第91話 蒼空と紫織
・長かった・・・・。長すぎましたがこれが転生者編のラストとなります。
トントン!
「誰?」
「―――俺だ。」
「・・・・・どうぞ。」
俺は紫織の自室のドアを叩くと、紫織は無愛想な声で部屋の中に招いた。
ドアを開けて中に入ると、普段の紫織とはイメージが少し想像しづらい可愛らしい内装が目に映った。
「な、何よ!?」
「いや、お前も女なんだなと思っただけだ。」
紫織は「どういう意味よ!?」と、枕を投げつけながら怒鳴った。
どうやら、体調は本当に大丈夫そうだな。
「―――――――怖かっただろう?」
「・・・・・・。」
俺の問いに紫織は何も答えず毛布を握りしめた。
彼女は家庭が特殊なだけの、基本的には他の同年代の女子と同じ普通の少女だ。そんな彼女に、昨日の出来事はショックが大きかっただろう。今は元気そうでも、『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』が今後出てくる可能性はある。只でさえ、カースの“器”にされたショックは俺にも計り知れない。奴の事だ、彼女の深層意識にとんでもない傷を残している可能性は十分に考えられる。
俺はその事を考えながら、紫織に向かって頭を下げた。
「―――――すまなかった。」
「な、何頭を下げてるのよ!?」
俺の謝罪に紫織は取り乱すが、俺は構わず話を続けていく。
「昨日の事、お前が危険な目に遭った原因は俺にある。奴は俺のことを観察した上でお前を巻き込んで、“端末”のひとつにした。俺が関わった事で、お前達の精神に一生消えない傷まで負わせてしまった。情けない話だが、俺にはこうやって無様に頭を下げる事しか謝罪の仕方が思いつかない。だから、せめて―――――――」
「―――――もういいわよ!」
「は・・・?」
「もうイイって、言ってるのよ!!」
俺が頭を上げた直後、紫織は俺の頬を思いっきりビンタした。
ジンと頬から伝わる痛みを自覚しながら、俺は自分でも間抜けだと思えるほど呆けた顔で紫織の顔を見つめていた。
「あんたが謝る必要が何所にあるのよ!?昨日の事は、『他所の連中がうちの組のシマを荒して、本家を襲った』だけの事でしょう!?大体、あんたは知らないかもしれないけど、私が事件に巻き込まれたのはこれが最初じゃないんだからね!昔は普通に拉致されて海外に売られそうになった事だってあるんだから!そりゃあ、得体の知れない変態野郎に体を乗っ取られたのは最悪の気分だけど、あんたが私に謝るのは勘違いも甚だしいわ!!」
部屋の外にまで声が漏れている事など考えもせず、紫織は俺に向かって怒鳴り続けた。
紫織も、昨日の件についての“芦垣組としての対応”について聞かされているらしい。
5分ほど前、俺は慶造の口から『契約の継続』を伝えられた。これは幹部達全員も同意済みの事らしく、昨晩の内にいろいろ話し合った結果だそうだ。
何でも、組の中では俺の事を「紫織の未来の旦那(ほぼ確定)」と言う事になっているらしく、例えカースが俺を狙って組を巻き込んだとしても、それは“本家の身内への敵対行為”と見做されるらしく、俺自身には全く非の無い事なのだそうだ。
と言うか、“ほぼ確定”とはどう言う事だ?俺は何も聞いてないぞ!?
おそらくだが、俺が帰った後にでもあのバカが余計な後押しでもしてそう言うことになったんだろうな。話している時の慶造は、終始複雑そうな、納得のいかないような顔をしていたからな。
「ちょっと、聞いてるの!?」
「あ、ああ・・・・・・!」
紫織、お前涙目になっているぞ?
「イ~イ!?べ、別に私が裏で庇ったとか、あんたがいなくなるのが嫌だとか言った訳じゃないんだからね!!」
「分かってる。」
「即答してるんじゃないわよ!!こういう時は素直に『ありがとうございました、お嬢!』とか言いなさいよ!!」
「・・・何を言ってるんだ?」
やはり後遺症でもあるのか?
