、光葉の時間が絶対零度で凍り付いて砕けた。
同時に、周囲で様子を窺っていた住民達がキラッと、全員そろって目を光らせた。
「「「結婚だぁ―――――――――――――!!!!」」」
「姉様、おめでとう!!」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
子供達は物凄い歓声をあげた。
光葉は、バカが何でそんな事を言ったのか理解できなかった。
「うおぉぉぉぉ!!みんな聞いたか!?」
「キャァァァァァ!!第一王女に婚約者よ―――――――――――!!」
「よし!すぐにみんなに報せるぞ!!」
「私、テレビ局に行ってくるわ!」
「おい、念話で知り合い全員に速報するぞ!!」
「したぜ!!ネットにも載せたぜ!!」
困惑する光葉を他所に、住民達は真偽は別としてとんでもない大ニュースを国中に広め始めていた。
ある者は《瞬間移動》をして近隣の都市へ移動し、ある者は携帯端末で知り合い全員にメールを送り、またある者は念話で直接知り合い全員どころか近所にいる全員に速報を送っていった。
現代の地球でもそうだが、こういう有名人のゴシップ情報はとにかく早く広がっていくものだ。
この国の場合、この時代で既に現代日本以上の情報インフラができており、大抵の情報はすぐにネット上にアップされてしまう。その上、国民全員が何かしらの魔法や能力を有しているのでそちらの手段でもすぐにゴシップは広まってしまうのである。
「ちょ・・・・・み、皆さん!今のは何かの・・・・・・・・!」
光葉は慌てて誤解を訂正しようとするが、既に集まっていた子供達も家族や友人に教えるべく散開していた。
さらには、元凶のバカは―――――――――
『凱龍王国の皆さん!この俺、飛鳥烈は第一王女の光葉を愛しています!!』
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――!!!!」
バカは《拡声魔法》で周囲数kmに聞こえる大声で叫んだ。
「「「おおおおおおおおお!!??」」」
周囲からとんでもない数の叫び声が聞こえてくる。
中には歓喜の声だけじゃなく、嫉妬を含んだ怒声も含まれていたが、それでもバカは止まらない。
『みなさん!!俺と光葉のラブストーリーを見守ってください!!』
「いい加減にしなさ~~~~~~い!!」
ドゴ――――――――――――――――ン!!!!
その日、凱龍王国首都の一角で謎の大爆発が起き、首都の空を1つの人影が舞う事件が起きた。
とあるゴシップ紙は、この事件を「第一王女の初めての夫婦喧嘩事件♡」と言う見出しでその日の夕刊に載せ、その記事が載った夕刊は国内外からの注文が殺到してその地元新聞社は巨万の富をえるキッカケを得る事になった。
その後、その記事を載せた新聞社は「とある集団」の専属取材権を獲得、数年後には『異界と繋がる場所』、または『青の上の世界』において知る者のいない巨大企業として名を残すわけだが、それは別の話である。
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数時間後―――――――――――――――――
「申し訳ありませんでした―――――――――!!」
凱王城の謁見の間において、勇輝は深く土下座をしながら、この国の国王に謝罪していた。
その周りでは、ダンを始めとする面々がそれぞれ複雑な表情をしながら国王と向き合っていた。
「――――――もう良い、それ以上頭を下げる必要はない。」
「し、しかし――――――――!」
「少なくとも、この件で君が謝罪する事はどこにもない。これ以上君にそのような格好をさせてしまえば、それこそ私達にとっては不利益になってしまう事を理解しなさい。」
「・・・はい、すみませんでした。」
勇輝は真っ赤に染まった顔を上げて立ち上がり、ふら付く体をナオキ達に支えられながら下がっていった。
あの後、空から落下している所を発見したダン達はすぐにバカを捕縛し、第一王女と第三王子と一緒に城へと戻った。
城内に戻ると、既に情報は政府関係者の耳にまで入っており、ほとんどの人達が光葉とバカを微笑ましく見ていた。
「ハハハハ、一目惚れって凄いよな♪勢いでこんなことをしちゃうんだからさ?」
「「「黙れ馬鹿!!!」」」
軍用の拘束具で捕縛されたバカは、反省の色を微塵も見せずにいた。
その様子を見た国王は、溜息を吐きながら今後の事に頭を悩ませていた。
「・・・・無名の一般人であればすぐにどうにでもなったのだろうが・・・・。」
国王の呟きに、ダンとゼグ「ええ」と口を揃えて同意する。