思わず診察の必要があるのかと思った直後、部屋の扉が勢いよく開けられた。
「おいおい、そこは『一生愛してます、お嬢♡』って言ってキスするとこじゃねえか~~~~?」
「ちょっ・・・・何!?」
「―――――――バカ、何時からそこにいた?」
「バッカだな~~~~、始めっからに決まってるじゃねえか?それよりキスしねえの?」
「「するか!!!!!」」
俺と紫織の声は本当に誤差なく重なった。
ん?待て、そう言えば他にも誰かいる気配がするな?それも複数の・・・・・
「・・・・・・・そこにいるのは誰だ!!」
「(ヤベ、ばれたぞ!?)」
「(兄貴、ささっさと・・!!)」
「(お前ら、さっさとズラかるぞ!)」
「「「(ヘイ!!)」」」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
小声で喋ってはいるが、俺には丸聞こえだぞ、テメエら・・・・・・・。
俺はバカの方を睨むと、バカは反省してる様子もなく何をしていたのか勝手に暴露し始めた。
「いやなあ、みんなと色々賭けてんだよ。お前らが何時付き合い始めるかとか、キッスは何時やるのかって?あ、ちなみに俺が賭けたのは――――――――――」
「「賭けるな!!」」
紫織は近くにあった時計を投げつけ、俺は魔法を使ってバカを吹っ飛ばした。
「グホ!!」
「・・・・・・・・他の連中も後で殺っとくか!」
「当然!」
その後、何だか悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた俺は、ここに来た本来の目的をその場で終わった事にし、逃げた連中をどう料理するか、紫織と一緒に思案していった。
ちなみに、一番の元凶のバカは―――――――――
「―――――――邪魔をしたな。」
「「すみませんでした!!」」
あの後すぐに剛則と悠、そして良則の親戚一同が引き取っていった。
バカは剛則に頭を鷲掴みにされたまま屋敷を出ていったが、あれはきっとまた来るな。
さらに余談であるが、その後、バカ以外の共犯者共を探しているととある一室で恐怖に怯えた中年男性達の声が聞こえていたので聞き耳を立ててみると――――――
「――――――へえ、そろいもそろって二次元の女がそんなに好きなんか?」
「今日はたっぷり扱かんといかんな?」
バカのエロゲ仲間だったことがばれた親父共が地獄を見ていたのだが、まあそれは俺には関係ない。
俺は久しぶりに昔の事を思い出しながら空を見上げていた。
「蒼空、か・・・・・・・。」
以前、今の母から俺の名前の由来を聞いた事があった。
俺が生まれた日、その日は前日まで大雨の続いていたにもかかわらず嘘みたいな快晴だったそうだ。まるで汚れなど微塵もない澄みきった空、そこから付けた名前らしい。
俺からすれば似合わなすぎだと思う。
俺が前世で育った世界と俺の生き様からすればあまりに分不相応すぎる。
まるで嫌味にも感じられる。
『―――――彼はまた失う(・・・・)のを恐れているからね。昔の彼は幼馴染の少女を―――――――――』
あの時、カースが言おうとしたことが頭を過ぎる。
奴は“アイツの事”を知っていた。俺が魔法を習得するキッカケとなったアイツ、そして今に至るキッカケにもなったアイツの事を―――――――――
思えば怪しい節が幾つかあった。
だが、あの時の俺は事実から逃避するように好きだった魔術にのめり込んでいった。それすらも、予め用意された筋書き通りだったのかもしれない。
「―――――――まだいたの?」
「ん、何だ外に出ても大丈夫なのか?」
「診たのはあんたでしょう?」
「まあ、そうだな・・・。」
背後から紫織が声を掛けてきた。
寝ているのに厭きたのか、軽装に着替えていた。
その背後では、何人かの組員達が私的な意味で俺達を見ている。こいつらも賭けてるのか・・・・?
「ねえ―――――――」
「ん?」
紫織は少し迷いながらも、俺に話しかけてきた。
「ちょっとお願いがあるんだけど。」
「何だ、お前から直接とは珍しいな?」
紫織が俺に頼み事をする時は、直接ではなく護衛や母親を使って間接的に頼んでくる。直接頼みごとを言いに来るのは、俺の知る限り初めてだったはずだ。
「・・・・・・・ない?」
「は?」
何を言っているのかハッキリ聞こえない。 どれだけ小さい声で言ってるんだ。
すると、紫織は顔を真っ赤にして大声で叫んできた。
「だから、私に魔法を教えてくれない、って言ってるのよ!!」
「・・・・別に構わないが?」
「え・・・・?」
確かに、今となってはまた何時、組織と関わる事になるか分からない。
四六時中俺が一緒に居られない以上、自衛の手段はあった方がいいだろう。魔法なら、この世界の法律に引っ掛かる事もないから拳銃などより大丈夫だろう。まあ、最低限のマナーなども教える必要もあるか。
「いいの?」
「ああ、ただし、それには両親の了解が必要になるけどな。流石に俺の独断で教える訳にはいかないからな。」
「そ、そう・・・・・。じゃあ、早速とってくるわ!!」
気のせいか、紫織はどこか嬉しそうな表情をしながら屋敷の方へと向かって行った。
まあ、現代の子だから魔法に憧れていたのかもしれないな。
「フウ、何だかやる事が増えていく一方だな・・・・・・・。」
溜息を吐きながらも、俺はどこかスッキリとした気分になっていた。
上を見上げれば、そこには雲一つない快晴の夏空が広がっている。
「さてと―――――――――!」
先は色々と不安ではあるが、取り敢えず前に進んでみよう。
俺は夏の強い日差しから避けるように日陰へと移り、両親の元へと向かった紫織が戻ってくるのを待つことにした。
明日から8月、夏休みはまだ始まったばかりだ―――――――――――。
転生者編 完
・ふう、とんでもなく長くなりましたが、これにて転生者編は完結です。
・次回からは番外編をお送りします。内容としましては、「凱龍王国の過去編」、「名古屋組のその後」、「横浜の被害者達のその後」などを予定しておりますが、変わるかもしれません。見てみたいサイドストーリーなどがありましたら、感想などと一緒にリクエストしてくださると助かります。