「最悪な事に、このバカは今は亡き『飛鳥家』の先代当主の長男です。あの家の事はこの国でも教科書に載るほどの知名度である以上、光葉王女とバカの婚約話は必然的に信憑性が増してしまいます。」
「それに、本人達の会話の内容もいくらでも解釈ができすぎてしまうことばかりなので、今から公式発表で否定しても、悲恋話になってしまう可能性が高いです。叔父上、これはあくまで仮の案なのですが・・・・」
「―――――言ってみなさい。」
「はい、少々強引かもしれませんが、バ・・・・飛鳥烈は王女の婚約者候補の一人として発表してみたらどうでしょうか?今のところ、あくまで烈1人しか婚約の話をしていない以上、王女とは「親しく見える関係」としか証拠は存在していません。その上で、叔父上は公式発表で王女の婚約者に関しては「王女の親しい男性全員を婚約者候補とし、その中から王女が将来の相手を決める事にしている」と発表するのはどうでしょうか?」
ゼグの提案に、国王は「なるほどな。」と頭を振りながら検討していった。
「確かに、私は光葉の将来に関してはほとんど公式発表はしていないし、誰に王位を譲るとも話してはいない。そもそも、今では国王の権限の大半は国民に譲っている以上は王位継承の争いの心配もほとんどない・・・・。ゼグの言うとおりに発表しても悪影響の可能性は低いか・・・・・・・。」
「ハイ、何も発表していない以上は少々強引でも押し通す事もできます。そうすれば、「王女に婚約者が?」ではなく「王女に婚約者候補が?」と言う話になります。一見似ているようですが、後者の場合だとまだ正式に決定されていない話になりますので、今回の騒動による影響もある程度緩和できると思います。」
「そうだな、今では各国の王族も恋愛結婚が普通になっている以上はそれで通す事は十分に可能だな。」
その後、ゼグの提案に多少の訂正などを加えつつ、今回のバカが起こした騒動はその案で押し切る事が決定された。
だが、今回の一番の被害者である光葉はそれだけじゃ納得がいかなかった。
「お父様!それだと、そもそも私がこのバカと親しいと言う事に変わらないじゃないですか!?」
彼女はあの後、ダン達から公式情報から隠蔽されているバカの裏情報を聞かされて愕然としていた。
ぶっちゃけ、正気の人間ならバカの裏情報を知った途端に逃げるのが普通なのである。
「それは、まあ諦めろ♪」
「お父様!!」
ある意味死刑宣告に近い事を、国王はテヘ♪とした顔で娘に伝えた。
「まあいいじゃねえか、俺が一目惚れしたのは本当なんだぜ?」
「~~~~~~~~!!」
やり場のない怒りが込み上がってくる。
そこへ、凶器を持ったヴェラが光葉の元に寄ると凶器を渡した。
「ハイ、バカを殺るならこれ位のが必要よ?」
「あと、軍用の催涙ガスとかも必要ね?」
気付けば、光葉に物凄く同情した女子一同が各々に凶器を用意してバカに対する処刑の準備に取り掛かっていった。
「あれ~~~~?俺って、これから料理される感じなんだけど、気のせいか?」
「俺に聞くな!」
今日はこれ以上関わりたくないと言わんばかりに、ダンは周囲に魔法をかけてバカの声だけ耳に届かないようにした。
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~♡」
その夜、一晩中バカの悲鳴が城内に響いたが、ダン達の耳に届く事はなかった。
その後、バカが余計な噂を広げない理由も含めて光葉は彼ら『空の翼』に加わり、後に『創世の蛇』との戦いで重要な役割を果たす事になる。
そして、後に「D.C.決戦」と呼ばれる事になる戦いの数か月後、いろいろあってバカと光葉の2人は駆け落ちしてひと騒動起こす事になる。
2人はその後、とんでもない方法で結婚してバカが国王となり、世界にいろんな意味で衝撃を受ける事になる。
良くも悪くも有名だったバカ――――――烈だが、彼の即位以前からの功績は現代でも大きく影響を与えている。
例えば、彼の持つ《神眼》を元にした《ステータス》など、数々の汎用型の新魔法だったり。
例えば、当時はまだまだ小規模だった「冒険者ギルド」を事実上乗っ取って大改革をして今では世界中でも多大な影響力を与える組織にしたりなど様々である。
2人の間には10人の子供が生まれ、不幸な事にそのうち息子3人は父親に似てしまい、親子揃って世界中で問題を起こしまくってその名を世界に轟かせてしまう。
凱龍王国の王位はその後、奇跡的に2人の次男、つまり良則の父親が継承し、現在ではその長男の竜則が国王として善政を築いたのだった。
これは、凱龍王国が良くも悪くも大きく変わり始めた、そんな日の話である。
・今回は過去編でしたがどうでしたでしょうか?
・今後も機会があれば過去編を書いてみたいと思います。




